趙 匡胤(ちょう きょういん、天成2年2月16日(927年3月21日) - 開宝9年10月20日(976年11月14日))、北宋の初代皇帝(在位:960年2月4日 - 976年11月14日)。廟号は太祖(たいそ)。趙家は五代十国時代の動乱の中で歴代王朝に仕える軍人の家柄であり、趙匡胤もその縁で後周に仕える。後周の第2代皇帝・世宗に仕えて数々の手柄を立ててその片腕となる。世宗が早世すると後周随一の実力者となり、それを背景にして後周から禅譲を受けて宋(北宋)を興す。以後は節度使から権力を奪って皇帝の中央集権化を成し遂げ、さらに華南に割拠する十国のほとんどを滅ぼして北宋の基礎を築き上げた名君となる。しかし統一直前に謎急死を遂げた。