05-811 :_:2008/05/25(日) 07:07:16 ID:B2u04mbD
「何考えてるんだろうな…、俺」
「そんな事、知る訳ないでしょ。馬鹿だ馬鹿だと前々から思ってはいたけれど、
とうとう目を開けたまま寝言をほざき始めた?」
「…お前ってほんっとーに、容赦ってもんがねーな」
目の前には、いつもと変わらない艶やかで長い髪、
聡明な、というより冷徹なといった方がピタリとくる静かすぎる蒼い瞳。
こいつに優しい物言いなんて、はなから期待するほど落ちぶれちゃいないが、
まんま返されると流石にめげる。
いや、こんなやり取りなど日常の事で、いつもの俺なら速攻軽口で応戦するのだが、
今は何故かそんな気力も沸かなくて、そのまま開きかけた口を閉じた。
やべ、俺、結構キテるのかも。

「で?的を射た答えに自らの生を恥じて、分子レベルからやり直す決意でも固めた?」
グッバイ沈黙。俺には思考に更ける時間すら無いのか。

「俺の人生を寝言レベルで済ますなーっっ。あのな、、」
と、ここでため息、デクレッシェンド。ありゃ、マジで今日は言葉が出てこねぇ。

「威勢だけが取りえの輩に、中途半端に沈黙されると気色が悪いね。まぁ、大方、変なものを拾い食いしたんでしょう」
訝しげに眉がしかめられ、長い睫毛が揺れた。
はいはい今日も美人さんですねー。悔しいけど。

ついついぼーっと見てたら、唐突に、すっと冷たいものが額に触れた。

「ふーん、熱は無いようだけど、脳が大分やられているようだね。こんなところで油売っていないで、帰って寝れば?」
・・・アレ?
「普段なら、穢らわしい触るな触れるな息をするな半径3メートル以内に近づくなとか、仰ってませんでしたっけ?」
ひんやりと額に触れる手が何故かとても心地よく感じられた。

「触れても触れなくても、馬鹿は空気感染するらしいし。どうせなら、早めに隔離しようと思って」
答えはいつも通り、素っ気無い。
が、額の手がそのままなのは何故なのデショーカ。
うわー、改めて見ると、近い近い顔が近いよロープロープ。
柄にもなく頬が上気する。

「…体温上昇確認、気の毒にその歳で脳炎とは」
額に当てられていた手がツツーっと頬を通って顎に添えられ、咄嗟に逸らそうとした目線をクイっと奴の方に向かされる。
はっはー、悲しいかな背の高さはこいつのが上だ。
ちくしょーこちとら毎日牛乳飲んでるってのに、全然追いつきやしねぇ。
いや、こいつの方が俺より歳も上だから当然かもしれないけれど。
けど、体裁ってものがあるだろう。少しばかり先に生まれたからってこいつに主導権握られるのだけは、絶対にイヤだ。
覗き込まれる格好になって、俺は正直慌てた。

05-812 :_:2008/05/25(日) 07:08:38 ID:B2u04mbD
なにかおかしい。ほんの数分前まで、ここは日常だった筈だ。
なのになんで、今は魑魅魍魎跋扈する百鬼夜行と化してるんだっ!??
ハッもしかしてこれは世に言うセマラレテイルというやつなのか?誰が?誰に??
俺が?こいつに?!
はっはっはーナニを仰るウサギさん、そんな事起こりえない。100%宣言できるっ!
何故なら、普段の俺はこいつから蛇蝎のごとく嫌われているからで。
自分で言ってて物悲しいものが無い訳でもないが、別段こいつとそんな甘っちょろい関係を望んでる訳じゃないので構やしない。
そもそもこんな、見かけはたおやか、腹の中はススワタリも裸足で逃げ出す真っ黒けな性格極悪美人に、
首輪で引き回されるような人生プランを描く程、俺は人間終わっちゃいない。

すっと首筋に奴の指が当てられ、思わずゾクリと身体が震える。
いやまてこれは孔明の罠だ。ちょっとした勘違いが大惨事を招く!注意一秒怪我一生!

「な…なにが目的だ」
気力だか理性だかを奮い立たせて、搾り出した声に無常な声が答える。

「元気が無いようだから、ちょっと慰めて差し上げようと思いまして♪」
にっこりと極上の笑みで奴は言う。
ハーイ、1番テーブル、敬語入リマシター
ありえない。日常対外用の猫かぶり以外でこいつが、
よりによって!この俺に対して!ですます口調でスマイル0円のサービスだとっ!?

「おまえいい加減n・・・っ!」
投げ掛けた抗議の声は途中で、押し付けられた唇によって塞がれた。

間髪入れず、ヌルッとしたものが入ってくる。
押し出そうとした俺の舌をからめとり口内を蹂躙する舌…。

ぎゃー俺のファーストチッスっっっ!
初めては甘酸っぱいレモンの木陰でドンジャラホイってか、もうちょっと余韻つーかムードつーか、
そう、もっと嬉し恥ずかしな感じであって、こんなディープなのは初っ端からいらねぇよっ!
何より息ができっっ!!…ぐはぁ。

永遠とも思える数秒の間の後、なんとか相手をひっぺがして開放され、思わずなみだ目になる俺。
ああちくしょー噛み付いてやれば良かったと、後になってから思うぜ・・・。

「へぇ、随分と可愛い顔をするじゃないですか。
これしきの事で動揺するなんて、らしくもない。思わず、もっと遊んであげたくなっちゃいますねぇ^^」

デビル・スマイルを満面に咲かせてこっちくんなっ!
あー今だから正直に言うけど、ハイハイハイハイ、ちょっとはいいなーと思ってました。
甘酸っぱい関係など望んでいないと言ったけれど、それなりに、ほーんのほーんの少しは期待なんかもしていました。
わりーなクソッ!こっちだってセーシュン真っ盛りなお年頃なんだよっ!
だけど、だけどだ!こーいうのはなんか違うっってか、おまえ俺で遊んでるだろ完璧にっっ!!

ぜぇぜぇと乱れた呼吸を整える暇も惜しんで、俺は明後日の方向に駆け出した。
ビバ自由!これ以上、淫魔の手に若い身空を捧げてたまるかっ

05-813 :_:2008/05/25(日) 07:12:07 ID:B2u04mbD
がっ。
俺の自由へのロードは、僅か5秒も経たずに途絶えた。
豪快に地面にすっ転んだのだ。正確には、後ろから伸びた魔の手に、はしッと衣服を掴まれて。

キャー後ろからはゾンビがー、じゃない、ゾっとするような艶やかな笑みを向けた悪魔がぁあーー
馬鹿ー俺の馬鹿ー、こんな日にフード付きの上着なんて着てくるんじゃなかったー

「そう簡単に逃がしませんて。いいじゃないですか、何事も経験ですよ?」
あどけなく小首なんて傾げるなっ!
そして、人に馬乗りになるなっ!

「うっさい!マウントとりながら、無邪気な笑み浮かべるな!この暗黒微笑っ!
大体っ!こーいうのはなっ!好きな奴と経験積んでこそなんぼ、っておい?」

怒鳴りかけて、俺は詰まった。
何故なら、俺にのしかかり得意満面だったツラが、唐突にカクンと項垂れたからで・・・。

「あの?もしもし?」

「ふー・・・ん」
2秒程おいて、ゆっくりと上げられた顔と、目線が合った。
っていうか、こわっ!目ェ座ってるし。ナニナニなんなの?
なんか俺、NGワード踏んだっ!?

「面白くない」
ボソリと言う。

ああ、確かに。
今のは我ながらひねりが無かったと思う。
しかもネタ的にも微妙に古いし。

「あーそもそも、暗黒微笑ってどんな笑みだよと小一時かn…もがぐっ」
「どうでもいいです。いい加減耳障りなので、暫く黙っていてください」
という、無機質な宣言と、
どこからか取り出されたハンカチが、俺の口の中に押し込められたのとが同時だった。


押し倒されて、その自重で地面に押し付けられて。
圧し掛かってるのは、歳の割りに華奢な体躯。
ひっぺがえそうと思えば、事もなげにすぐに出来そうなのに、
上手ーく体重移動してるのか、ピクリとも動かない。
というより、出来ない。そうはさせない雰囲気がそこにはあった。
今ここで無理矢理振りほどいて、拒否ってしまったら、
色んなものが壊れて、もう二度と元には戻らなくなってしまいそうで。
なんだか自分でもよく分からない感情に、どうすることも出来ず、俺は固まってしまった。

そんな俺を尻目に、
上着をはだけ、シャツを捲り上げる、細いたおやかな手。

そのまま、剥き出しになった俺の上半身に口をつけ、ペロリと赤い舌で、
ちょ、乳首舐めッッ!てか、舌でなぞるなぁああああああああ

「揉んだら大きくなる・・・んでしょうか?」

HENTAIだー。みなさーん、変態がここいますー!
いや、掴まれるような胸無いから、ホント。だから、揉むなあああああああ
ぞわぞわするわっっ

05-814 :_:2008/05/25(日) 07:13:49 ID:B2u04mbD
そして、胸部をつたい、下腹部に伸びていく一方の白い手。
おーい、洒落になってないー。
そっちは駄目だー、本気で。マジで。勘弁。
もーいい、ここらでストップ!閉店ガラガラー

悲しいかな。俺の心のシャウトは、全て、口いっぱいのハンケチーフによって外界と遮断されていた。
新発見。ハンカチって丸めると意外に丈夫なんだね!

「さっきから何か言いたそうだけれど、どうかしました?
仮にも同じヒト科なら、モガモガ呻いてばかりいないで人語を介してくださいね」
そう囁き、目を細めて、実に楽しそうに人を見下ろしてくる。

そして、無情にも、伸ばされた手の動きは止まらない。

「あぅ・・・くっ」
突然きたソレに、たまらず、布越しに声が漏れた。
ちょっマジでやばいこいつホントなに考えてんだってああナニかって、
いやいやいや、来る、と思った場所を逸れ、煽るかのように、太ももなぞる手が実に巧妙かつ大胆に、
もうちょっとでピンポイント爆撃地3秒前…ってアフォか俺の頭。
こーいうときはあれだ、クールだクールになれっ素数を数え息を吸って深呼吸ー
ハイいーちにーさんしーっ、て4は素数じゃねーーーーーーーーっっ

「どうしました?何をして欲しいのか、ちゃんと言えたら、ご褒美をあげますよ?」


顔は笑っているのに、その細められた瞳はどこまでも冷たい。


ああ、そっか。
コイツにとっちゃ、これはゲームなのか。


そう思った瞬間、唐突にして、突然、思考が冷めた。

05-815 :_:2008/05/25(日) 07:16:40 ID:B2u04mbD
大体、人をひっぺがえしといて、自分は脱いでさえいないってのが卑怯だ。
なんだよ俺ばっかりかよ、俺ばっか、こんな崖っぷちの精神状態で、こいつは余裕しゃくしゃくで。
要するに、今のコレはこの状況は、こいつの暇潰しで。
ただ俺で遊んでるだけで。
何だよ、結局俺は、こいつにとっちゃ、イジリがいのあるオモチャに過ぎないのかよッッ!!

「っ、何も泣かなくても」

泣いてる!?誰が!??俺が???
ハッ、馬鹿にすんな!!そりゃ、言葉遣いは汚いし、ムネはないし、
オンナノコらしさのかけらもない、ナイナイづくしの男女もどきだけれど、
こちとらそんなに、おセンチで安い女じゃねーんだ!

泣いてるだって??そんな訳あるかっっ!今まで生きてきた中で、人前で泣いたことなんかあるもんかっ
もういい!もう知るか!もう知ったことじゃない!

『ドン』

それが合図だった。
俺は奴を突き飛ばし、立ち上がり、涎でベタベタになった口のハンカチを吐き出し、
乱れた服の前を掻き合わせた。


ああ、分かってる。
こんなガサツな俺と違って、お前は、そりゃお綺麗なお顔をしているからさ。
男の癖に、って言い方も気に障るが、下手なそこらの女どもよか、よっぽど美人だよっ。
で、声を掛けりゃ、なびかない女はいない眉目秀麗様が、どうして俺になんかに構ったんだ?
なんだ?たまには珍奇なモノを食いたくなったとか、そんなとこか?
馬鹿にするなよ、コンチクショウ!

言いたいことは山ほどあったけれど、
どれも声にならず、俺は、ただただ奴を睨み付けた。
いや、泣いていたのかも知れない。
口を開けば、怒鳴る変わりに泣き叫んでしまいそうで、奥歯を噛み締めていた。

奴は地面に尻餅を付いたまま、唖然として俺を見上げていた。

そりゃそうだろう、俺だってもう訳わかんねーよ!!

「二度と、だ。俺に構うな」

噛み締めた奥歯から、搾り出すようにそれだけ言って、俺は後も振り返らずに走った。
頭の中はぐちゃぐちゃで、口の周りは涎でベタベタ、拭っても拭っても何故か視界もぐちゃぐちゃで、
ただ何かから逃げ出すように、俺は手足をめちゃくちゃに動かして走った。


「・・・なんでこうなるんでしょうね」
誰もいなくなったその場所で、男が呟く。

「人の話を聞かない、人の気持ちを全く意に介さない、
いつまで経っても何も気付かない、気付けない、馬鹿にはいい薬だと思ったんだけれど」
と、彼女が残した、吐き出したハンカチを拾い上げる。

「いいですよ、諦めが悪いのは性分です。
それに。逃がす気なんて毛頭ないしね」

少なくとも、表面上はいつもと変らぬ穏やかな笑みを浮かべ、
彼は、そのハンカチを大事そうに握り締めた。

最終更新:2012年01月24日 09:47