- 06-168 : ◆/pDb2FqpBw :2008/10/04(土) 16:49:08 ID:nuwGeeHY
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「しまったな・・・」
鏡越しの自分の姿を見て自然と肩が落ちた。
思ったより落ち着いているのは性格が故かそれとも生まれが故か。
それとも鏡の向こうの姿がそんなに酷くはないか。と馬鹿なことを考えている自分がいるからか。
確かに鏡の向こうにいる自分は腰のくびれたスタイル、雑
誌にでも出てそうなくらい必要以上に大きくいやらしい感じの胸、肩まで伸びる艶やかな髪、
肌の白さ、たおやかな顔つき。
その全てが完璧だった。
女性としては。
- 06-169 : ◆/pDb2FqpBw :2008/10/04(土) 16:50:34 ID:nuwGeeHY
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初めは男性として産まれ、地球で言えば生後8210日、
つまり22歳と大体半年位後に突如肉体が女性へと変化する。
これはラミアス星の女性に特有の現象だ。
最も、その日数に関しては環境による影響も多いらしく、
1000年程前にラミアス星が現存していた頃はその半分、4000日程度であったそうだが。
何故ラミアス星人がこんな不思議な事になっているのかは
成長するまでは天敵からの攻撃を回避しやすい男としての姿を保った方が種にとって有益であったとかいう
なんとなく判りやすい科学的な意見から、
人間型種族としては珍しく他の人間型種族との交配で妊娠が可能である為、
(地球含めて他種族ではこのような例は殆ど無く、
無論地球の女がラミアス星人の男と交配した結果、妊娠する事は不可能。
この事から必然的にラミアス星人の女性のみが他の種族との交配が可能と言う珍しい種族である。)
種族全体の尊厳を守る為に自らの交配相手を選別可能となる年齢までは男として生きるべく
神様がそうしなさったのだとかいう宗教的な見解まで様々ある。
らしい。
らしいというのはラミアス星人の事なんて昔々に小学校の道徳の授業で聞いた位の知識しかなかったからだ。
学校の授業は真面目に聞いておくものだと今日のこの日、初めて思った。
酷い話だ。
確かに母親は俺を産んですぐ死んだらしいし、オヤジも俺が14歳の夏に事故で死んだ。
オヤジも母親も家族の縁に薄い人だったらしくそれ以来天涯孤独に生きてきたから
確かに事情を知っているような人は俺の周りにはいなかった。
- 06-170 : ◆/pDb2FqpBw :2008/10/04(土) 16:52:35 ID:nuwGeeHY
- もしかしたら役所に行けば判ったのだろうが
残念ながらお上には世話にならねえという無駄な江戸っ子的意地と
それと引き換えにした公的機関とは出来るだけ距離を置きたいような荒れた10代後半の生活を送った所為で
役所に行くような機会はなかった。
今の仕事場も労働条件を無視する代わりに労働者の素性も前科も関係ねえっていう職場だから働けているようなものだ。
それにしてもお袋がラミアス星人ならそうと言っておいて貰わなくては困る。
オヤジもまさか事故で死ぬとは思わなかっただろうが、
こういう大事な事はさりげなくどこかに書いておくなりしておけば良いものを。
そういう所にものぐさにしておくと息子が22になってこんな目に会う羽目になる。
非常に邪魔なでかいおっぱいを押さえつつ箪笥をひっくり返し、
どれを着てもブカブカになりそうな馬鹿でかい服を引っかき混ぜながら
そんな事を考えているとドアがいきなり開いた。
そうだ。あまりの事に忘れていた。
怒号が響く。
「おう!信親!いつまでのんびりしてやがるんだこのやろう!
オヤっさんに怒鳴られねえうちに仕事行くぞおう!お・・・う?」
思わず胸元を両手で掻き合せつつびくっと震える。
身体も変われば反応まで変わるのか。
実に女らしい自分の仕草が恐ろしい。
普段なら「馬鹿やろう手前、ノックぐれえしねえかこのやろう。」
と叫び返して拳骨の一つも振るっていただろう。
- 06-171 : ◆/pDb2FqpBw :2008/10/04(土) 16:55:32 ID:nuwGeeHY
- ドアの方に顔をやると年の割に老けた印象の髭面が固まっていた。
友人かつ仕事場の同僚って奴の与一だ。
15でものの見事に一緒に学校をドロップアウトしたあと同じように一緒に見事に世間の爪弾き物となり、
ここ、海上コンビナートのオヤッさんに猫みたいに拾われるのまで一緒って言う所謂兄弟よりも濃いなんとやらっていう間柄だ。
当然お互いの女関係どころか昨日の昼飯に何喰ったかまで知っている。
その兄弟分の部屋に踏み込んだ瞬間これだ。
自分は今朝しこたまびっくりした後だったから良いが、こいつはたまらないだろう。
それでもこの髭面は何かいわなければならいと思ったのだろう。
ごくりと喉を鳴らしてから俯いた。与一は哀れなほど髭面を真っ赤にしている。
「す、すまねえ。も、申し訳ねえお姉ちゃん。そ、その、仕事の時間だからよ。
その、い、一緒にいかねえかって迎えに来たんだけどその、信親はどこかな。」
しどろもどろに呟く髭面に冷めた声で返してやる。
「海上のコンビナートに姉ちゃんが生えるわけないだろう。馬鹿かお前、与一。」
髭面の与一がばっと顔を上げる。と、俺の裸の上半身が眼に入ったのだろう。慌てて後ろを向く。
忙しい奴だ。
「確かにそうだ。じゃ、じゃあな、な、な、なんだお姉ちゃん誰だあんた。
の、信親はどこだ?信親をど、どこにやりやがった!へ、返答次第じゃた、た、ただじゃおかねえぞ!お
、おう、怖いだろ、怖かったら本当の事言いやがれ!」
「与一、服着るからちょっと待っててくれないか。オヤジに事情を説明しに行かないといけねえ。」
口調は兎も角、自分の声は情けないほどたおやかで美しい響きを持っていた。
- 06-172 : ◆/pDb2FqpBw :2008/10/04(土) 16:58:40 ID:nuwGeeHY
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幸いオヤッさんの事務室までに人に会う事はなかった。
会ったら大変な事になっただろう。海上コンビナートにいる女なんざ年齢は50以上、
体重はその倍はあってお玉で人の頭をぶん殴る趣味がある食堂のおばちゃんくらいなものだ。
恐ろしい事に男所帯の海上コンビナートじゃそのおばちゃんですら口説く対象になったりする。
ぶかぶかの作業着を着てはいるものの明らかな女が歩いていたなんて噂になった日には
コンビナート中の奴らが仕事をおっぽり出して集まりかねない。
冷めた鉄筋の床を歩くといつもならガコガコ鳴るそれが今日の俺が歩くとカンカンと軽快な音を立てた。
体重が軽いからか。そんな所まで女だ。
与一と二人で周りを見渡し、事務室の扉を叩くといつも通りの野太い声が聞こえた。
「何だコラ。給料は上げねえ。休みもやらん。それ以外のことならドア開けろ。」
「オヤッさん、与一です。ちょっと問題があって。」
「・・・朝っぱらから手前の顔は見たくねえ。どうせ腹がいてえだのそんな事だろうが。信親起こしてさっさと仕事に行け。」
「いや、そうじゃないんで。ああ、もういいや。ちょっと開けますよ。」
これ以上事務室の前にいたら誰かに見られないとも限らない。ドアを開けてまず俺が部屋に入った。
続いて与一も入って扉を閉める。
許可無く扉を開けた無作法を咎める様に金壷眼を三白眼にしてにゅっと睨みつけてきたオヤっさんが俺の顔を見る。
と、その顔が初めて見るくらいにぎょっと強張った。
とち狂った工員がショットガン片手にオヤッさんを人質にした時にも見せなかったような顔でワナワナと震えると
190Cm を優に超す上に筋骨隆々の馬鹿でかい身体を椅子から浮かせてこちらに向かってくる。
- 06-173 : ◆/pDb2FqpBw :2008/10/04(土) 17:03:28 ID:nuwGeeHY
- 「オヤっさん、実は相談してぇ事が。」
「オヤッさん、実は困った事・・・」
「この、馬鹿野郎が!!」
俺と与一が同時に口を開いた瞬間、オヤっさんの鉄拳が与一に飛んだ。
推定5kgはあるんじゃないかという砲丸みたいな拳が与一の頬にめり込む、と、
こちらも体重は優に90Kgを超す与一がガツン、ガツンとキャビネットと書類棚を吹き飛ばしながら3メートルは吹っ飛んだ。
仰向けに倒れたままピクリとも動かない。
オヤっさんは返す刀でという感じに俺に振り向くと、バッタみてえな素早さでおもむろに床に正座し、両手を突いた。
そのままの勢いでガツンガツンと見事に禿げ上がった頭を鉄製の床に打ち付ける。
「申し訳ねえ!いや、も、申し訳御座いません。!こ、こ、この馬鹿野郎の不始末にはお詫びの言葉もありません!」
「いや、オヤっさ」
「いやさ、お姉さん。俺なんかがこんな頭を下げたって何にもならねえ事は判ってます。
しかしあなた様へのお詫びはこのクズ野郎に代わってこの俺が出来る限りの事はさせてもらいます。
言い訳するわけじゃあねえが、一時の気の迷いなんです。
この野郎、姉さんみたいな別嬪さんを眼にしていてもたってもいられなくなったに違いねえ。
俺が悪い。俺が悪いんです。
どんな馬鹿でも力仕事を覚えりゃ人様に悪さはしねえと工場に叩きこんだがこいつ、中々性根が直りやがらねえ。
一緒に連れて来た野郎はそれでもそこそこには働くもんだから一緒にいつかは立ち直るだろうって甘やかしちまった。
それでも根っこの所は悪い奴じゃあないんです。
馬鹿野郎だが、本当は弱い奴を殴るような、弱いものをいじめるような、そんな馬鹿じゃあねえんです。
根っこの所は優しい奴なんです。
これは一時の気の迷いに違いねえ。いや、姉さんにそんな事が関係ないって言うのは判っている。
この度の事は全部この野郎が悪い。
こんな熊みてえなクズ野郎に女の操を奪われたって事がどんなに辛い事か
俺には判るべくもねえがきっと死ぬほど辛かったに違いねえ。さぞ怖かったに違いねえ。
申し訳ねえ。本当に何て言っていいかもわからねえ。
姉さん、申し訳ねえ。本当に申し訳ねえ。
こんな所で働いてっと男しかいねえもんだからついつい姉さんみたいな別嬪さん見てこの馬鹿野郎、
頭おかしくしちまったに違いねえ。
でも今回の事は、本当に悪いのは俺なんだ。
こんな工場に放り込んでこいつに遊びの一つもさせてやらなかった俺が悪いんです。
姉さん、取りっ返しのつかねえことだろうが、どうか、どうかどうか勘弁してやっておくんなさい。
殺してやりてえとお思いでしょうが、でしたらこの俺を刺してくだせえ、撃ってくだせえ。」
おいおいと身を揉んで涙を流しながらオヤっさんは申し訳ねえ、申し訳ねえとガンガンと頭を床に打ち続けている。
なんだか気の毒になってきたんで膝を屈めてオヤっさんの肩に手を置く。
「オヤっさん。海上コンビナートの上で女、攫ってこれる訳ねえでしょう。
与一はこの前のミスでもう2ヶ月も陸に上がらせて貰ってねえんだから。」
そう言うと、身を揉んでいたオヤッさんの身体がピタリと止まった。
- 06-174 : ◆/pDb2FqpBw :2008/10/04(土) 17:07:10 ID:nuwGeeHY
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「それにしたって信じられねえ。」
「歯が痛え・・・思いっきりぶん殴りやがって・・・」
「信じられねえのは俺ですよ。」
しきりに頭を振りながらオヤッさんは頭を抱えた。
「それにしたってメスゴリラが出てくるんなら話は判る。なんでそんな別嬪になってんだお前。
石鹸じゃあるまいし、擦れば体積が減るってもんでもねえだろう。見たところ3分の1位になってるんじゃねえか?」
「3分の1は言いすぎでしょうが。精々半分弱、ってとこでしょう。
理由なんて俺にだって判りませんよ。起きたらこうなってたんだ。」
「お前には期待してたのによう・・・こうなっちまったらしょうがねえけどなあ。」
にゅっと真っ赤に腫らした顔を出した与一が叫ぶ。
「そういや聞いた事あるぜ。ラミアス星人ってのは全員が全員スゲエ良い女だって。スゲエな!な!信親。」
「てめえは黙ってろ。」
「なんだよ、良いじゃねえか。俺なんて鼻が高いぜ。信親がこんな美人になったって知ったらみんなびっくりし」
そこまで言った与一の胸倉を掴み上げる。
情けない。男の頃なら片腕で持ち上げられた与一の身体が両腕で掴もうと揺すぶろうとビクともしない。
悔し紛れに頬を張り飛ばす。
「痛え!」
「誰かに言ったら承知しないからね!」
「な、なんでだよ信親。いいじゃねえかよ。良い事じゃねえか。皆だってきっと」
もう一度ぶん殴ってやろうと手を上げた瞬間、オヤッさんがぽつりと呟いた。
「ていうか信親。お前女言葉になってるぞ。似合ってるけど。それに殴る手が平手だ。」
言われて気がつく。
手を下ろした。
- 06-175 : ◆/pDb2FqpBw :2008/10/04(土) 17:09:09 ID:nuwGeeHY
- 朝から気がついていたことだ。ラミアス星人だからなのか、
人とは身体に心が引きづられるものなのか。それは判らない。
馬鹿だから難しい事は判らないけれど。
今朝、女の姿になった時から今まで当然のようにやってきた事に違和感を感じるのだ。
まず言葉遣い。俺だとか手前だとかそういう言葉が如何にも言いづらい。
なんだか冗談でも言ってるかのようだ。
例えば昨日まで絶対に言わなかったであろう僕だとか私だとか
そういう言葉を自分が言っているかのように気恥ずかしく感じるのだ。
逆に私とかそういう女言葉にとても馴染んだ語感を感じる。
恐らく諸処の動作もそうなのだろう。
作業服を着ているのにも関わらず俺は今、無意識的に両膝をぴったりと閉じている。
昨日までならオヤッさんの前でも椅子の上で大あぐらをかく癖があったのが今では考えられない。
「わ、わたし、じゃない俺、どうなっちまうんですかね・・・・」
「いいじゃねえか。信親。こんな別嬪になっちまったらもてもてだぜきっと。」
「お前は黙ってろ。信親。お前どうするつもりだ?」
「わかんないです。鉄筋担ぎもこの身体じゃあ、迷惑かけちまいそうだし。
マシン関係なら出来るかもしれないですけど。」
俺がそう言うとオヤッさんが茶を噴いた。
「お。お前!、まさかこのままここにいるつもりじゃねえだろうな。」
- 06-176 : ◆/pDb2FqpBw :2008/10/04(土) 17:10:44 ID:nuwGeeHY
- 思わず腰を浮かす。
「えええええええ!ちょっと待ってくださいよ。
ま、まさか俺の事追い出すつもりですかオヤッさん。」
「だ、だっておめえ、そのなりでここで仕事はなあ。」
「やれる仕事をやりますって。追い出されてどうするんですか俺。」
冗談じゃない。自慢じゃないが天涯孤独の身。
力仕事をやってる男の常で貯金何かは陸に上がる度に酒とギャンブルに使ってしまって殆どない。
放り出されたら早速喰うのにも困る。
「でもそんだけ別嬪なら信親、結構稼げるぜきっと。」
「与一、お、お、お前!友達に身体売れって言うのか。」
「いやいやいや、そ、そうじゃねえけど。」
「追い出されてどこにいけばいいんだよ!ひどい、じゃねえ冗談じゃねえぞ。
自慢じゃねえがわたし、いや俺は今まで鉄筋担ぎしかやった事ないのに!」
俺が猛烈に叫ぶとオヤっさんはがっくりと首を折った。
「ああ、そうか。おめえ、ここにいたいんか。」
慌てて首を縦に振る俺を前に、オヤっさんはふう、と溜息を吐き続けた。
最終更新:2012年01月24日 09:55