リビアとは北部アフリカにある国の一つでエジプトに接している。2011年までは世界一簡単な国旗と世界で英国に次いで長い国名と40年以上も指導者の椅子に座り続けた独裁者がいる国だったがクーデターで崩壊し指導者であるカダフィも連行中に抗争に巻き込まれ頭に銃弾が当たり死んだ。 現在はリビア共和国で国旗も従来のものへと戻った。ちなみにリビアの石油は良質で誰もがほしがっていたというだからアメリカやイギリスなどが反政府派の見方をして政権を転覆させついにカダフィを指導者の椅子から引きずり降ろすことに成功している。かつては反米といわれた国だったが今回の動乱及びクーデターで*親米になったっぽい。カダフィが政権についてから選挙というものは行われてこなかった。実はカダフィもクーデターで40年ほど前に政権を転覆させた経歴を持っていた。 あれはリビア王国時代、国王がスイスで療養中に当時青年だったカダフィは王がいないことをいいことに仲間とともに政府を乗っ取り無血クーデターを成功する。カダフィは貧民に優しい政治を行って政治体制も議会制民主主義から直接民主制へと切り替えた。しかし選挙はまったくと言っていいほど行われてこなかった。また独裁国家であり夜間人気のない場所を散歩しても治安はまずよかったうえにイスラム教国でありながら女の自動車運転が認められていたという。さらに他の国にはない不定期開催のイベントがある。それは自らの運転でパワーショベルカーで刑務所の壁を破壊し囚人全員を釈放するイベント「自由の日」というのがあった。こんな荒くれな波乱万丈な指導者でアメリカのとある長官は「アラブの狂犬」と皮肉を込めて呼ばれていた。国旗が簡単だった理由とは、カダフィ政権時代の国旗は緑色のハンカチを風にはためかせるだけのようなものだった。これは元々リビアは隣国エジプトとリビアラブジプト連合を結成していたことまで遡る。ある日エジプトがイスラエルと国交を結ぶとこれに怒ったカダフィはエジプトと連合を解約。断交してしまった。そして夜間に電話で部下達を起こし突然「エジプトと絶好したから翌朝までに新しい国旗を作れ!」と命令。これに困惑した部下達は苦肉の策でイスラムの特色である緑をヒントにできたのが・・・。まさに緑一色の国旗であった。考え付かなかったとはいえ単純に緑とは誰が思ったであろうか?気づいたときには朝になっいてさっそく部下達はカダフィのもとへ国旗の試作品を持ち込む。カダフィも単に緑一色の国旗にギョッとした様子だったが部下達が由来などを説明するとそれに納得したのかさっそく新国旗として採用。以降クーデターで転覆するまで長年愛され続けてきた。国旗が緑一色なので「ミドリビア」とよばれることもあったというがどうだ?*。リビアが今まで反米だったのはイスラエルという国を支援したのはアメリカというのが理由だろう。もちろんリビアだけでねぇくイスラエル周辺のアラブ諸国も敵意を露にしたであろう。今回2011年に起きた動乱では石油の利益が国民に還元されずカダフィと側近などの関係者だけに回されたことから住民の不満が募ったものである。また一部で支持されながらも東部の住民は長年冷遇され続けてきたことも理由だろう。