トルメンティの故郷は、中部にある中規模の海。もともとは大渦の海と言う名前で“呼ばれていた”。
この海では、狭間の日の翌日、海守りが海に大きな渦を起こし、その季節に増えすぎてはいけない海生生物や、
狭間の日に増えてしまった余剰な海水を外に出すことで維持され、
そして海を囲む街は、その海水から取れる荒塩と、鮮魚を取引することで成り立っていた。
人と海守りが平和的に、友好的な関係を築き、また、純血の海守りの絶対数は少なかったが、
強い意志を持って志願するものが後天的な海守りとなることが他の海に比べて比較的多かったため、海の維持も容易であった。
無論、人が後天的に海守りになることは困難だ。多大な苦痛を伴ってなお、死んでしまうリスクの方が大きい。
年齢を重なれば重ねるほどリスクは増える。そして大渦の海の海守りたちはそれを知っているからこそ、
希望するものとその家族にはリスクを嫌と言うほど話し、それでもなおと望む意志の強いものだけを仲間に迎え入れていたのだ。
そういった意味で、この海は非常に稀少な、そして理想的な海であったのだと考えるものは、今でも少なくない。
トルメンティの両親は、大渦の海に2人だけ残った純血の海守りであった。
大渦をたった2人で巻き起こし、海守りへの後天的な目覚めを導き、失われた命への哀悼を持ち、
慈愛の心と、確固たる意志とを持って海を守る両親を見て、そして両親からたくさんの愛情を注がれて育ったトルメンティは、
いずれ自分も両親のようにこの海を守っていくのだと、物心ついたときには受け入れ、誇りを感じていたと言う。
しかし、平和的、友好的とはいっても、全ての人間が海守りたちと共存できていた訳ではない。
そして、海守りたちも決して一枚岩ではなかった。
後天的に海守りになったものの僅かな力しか振るえない者。
思考を放棄し、海守りに依存することでしか生きられない者。
海守りとの取引に入れず、周囲に比べて貧しい生活を営む者。
そして、後天的に海守りになろうとした家族を喪った者。
そういったモノ達の目に、ヴォルティーチェ親子はどれほど嫉ましく映った事だろうか。
幼いトルメンティは、両親や理解ある大人達との幸せな生活と同時に、
そういった者達からの非難、糾弾、疎ましがる目、そういった悪意を浴びて育つことになる。
それでも、大多数の人間と海守りは共存関係にあった。平和と、安寧と、豊かさは続いていた。
その陰に、澱みよりも濁り、海よりも深い深い負の感情を、虚無を、不協和音として抱えながら。
そして抱えきれなくなった不協和音は、ある日御標と言う形で表面化する。
“海に住む半人半魚のモノ達は恐ろしい異形でした”
“偽りの富を翳し長い間人々を騙し続けた異形達は”
“ついに、真実を知る者の手で打ち倒されました。”
“街の人々には、永久の幸福と海の富が約束されて”
“幸せが街を包みました ――めでたし、めでたし”
御標の通りに異形化する海守りが現れ、望まぬ、あるいは歓喜に満ちた争いを人々と繰り広げる最中、
紡ぎ手たちに助力を請い、事態を何とか収束させようと奮闘していたトルメンティの父親が殺されてしまう。
さらに、最愛の夫を喪ったショックからトルメンティの母親も伽藍と化し――そして彼女は、一つの御標を下す。
“恵みを生み出し、愛と富をもたらす海は端から中心まで”
“そこに棲む者全てを包み、守るために凍てつきました。”
“全ての海の物と海守りはその氷の内で幸福の眠りにつき”
“氷のような静寂と永遠の冷たい眠りが、街を包みました”
“後には海だけが残ったのです ――めでたし、めでたし”
曇白に凍りついていく海に呑まれながら、トルメンティは“蒼い鳥”の差し出した選択を掴む。
それは生への渇望であり、悲しみであり、曇白を祓う鮮やかな海色の意志だったのかもしれない。
あるいは、それがトルメンティに課せられた役割であったのかもしれないが、それは誰の知るところでもない。
わかっていることは、その選択がまだ幼かったトルメンティを御標から外れさせ、紡ぎ手として覚醒させたと言う一点だけだ。
そしてトルメンティは今、裁縫師として、紡ぎ手として旅を続けている。
失った故郷への懐旧と慕情を、他の海から譲り受けた小瓶の水に重ねながら。
いつか、もっともっと自分が強くなったとき、氷潔の海と名を変えてしまった故郷を元の姿に戻すと心に決めて。
それは同時に、母を自らの手で殺すことだとトルメンティは理解している。
それでも彼女は歩みを止めない。
例えどれだけ肢が痛もうとも、無理に微笑んで疵を増やしても、幸せそうな夢がそこにあっても。
“物語”が終わる前にたった一つの想いを――故郷に、両親に、“愛して”いるんだと叫ぶ為に。
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