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残留日本兵

ざんりゅーにっぽんへー


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残留日本兵(ざんりゅうにっぽんへい)とは、第二次世界大戦の終結に伴う現地除隊のちも祖国へ復員せずに現地に残留した旧日本軍の将兵を指す。

概要

日本軍の兵士としてアジア太平洋諸国に駐留したものの、1945年8月の終戦により現地で武装解除、除隊処分とされたが、連合国軍の占領下におかれた日本に戻らず、内戦状態に陥った中華民国や、再びヨーロッパ諸国やアメリカなどの植民地支配下に戻されたこれらの地に残留した、もしくは残留を余儀なくされた将兵が多数存在した。

彼らは終戦後にヨーロッパ諸国の植民地に戻されたインドネシアマレー半島インドシナ半島などにおいて、以下のような様々な理由で帰国を断念し、現地に留まることになった。

  • 大戦終結後隆盛となった民族解放運動や、反植民地支配の独立運動に身を投じる決意を固めた。
  • 命令を受けて残置間諜として活動した。
  • 通信が途絶したため、終戦を知ることなく現地で潜伏を継続した。
  • 市街地への空襲・無差別絨毯爆撃や原子爆弾による惨状を伝え聞き、肉親の生存を諦めた。
  • 現地人と婚姻関係を持った。

その結果、独立運動軍の将兵となったもの、各地で日本居住時の生業・特技で生活基盤を築き、医師や通信技師、土木技師や運転手などになった者、政変により長期の俘虜生活を余儀なくされた者もいる。

  • ベトナム独立戦争インドネシア独立戦争などでは、将兵の教育や作戦指導するとともに戦闘に自ら加わるなどのものもいた(クァンガイ陸軍中学)。戦後、多くの元日本兵がアジア諸国から独立戦争への功績を讃えて叙勲されている。
  • 中国残留日本軍は現地残留日本人とともに国民党軍共産党軍に分かれて国共内戦を戦った(東北民主連軍航空学校中国山西省日本軍残留問題)。
  • 終戦後、グアムの猟師が不審な男を拘束したところ、旧日本兵であることが判明(横井庄一の事例)。
  • 旧日本兵の中には戦争が終結した事を説明しても信じない事が多いため、元上官に除隊・武装解除命令させて帰還させた(小野田寛郎の事例)。
  • 近年でも『終戦を知らずにジャングルの奥地で身を潜めている』残留日本兵発見の情報がインドネシアやフィリピン等の旧日本軍が展開した地域で流れる事があるが、大半の情報は不確かで真実が甚だ疑わしい(厚生労働省の見解より)。実際に(横井庄一や小野田寛郎等の事例のような)日本兵が存在していた可能性は否定出来ないが、戦後半世紀以上を経た現在では大半が高齢となり、死亡しているかあるいは現地で武器を捨てて半ば土着化している可能性が高く、所在を明らかにしている残留日本兵を除き、もはや存在してはいないと推定されている。

主な残留日本兵一覧

関連項目

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最終更新:2013年12月12日 21:22
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