03-260 :名無しさん@ピンキー:2006/01/20(金) 22:56:18 ID:p78IUs+A
今日も長い日だった。
ここ何日かは、ミルイヒを降したスカーレティシア城攻防戦の戦後処理でずっと追われていた。
戦死者や負傷者の人数の整理、降伏した帝国兵の処分、開放した街の首長達との折衝。
それらを大体終えてトラン湖の本拠地に帰ってきてからも、次の戦いに備えての
戦力の建て直しで息つく暇もない。うちの軍師も幹部もつくづく働き者だ。
今日の会議もやっと終わったのが深夜。サンスケに無理を言って、風呂を開けてもらって、
ゆっくりつかった。あったかくて気持ちいい。
こんな風にゆっくり風呂につかれる日が戻ってくるとは、戦ってる間は思いもしないから不思議だ。
サンスケが用意してくれた浴衣を着て、部屋に戻る。
下着はつけるがめんどくさくて付けなかった。すごく無防備なカッコで本拠地の中を歩くことになるけど、
まぁ深夜で人通りないし、強姦魔やら刺客やらいてもぶっとばせるし。多分大丈夫だと思う。
こんなカッコで部屋に戻ったら、きっとアイツは…グレミオは怒るんだろうな。

「何てはしたない格好をしてるんですか!!」って、カンカンになるに決まってる。
でも、もうその声を聞くこともないから。
二度と聞けないから、わざとこういうカッコで歩きたくなったのかもしれない。
もうグレミオはいない、それを受け止めていかなきゃいけないんだと、言い聞かせたかったのかな。
風呂で気持ちよくなったはずなのに、やっぱり暗くなってしまった気持ちをどうにもできなくて、
力いっぱい部屋のドアを開けた。

03-261 :名無しさん@ピンキー:2006/01/20(金) 22:57:40 ID:p78IUs+A
「よぉ、ティル。イラついてるなぁ。」
ドアを開けたら、部屋の中には熊がいた。ワインのビンを持って私のベッドに座ってる。
熊のくせに、女のベッドに座るなよ、と言ってやりたかったけど。やめといた。めんどくさい。
私は無言で歩いて机の前の椅子に座る。こいつとベッドの横に座るなんて癪だから絶対してやらない。

「おいおい、せっかくいい酒持ってきたのに邪険にするなよ。グラス借りるぜ?」
了承する前にもうそいつはグラスを抱えてた。あんまり使うことはないけど、
来客用に置いておいたグラスを、二つ勝手に使ってワインを注ぎだす。

「ビクトール、私はまだ17なんだが。忘れたのか?」
「忘れてやしないさ。17ならもう十分飲める。」
私の言うことなど意に介さずという感じで、注いだグラスを手を伸ばして進めてくる。
私も、これまで一度も飲んだことがないというわけじゃないから、しょうがなく受け取った。

「カナカン産じゃないけどな。かなりいいもんがスカーレティシア城に置いてあったんでな。
ちょっといただいておいたんだよ。」
「お前…最低だな。火事場泥棒みたいなもんじゃないか。」
「へへ、まぁワインの一本ぐらいあの軍師さんも目が行き届かないだろうよ。」
そういって、ぐいっと煽る。ワインの飲み方じゃない。それじゃ水だ。
そんなことをこの男に言っても仕方がないことも分かってるので、何も言わずに
私も少し口に付ける。確かにいいワインだった。さすがにあの伊達将軍の城のワインだ。

「な、うまいだろ?」
「まぁな。悪くない。」
「だろう?ほら、もう一杯いけよ。」
気をよくしたのか調子にのったのか、あまり減ってない私のグラスにさらに注ぐ。
味は悪くないし、私も飲みたくなかったわけじゃなかったから、それからしばらく二人で飲み続けた。
どんどんワインが減っていく。ビンの残り3分の1ぐらいになったところで、熊が突然話かけてきた。

03-262 :名無しさん@ピンキー:2006/01/20(金) 22:58:30 ID:p78IUs+A
「なぁ…お前、ミルイヒを許してやったよな。」
「ああ、彼は、操られていただけだから。」
ミルイヒを倒した後、正気に戻った彼を私は許した。彼を仲間に引き入れた。
帝国五将軍の彼を味方にすることは軍にとって重要なことだ。降伏した兵たちの扱いも楽になる。
躊躇するべきことではなかった。例えミルイヒが、笑いながらグレミオを殺した人間であっても。
思い出した私は、グラスを強く握りしめそうになって危うく力を抜く。割ってしまうところだった。
そんな私の内心をまるで読み取れないのか、ビクトールはさらに言葉を繋いだ。

「立派だったぜ、リーダーとして。俺にはとてもできなかった。
まさか俺があのフリックにあんな風に諌められるとは思わなかったがな。青い奴だと思ってたのに。」
ははは、と軽く笑う。私の頭に一瞬で血が昇った。何で笑えるんだ?
こいつだけは、こんなことを軽く言える奴じゃないと思ってたのに。

「なぁビクトール…。」
「ん?」
あいつの目を見据えて言う。目に最大限の怒りを込めて。

「お前、グレミオが死ぬって分かってたんだろ。」
「…!」
熊の表情が硬くなる。こいつがこんな風に動揺を見せるのは珍しいから、もっと言ってやりたくなった。

03-263 :名無しさん@ピンキー:2006/01/20(金) 22:59:41 ID:p78IUs+A
「あの時、虫の知らせがあるって、お前言ってたよな?何でもっと強く止めなかったんだ?」
言いながら、椅子から立って一歩あいつの元に詰め寄る。

「お前がもっと強く私を止めてたら、『連れて行ったら死ぬから』って言ってくれてたら、
あいつは死ななかったんじゃないか?なぁ。」
また一歩詰め寄る。目の前でビクトールは黙ったまま私を見つめている。つらそうな表情で。
何で、『馬鹿なことを言うな』と言わないんだ?無茶なことを言ってるのは私なのに。
私も、自分がどれだけ理不尽なことを言ってるのか、自分でも分かってたはずなのに、
ビクトールを責めていると段々と気持ちが興奮してくる。
グレミオが死んでいった、あのシーンが何度も何度も頭の中で繰り返されそうになる。

「お前が、お前が止めてくれてたら、グレミオは死ななかったんだ!!」
とうとう私力いっぱい叫んで、ビクトールの襟首をつかんで揺さぶる。
そのまま、ベッドに押し倒して上にのる。それでも気持ちは収まらなくて、
厚い胸板に何度も拳を振り下ろした。

「何で、何で、何で止めなかったんだよッ!!」
気づいたら、私の目からは熱いものが溢れていた。力いっぱい暴れた後、
ようやく自分が泣いてること、泣き叫んでることに気づいて、止まった。
見苦しい。グレミオが着いてくることを最終的に認めたのは私自身なのに。
醜態を晒してしまったことが恥ずかしくて、顔を上げられなかった。熊が今私をどう見ているか、怖い。
止まったまましばらく動けないでいると、私の背中に手が回ってきた。
そのまま力を込めて抱き寄せられる。
跳ね除ける気持ちにはならなかった。太い腕に抱きしめられているのが気持ちよくなって、
なぜかまた泣けてきた。泣くたび抱きしめる腕の力が強くなる。

「ごめんな。」
と、小声で聞こえてきたから、ビクトールの顔を見た。笑うような泣くような顔で私の方を見ている。

03-264 :名無しさん@ピンキー:2006/01/20(金) 23:00:46 ID:p78IUs+A
それを見て、唐突になんでこいつがあんなことを言ったのか気がついた。
こいつは、熊みたいなのに、何故か誰よりも人の心に気がつく奴だったじゃないか。それを忘れていた。
多分、私を泣かせたかったんだろう。気を張って泣けてないことを分かってたのかな。

「ぷっ、あははははは!」
何もかもこいつの思惑に嵌まって動いてしまった自分自身がおかしくて、笑いがこみ上げた。
泣いてすぐ笑ったから、目からはまだ涙がこぼれてる。恥ずかしいったらありゃしない。
すまなさそうな笑顔で私を見るビクトールの顔を見てると、何だか少し悔しくなった。
翻弄されっぱなしで終わるのも嫌だったから、私は笑いを止めて、唐突に熊に顔を近づけて、口付けしてやった。
ビクトールの目が驚きで見開かれている。おかしかった。さすがにこれは予想できなかったろう?

03-265 :名無しさん@ピンキー:2006/01/20(金) 23:01:55 ID:p78IUs+A
そのまま舌を差し入れる。舌を使うのは初めてだったけど、何とかビクトールの舌を捕らえて
絡めとろうとしてやる。熊の舌が狼狽して逃げようとするのがますますおもしろい。
遊ばれるのにとうとう堪え切れなくなったのか、ビクトールの腕が私の体を掴んで引き離した。

「ぷはっ、お、お前何考えてやがる!」
「別に。お前の顔が気に入らなかっただけ。」
「気に入らない相手にこんなことをするのかよ、お前は!!」
普段冷静なこいつが、顔を真っ赤にして怒ってる。

「何だよ、17の娘がこんなことしてくれてるのに、失礼な奴だな。」
「…ちっ、ま、いいや。お前が笑えるならそれでいい。さ、もうどけよ。」
納得しきれてない、って感じだけど、もうその場を収めようとして私をどかせようとする。
つくづく不思議な奴だ。豪快で、何も考えてない風に振舞うくせに、こんな形で慰めようとしてくる。
私はこいつの気持ちとかこの夜をこのまま終わらせるのが勿体無いという気分になっていた。

「なぁビクトール。」
「今度は何だ?」
「私を抱け。」
ビクトールがぶっ、と盛大に息を吹いて咳き込む。ああ、やっぱりこいつが慌てる顔を見るのはおもしろい。

「ティル!お前何を考えて…!」
「いいから、抱けよ。リーダー命令だ。」
熊が何か言いそうになったけど、それを遮るのがめんどうなので、私は再び口付けして塞いだ。

最終更新:2012年01月24日 09:14