もしJR東海がなかったら

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つなげよう、日本。台風12号編④…もしもJR東海が無かったら? テーマ:ブログ つい先日、紀勢本線を不通にした台風12号が来たばかりですが、 一昨日は台風15号が直撃!! 紀伊半島をかすめた後、午後2時頃に浜松市に上陸し、 掛川市→甲府市と抜けて、北関東を通過した後、 午後9時半頃に、福島県いわき市付近から太平洋へ抜けた模様です。

台風12号でやられた紀勢本線沿線は、今回も台風の影響をモロに受けたようですから、心配です。

その紀勢本線ですが、 三重県との県境近くにある和歌山県の新宮駅で、JR東海とJR西日本とに分かれてます。 (余談ですが、この新宮駅を境に、東側は非電化、西側は直流となってます。)

NTTは東日本と西日本だけなのに、 なぜJRは本州だけでも3社あるのでしょうか?

Yahoo!知恵袋にこんなのがありましたので、参考までにご覧下さい。

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>JR東海の設立に関してです。 >JR東海という会社が発足した理由をいろいろと聞きます。 >以下の理由を聞いたことがありますが、どれが本当なのでしょうか? > >①東海道新幹線がJR西日本のものとなると、売上高がJR西日本>JR東日本となってしまうので。 > >②東海道新幹線がJR西日本の管轄となることを快く思わなかった政治家?官僚?がいたので。 > >③名古屋の経済界が名古屋に本社を置くJRがほしかったので。 > >この他、このことに関して知っていることがあったら教えてください。 > > >ベストアンサーに選ばれた回答 > >①運輸大臣(宮城3区・三塚博)の発言が東海道新幹線をJR西日本から切り離したといわれています。 > >②当時の運輸相・三塚が葛西に言いくるめられ、東海道新幹線のJR西日本所属に反対したため。 > >③JR東海は2本社制を敷いていますが、本来は東京に本社を置くつもりだったといわれています。 >それを知った名古屋の経済界が本社を名古屋にするよう根回しがあったため >現在の形になりました。 > >本来、愛知県はJR西日本のエリアに入るはずでした。 >しかし、当時運輸大臣であった東北出身の三塚博が、 >「大阪人に東海道新幹線を持っていかれたら、 > 東京の国会議員・中央官僚・マスコミ・大企業が弱っちゃう」 >という持論(邪推)を振りかざしたため、 >存在理由の不明な会社(JR東海)が急遽設立され、 >新宮以東と米原以東はJR西日本から強引に切り離されJR東海に編入された。 > >JR東海は >トヨタ自動車式の徹底した合理化と、 >名鉄・JAL・ANAの利用客を奪うことを >経営課題にした。 >その中で、国鉄時代からあった >二階建て車両、 >食堂車、 >個室、 >ボックスシート、 >レールゴーサービス >などは取り止めている。 >移動時間の過ごし方を大切にしたい利用客、 >とりわけ鉄道ファンから嫌われるようになった原因のひとつといわれている。 > >静岡県民や静岡県知事らから >「短編成詰め込み主義で窮屈だ! > 在来線を何とかしろ! > のぞみの静岡飛ばしをなんとかしろ!」 >という苦情が出ている。

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今思うと、 JR東日本が「首都圏」というドル箱を抱えたみたいに、 JR西日本も「東海道新幹線」というドル箱を持ったとしたら、 行き過ぎた利益優先主義から現場へのプレッシャーが災いして福知山線脱線事故を起こすことも、 その補償金で隠れ破綻状態になることも、 避けられたかもしれません。

以下、しばらく推測で書きます。

そもそも国鉄改革の最大の目的は「組合潰し」でした。 あえて分割したのは、組合を分断するためだったようです。 そこで大なたを振るった国鉄改革三人組の一人である葛西敬之は、 当初案では2分割となっていた本州を3分割にしようとしたのと、 どうやら東日本指向の強かった葛西氏が、 その出身である新幹線総局が西日本に呑み込まれることが嫌だったか、 利権に敏感な時の三塚博運輸相に対して、 「もしJR西日本が東海道新幹線を持つようなことになったら、西日本が東日本に攻めて来ます!」 とでも言ったものと思われます。

どうやら、こうしたことがあってか、 葛西氏の行き先がJR東海になることは早々に決まってたようです。 しかし、JR東日本希望だった葛西氏が、 自分の行き先がJR東海だと告げられると、人目もはばからず大泣きしたのは、 有名な話です。

その後、JR東海の社長を経て会長という葛西氏ですが、 そんな葛西氏のトラウマが災いしたか、 JR東海のJR東日本に対するライバル意識は相当なもので、 これが両社の関係悪化の原因となってしまったようです。

一方、生前の三塚氏ですが、地元・宮城では 「利権に目敏いため、えげつないし、薄情者だ」 という悪評が定着し、良い評判はほとんど聞かなかったそうですが、

>「大阪人に東海道新幹線を持っていかれたら、 > 東京の国会議員・中央官僚・マスコミ・大企業が弱っちゃう」

と邪推したあたりが、それを裏付けています。 (宮城3区選出だったため、東京を含む東日本の利権を守りたかったようですね。)

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ところで、関東人や東北人から見た関西人のイメージが、 「河内弁でまくし立てるヤ●ザみたいで怖い。」 という一方で、 西日本の人から見た関東人のイメージというのが、これまた 「標準語は言葉がきつい。だから標準語を喋る関東人は怖い。」 というのです!! 以上、おもしろいことに、 未知の存在を恐れている、いわゆる 「食わず嫌い」 という点では、共通なわけで(笑)

しかし、関東人が実際に関西へ行ってみると、関西が魅力的に感じ、 逆に、東日本が大好きな関西人もいるわけで。。

だから、宮城3区選出だった三塚氏の持論は、根拠のない邪推に過ぎないのです。

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俺の仲間内では、 JR東海の「行き過ぎた新幹線中心主義」と、 JR西日本の経営環境とを考える限り、 「いっそのこと、JR東海とJR西日本とを合併したらいいじゃん!」 といった見方が主流になっています。

どうやら、NTTの東西分割は、 「JRは分割し過ぎた」 という反省から、2分割で「止めた」とのこと。

そこで、 「『諸悪の根源』と言われる『葛西・三塚コンビ』が黙っていたらどうなったか?」 を妄想してみます。

まず、

①愛知県全域及びそれ以西はJR西日本に編入予定だった。

②静岡県の大井川以東(旧・駿河国)・山梨県全域及びそれ以東はJR東日本に編入予定だった。

③但し、上記①②によらず、東海道新幹線は全線JR西日本に編入予定だった。

と言われており、さらに

④二俣線は、JR発足(1987年4月1日)直前の1987年3月15日に天竜浜名湖鉄道に移管されたため対象外

を加えた4つの条件の下で考えてみます。

まず、②より自動的に、 東海道線島田以東と、 身延線及び御殿場線の全線がJR東日本となり、

また、①より自動的に、 東海道線二川以西と、 現在のJR東海の在来線のうち、上記以外で東海道線を除く全線はJR西日本となります。

問題は、島田~二川間の何処で分割するのが適切かということになりますね。

静岡県は、 静岡市は東京経済圏に含まれる一方、 浜松市は名古屋経済圏に含まれるます。

それと、今でも名古屋方面から浜松まで直通の特快・新快速があります。

一方、昔は東京から浜松までの直通電車が少なくなかったことと、 島田~浜松間は浜松以外の何処で切っても、運転系統が中途半端になります。

よって、東海道線に関して言えば、 浜松がJR東日本とJR西日本との境界駅になった可能性がありますね。

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ところで、JR東海が

>トヨタ自動車式の徹底した合理化

って言うけど、 トヨタ自動車ほど顧客満足度を考えていないのは明らかです。 トヨタの車は、電気系統がしっかりしているせいか、経験上、故障が少なく長持ちします。 (「経験上」と書いたのは、俺が鉄ヲタのくせにマイカーを持ってることを意味します。) トヨタ車一筋だった親父が、ほんの一時期、某N社に「浮気」したことがありました。 電気系統が弱いせいか、故障が多くて短命で、 それで懲りたか、トヨタ車に戻りました。 そんな親父を見てた俺は、あえてトヨタ車にこだわりましたが、今のところ正解のようです。 (唯一の問題は、今年車検を通したため、財政ピンチになったことか?)

要するに、コストカット一辺倒ではなく、売上確保のため顧客満足度もしっかり考えてるのです。 (ライバル会社の某N社より顧客満足度は上ぢゃん!) こうしたバランスを考えてるところが、 トヨタ自動車とJR東海との決定的な差だと言えますね。

例えば、静岡県内の東海道線は、 オールロング詰め込み主義の最たるもので、 短編成化したことが災いして、昼間でもなかなか座れないことがあります。

でも、考えてみたら、国鉄時代の静岡地区だって、やはり冷遇されていました。 国鉄末期は、 熱海以東の東海道線が、静岡から乗り入れてた一部車両を除き冷房車になってたにもかかわらず、 静岡地区では非冷房のボロ電が幅をきかせてたのが実情で、 夏場の昼間に静岡地区を普通電車で通過するのに、いささか抵抗感がありました。 その後、JR化直後の昭和と平成を跨ぐ辺りに211系5000番台が大量投入されたのですが、 これが、オールロングで便所なしというクセ者なのです。

以上、あたかも 「新幹線をご利用下さい。」 と言ってるような冷遇ぶりですが、 JR東海の意図とは異なり、新幹線ぢゃなくてクルマに走る層が後を絶たないのが実情です。

頭のいい人なら、ここで 「おかしいゾ!」 と気づくことでしょう。

そもそも、国鉄の分割民営化の最大の目的が組合潰しなのと、 上記葛西氏が国鉄時代に力を入れたのが組合対策だったことから、 当局と対立関係にある組合の組合員の排除という形で組織を縮小したとしても、 とりあえず安定輸送を確保するという、 いわゆる「縮小均衡」だと考えれば、 概ね筋が通ります。

その上で、国策として、新幹線を守り、整備新幹線の建設を促進しなければなりません。

「新幹線をご利用下さい。」 は、もしかしたら、その結果なのかもしれません。

しかし、小倉~博多間という例外があります。 在来線がJR九州なのですが、新幹線はJR西日本と、在来線と新幹線とで会社が異なります。 JR九州としては、どうやら九州島内にある小倉~博多間をJR西日本に取られた恨みがあるらしく、 新幹線相手に競争しているようです。

もしかしたら、静岡地区も、 在来線と新幹線とを別会社にしたら、 静岡地区の冷遇が続くことはなかったかもしれません。

それと、新幹線もつまんなくなりました。

>二階建て車両、

は、高速運転時の風切り音が問題なので致し方ありませんが、

>食堂車、

は、100系(初期のX編成や、グランドひかりV編成を除く)ではカフェテリアとなってしまい、 300系と500系では、7号車と11号車の2箇所に分割された上で、設備もサービスコーナーに縮小、 それも、後の700系でそれが廃止されて車販基地と化したのに合わせて、 同じく車販基地に改造の上で廃止されちゃいました(T_T) 食堂車は要員の問題(人件費を含む)があるから困難としても、 2箇所の車販基地スペースを合わせたら、かつて0系にあった半室ビュッフェぐらい出来るじゃん!

>個室、

JR西日本のひかりレールスターで復活しましたね。 100系G編成消滅直前のグリーン個室に惜別乗車したからわかるけど、 やはり周囲に気を使わないで済む個室は別世界!!

その反面、グリーン車は16両中3両も要らんでしょ! エクスプレス予約のグリーンプログラムは、どうやらそんな実態を踏まえた上での 「窮余の一策」 と見ました。 ↑ 実際、グリーンプログラムを使うのは、普通車が満席でポイントが貯まった時だったりします。

もし航空便との競争を考えつつ輸送実態に合わせてテコ入れするとすれば、 編成のほぼ中央にあるグリーン車の8号車を、 ビュッフェ(念願の復活!!)と グリーン個室(航空便のファーストクラスや、はやぶさのグランクラスに対抗)の 合造車として魅力付けを図る一方で、 定員確保の観点から、 8号車の半室ビュッフェ設置で不要となる7・11号車(いずれも普通車)の車販基地を潰した上で、 普通車の客室拡大に充てる(同時に、7・11号車の特殊性が必要なくなり、ある意味で合理的か?)

…と妄想してみたけど、 JR旅客6社の中で最もオツムが堅いと言われているJR東海がやってくれるなんて思えないなあ。。

それと、忘れちゃいけないのが、 JR東海が機関車運転士の養成を一切行わなかったこと!! 表向き採算性を理由に縮小均衡を図った国鉄改革の方向性を考えると、 Bハネ1両当たりの定員が、昼間の在来線特急1両の半分程度しかない上に、 乗務員の深夜手当てが必要となる夜行寝台列車は、 一部のフラッグシップ的な列車を除けば廃止の方向だったようですが、 東海道ブルトレや、同じ車両を使っていた急行銀河の廃止が予想以上に早かったのは、 JR東海のこうした特殊な施策が背景にあったようです。

新幹線の動かない時間帯のリレー列車にもなり得ると思うのですが?

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以上、ハマコーから 「何でもカネで解決しようとする。」 「中川(一郎元衆院議員)君が苦しみながら死ぬのを、見て見ぬふり」 等、厳しい評価をされた、生前運輸族議員だった三塚博のキャラと被るように思えてなりません。 もしそうだとしたら、生前の彼の行いが、 JRや地元・宮城3区の選挙民に対して、東日本大震災級の甚大な被害をもたらした可能性がある!! …と言ったら言い過ぎでしょうか(笑)

さて、東北新幹線で最後の徐行運転区間として福島~一ノ関間が残っていましたが、 今日から徐行運転が解除され、 待ちに待った通常ダイヤ復活です。

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最終更新:2011年10月31日 21:19
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