- 05-203 :くらげ:2007/10/26(金) 10:10:11 ID:UbvC8zlg
- ぼんやりとした白い光。
ゆっくりと像を成していく形。
十秒の時間をかけて成した像もまた、ただの白だった。
真っ白い天井。
「おはよう、気分はどうだい?」
知らない男の人の声。
とても優しい声。
今まで僕が聞いたことないくらい。
「んん………」
僕は声を発しようとするけど、変なうなり声しか出ない。
起きたばっかりだ。仕方ない。
自分が発したその声が妙に高かった気がしたけど、
きっとそれも寝起きだからだ。
「無理はしないほうがいい。
君の肉体はとても長い間眠っていたんだ。
なるべく健康な状態に保つよう努めてはいたけど、
なんせ実際的な運動はしばらく行っていない肉体だから気をつけてくれ」
起き上がろうとした僕に男の人はそう言った。
その言葉が何を意味してるのか、僕にはよく分からない。
僕はとても長い間眠ってた?
一体なぜ?
そもそもここはどこなんだろう?
「正直、本当に目覚めるとは思わなかった。
この手で君を目覚めさせた私自身、正直酷く混乱している。
色々言うべき言葉は考えていたんだ。
でも駄目だな……
全く、言葉がうまく出てこない」
悲しそうな声。
それでいて嬉しそうな声。
激情と優しさが入り混じった声。
「何から説明したらいいかな」
近づいてくる足音。
不意に視界に影を作る何か。
大きな手。
その大きな手は僕の顔を目指して伸びてくる。
僕は咄嗟に目を硬く閉じる。
- 05-204 :くらげ:2007/10/26(金) 10:10:50 ID:UbvC8zlg
- その手が僕の額にそっと触れ、僕はビクッと体を震わす。
体温。
僕のそれより暖かい。
その手は僕の前髪を整えるように、ゆっくりと右に流れる。
僕は目をゆっくりと開ける。
メガネをかけた男の人の顔。
多分40代半ばくらい。
男の人の目がきらりと光る。
嬉しさと、悲しさと、僕の知らない多くの感情を含んだ目。
雫が僕の頬めがけて落ちてくる。
「本当に、この日が来るとは思わなかった」
男の人はその言葉を言うと同時に俯いてしまう。
僕の額から大きな手が離れていく。
僕の視界のギリギリ隅っこで震えながら泣く中年の男。
僕は多分この人を知らない。
僕も少し混乱してるからはっきりとは分からないけど、
でも多分僕はこの人を知らない。
数分の沈黙。
そんなものだと思う。
数えてたわけじゃないけど、多分そのくらい。
僕は何かを言うべきなんだろうか?
多分言うべきなんだろう。
聞くべきことも多分いくつかあるはずだ。
でもその発するべき言葉は一向に出てこない。
僕はいつも何かを言うべき場面で「それ」を言う事が出来ない。
「君にはきっと状況も飲み込めていないだろう。
すまない。
私がきちんと説明をしなければならないのにな……」
力の入らない腹筋に無理やり圧力をかけて搾り出したような声。
多くの感情が混ざり合い過ぎて、それはもはや淡白にすら感じられる。
でも今この部屋の中で、彼以外に状況を推し進められる人間はいない。
彼はその事を知ってる。
だから彼は言葉を搾り出す。
ゆっくり、淡々と。
- 05-205 :くらげ:2007/10/26(金) 10:11:57 ID:UbvC8zlg
- 「君の名前は坂本一樹でいいね?」
この人がなぜ僕の名前を知ってるのかは分からないけど、
それは確かに僕の名前だった。
僕はゆっくりとうなづく。
「君にはその名前を今この瞬間捨ててもらわなければならない」
男の人は変わらず淡々とした口調でそう言った。
僕はつい勢いでうなづいてしまいそうになる。
名前を……捨てる……?
「急にこんな事を言われて戸惑うと思う。
けれど今君を見て、君の事を坂本一樹と呼ぶ人間は一人もいないだろう」
この人が何を言ってるのかはよく分からない。
でもなんだか僕は、僕が予想した以上の事態に巻き込まれてるみたいだ。
「それ……は…どういう……」
それはどういうことですか?
僕はそう言おうとして、途中で言葉を失ってしまう。
なんだか声がおかしい。
まるで自分の声じゃないみたいだ。
音程を探るような僕の声は不安の沈黙に飲み込まれて消えた。
そんな僕を数秒見つめ、男の人は再び口を開く。
「君は今日から渡瀬 悠里と言う名前になったんだ」
わたせ……ゆうり……?
寝て、目が覚めたら僕は坂本一樹じゃなくなって、
新しい名前が「わたせ ゆうり」?
「そう、渡瀬 悠里だ」
僕はたまに考えてることを口に出してしまう癖がある。
多分今も名前を口に出して言っちゃったんだろう。
「理解するのは難しいと思う。
君は今この瞬間、元の君とは全く別の人間になってしまったんだよ。
といっても、君が君でなくなってしまったのは少しばかり前の事なんだけどね」
- 05-206 :くらげ:2007/10/26(金) 10:12:49 ID:UbvC8zlg
- 僕が僕ではなくなった……?
何を言ってるんだろう………
不意に何かがよぎる。
鉄の棒?
それは視界をかすめた気がしたけど、実際には記憶をよぎっただけだった。
逆さまの鉄塔。
天井から生えた樹木。
どんどん上から下へ流れていく鉄の柱。
さか……さま………?
情景の中で、ふいに僕は頭上を見る。
そこにあったのは空ではなくコンクリートの地面。
ッ!
僕は勢い任せに上半身を跳ね起こす。
僕の意思じゃない。
恐怖。
僕の肉体は途方もない恐怖に反応し、とっさに筋肉を収縮させた。
「思い出したのかい?」
男の人の声。
僕は顔を声の方向に向けることが出来ない。
ガチガチと音がする。
僕の口の中から。
僕の体は見て取れるほどの震えに覆われていた。
「そう、君はとても高いところから落下した。
とても高い鉄塔の上からね。
そして私の目の前に落ちてきた。
結構すごい音がした気がするけれど、
深い山の中にある鉄塔の周囲に、その音に気づくような人間は当然いなかった。
まるで肉の塊だった。
関節はあらぬ方向に折れ曲がり、肉は潰れ、皮膚を突き破った骨が飛び出していた。
とても生きているようには思えなかった。
でもどうだろう。
よく見ると微かに動いてる。
光を失った瞳で、砕けた顎で、
私に何かを訴えかけている。
私は確信した。
私は即座に君を自分の車に乗せ、連れ帰った」
- 05-207 :くらげ:2007/10/26(金) 10:13:49 ID:UbvC8zlg
- 男の人はそこで一旦言葉を区切った。
僕は気づく。
男の呼吸が段々と荒くなっている事に。
その呼吸の音からは紛れも無い狂気を感じ取ることが出来た。
僕の肉体は相変わらず大きく震えるだけで、僕の言う事を聞こうとはしない。
僕はベッドの上で固く目を閉じ、しゃがむような格好で頭を抱え込んでいる。
「私には妻と娘がいたんだ」
再び男の話が始まる。
「娘は16歳になったばかりだった。
酷い事故だった。
妻は即死、娘も助からないと思った。
いや、ある意味では助からなかった、と言うべきかもしれない」
短い沈黙。
「娘の肉体はどうにか一命を取り留めた。
けれど再び目覚めることは無かった。
そこにあったのは娘の形をした、空っぽの入れ物だった。
脳死、と医師は私に告げた。
私はその現実を理解し、受け止めようとした。
妻の死に対してそうしたようにね。
二度とあの笑顔を見せてはくれない。
二度とあの声を聞かせてはくれない。
頭で分かってはいるんだ。
けれどね、あの事故の日、旅行帰りのワゴンの中で幸せそうに眠る娘の顔そのまんまなんだ。
あの日、私が最後に見た安らかな表情のまま、娘は私の目の前で眠り続けていたんだ。
分かってる。
そこにもう娘の魂はない。
けれど私は延命装置のスイッチを切ることが出来なかった。
ありとあらゆる生命活動を機械に委ねてでも、
娘の形をしたそれをそこに留めておきたかったんだ」
- 05-208 :くらげ:2007/10/26(金) 10:14:27 ID:UbvC8zlg
- 彼が何を言ってるのか、僕にはうまく理解出来ない。
僕は未だあの恐怖の中にいる。
死への秒読み。
確実な死が近づいてくる足音。
割っても割っても0にはならない。
死までの距離が0.5秒になり、0.25秒になり、0.125秒になる。
0にはならない。
永遠に続く死へのカウントダウン。
顔面に直撃する寸前の地面を覚えてる。
灰色のコンクリート。
その凹凸がゆっくりと鮮明になり、近づいてくる。
「君の肉体はもう助かる状態じゃなかった。
けれど君は砕けた顎で私に囁きかけた。
助けて、と。
私は魂の無い肉体を保有している。
君は肉体を失った魂で手を伸ばしたんだ。
伸ばした手の先を、死んだ君の瞳は既に捉えていなかったろう。
けれど、私にも選択肢はなかった」
ブラックアウト。
僕の意識は再び闇に溶ける。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-209 :くらげ:2007/10/26(金) 10:19:35 ID:UbvC8zlg
- +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
あれから数週間が過ぎた。
僕はどうにか自力で立ち上がれる程度に回復してた。
回復した、という表現は少し違うかも知れない。
この肉体そのものは以前から健康だったんだから。
ただ長い間眠ったままだった肉体だから筋肉は衰えてしまってるし、
関節も思うようには動かない。
リハビリを重ねてようやく立ち上がれるに至ったというところだ。
渡瀬 悠里
それが僕の新しい名前。
渡瀬 友康
それが僕の新しい父親。
きっととんでもない変化なんだけど、
僕にとってそんなものは大した問題じゃなかった。
だって僕はみずから僕自身を捨てたんだから。
- 05-210 :くらげ:2007/10/26(金) 10:20:19 ID:UbvC8zlg
- そう、あの日、僕は僕を捨てた。
自殺したんだ。
深い山の中にある寂れた鉄塔。
僕はその一番高いところから飛び降りた。
僕は僕を捨て、結果新しい僕になった。
新しい名前、新しい家族、新しい肉体。
僕はあの日、渡瀬 悠里という女の子として生きていく事になった。
正直戸惑いはあった。
ずっと男として生きてきた。
ある日を境に女になっちゃったんだ。
女の子のことなんて何一つ分かんない。
服の事も、体の事も、しゃべりかたも、なんにも。
でも自分を捨てた僕に拒否権は無い。
捨てた僕、拾ったのは狂気の男。
ただの再利用。
新しいお父さんは優しい。
僕が今まで出会った誰よりも。
この肉体は彼の娘のものなんだからそれも当たり前なのかもしれないけれど、
まるで本当に、本当の父親みたいだ。
- 05-211 :くらげ:2007/10/26(金) 10:21:09 ID:UbvC8zlg
- ふと思う。
僕の本当の家族は今どうしてるんだろう。
僕がいなくなって心配してるかな?
いや、それはさすがにないかな。
みんな、出来損ないの僕を世間に恥じてた。
きっと世間に隠したい僕の存在がなくなってすっきりしてるに違いない。
父さんに至っては僕がいなくなった事に気づいてるかすら怪しい。
でも別に元の家族の事が憎い訳じゃない。
お母さんが言う。
あの家の子はあんなによく出来るのに。
本当にその通りだ。
僕は勉強がびっくりするくらい出来ない。
お父さんが言う。
こんなにトロい奴に育てた覚えはないんだがな。
本当にその通りだ。
僕は運動がびっくりするくらい出来ない。
弟が言う。
お前みたいな暗い奴と話すと暗い菌がうつるから近寄るなよ!
本当にその通りだ。
僕は何度クラス替えを体験してもクラスに馴染めないくらい口下手だ。
僕に出来たのは、ただエヘラヘラとその場をやり過ごす事だけだった。
皆がこんな僕を恥じるのは当然だ。
僕は本当に何一つ満足に出来ない。
がんばっても、どれだけ注意を払っても、
絶対に皆よりワンテンポ遅れる。
自分でもほんと恥ずかしくなる。
だから死ぬ事にした。
皆が隠したい「僕」を、僕は薄暗い山の中に捨てる事にした。
エヘラ笑いを顔の表面に貼り付けたまま。
- 05-212 :くらげ:2007/10/26(金) 10:21:56 ID:UbvC8zlg
- 僕が渡瀬悠里になって初めて自分の足で地面に立った時、新しいお父さんはとても褒めてくれた。
僕が渡瀬悠里になって初めて彼を「お父さん」と呼んだ時、新しいお父さんは涙を流して喜んでくれた。
僕はあのエヘラ笑いを浮かべる。
お父さんは僕を抱きしめてくれる。
初めてだった。
僕のすることなすこと、全てを褒めてくれる。
どんくさいのは肉体を取り替えても直らないらしくて、僕は相変わらずどんくさい。
だけどお父さんはやっぱり褒めてくれる。
うまく出来なくても「よくやった」と言ってくれる。
僕のしぐさ、言葉、全てを喜んでくれる。
呂律がうまく回らないのは肉体を取り替えても直らないらしくて、僕は相変わらず言葉っ足らずだ。
だけどお父さんはやっぱり喜んでくれる。
うまくしゃべれなくても、それを「かわいい」と言ってくれる。
僕は相変わらず何一つ満足に出来ない。
新しい肉体を得ても、だ。
だけどお父さんはそんな僕を褒めて、笑顔で僕の頭をなでてくれる。
だから僕は精一杯「悠里」を演じる。
足らない言葉で、不器用な手で、誰からも必要とされなかった全てで僕は「悠里」を演じる。
もしかしたらお父さんは僕じゃなくて「悠里」を褒めてるのかもしれない。
お父さんの笑顔は僕じゃなくて「悠里」に向けられたものだったのかもしれない。
でも僕は「悠里」の瞳を通してその笑顔を真正面から受け取ることが出来た。
もっと喜ばせてあげたいと思った。
僕は元の名前を失った。
僕は元の生活を失った。
僕は元の肉体を失った。
僕は元の性を失った。
でもそれはやっぱり大したことじゃない。
僕は新しい一つ一つをゆっくりと受け入れる。
僕はこの狂ってしまった男の娘を演じる。
僕にとってそれは、それまでの人生で最も有意義なことに思えたんだ。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-213 :くらげ:2007/10/26(金) 10:26:00 ID:UbvC8zlg
- ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
始業のチャイムが鳴る。
学校。
僕は17歳の女の子として学校へ行く事になった。
正直最初は戸惑った。
いくらこの肉体は正真正銘女の子だと言っても、やっぱり僕は僕のままだ。
「悠里」を演じるのはそんなに嫌じゃない。
少なくともお父さんはとても喜んでくれる。
人前で自分のことを「私」というのにもちょっとは慣れた。
だけど「外の世界」で僕の微々たる演技力が通用するとはとても思えなかった。
お父さんは僕が「悠里」であるだけで、そこに「悠里」として存在するだけで僕を愛してくれる。
でも皆はそうじゃない。
皆にとっては「僕」も「悠里」も一緒なんだ。
だから怖かった。
僕は元の僕を失う前、学校でいじめられてた。
だからまたいじめられるんじゃないかって、そう思った。
肉体が変わったところで頭が良くなった訳じゃない。
肉体が変わったところで運動神経がよくなった訳じゃない。
肉体が変わったところで、僕の性格が変わった訳じゃない。
僕がかつていじめられた理由の全てを僕は未だ持ち続けてる。
だけど現実は僕の想像してたものとは少し違ったんだ。
相変わらず友達はあんまり出来なかった。
やっぱり僕は口下手だし、そもそも女の子の輪になんて入っていけない。
入学した最初は皆僕に話しかけて来てくれたけど、
話題もちんぷんかんぷんだし、どういう態度でそこにいればいいのかも分かんない。
次第に僕に話しかける人は少なくなって、やがて0になった。
おとなしい僕を気にかけてくれる子はちょっとだけいたけど、
でもやっぱり友達と呼べるような人間は出来なかった。
そこまでは僕の予想した通りだった。
でも一つ大きく予想を裏切る事があったんだ。
友達は出来なかった。
でも彼氏は出来た。
- 05-214 :くらげ:2007/10/26(金) 10:26:32 ID:UbvC8zlg
- 正直自分でも軽く引いてる。
体は女になっちゃったけどやっぱり僕の心は僕のままだし、
男の子に恋したりはさすがにしない。
でもはっきりしない僕の態度は時として僕の心を大きく無視した現実を招く。
「俺、お前、惚れた」
全部単語だった。
僕の言語能力もなかなかだと思ってたけど、上には上がいるんだなあって思った。
突然だったからリアクションの取りようもない。
もとより告白された時のリアクションなんて、今まで考えたことも無かった。
だってそんなものにはホント無縁だったから。
「恋、マジ、芽生えた」
顔が真っ赤だった。
耳まで真っ赤だった。
まるで僕みたいだなって思った。
だからちょっとだけ親近感沸いちゃったんだと思う。
うまく言葉が出なくてちょっと微笑んでみた。
すると彼もサルみたいにニカッと笑ったんだ。
とはいえやっぱりその気持ちを受け取っちゃまずいよなあって思った。
だからちゃんと断ろうと思った。
でもやっぱり僕は僕だったりして、あー、とか、うー、とかしか言えなくて、
で、さらに畳み掛けるように単語の羅列をされた僕に出来ることと言ったら、
とりあえず「んあ」と言う言葉を発することだけだった。
彼の中でその「んあ」は肯定の意味だったらしくて、
彼が力強くガッツポーズをしたんだ。
「まじ!?オーケー出ちゃったの!?」
「うっは、来たねコレ!マジおめでとーーー!」
教室中がどっと沸き立つ。
そこで僕ははっと気付く。
ああ、ここ教室の真ん中だ………
そして僕にも全クラスメート公認の彼氏が出来た。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-215 :くらげ:2007/10/26(金) 10:27:34 ID:UbvC8zlg
- ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
彼はいわゆる不良だった。
ヤンキーとも少し違う、ワルとも少し違う、
不良っていう言葉がホントよく似合う人。
髪は真っ黒だけどぼっさぼさだし、
シャツの第一第二ボタンは留めないどころか無くなっちゃってるし、
基本的に廊下は真ん中のラインの上を大股で歩くものだと思ってるような人だ。
体格もいい。
「俺、武井 真人!」
思い出したように唐突に彼は名乗った。
あの教室のど真ん中での告白から二週間くらいしてから。
「お前、マジ、腹減ったろ!?」
彼はデートだって言って、よく学校帰りにタン麺屋に連れてってくれる。
お金も出してくれる。
ラーメン屋じゃなくて、タン麺屋。
何故かラーメンも餃子もチャーハンも置いてない。
タン麺だけを売ってるタン麺屋さん。
正直デートっていう響きにはちょっと抵抗ある。
でも武井くんは僕にとってお父さんの次に優しい人だ。
格好とかしぐさはちょっと怖いけど、でも絶対僕に暴力を振るったりはしない。
多分僕より言葉を知らないんじゃないかってくらい発言の全てが単語ばっかりだけど、でも嘘をつかない。
僕は「悠里」としてここにいる。
その事はよく自覚してる。
だけど僕はそれでも多分友達が欲しかったんだと思う。
僕が「僕」だった頃には手にすることが出来なかった「友達」
もしあの頃の僕にそれがいたら僕は僕を手放さないですんだかもしれない。
だからなんとなく武井くんの誘いを断れなかった。
気付いたら学校帰りのタン麺は日課になってた。
- 05-216 :くらげ:2007/10/26(金) 10:28:21 ID:UbvC8zlg
- 「なあ、マジ、ちゅーして!」
「そ、それは………ごめん………」
「なあ、ちょっと、聞いてくれ!」
「ん………」
「なあ、マジ、ちゅーして!」
「い、いや………だから……その、ごめん………」
次第にそんな会話が増えてきて、
だから僕はちゃんと打ち明ける事にしたんだ。
彼の気持ちには答えられない。
でもはじめて出来た友達を無くしたくない。
僕にとって「親友」は漫画やドラマの中だけのもので、
だから漫画から飛び出してきたような武井くんに正直憧れてた。
男同士の友達として、彼と色んなところに行ったり、色んな事をしたり、
色んな話をしたいと思ったんだ。
「ぼ、僕さ、実は男…なんだよね……」
その瞬間の武井くんの顔をよく覚えてる。
まるで猪木のように顎を突き出し、目をカッと見開いて、
網膜が干からびるんじゃないかってくらいの時間硬直してた。
若干腰も引けてた。
「お前……マジ……男!?」
「う、うん……マジ……男………」
「ごめん!!」
とりあえず謝ってみたりした。
沈黙。
「お、OK………ちょっと………落ち着け!」
武井くんはそう言いながらおもむろに自分のズボンを脱ぎ捨てた。
- 05-217 :くらげ:2007/10/26(金) 10:30:05 ID:UbvC8zlg
- 「え………ちょ、ちょっと武井くん何してるの!?」
「お前………ちょっと………脱げ!!」
「いや………脱げって言われても………そりゃあちょっと……
っていうか何で武井くんが脱ぐわけ!?」
「か…確認、お前、男?」
そこでやっと武井くんの動きが止まる。
パンツに指がかかってる。
武井くんは硬派なようでブリーフ派らしい。
「い……いや、男っていうか……今は体は女っていうか……
でもハートは男っていうか………」
武井くんの顔は相変わらず猪木をキープしたままだ。
「か、体は女だから…脱げないよ………
っていうか、男だったとしてもここじゃちょっと脱げないよ………」
通りを行く人たちの視線。
「ちょっ、お前ら!!バカッ!!見んな!!」
夕暮れ染まる商店街のど真ん中に武井くんの叫び声が轟いた。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-218 :くらげ:2007/10/26(金) 10:31:47 ID:UbvC8zlg
- ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
後日、僕は学校帰りの道すがら武井君にイチから説明したけど、
武井くんは相変わらずあんな感じで僕の言ってる事が分かってるのか分かってないのかよく分からない。
今でもたまに「なあ、頼む、ちゅーして!!」って言ってくる。
僕はふと考える。
自分の体が女だっていうことについて。
僕にとってこの数ヶ月は激動だった。
自分自身を失い、別の肉体を手に入れ、別の人生を手に入れ、
そんな中で僕は「自分」についてきちんと考える余裕が無かったんだと思う。
新しい生活に慣れるのは簡単な事じゃない。
今まで僕にとって「当たり前」だった全てが失われ、
代わりに別の真新しいものが目の前にずらりと並べられる。
ブラジャーのつけ方、生理の時の対処、長い長い髪の毛の整え方、
どれも男だった頃の僕には知る由もないものばかりだ。
こなす事に追われ、こなした直後には別の真新しいものが目の前に差し出される。
お父さんは決して僕を急かしたりはしない。
だから僕は余計に意地になっちゃうっていうか、
どうにかして「まとも」にそれらを成そうとしちゃう。
何も急ぐ事は無いとお父さんは言ってくれる。
一つ一つをゆっくり飲み込んでいけばいいと言ってくれる。
失敗しても笑顔で許してくれる。
でも僕がそれをうまく出来た時、お父さんは一際嬉しそうにする。
だから僕は必死だった。
- 05-219 :くらげ:2007/10/26(金) 10:32:58 ID:UbvC8zlg
- あれから数ヶ月の月日が過ぎて、
やっと僕は今僕の置かれた状況について、ゆっくり考える事が出来る。
僕は服の胸元を摘んで少し広げてみる。
そこには当たり前のようになだらかな山が二つ並んでる。
男だった頃にはなかった"それ"。
僕はそれをじーっと見つめてみる。
とても不思議な形をしてる。
不思議なやわらかさをしてる。
見てるとなんともいえない気分になる。
スカートのジッパーをおろし、
薄くてやわらかい生地のパンツを膝までおろす。
お父さんが僕に与えた部屋。
「悠里」の部屋の角にある大きな鏡。
僕の、「悠里」の下腹部がそこに映し出される。
そこで僕はちょっと申し訳ない気持ちになる。
死んでしまった人の隠された部分を覗くというのは、
まるで悪いことをしてるような気分だ。
でも僕は「悠里」を知らなきゃいけない。
僕は「悠里」になるためにここに連れてこられたんだ。
薄い茂み。
自分の下腹部にあるそれを眺め、
鏡に映し出されたそれを眺め、
また自分の下腹部に視線を戻す。
自分の髪が不意に眼下に垂れる。
僕は半ば無意識にその垂れた髪を手で耳に横にそっと除ける。
とても自然な動作。
この数ヶ月で、いつのまにか当たり前になった動作。
鏡に映し出された自分の顔をじっと見てみる。
鏡の中の僕が「悠里」を見つめる。
鏡の中の「悠里」が僕を見つめる。
手は耳元にかざされたまま。
- 05-220 :くらげ:2007/10/26(金) 10:33:51 ID:UbvC8zlg
- 武井くんについて考える。
この唇に触れたいと言う。
この胸の膨らみに触れたいと言う。
この薄い茂みに自身を埋めたいと言う。
僕だったら、と僕は思う。
僕が武井くんだったら。
僕が「悠里」の彼氏だったら。
きっと同じ事を考える。
僕はこの唇に右手の指を這わす。
僕はこの胸に左手の指を這わす。
この茂みをきっと僕もまた求めるんだろう。
武井くんは僕の「それ」を力任せに奪えるだけのちからを持ってる。
でも武井くんは絶対に自分から僕に触れる事はしない。
多分、僕が、「悠里」の中身が男だから、とかそう言う事じゃない。
武井くんは「いいやつ」だ。
とても、とてもいいやつだ。
僕は深くため息をつき、頭を2,3度左右に振る。
そしてパンツを引っ張りあげ、部屋着を箪笥から出す。
制服のスカートは未だフローリングの床に転がってる。
シャツを脱ぎ、部屋着に着替える。
お父さんが大切に扱ってきた"これ"を、
武井くんが大切に扱ってくれる"これ"を、
きっと僕も大切に扱わなければいけない。
「悠里、夕食の準備が出来たよ、降りておいで」
お父さんの声が1階から呼びかける。
一つ深呼吸をして「今行くよ」と僕は"悠里"の声で答える。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-221 :くらげ:2007/10/26(金) 10:44:23 ID:UbvC8zlg
- +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
現実を捨てた僕。
現実から目をそらし続ける男。
全てを知ってなお、僕を守ると誓ってくれた不良少年。
夢を見続ける3人の愉快な物語。
僕たちの辿り着いたささやかな楽園。
正確な挙動。
歯車。
小さな一つの「ひずみ」が全てをゆがめる。
もし、物語の起点そのものが過ちだったとしたら。
足跡を消す事は出来ない。
僕たちの喜劇はやがて終わる。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-222 :くらげ:2007/10/26(金) 10:45:25 ID:UbvC8zlg
- ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「殺人及び、死体損壊容疑で逮捕する」
深夜12時の逮捕劇。
僕のお父さん、渡瀬 友康は逮捕された。
パトカー、取調室、白い部屋、パイプ椅子、格子窓、
僕の覚えてる断片。
屋敷の地下に保存されてた「坂本一樹」の頭部。
僕たちの楽園は一夜にして失われた。
僕は警察に真実を話した。
僕は必死で「お父さん」を助け出そうとした。
だけど「渡瀬悠里」の言葉を誰も信じはしない。
混乱する僕を取り残したまま、時間だけがただ過ぎる。
- 05-223 :くらげ:2007/10/26(金) 10:46:57 ID:UbvC8zlg
- 「お前、これから、どうする?」
武井くんが僕に言った。
「分かんないけど………。
なんか遠くの施設に送られるみたい。
ごめん、もう会えないね………」
武井くんがじっと僕を見る。
「逃げよう」
多分武井くんの言葉。
もしかしたら僕の言葉。
その辺はよく覚えてない。
夕焼けの歓楽街、高架橋、液晶看板、電柱、コンビニ、交差点
オレンジの中を僕たちは死ぬ気で駆け抜けた。
スカートがぱたぱたとめくれて太ももに当たる。
僕の手を掴む武井くんの大きな手。
はあ、はあ、はあ、はあ、
躓いて転びそうになる。
武井くんが咄嗟に抱きとめる。
僕たちはまた走り出す。
「これから……どうするの?」
「わかんない、約束、守る」
- 05-224 :くらげ:2007/10/26(金) 10:48:12 ID:UbvC8zlg
- 約束………
ある日の帰り道、僕は武井くんに全てを打ち明けた。
元は男の子として生きていた事、
山の中にある鉄塔の頂上から飛び降り自殺した事、
「お父さん」に拾われて「渡瀬悠里」になった事、
全てを話した。
「俺、よく、わからん」
武井くんは相変わらずサルみたいな顔だった。
もじゃもじゃの黒髪をくしゃくしゃと手でこね回す。
「でも」
武井くんと目が合う。
僕はつい目を逸らして俯く。
制服、チェックのスカート、紺のソックス、ローファー、煉瓦張りの地面、
僕のローファーの対角線上に武井くんのローファー。
「俺、お前、守る」
分かってた。
彼がきっとこう言う事を。
だから打ち明けた。
彼は「渡瀬悠里」に恋をしてるんだ。
彼に選択肢は無い。
僕は卑怯者だ。
- 05-225 :くらげ:2007/10/26(金) 10:50:29 ID:UbvC8zlg
- 「俺、食べ物、盗ってくる。
お前、ここ、隠れてろ」
武井くんが自分のコートを脱いで僕の肩にかける。
秋の夕日はすぐ沈む。
僕たちは夜の闇の中で、知らない街の影を探し当てた。
武井くんが通りに駆けていく。
僕はしゃがみこんだまま動けない。
女の子の靴は走りづらい。
僕はただ肩で息をする。
逃げる。
何から?
警察?
役所の人?
望まない未来?
下らない現実?
気付けば僕はまたエヘラ笑いを顔に貼り付けてる。
そうだ、僕はずっと逃げてきたんだ。
涙。
僕の頬を伝う透明な雫。
僕は手でそれを拭おうとして、自分の手の小ささに気付く。
楽園を正しく機能させるための歯車。
もっとも重要な鍵。
この少女の肉体。
「えっ……ぐっ」
声が漏れる。
僕は肩を震わせて泣いていた。
まるで少女のように。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-226 :くらげ:2007/10/26(金) 10:52:21 ID:UbvC8zlg
- ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
どれくらいの時間が経ったんだろう。
僕は浅い眠りに落ちていた。
武井くんはまだ戻ってきてない。
もしかしたら迷ってるのかもしれない。
武井くんは僕に負けないくらいの方向音痴だ。
探しに行こうか悩んだけど、僕も彼に負けないくらいの方向音痴だ。
きっと僕がここを動けば出会える確立はもっと低くなる。
そんなことを考えてた。
「やあ」
男の声。
武井くんじゃない。
「こんなとこで何してんの?」
笑ってる。
薄暗い闇の中で何かが笑ってる。
よく見るとその笑みは複数ある。
「こんなさ、歓楽街の外れのさ、
人気の無い裏路地でかわいい女の子が一人で何してるんですかーって聞いてんの」
他の男が言う。
「あひゃひゃ。あんま怯えさすなよ。
大声出されたら足つくぞ?」
僕は硬直したまま動けない。
「はーい、お嬢さん、あんた今から30分声出すの禁止ね」
僕の肩に手が伸びてくる。
僕は咄嗟に身を仰け反らせようとするけど、狭い裏路地では逃げ場は無い。
- 05-227 :くらげ:2007/10/26(金) 10:53:28 ID:UbvC8zlg
- 「うっ……くっ…」
壁に肩を押し付けられる。
僕はつい声を漏らしてしまう。
「声だすなっつってんだろ。
テメエ、バレーボールみたいな顔になりたいの?」
「………ッ」
声のトーンがさっきまでより1オクターブくらい低い。
肩を押さえつける手に力が篭る。
痛い。
「お前そっち抑えろ」
「ほいよっと」
4人の男。
僕の3倍くらい太さがある8本の腕。
あっという間に地面に押し倒されてしまう。
「脱がしちゃう?このままいく?」
「めんどいしこのままでいーべ」
「めんどいとかいっちゃって、お前の趣味じゃね?」
「うっせボケ、テメエ最後だからな」
武井くんは帰ってこない。
僕は武井くんの名前を心の中で叫ぶ。
悠里の体を、僕とお父さんと武井くんは守らなきゃいけない。
ずっと、ずっと皆で守ってきたんだ。
僕たちのしてきたこと、その全てが間違いでも僕たちはそれにすがるしかなかったんだ。
- 05-228 :くらげ:2007/10/26(金) 10:54:20 ID:UbvC8zlg
- ばかげてる。
下らないごっこ遊び。
心の奥底では気付いてた。
お父さんも、僕も。
でもそこでしか生きられなかった。
そこでなら僕たちは笑いあう事が出来た。
守らなきゃ、この体を。
「武井くん……たすけ……!!!」
僕は持ちうる全ての力を腹筋に込めて声を出そうとした。
でも次の瞬間意識を揺さぶるほどの衝撃が僕の頬を貫いた。
「テメエ、声出すなっつったっしょ」
「いっ……や………ッ!」
ゴン。
ぶつ、じゃない。殴る、だ。
意識が遠のきそうなほどの衝撃。
体を這う手に力が込められる。
誰かの手が僕の口をとても強い力で押さえ込む。
「………ッ!」
僕は必死でうなり声をあげるけれど、喧騒の歓楽街にその小さな唸り声は飲み込まれてしまう。
痛みがやってくる。
下腹部から。
僕は身をよじる。
身をよじればよじるほどそれは絶望的な確信になる。
逃げられない。
- 05-229 :くらげ:2007/10/26(金) 10:56:44 ID:UbvC8zlg
- 裏路地の廃れた匂い。
訳の分からない汚れにただれた地面の感触。
腕を、肩を、足を、頭を押さえつける手の力。
体の内側を貫く痛み。
僕の意識は何度も消滅と覚醒を繰り返す。
点滅する世界。
男の肩越しに、遠くにぼんやり見える小さな光。
僕の体中をもぞもぞと這うがさつな手。
黒い塊。
人は誰もそれを胸の内に抱いてる。
現れ方が少し違うだけだ。
僕はその事を知っている。
ずっと前から。
そうだ、だから僕はあの時全てを諦めたんだ。
誰かの願いが誰かを不幸にする。
僕の願いは誰を不幸にしたんだろう?
鉄塔の屋上。
いくつかの考えが頭をよぎる。
ごめん、お父さん、
ごめん、お母さん、
こんな息子でごめん、
大樹、こんなお兄ちゃんでごめん、
みんな、ごめん、
こんな僕でごめん、
「その砕けた顎で、助けて、と君は私に囁いた」
お父さんの本当の人生を、悠里の魂の本当の在り処を奪ったのは、僕だ。
- 05-230 :くらげ:2007/10/26(金) 10:57:40 ID:UbvC8zlg
- 「おい、こいつ笑ってるよ。
こんなんで感じてんの?
マジ変態じゃね?」
「あっはっは、まじ!?感じちゃってんの?」
僕の顔にこびりついたエヘラ笑い。
涙は、もう出ない。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-231 :くらげ:2007/10/26(金) 10:59:28 ID:UbvC8zlg
- ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
武井くんが来たのは彼らが去ったすぐ後だった。
「ごめん………武井くんの恋人、守れなかった」
武井くんが手に持ったバッグをどさりと落とす。
「やっぱり……僕は駄目だった………」
僕はエヘラと笑ってみる。
武井くんが無言で近づいてくる。
武井くんの匂い。
武井くんの体温。
僕を、「悠里」を抱きしめる大きな体。
「ごめんな、ごめんな………」
震える武井くんの声。
「ごめんな、一樹………」
夜の歓楽街の廃れた裏路地で、僕たちの物語は終わりを告げた。
そのあと僕は一度だけ武井くんと寝た。
そして、
僕は悠里の肉体を悠里に還した。
+++++++++++++END+++++++++++++
- 05-238 :くらげ:2007/10/28(日) 11:14:08 ID:66ngNw/2
- +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「ちょ、お前ら!何してんだよ!!」
締め切られた教室。
締め切って布のカーテンで覆ったはずの窓。
その一つに3つのアホ面を俺の視界が捕らえた。
「うーおー逃げろーー!」
「あーひゃひゃひゃ!」
「カナちゃんごめーーん!」
トシ、ポーリー、ハルーの三人が順にそう叫び、ドタドタと走り去っていく。
「コラ、ハルー!ちゃん付けで呼ぶなっつっただろーー!」
「ご、ごめーー!」
ドップラー効果を伴ったハルーの謝罪を最後に静寂が訪れる。
「はあ、全くいつもいつもあいつらわ………」
俺は小さくため息をついて再びいそいそと着替えを始める。
着替えを終えたクラスメートが戻ってくるまでに俺も着替えを終えねば。
普通なら男子は男子更衣室、女子は女子更衣室を使う。
でも俺は違う。
教室。
それが俺に与えられた即席の更衣室。
- 05-239 :くらげ:2007/10/28(日) 11:15:28 ID:66ngNw/2
- 男だった俺が女子更衣室で着替えるわけにはいかない。
女になっちゃった俺が男子更衣室で着替えるわけにはいかない。
学校側が緊急会議を開き、そこでいくつかの取り決めが行われた。
更衣は締め切った教室、
トイレは用務員専用の男女兼用のトイレを使用、
体育などの授業は原則として女子のそれに参加する。
身体機能は女子であると判断された為だ。
まだ俺の肉体が女の子になっちゃってから1週間。
後のことはこれから場面場面で臨機応変に対応していくそうだ。
まあその辺の融通が利く学校でよかったと思う。
ここは俺の住む田舎町にある唯一の高校なんだ。
もしここを追い出されたら、最低でも片道2時間かけて毎日通学する羽目になる。
それはさすがに勘弁だ。
なにより、ここには友達がいる。
積年のなんたらやら、あれやこれやを共有した仲間だ。
たかが体が女になっただけで奴らと生き別れになるのは俺としても口惜しい。
だから学校側の対応には結構感謝してる。
学業の成績で恩返しできないのが唯一心苦しいところだ。
ほんとにね、馬鹿げた話だとは思う。
でもね、なっちゃったんだ。
女の子に。
キーンコーンカーンコーン
「さて、いくか」
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-240 :くらげ:2007/10/28(日) 11:17:04 ID:66ngNw/2
- +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「あーッココ臭いヨー!とっとと行くヨー!」
ポーリーがカタコトっぽい発音でそう言う。
大きなジェスチャー付きだ。
体育の後の昼休み、まだ冷え切らない皆の体温で教室はここぞとばかりにムワアっとしてる。
食欲を掻き立てる香り、とはお世辞にも言いがたい。
俺たちは各々弁当を持って颯爽と教室を出る。
俺、トシ、ポーリー、ハルー。
俺たちはいつも中庭の一部に陣取ってそこで弁当を食べることにしてる。
俺の肉体がちょっとくらい変化したって、それは変わらない。
俺の居場所は、やっぱり俺の居場所のままだ。
こいつらは今だって俺を俺として、"ただの時川 要"として受け入れてくれる。
なんて事を考えてるとトシが遠くを眺めながら口を開く。
「まあ、なんつうかさ、俺たちもなんだかんだ言って長い付き合いだしさ………」
皆の顔がトシの方を向く。
俺もミートボールのソースがついた箸の先端を加えたままトシの方を見る。
いつになく哀愁の滲んだ表情だ。
- 05-241 :くらげ:2007/10/28(日) 11:17:58 ID:66ngNw/2
- 「後生だからオパーイ揉ませてください!」
ものすごい勢いで俺の方に向きなおり、頭から突進してくる。
俺の胸めがけて飛んでくるトシの頭部に俺の必殺ボレーが華麗に決まる。
未来のロナウヂーニョと呼ばれた天性のセンスは男の肉体を失った程度で滅びはしない。
トシの体がファサっと宙を舞う。
何故か劇画タッチのスローモーションだ。
地面スレスレでスローが解除され、トシの体はどさりと地面に落ちる。
「うあー!すっごい音したよ!?トシ君だいじょうぶ!!?」
ハルーが悲鳴をあげてトシの肩を揺さぶる。
「芯を突いたね!今のボレー芯を突いたね!」
ポーリーが手を叩いてゲラゲラとはしゃいでる。
トシが薄らぼんやりと目を開ける。
「今のボレー……世界が、見えたぜ………ぐふぅ………」
ハルーの腕の中でトシの頭がカクンと垂れ下がる。
「ああっ!トシくーーーん!」
昼休みの中庭にハルーのオカマっぽい叫び声がこだました。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-242 :くらげ:2007/10/28(日) 11:20:22 ID:66ngNw/2
-
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
あれは丁度一週間前の事だ。
一週間前の今日、俺は女になった。
俺はあの日、たまたま学校帰りにカーネルサンダースを助けたんだ。
そう、あのカーネルサンダース。
ケンタッキーの前に突っ立ってる奴。
なぜかそのカーネルさんが歩道橋のど真ん中に立ってたんだ。
俺は目を疑ったさ。
そりゃあ疑うさ。
だってありゃあケンタッキーの前に立ってるもんで、間違っても歩道橋の上に立ってるもんじゃないからだ。
俺は一目散に駆け寄った。
歩道橋の上に辿り着いて良く見ると、カーネルさんってばなんだか悩ましげだ。
俺は聞いた。
「カーネルさん、業務中じゃないの?
こんなとこいていいの?」
カーネルさんは言った。
「業務?
わしの仕事の事を言っているのかね?
君は仕事とは一体なんだと思う?」
カーネルさんの目が俺をジロリと睨む。
俺は考える。
「まあ、生活を支えるために必要なもんだろ?
あんたの仕事はケンタッキーの前に突っ立ってる事だ。違う?」
ため息。
カーネルさん、ため息ついた。
- 05-243 :くらげ:2007/10/28(日) 11:21:53 ID:66ngNw/2
- 「確かにその通り。
わしの仕事は君の言うとおりだ。
そして、生活を支えるために必要なことでもある。
だがね、仕事はあくまでも"人生"を支える為にあるんだ。
仕事のせいで人生が駄目になってしまったら、本末転倒じゃあないか。
優先順位を間違えちゃいけない。
わしの仕事はピクリとも動かずあそこに突っ立っていることだ。
その通り。
それが私の仕事だ。
仕事に対して相応の誇りも持っとるし、なんだかんだ言ってやりがいも感じとる。
だが、それよりももっと大切なものがある。
それはわしの人生だ」
カーネルさん、語りだした。
なんか良くわかんないけど、なんとなくそれっぽいこと言ってる気がする。
俺はちょっと戸惑いながら頷いてみる。
「少年よ。
わしにとって、今はとても重要な時なのだ。
そう、駅前のケンタッキーに佇むよりも大事な使命を今わしは抱いている。
だからここに来たのだ。
この歩道橋の上にね」
カーネルさんがのっそりと俺の方を向き直る。
「わしの言ってることが分かるかね?」
俺は黒ぶちメガネの向こうのカーネルさんの瞳をじっと見つめる。
「なんとなく……分かる気がする」
俺は力強くうなづく。
- 05-244 :くらげ:2007/10/28(日) 11:24:03 ID:66ngNw/2
- 「そうか、いい目だ。
君に一つお願いしたいことがある。
力を貸して貰えるか?」
そういうとカーネルさんは俺の返事も待たずに手を俺にかざす。
「人は皆、わしをただの"置物"と言う。
確かにその通り。
わしは蝋で出来たただの人形だ。
しかし、君はその"老いた蝋人形のたわ言"に耳を傾けた。
蝋人形でしかないわしの生命を君は感じたはずだ。
信じる心を忘れるな。
疑わない心を忘れるな。
君はわしを信じた。
君は常識や理屈よりも、今目の前にいるわしの存在を信じてくれた。
正しさは教科書の中にはない。
聖書の中にも、六法全書の中にもね。
それはいつでも君の胸の中にある」
光。
カーネルサンダースの手がとてつもない光を放つ。
俺は目を開けていられない。
「………くっ!」
俺は光の中で、自分の存在を失う。
形と心の境界を。
そして意識すらも。
- 05-245 :くらげ:2007/10/28(日) 11:26:01 ID:66ngNw/2
- 次に目覚めた時、俺は自分のベッドの中にいた。
むにゅ。
ん?
なんか胸のあたりがむにゅむにゅする。
枕でも抱いて寝てたのか?
でもこのむにゅむにゅはちょっと枕じゃない感じだ。
というか、枕は俺の頭にばっちりセットされてる。
じゃあこれは?
俺はゆっくりのっそりむっくりと起き上がる。
そして胸のそれを確認する。
「……………」
あれか。
バカ騒ぎ中になんかのジョーダンで風船詰めて「オパーイ!」的なアレか。
俺は手をシャツの胸元に入れ、手探りでそれを引っ張り出そうとする。
あんれ?
とれない。
ちょっとちょっと、コレとれませんよ。
シャツに引っかかってるとか?
俺はちょっと力を入れてぐいーっと引っ張ってみる。
「あーーーーいだだだだだだっ!バッカヤロウ!」
俺は誰に向けるでもなく罵声を浴びせてみる。
無造作にシャツの胸元を引っ張って広げ、俺はその痛む胸の箇所を覗きこんでみる。
- 05-246 :くらげ:2007/10/28(日) 11:27:50 ID:66ngNw/2
- 「んな"ーーーーーーー!!?」
なんぞこれ?
プリン?ましゅまろ?新手のUMA?
俺の胸元には俺の知らない何かがこんもりと生えていた。
俺は考える。
確かに俺は自分をそこいらの地球人より優れた生命体だと信じて生きてきた。
いつの日か友人の死に怒り狂い、黄金の髪を逆立てる日が来ることも覚悟はしていた。
そして宇宙規模の悪に立ち向かう日が来ることをそっと待ちわびていた。
か○はめ波の練習をこっそり風呂場でしながら。
でも、これは予想だにしないアレだ。
俺は考える。
ピ○コロさんの頭に二本生えたアレ的な?
待て、俺の肌は未だ肌色だ。
緑じゃない。
そこで俺は自分の肌を凝視する。
限りなく白に近い肌色。
キメの細かい、うっとりするような柔肌。
待て待て。
あの健康的な褐色の色素はどこへいった?
カ○ロットもびっくりのあの筋肉はどこへ消え失せた?
落ち着け俺、
まずは落ち着け。
俺は落ち着かなくなると、きょろきょろ四方を見渡してしまう癖がある。
- 05-247 :くらげ:2007/10/28(日) 11:29:54 ID:66ngNw/2
- 鏡。
こんな俺でも毎朝髪型を整えたりくらいはする。
定位置にセットされたその鏡に写った少女。
その少女と目があう。
ガン見。
む、奴は目を逸らす気が無いようだ。
こうなると俺も目を逸らす訳にはいかない。
電車の中で向かいに座る人と目が合った時、先に目を逸らした方が負け、的なアレだ。
じーーー。
なかなかの美少女じゃあないか。
でもだからと言って勝ちを譲るほど俺は人間出来ちゃいない。
俺はガンをつけて威嚇してみる。
鏡の中の少女も負けじとガンを飛ばしてくる。
ふむ。
なかなかやるじゃないか。
女にしては上出来だ。
だが、と俺は思う。
そして俺は咄嗟に作戦Bに移る。
猪木。
俺の顔は戦隊ヒーローロボの如く変形し、瞬く間に猪木の顔を作り出す。
怖い顔、張り詰めた空気、それをぶち壊す猪木顔の破壊力はすでに実証済みだ。
鏡の中にも猪木。
俺たちはじっと見つめ合う。
汗。
俺の額に汗が伝う。
奴の額にも汗が伝う。
そう、なんとなく気付いてはいたさ。
この鏡に映し出された猪木ヅラの少女は、どうやら俺だ。
俺はつぶやく。
「マジか………」
猪木に限りなく近づいた少女の顔で。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-248 :くらげ:2007/10/28(日) 11:32:29 ID:66ngNw/2
- ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「なあ、親父、お袋、ちょっとさ、俺どうしよう?」
「………!!?」
「…………!!!!?」
「………」
朝。
猪木が二人。
俺の姿を見て見事な猪木になった親父とお袋。
予想通りのリアクション過ぎてなんとも言えない。
俺ははぁっと深いため息をつく。
「これ、どうしたらいいと思う?」
沈黙を作り出した張本人の俺がまず沈黙を破る。
親父の猪木ヅラに汗がタラリと流れる。
「要………
とうとう大人になったか………」
訳の分からないことを言い出した親父に俺は言う。
「はあ?大人じゃなくて、女だよ。
マジ、これどうしよう。学校どうしよう?」
「要がこんな美少女を垂らし込めるようになるなんて父さん嬉しいぞ!!
心配するな!
今時の学校は結構ひらけてるからな!
妊娠くらいどーんとこいだ!」
新聞を放り投げ、ガッツポーズをきめる親父。
俺は親父の放り投げた新聞をキャッチすると同時にしゅるっと丸め、
勢い任せに親父の頭を引っぱたく。
- 05-249 :くらげ:2007/10/28(日) 11:33:55 ID:66ngNw/2
- 朝7時の家族会議、開幕。
「ええと、つまり、昨日カーネルサンダースを助けて、
朝起きたら、要くんが、カナメちゃんになっちゃったのね」
お袋がゆるい声で、一言一言を区切ってそういう。
何故か顔が嬉しそうだ。
「うむ」
俺は腕組をしたまま頷く。
「まあ………飯にしようか」
親父が言う。
朝の家族会議、5分で終了。
俺の"美"少女生活はそうして始まった。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-250 :くらげ:2007/10/28(日) 11:36:29 ID:66ngNw/2
- +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「なあお袋、コレどーやんの?」
俺は上半身裸で地べたに座り、ブラジャーをぶんぶん振り回しながらお袋に聞く。
「ちょっとー、せっかく買ってきたんだから振り回さないの」
「どーやってつけんの?これ」
「よーし、じゃあ父さんがまず手本をだな………あぶしっ!」
手元にあったテレビのリモコンが親父の鼻にめり込む。
「何当たり前のように入ってきてんだよエロ親父!」
親父がどすんと仰向けに倒れ、親父の顔の上で垂直になったリモコンがゆっくり倒れる。
今日は学校は休む事にした。
胸が邪魔で男の制服を着るわけにもいかず、
顔立ち自体も元のそれとは随分変わっちゃってるから、
今までどおり普通に登校するわけにもいくまい。
お袋が午前中近くのショッピングモールで女物の服を買いあさってきた。
何故か仕事を休んでそれに同行した親父。
「なあ、要、男にはやらねばならない時がある」
DVDデッキのリモコンが光の速さで飛ぶ。
ゴッ
- 05-251 :くらげ:2007/10/28(日) 11:37:19 ID:66ngNw/2
- 「ま、まあ聞きたまえ」
おでこにリモコンをめり込ませたまま親父が続ける。
「だから今入ってくんなーーー!」
「男にはやらねばならない時がある」
完全無視で親父が言葉を続ける。
俺はなんとなく腕を組んで胸を隠す。
家族とはいえなんだかちょっとこっ恥ずかしい。
「息子よ!今こそコレを身に纏う時が来た!」
大業な動作で親父が袋から何かを取り出す。
ピンクのナース服。
「着るかバカーーーー!」
エアコンのリモコンが宙を翔けた。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-252 :くらげ:2007/10/28(日) 11:42:52 ID:66ngNw/2
- +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「学校の方には父さんがきちんと話をつけておいたから、
お前は何も心配しないで今日から元気に登校しなさい」
親父が腕を組んで真剣な表情で俺にそう言う。
鼻に一つ、おでこに二つ、リモコンのめり込んだ痕は一夜明けた今も赤々とそこにある。
俺は女物の小さなローファーに足を埋め、つま先を地面に軽くトントンと叩きつける。
「まあ、とりあえずじゃあ行ってくるよ」
家を出るとすぐに突風。
9月にしては風が強い。
ん
丁度向かいの家から背広姿で出てきたおっさんが俺をものっそい見てる。
まあ、向かいの家の息子がある日娘になってたらそりゃあ驚くわな。
って、どこ見てる?
「だあああーーー!見てんじゃねーよバカーーー!」
風に捲り上げられたスカート。
俺の股間で堂々と存在を主張する真っ白のパンティー。
俺は咄嗟に両手でスカートを押さえつける。
「しょっぱなからこれか………」
- 05-253 :くらげ:2007/10/28(日) 11:44:12 ID:66ngNw/2
- ため息が漏れる。
そしてまた突風。
俺はスカートの両端を手でむんずっと摘んで押さえ、
不恰好なガニ股で歩き出す。
「これでどーだ。参ったか」
大丈夫、風が吹いてもコレならまくれ上がらない。
ってか女子どもはこんなデンジャラスな服を身に纏っていつも生活してるのか……
まったく恐れいるぜ………
俺はいつもの待ち合わせ場所に到着する。
どうやら今日は俺が一番乗りだ。
俺たち4人はいつもこのコンビニの前で待ち合わせ、
ここで飲み物やら菓子パンやら弁当やらを買って学校に行く。
最初に来たのは案の定ハルーだった。
「よう」
俺は手をスチャッと上げ、ハルーにいつもどおりの挨拶をする。
が、ハルーはこっちを見ようともしない。
はいはい、シカト来ましたよコレ。
俺は挨拶の時上げてそのままにしてた手をくるっとひねり、
ハルーの脳天に勢い良く振り下ろす。
「どーーーーん!」
「あいたっ!!」
びっくりするハルー。
はっはっは、俺を無視した罰だ。
「な、いきなり何するんですか………」
ものっそい怯える子羊の目で俺を見る。
「俺が挨拶してんのにシカトするからだ!」
俺はびしっとハルーを指刺して言い放つ。
- 05-254 :くらげ:2007/10/28(日) 11:45:33 ID:66ngNw/2
- 「誰ですか……あなたは………
痛いなあ……もう……」
ハルーは俺がチョップをかました部分を両手で撫で撫でしてる。
「誰って………失礼極まりない奴だなコラ!
次は水平チョップいくか!?コラ!」
俺は今一度手を手刀の形にして構える。
「や………やめてくださいよ………
あ、ポーリーちょっと助けてーー!」
ハルーが俺の後ろに声を投げかける。
ポーリーもきたか。
まあ、トシが一番遅いのはいつもどおりだ。
「ようポーリー」
俺は振り向きざまにスチャッと挨拶する。
「………誰?」
テンション低ッ!
いっつも空気を読まない勢いでテンションバリバリのポーリーが今日はめっちゃテンション低い。
「誰って………お前もあれか、ハルーとグルか!」
言って俺は気付く。
あ、
俺、女になったんだった………
- 05-255 :くらげ:2007/10/28(日) 11:47:43 ID:66ngNw/2
- ……………………………
「ええと、ホントに要くんなの?」
ハルーが疑い深げに俺に聞きなおす。
「だから何度も言ってんじゃん。
ハルーがホーケーな事知ってるのは3人の中でも俺だけだし、な?
俺はカナメだよ!」
「ちょ………!
それ今言わないでよ!そんな大声で、こんなところでさ!」
ハルーが慌てて手をばたばたさせる。
ポーリーはなにやら難しい顔で考え込んでる。
いっつもニヤニヤしてるこいつにしては珍しい。
でもどこぞの国の血が入ったこいつが神妙な顔してると妙にサマになる。
と、そこへトシがやってくる。
「おいーっす」
視線をトシの方へ向ける。
「…………」
何?
なんかトシの顔が赤い。
なんだか興奮していらっしゃる?
「ヴォクと結婚してくださいいいーーーーーー!!」
トシがハルーとポーリーを押しのけて俺の肩をがしっと掴む。
「ト、トシ………?」
んふー、んふー、トシの鼻息が顔にかかって非常に不愉快だ。
「お、俺は………俺はっ!
とうとう運命の人に出会ったんだ!
そう……この日の、この日のために俺はずっと童貞を死守してきたんだあああああああ!」
- 05-256 :くらげ:2007/10/28(日) 11:49:32 ID:66ngNw/2
- ハルーはただただ硬直。
ポーリーは含み笑いを必死でこらえてる。
あのね、助けてくれても、いいんだよ……?
「ああっ!神様っ!俺はっ!俺はぁっ!」
泣いてる………
この人泣いてる………
「ええと……さ、俺カナメだよ……?」
時間が止まる。
静止した時間の中で、ポーリーの肩だけがカタカタと震えてる。
「それでもいいっ!
お前は、俺と結婚するんだっ!」
唾、ものっそい俺の顔にかかってる。
「んむちゅーーーー……」
トシが俺に顔をぐいぐい近づけてくる。
「ちょ、待て!トシっ!落ち着け!!」
そこでやっとハルーとポーリーがトシを押さえつけてくれる。
「トシくん………どんまい………」
「トシ、お前の漢っぷりには胸が震えたゼ」
ハルーとポーリーがトシの両肩に手をおいてそう言う。
「俺を………俺を止めてくれるなあああああああ!」
トシのわめき声が朝の田舎町に轟いた。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-257 :くらげ:2007/10/28(日) 11:51:27 ID:66ngNw/2
- ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
勢い良く教室の扉を開ける。
俺はいつもどおりに大声で挨拶する。
「いよーう!」
静まる教室。
固まる風景。
わずか数秒。
そして時間は何事もなかったかのように動き出す。
ひそひそと声がする。
「あれ、誰?」
「転校生?」
「随分元気いーね」
「やべ、マジ俺好み」
「うちのクラスに来るのかな?」
多分俺を転校生だと思ってるようだ。
俺はちょっと悩む。
ふむ、これは転校生のフリしちゃったほうが話早いんじゃないの?
まあどーせすぐ打ち解けれるだろうし、それでいっちゃう?
不意に後ろから背中を押される。
「ほーら、皆席につけー。ホームルーム始めるぞー」
俺の背中を押しながら担任が教室に入って来た。
担任はメガネの端っこを指でちょいとあげ、俺の顔をマジマジと見る。
「んー、君か」
勝手に納得。
「皆ー、皆に今日はお知らせがあるぞー。
鼻の穴かっぽじってよーく聞けー」
間延びした声で担任教師が言う。
教室の隅からヤジが飛ぶ。
「転入生ー!?席は俺の横にケッテーイ!」
「ほらー、静まれー」
担任がまた間延びした声で言う。
教室が少し静まる。
- 05-258 :くらげ:2007/10/28(日) 11:52:29 ID:66ngNw/2
- 「ええとー、今日からー」
そこで一旦言葉を区切る。
「このクラスで皆と席を並べる事になったー
時川 要さんだー。
皆よろしくしてやってくれー」
先生がそこまで言い切ると教室が途端に賑やかになる。
そして次の瞬間にまた静寂が訪れる。
「ときかわ………かな……め?」
クラスの誰かがぼそっと俺の名前を口にする。
そして俺をじーっと見る。
俺はここぞとばかりににんまり笑って見せる。
「な、なんだってーーーーーーー!!!??」
どっと沸き立つ教室。
「まあそんなわけだ。これからもよろしく頼むぜコラ!」
俺は教壇の横から教室に向かってピースを突き出す。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-263 :くらげ:2007/10/29(月) 08:16:49 ID:OdcAJvSe
- +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「なあ要!それどーなってんの!?」
「やっぱ手術とかしたの?」
「ってかお前本物の要?別人じゃね?」
「だーー!うっさい!正真正銘俺ですよ!カナメですよ!
なんか色々あってこーなっちゃったんですよ!
なんか文句あるかゴルア!!」
「かなめくん………女の子になりたかったんだ……
今まで気付いてあげれなくてごめん。
私に相談してくれればよかったのに……」
「ごめんな、要!
今まで俺お前のことずっと男だと思ってた!
本当は、心は乙女だったんだな!」
「大丈夫だぜカナメ!
心配すんな!
誰もお前を非難したりしねーよ!」
「ちょ……何この空気……
なんで俺慰められちゃってんの?
ええと……俺は俺のままですよ?
ハートはバッチリ健全なオスですよ……?」
「わぁかってる!
分かってるからそれ以上言うな!
俺はお前の気持ち、ちょっと分かるぜ!」
「はあ?
分かるって何が……?
高橋お前……もしやそういう趣味あったのか……」
- 05-264 :くらげ:2007/10/29(月) 08:18:14 ID:OdcAJvSe
- ………………………
休み時間の度にこれだ。
もはや休み時間の方が体力消耗する始末だ。
いや、俺がクラスで人気者なのはよく分かってる。
俺が昔っから皆様の憧れの的なのはよーく分かってるんだ。
が、しかし、だ。
「イヤアアアアア!
私ずっと前から好きだったのに………
かなめ君女の子になっちゃうなんて………
どうしよう、私イ・ケ・ナ・イ世界に目覚めちゃいそう………!
イヤアアアアアアア!」
「俺、ずっと前からお前のこと好………」
「失せろ豚ヤロォーーーー!」
スパコーーーン。
土煙をあげて俺の手から射出される物理Ⅱの教科書。
うん、これは違う。
絶対違う。
とか言ってるうちに話題は段々肉体についての好奇心へ移行してたりして。
「それ、胸どーなってんの?」
「イヤアアアアアア!
私よりかなめ君の方がデカイなんて!!
イヤアアアアアアア!」
「とりあえずお前は黙れ!」
「し、ししし、下のほ、方は、
ど、どどどどどどうなってるんだい?」
グルグルメガネのデブが鼻息フンフンしながら身を乗り出して聞いてくる。
こんな奴クラスにいたっけ……?
「あーーーうっさいったらうっさい!いい加減飯食いに行くせてくれ!」
両手をばたばたさせて怒鳴り散らしてみるけど、そこは女の子の声だ。
迫力も糞もあったもんじゃない。
- 05-265 :くらげ:2007/10/29(月) 08:20:11 ID:OdcAJvSe
- 「で、実際のところお前の下の方どうなってんの?
アレなくなって、女になっちゃってんの?脱いで見せてみろよ、ヒッ」
人だかりが俺の真正面で二つに分かれる。
次の瞬間俺の真正面にいたデブがぎゃふんと言って地面に這う。
その後ろからラリッてんじゃないかってツラしたスパイラルヘアーの男がぬうっと顔を出す。
東海 弦
この学年のちょっとワルイ人たちの親分みたいな奴だ。
「オラ、早く脱いで見せてみろよ、ヒッ」
こいつの笑い方、なんかきしょい。
「おい、脱がせてやれよ、ヒッ」
東海がそう言うと後ろからいかにも子分って感じの奴が3人出てくる。
そしておもむろに俺の随分細くなっちゃった手首を掴む。
「ちょっと、やめろっ!
強く掴むなって!
痛いだろ!」
俺は当然抵抗する。
でも当然かなわない。
「ほれ、見せてみ」
子分Bが俺のスカートに手をかける。
「まじやめろって!
シャレになってねえって!」
俺は結構本気で力を込めて抵抗するけど、さすがに本物の男の力には勝てない。
まずい。
こいつらスイッチ入っちゃってやがる。
スカートがハラリとめくり上がりそうになった瞬間………
- 05-266 :くらげ:2007/10/29(月) 08:22:46 ID:OdcAJvSe
- 「あいたたっ」
唸るような声が眼前で響く。
次の瞬間俺の左手に食い込んでた手が、俺の手からスルリと離れる。
「ハーイ、なんか楽しそうにしちゃってるねえ。
で、も、ね。
カナメは俺たちの玩具なの。
ずっと前からネ。
返してもらえるかナー」
はっとするほどの長身が俺の視界に影を作る。
ポーリーだ。
俺の手を掴んでた奴の手をひねり上げてる。
顔を見ればいつも通りのヘラヘラ笑いを浮かべてる。
でもその「へらへら」がなんだか妙に威圧的だ。
東海がポーリーを睨む。
「邪魔すんな。
失せろデクノボー。ヒッ」
「ごめんごめん、邪魔するつもりはないヨー。
ただ、俺はカナメを取りに来ただけだからさっさと連れて去りますヨー。
んではお邪魔シマシター」
ヘラリヘラリとポーリーは言いながら、俺の肩を押して人だかりから出て行こうとする。
「邪魔すんなっつってんだろ?
チョーシ乗ってると自慢のたかーい鼻斜めになっちゃうよ?ヒッ」
東海がそういってポーリーの肩に手をかける。
「イエロウの分際であんま調子のっちゃダメヨ?」
誰の声か一瞬分かんなかったくらい低い声。
でもそれは間違いなくポーリーの声だった。
- 05-267 :くらげ:2007/10/29(月) 08:24:09 ID:OdcAJvSe
- 俺は………正直この雰囲気に飲まれて足が軽く震えてる。
以前なら多分ポーリーに加勢する気満々だった。
そう、勝ち負けじゃない。
男はやらねばならん時がある。
親父の口癖だ。
でもなんだ?
なんで震えてる?
なんだ?これ?
「カナくん、こっち!」
ふいに後ろからハルーの声が聞こえる。
俺はその声の方向に震える足でソロリと向かう。
駄目だ。
バレバレだ。
とてもじゃないが走れないし、逃げれない。
俺の動きに気付いた東海の手下どもが俺に向かってくる。
「はいはい、ここでヒーローその2の登場ですよ」
そう言いながらトシが俺と手下の間に割って入る。
ポーリーは未だ東海と睨み合ったまま。
ハルーはと言えば、人ごみに押し出されてはるか遠くでなんかピコピコキョドってる。
「アナタ死ぬわよおおおおおおおお!!!!!」
トシが訳の分からない奇声をあげる。
体育会系特有の腹にまで響く大声。
瞬間、そこにいた誰もがトシに視線を奪われる。
東海も、子分たちも。
- 05-268 :くらげ:2007/10/29(月) 08:26:08 ID:OdcAJvSe
- ふわり。
ポーリーは片手でさっと俺を小脇に抱えて人ごみを抜け出す。
ついでにまだ訳の分からない動きをピコピコやってるハルーも逆の手に抱えて。
ポーリーの図体のでかさは伊達じゃない。
「なあ、追いてっちゃってトシ大丈夫?」
俺は地面と平行に"きをつけ"の格好でポーリーに抱えられながら、顔だけをポーリーに向けて言う。
「だーいじょーぶヨー。
トシの逃げ足の速さ、他のイエロウのそれと違うヨー」
確かに。
俺たち4人でいたずらする時、いっつもケツ持ちになるのはトシだ。
足が遅いからじゃない。
トシなら間違いなく逃げ切れるから、
だからいつも逃げるのは最後に回ってチェイサーの注意をひきつけるんだ。
俺たちはいつもの俺たちのスポットへ向かう。
さすがに職員室からも丸見えな中庭までは東海達も追ってくるまい。
「はあ…はあ…はあ…
なんでトシがそこにいるワケヨ……!?」
ポーリーが肩で息をしながらそう言う。
トシは息一つ乱さず、いつもの定位置で弁当箱を広げてる。
次の瞬間ポーリーの腕の力がふっと抜け、俺とハルーが両脇から無造作に落とされる。
「あいだっ!」
「ぎゃんっ!」
俺は強打した腰を、ハルーはたんこぶになった頭を両手で撫で撫でする。
「お前らってばチョー薄情!俺置いて逃げるなんてっ!」
トシがドタドタと大げさに憤慨しながらそう言う。
「あーひゃひゃ!トシの漢っぷり!やってくれると信じてたヨー!」
ポーリーは手でひざをばしばし叩きながら笑う。
トシがむうっとして俺に向き直る。
- 05-269 :くらげ:2007/10/29(月) 08:27:27 ID:OdcAJvSe
- 「まあ、パイズリ5回で許す」
「なんで俺ーー!?」
「そりゃあお前助ける為にやったんだもん。とーぜんっしょ」
トシがにやにやときしょい笑みを浮かべる。
「トシまた足早くなったネー、俺じゃもう太刀打ちできないヨー」
「愛のチカラッ!」
トシがガッツポーズをとる。
俺はもはや突っ込む気力も起きない。
まあ、トシのおかげで助かったのも事実だ。
「でも、厄介なのに目つけられちゃったね」
まだ頭を撫で撫でさすりながらハルーが言う。
場の空気が少しだけ重くなる。
「まあ、またきたら俺がバシイっとやっつけちゃうヨー!まっかせてヨー!」
ポーリーがヘラリと笑いながら言う。
「ポーリーっていっつもヘラヘラしてるわりには喧嘩とか強いんだな。
かるーく見直したわ」
俺がそう言うとポーリーはフフンっと勝ち誇ったような顔をする。
「ぜーんぶハッタリヨー!」
「………」
3人分の沈黙。
HAHAHAと一人アメリカ笑いをするポーリー。
- 05-270 :くらげ:2007/10/29(月) 08:29:09 ID:OdcAJvSe
- ……………………
"美"少女になっちゃった俺の学園生活第一日目。
以前と変わった事がある。
皆の態度、皆の気持ち、俺の立場。
俺自身は、どうなんだろう?
分からない。
でも俺は多分、俺のままだ。
手首が軽く痛む。
手の食い込んだ赤い跡、
自分のものとは思えない細っこい腕。
以前なら………
ガクガクと震える自分の足を思い出す。
急に沸き起こるわずかな不安。
「以前の俺なら……」は、通用しない。
ふと視線に気付く。
ハルー。
「大丈夫、カナくんは僕達が守る」
女になった俺と大して変わらない甲高い声。
成長期をまんまと逃した哀れなチビ。
「てめーは何にもしてねえじゃねえか!」
「あいたっ!」
トシのするどいチョップがハルーのこめかみを打つ。
- 05-271 :くらげ:2007/10/29(月) 08:31:01 ID:OdcAJvSe
- 「なーんも変わんねーよ。
誰かの厄介事には皆で首突っ込む。
俺達4人ずっとそうだったじゃねーか」
トシがどーんと仁王立ちで言う。
「足りな過ぎた俺達が群れた理由、そーだったネ。
我慢が足りないトシ、協調性の足りない俺、根性の足りないハルー、常識が足りないカナメ。
何かが足りなくて、
足りな過ぎて俺達ずっと一人だった。
でも、俺達見つけたじゃんネ。
俺達が生きてく為のルール」
空気を読めないポーリーがヘラヘラ笑いながら言う。
「女の子になっちゃった今のカナくんに足りないもの。
僕達で出し合えばきっと大丈夫だから、心配しないで」
肝心な場面でビビる癖にこんな時ばっか誇らしげなハルー。
以前と変わった事がある。
皆の態度、皆の気持ち、俺の立場。
でも、
と俺は思う。
変わらなかったものもある。
友達。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-274 :くらげ:2007/10/30(火) 07:05:57 ID:a6xaxDuN
- +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
俺たちの仲間、カナメがどーいうわけかある日女になっちまった。
そりゃあ戸惑ったわ。
昔から何やらかすかわかんねえ奴だったけど、まさか女になっちまうとは夢にも思わなんだわ。
問題なのは、女になった事じゃない。
これまたえらくかわいい女の子になっちまったっつう事だ。
思わず勢いで結婚申し込んじゃうくらい。
そう、俺の好みドンピシャだったわけだ。
確かに元からどっちかっつうと女顔っつうか、
わりと中性的な顔立ちだったってのはある。
でも俺にモーホーの気は無い。
断じて、無い。
今のカナメは女顔だとか中性的どころじゃない。
まんま「女」だ。
俺のセンサーにビンビン来ちまったわけだ。
とは言え、中身は俺たちのよく知るカナメそのものだ。
あのしゃべり方、あの癖、あの超思考はカナメ以外のなにものでもない。
- 05-275 :くらげ:2007/10/30(火) 07:06:53 ID:a6xaxDuN
- ………何が言いてえのか分かんなくなってきちまったぜ。
この際だ。
ぶっちゃけちまおう。
俺は、元男同士として親友だった奴に恋をしかけてる。
それも、結構本気の恋だ。
最初は単純に女になっちまったあいつの顔が好みっつうだけだった。
でも奴が女になっちまってから一週間、
次第に俺は奴に「女」を感じるようになってきてる。
俺たちは放課後4人で行動する時、2台の自転車に4人で乗って移動することが多い。
中学の頃、俺とポーリーしか自転車持ってなくて、
だから俺がカナメを、ポーリーがハルーを後ろに乗せてよく出かけたりしてた。
なんとなくそれが当たり前になっちまって、だから俺は今でもカナメを自転車の後ろに乗せる。
女になっちまったアイツを、だ。
あいつは男の頃のまま、一切遠慮も無く全体重を俺に預けてくる。
漕いでる俺の負荷を考慮しようなんてこれっぽっちも思わないような奴だ。
まあ、おかげで外人のポーリーにも負けねえ体力を得た訳だけど。
- 05-276 :くらげ:2007/10/30(火) 07:09:10 ID:a6xaxDuN
- ええとつまり、だ。
奴の胸が俺の背中にむぎゅーっと押し付けられるわけだ。
奴の吐息が俺の背中を湿らせるわけだ。
背中から、俺のじゃない鼓動の音が聞こえてくる。
女の体温。女の柔らかさ。女の匂い。
女。
女。
俺は頭の中で解けたためしもない数式を思い浮かべる。
なんかサインだのコサインだの、訳の分からん記号が出てくる奴だ。
そうでもしなきゃ俺のムスコがズボンの中で暴動を起こしかねねえって事だ。
俺は昔っから我慢ってのがニガテだ。
欲しいものはチカラづくで手に入れてきた。
何でも。
俺が持ってねえものは、そもそもいらねえものだけだ。
俺は童貞だ。
単純に、抱きたいと思える女が今まで一人として現れなかったから。
- 05-277 :くらげ:2007/10/30(火) 07:11:22 ID:a6xaxDuN
- 俺は今、一人の女を抱きたいと考えてる。
俺は俺の背中に感じる体温を力のままに貪りたい衝動に駆られる。
俺は俺の背中に感じる呼吸のリズムを欲望のまま狂わせちまいたい衝動に駆られる。
奴のか細く柔らかな肉体を俺のものにしたい衝動に駆られる。
俺は想像する。
背中にあてがわれた柔らかい胸の肉を、この手で力任せに揉みほぐすその感触を。
俺は想像する。
背中に暖かい吐息を投げかけるその口に、この俺の舌を捻じ込むその感触を。
俺は想像する。
背中に重ねられた華奢な肉体をこのゴツゴツした手で乱暴にまさぐり尽くすその感触を。
俺は奴を力任せに屈服させ、
奴の服を、奴のブラジャーを、奴のパンティを力任せに引きちぎり、
奴の胸ぐらに顔を埋める。
このざらついた舌で奴の乳首を舐めあげ、あばらを舐めあげ、太ももを舐めあげ、秘部を舐めあげる。
奴はきっと泣きながら女々しい声で俺に懇願する。
助けてくれ、と。もう許してくれ、と。
俺は無言で行為を続ける。
奴の肢体が俺の舌の動きに合わせてビクンと跳ね上がる。
奴の味を味わい尽くしたら、
次は肉を味わい尽くす。
奴が失ったもの、俺の股ぐらでいきり立つソレ。
俺はそれを、奴の真新しい薄ピンク色に捻じ込む。
血。
俺はその血を指ですくい取り、それを口に含む。
征服。
俺はそのさまを容易に想像出来る。
俺の五感は今、カナメの肉体を薄い布地越しにしっかりと感じてる。
- 05-278 :くらげ:2007/10/30(火) 07:13:43 ID:a6xaxDuN
- 気を抜けば理性が飛びかける。
かつてコレほどまでの衝動を我慢した事は一度としてなかった。
でも、奴は俺のイチバンの親友だ。
約束したんだ。
俺たち4人。
絶対に互いの心を裏切らないって。
グレた中学生どもが定めた下らないルール。
あの頃の俺たちがすがった最後のルール。
ホントにガキ臭くて下らない。
でも、それは俺にとって至福への切符なんかよりももっと大事なものなんだ。
だから俺はこの胸にうずまく衝動を押し殺す。
俺は今こそ「俺に足りないもの」ときちんと向き合うべきだ。
我慢。
捨てるべきは俺の欲望。
失せろよ初恋。
守るって決めた。
俺ルール。
俺は、変わるんだ。
- 05-279 :くらげ:2007/10/30(火) 07:16:50 ID:a6xaxDuN
- 「なあトシってば!聞けよこらー!」
俺の背中で騒ぐカナメ。
暢気に俺の背中に顎で文字とか書いて「今なんて書いたか当ててみ?」とか言ってきやがる。
長く伸びたその柔らかい髪の先で俺の首筋やら耳やらをコチョコチョくすぐったりしてきやがる。
俺の胴にまわしたか細い両腕に渾身の力を込めて「おらおら、もっと飛ばせー!あの車を抜かせー!」とか言ってきやがる。
俺が必死で破裂しそうな衝動を押し殺してるっつうのに、奴はこれっぽっちも気付きやしない。
俺の事なんてお構いなし。
今までも、これからも。
俺はカナメに恋をした。
でもその恋はマウンドに立つ前に試合終了だ。
これでいい。
俺は、俺たちはこれでいい。
これが俺の選んだ物語だ。
++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-286 :くらげ:2007/10/31(水) 10:15:26 ID:mxt7TBJZ
- +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「うっわ、なんなんだよコレ………」
つい俺の口から漏れる嫌悪の声。
血。
なんかパンツがヌルヌルするから、トイレに駆け込んで見てみたら、
血出てやんの。
拭いても拭いても、なんかジワジワ出てくる。
真っ白のパンツがもう真っ赤になってる。
「これ、まずいよなあ………もしやなんかのビョーキか?」
俺は用務員用のトイレでうーんうーん唸る。
まさか、親父がここ数年悩まされてる尿路血石じゃないよなあ………
親父も「聖地から血が噴出したーー!」って騒いでたし………
コンコン
ノックする音。
「使ってますよー」
俺は間延びした声で答える。
うーん、しっかしホントまいったなあ。
「カナちゃんダイジョーブ?」
- 05-287 :くらげ:2007/10/31(水) 10:16:47 ID:mxt7TBJZ
- 女子の声。
俺が女になって最初に登校した日、やたらキャーキャー言ってた奴だ。
野中 咲。
俺が男だった頃から何かっつうとチョッカイ出してくる。
悪い奴じゃないんだけど、お節介すぎてかるくウザい。
「なんかさっきから随分長い間唸ってるみたいだけど………
便秘に効く薬あげよっか?」
「うっせー!どっかいけ!今ちょっとそれどころじゃないんだよ!」
俺は血を見て焦ってたのもあって、ついきつい言い方をしてしまう。
なんつうか、イライラが抑えらんない。
「もしかして………生理?」
「は………生理?」
「お腹痛くなって、血出てきたり………してる?」
「な、なんで知ってんだよ!?」
「なんか今日体調悪そうだったし、カナちゃんにもそろそろきていい頃かなあって」
「お、教えてくれ!おれどうしたらいい!?
マジ血止まらないんだ!このままじゃおれ死んじゃうよ!!」
「大丈夫だよー、落ち着いて。
死んだりしないって」
ドア越しにあははと暢気な笑い声。
こっちは気が気じゃないっつうに。
「ちょっと待ってて。
私の持ってきてあげる」
俺の返事も待たずにスタスタと走り出す音。
持ってくる?何を?
俺はもう一度足の間から便器の底を覗き込む。
べっとり血に濡れたティッシュ。
「はあ………」
- 05-288 :くらげ:2007/10/31(水) 10:17:28 ID:mxt7TBJZ
- ………数分後。
「持ってきたよー!あけてー!」
サキがドアをガチャガチャやる。
「ちょ、やめろ!開けんなバカ!」
一応鍵はかけてあるけど、用務員用の古くてぼろっちいトイレだ。
サキが揺らすたびにドアごと外れそうなくらいガッコンガッコン揺れる。
「開けてくんなきゃ処理出来ないよー、ほら早くー。
休み時間終わっちゃうよー」
俺はどうしたものか迷う。
「処理する」っつうことは、当然奴に俺のアソコを見られるわけだ。
今は女同士とはいえ、さすがにそれは恥ずかしい。
「ま、待て!自分でやるから上から投げ入れてくれ!」
「おっけー。じゃあ行くよー」
バシっ、ドサッ。
「いてっ!」
小さなポーチ。
それは力強く天井にぶち当たり、鋭角に反射して俺の頭に落ちてくる。
「もっと優しく投げろよ!」
「あっははは」
あー、むかつく。
人が切羽詰まった状況だっつうのにゲラゲラ笑いやがって。
俺はポーチを開けて中身を取り出す。
- 05-289 :くらげ:2007/10/31(水) 10:18:26 ID:mxt7TBJZ
- ……なんですか?……これは。
「こ、これ………ちょっとどーすんの………?」
「ほら、やっぱり開けてよー。私がやったげるってば!」
サキはまたドアをガチャガチャやりだす。
「ちょ、ガチャガチャすんのやめーい!
口で説明してくれ!説明どおりにどーにかやってみる!」
「えー、そんなの口で言えないよー。こんな場所でさー」
むう、確かにその通りかもしれん………。
俺は手に持ったソレをあらゆる角度から見回して見るが、
使い方なんて皆目検討もつかない。
「あ、あんまり………マジマジ見んなよ……?」
俺は言って鍵をガチャリと開ける。
ドアが小さく開いたかと思うと、次の瞬間サキがするりと滑り込んでくる。
あっという間の動作。
「で、ど、どうすんだよ……これ……」
顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。
「赤くなっちゃってカナちゃんカーワイイッ!」
便座の上で身動きが取れない俺にサキが頬擦りしようとしてくる。
「ばっばか!やめろっ!そんなことよりコレどーすんだよ!」
俺は両手に持ったソレをサキの顔の前に突き出す。
サキはサッとソレを受け取り、俺の両足の間にしゃがみ込む。
な、なんかこれは、この絵面はまずいんじゃないか………?
- 05-290 :くらげ:2007/10/31(水) 10:19:06 ID:mxt7TBJZ
- 「うわあー………」
俺の股間を見てそう漏らすサキ。
「ど、どうなんだ?大丈夫なのか?おれ、やっぱり死ぬのか?」
俺は不安になり、せっ突くようにサキに尋ねる。
「ホントにカナちゃん女の子になっちゃったんだあ………」
良く見ると、サキの頬も微妙に紅潮してる………
その事に気付いて俺もより一層ドギマギしてしまう。
「は、はやく処理しちゃってくださいよっ!こ、これ結構恥ずかしいんだぞ!」
サキの指が俺の下腹部に触れる。
くすぐったい。
「んっ」
くっ……俺とした事が、つい声を漏らしちまった。
「ご、ごめん!痛かった?」
サキが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「い、いや、だいじょぶ。ちょっとくすぐったかっただけ」
サキの視線がまた俺の下腹部に戻る。
「でも、今の声………ホントに女の子みたい」
俺はモーレツに恥ずかしくなる。
「バ、バババッバッカヤロウ!」
もう呂律も回ってない。
なんだって俺がこんな思いしなきゃなんねーんだ………
- 05-291 :くらげ:2007/10/31(水) 10:19:51 ID:mxt7TBJZ
- 「おれはっ!」
俺は、俺のままだ。
言おうとした瞬間。
「はい、終わったよ。
取り替え方とか、今後の処理も教えといたほうがいい?」
「お……」
俺は俺のままだ。
俺は今さっき言おうとした言葉の続きを言おうとする。
でも、出た言葉は………
「お願いします………」
情けない………。
ヒジョーに情けない、が。
俺は今や自分の事すら人に手助けしてもらわねばうまく出来ない。
今はこの好意に頼るしかない。
「おっけい!まっかせてっ!」
サキ……なんだか嬉しそうだ………。
放課後。
俺は俺のまま。
でも、俺の体はもはや俺の慣れ親しんだそれとは違う。
きっと今日みたいに、今まで通りの考えじゃ通用しない場面がまた出てくる。
これからのことを俺は少し考えてみようとしたけど、その試みは5秒で終了する。
「オパーイ揉ませろよカナっぐべしっ!」
唐突に後ろから抱きつこうとしてきたトシに俺の裏拳がクリーンヒットする。
「ああっトシくんだいじょーぶ!?」
これからの事なんて考えたくもない。
小さいため息一つ。
俺はまた歩き出す。
前より幾分小さくなった歩幅で。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-292 :くらげ:2007/10/31(水) 10:23:26 ID:mxt7TBJZ
- +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「で、なんでこいつがここにいるわけ?」
トシがものっそいうざったそうな顔でそう言う。
「あ、トシ君ひどーい!私がどこに居ようがいいじゃんさ!
別にトシ君に会いたくてここいにるわけじゃないもん!」
トシのおでこにメキメキと血管が浮き出る。
「犯 す ぞ?このアマ!」
「キャー!コワーイ!カナちゃん助けてー!」
サキが俺の懐めがけて飛び込んでくる。
「ってかマジなんでお前ここにいんだよ」
俺は向かってくるサキを軽くさばいて言う。
むすっとするサキ。
昼の中庭。
なぜか俺たち4人の場所にサキがいる。
「だってこの前みたいにまた女特有の危機に陥るかもしれないじゃん。
そんな時には女の子の助けが必要でしょ。
それに女の子になっちゃったカナちゃんをさ、
こーんな狼みたいな乱暴な人たちの輪の中に一人放り込むなんて出来ないよっ!」
サキが腕組をしながらトシをキッと睨む。
トシも負けじと睨み返す。
ハルーは眉を八の字にしてただオロオロしてる。
割って入るのはやっぱりポーリー。
- 05-293 :くらげ:2007/10/31(水) 10:27:00 ID:mxt7TBJZ
- 「まあトシそうカッカすんなヨーゥ。
むっさい男ばっかよりは、ちょっとくらい華があった方が安らぐじゃんネ?」
「ここにいるビショージョは華にカウントされないのね……」
俺がぼそっとつぶやく。
「華としてカウントされちゃいたいワケー?
ホントは中身まで乙女になっちゃってたりしてー?」
ポーリーがジト目で俺を見る。
その口元が嫌味な笑みを湛えてる。
「ジョークですよジョーク!」
うーん墓穴を掘った。
「とにかくさ、女の子になっちゃったカナちゃんをあんた達だけには任せとけないしっ!
私があんた達からカナちゃんを守るのっ!もうそう決めたのっ!」
はあ、そうですか、という顔を俺たち4人はしてみせる。
でも自分の世界に入っちゃってるサキの視界にそんなものは映らない。
「でさでさっ!昨日駅前のショッピングモールでチョーかわいい服見つけちゃったんだよね!」
サキが俺の方に向き直る。
「ぜーーったいカナちゃんに似合うと思うんだよね!
だから今日の放課後、一緒にいこっ!」
いつになくテンションが高い。
でもこのテンションに水を注すとここぞとばかりに逆ギレしたりする。
その事を俺たち2年A組の住人はよーく知ってる。
逆らわない方が身のためだ。
- 05-294 :くらげ:2007/10/31(水) 10:28:31 ID:mxt7TBJZ
- 「わーかったからぎゃーぎゃー騒ぐなよ」
「いえい!今から楽しみー!」
「俺は俺のままだー!って散々言っといてお前女物の服なんか見に行くのかよ」
トシが急に真面目な顔で俺に向き直る。
「んぬ?」
俺は呆けた返事をする。
「初日から随分可愛らしいブラジャーとかパンティとかつけちゃってよ。
もっとこうさ、そういうのに抵抗っつうか、苦悩とか葛藤とかそーゆうの無いわけ?」
しっかり覗いてんのね………
トシは一体何が言いたいんだ?
何でこんな怒り口調なんだ?
「んーむ、まあなっちゃったもんはなっちゃったんだし、
あーだこーだ文句並べてもしょうがないじゃん。
男のパンツ履けばチンコ生えてくんのか?
男もんのワイシャツで締め付ければ胸縮むのか?
どーにもならんわな。
不快な気持ちになるだけだ。
今のおれに合う形、今のおれに合うサイズ、今のおれに合うもの、全てが以前と違う。
ごり押しで押し通そうにも無理が出てくる。
最初は正直愕然としたよ。
でもそれを言ったから元に戻るわけじゃない。
おれはおれのままだよ。
なんにも変わんないよ。
俺なんか間違った事言ってる?」
トシがじっと俺の顔を見つめる。
俺もトシの顔をじっと見つめ返す。
- 05-295 :くらげ:2007/10/31(水) 10:30:51 ID:mxt7TBJZ
- ハルーが口を挟む。
「カナくん、昔からそうだったよね。
どんな事態に巻き込まれても動じない。
波乗りでもするようにやり過ごしちゃうんだ。
それは見てるととても流動的なのに、でもなぜかとてもカナくんらしい。
あらゆる波、変化し続ける流れそのものがカナくんなんじゃないかって思えるくらい」
うーん、ハルーが何を言ってるのか良く分からんが、
多分俺の弁護をしてくれてるんだろう。
「意味わかんねーよ」
トシが不機嫌そうに勢い良く立ち上がり去っていく。
一体なんなんだ?
俺、なんか変なこと言ったか?
「トシはあれでいて繊細だからネ」
ポーリーがヘラヘラしながら言う。
「トシは多分俺たち4人の中でイチバン"この場所"に執着してる。
あいつにとって"この場所"が心のヨリドコロなんだよね。
カナメがあいつの知ってるカナメじゃなくなってく気がしてビビッてるんだヨ。
欠落した俺たちが微妙なバランスでずっと保ってきた"この場所"。
ちょっとしたバランスの変化が致命傷になるんじゃないかって、アイツは多分考えてるんだヨ」
俺はポーリーを見つめる。
ポーリーは相変わらずヘラヘラしてる。
何も見てないようで、全てを見透かしたような嫌味なツラ。
でもその「嫌味」は俺の浅はかな正義より大事ものがあることを教えてくれる。
「おれは……おれは変わらないよ」
「分かってるヨ」
「うん」
「ちょっとトシと話つけてくる」
「うん、行っといデ」
- 05-296 :くらげ:2007/10/31(水) 10:32:36 ID:mxt7TBJZ
- 俺はトシが歩いてった方へ向かって走り出す。
トシは意外とすぐ近く、ちょっと行った先の角を曲がった所にいた。
「よう」
俺はトシの横に立つ。
トシは俺の姿を一瞬確認し、また視線の先を元に戻す。
「おれは変わらないよ」
無言。
トシはただ遠くの方を見たまま壁に背中を預けてる。
「おれはさ、トシに憧れてたんだ。
むかーしさ、まだトシと会ってそんなに経たなかった頃だ。
覚えてる?
まだポーリーもハルーもいなくて、おれたち二人でさ、よくいたずらしてた。
ある時おれがしくじって二人とも捕まった。
二人でさ、ぼっこぼこにされたっけな。
奴ら高校生くらいのヤンキーでさ、手加減なんて全くしねえの。
俺はなっさけない事にボディブロー一発ですぐ身動き取れなくなった。
おまえ、おれを庇ってずっと、ずっと角材で殴られてた。
おまえ、自分の右目やられて視力も奪われて、それでもずっと俺の前に仁王立ちしてさ、
ずっとおれを庇ってくれてた」
眼底粉砕骨折。
そう、トシの右目は未だに光をほとんど失ったままだ。
- 05-297 :くらげ:2007/10/31(水) 10:35:54 ID:mxt7TBJZ
- 「おれは情けなくて、悔しくて、申し訳なくて、おまえになんて言っていいか分かんなくてさ、
でもおまえ全然ケロッとしてた。
左目見えるし別にいーよって。
目なんか一個ありゃ十分だって。
もっと面白いイタズラ考えたから付き合えって。
おれの方が泣いてやんの。
強い奴ってこういう奴なんだってその時思った。
どんなことが起きても、それをすら受け入れて生きてく。
おまえみたいな奴になりたいって思ったんだ」
チラリと横を見る。
トシは未だ遠くの方をぼんやり眺めてる。
その先に何を捉えてるんだろう。
光を宿したその左目に、視力を失ったその右目に。
- 05-298 :くらげ:2007/10/31(水) 10:37:17 ID:mxt7TBJZ
- 「おれは女になった。
最初は軽くコーフンしたよ。
母ちゃん以外のおっぱいなんて今まで生で見たことなかったからな。
それもこんな美少女のオッパイだ。
心のチンコはもうビンビンだ。
しばくチンコがあるなら、一晩中でもしばき倒したいくらいだ。
でも、そこでおれは気付いた。
こんな時、いっつも俺の意思を無視していきり立つアレがあるべき場所に無い。
頭の熱は急激に冷めてった。
代わりに途方も無い喪失感が押し寄せてきたよ。
自分自身を失った感覚。
ここに"いる"のは"おれ"だけど。
ここに"ある"のは"おれ"じゃない。
おれが生きてきた足跡も、おれが思い描いた未来も、全部失った気がした」
- 05-299 :くらげ:2007/10/31(水) 10:38:12 ID:mxt7TBJZ
- 俺は震える自分の足を思い出す。
細い手、失った力。
今まで積み上げてきたもの。
今度は俺がトシを助ける番だって、トシみたいな男に俺もいつかなるんだって、
その為に日々鍛え続けた筋肉。
見る影も無い。
俺はサキに対して密かに抱いていた気持ちを思い出す。
うざい、邪魔、うるさい、でも。
俺のくだらない日常。
ありきたりな恋。密かに願うのは幸せな未来。
でも。
それなりに皆でバカやって、それなりに恋とかしちゃって、
それなりに憧れる人間像とかも目指してみちゃったりして、
俺は、普通の幸せで十分だった。
普通の男としての人生で満足だった。
それが俺の生きてきた人生だったから。
なんとなく、なんでか目に熱いのがこみ上げてくる。
もう叶わない事だらけ。
- 05-300 :くらげ:2007/10/31(水) 10:39:11 ID:mxt7TBJZ
- 「おれは以前のおれが抱いてたいくつかの願望を諦めなきゃいけない。
おれは以前のおれが知らなかった苦悩を知らなきゃいけない。
自分の未来を想像してみたけど、とても"楽しい話"には思えなかった。
でも、
何を失ったとしても、失った自分として気高く生きてく事をおまえが教えてくれたんだ。
だからおれは今までどおり気楽に振舞う事にしたんだ」
情けないけど涙声。
ドスン。
トシが俺に向き直り、両手を俺の顔の両脇の壁に叩きつける。
真剣な目。
「お、おっぱいは揉ませないぞ……?」
何を言ってるんだろう、と我ながら思う。
- 05-301 :くらげ:2007/10/31(水) 10:39:51 ID:mxt7TBJZ
- 「俺がお前を守る。
今までも、これからも」
トクンと何かが音を立てる。
なぜか顔が熱くなる。
こいつは、なぜこうなんだろう。
昔から。
意固地なまでに何かを守りたがる。
ああそうだ。
孤独の意味を、こいつも知ってるんだ。
俺はにんまりと笑う。
「くっさい息でくっさい事いってんじゃねー!」
真剣だったトシの顔。
その眉毛と口元がくいっと引きつる。
「てめーっ、ぶっ殺す!」
…………………
俺はある日女になった。
俺はその事実をただ、受け止める。
必要以上に拒否はしない。
でも必要以上に譲らない。
おれはおれのまま。
変貌する世界に身をゆだねる。
おれはおれのまま。
それでも笑える未来を探す。
きっとあるから、俺はポーリーを真似てヘラリと笑う。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-317 :くらげ:2007/11/03(土) 23:02:41 ID:zZD1/UPj
- +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「カナちゃんとトシ君だいじょぶかな………?」
ナヨナヨした声。
僕の声。
自分でも嫌になる子供っぽい声。
「ダーイジョーブ。
あいつらよく似てる。
まあ、俺から見りゃイエロウなんて皆ソックリに見えるけーどネ。
あいつらの事はそんな心配する事無いっぺさー」
ポーリーがヘラリと笑う。
暢気な人。
傲慢な人。
中庭のベンチ。
ポーリーはふんぞり返り、鼻歌を歌ってる。
ポーリーがよく口づさむ外国の歌。
- 05-318 :くらげ:2007/11/03(土) 23:03:17 ID:zZD1/UPj
- ポーリーはイエロウと言う言葉を良く使う。
人を見下した言葉。
きっとポーリーの事を知らない人が見たら不愉快な気持ちになるだろう。
でも僕たちは彼のその言葉に腹を立てたりはしない。
彼もまた「異国人」なのだから。
僕が彼と会ったのはまだ僕たちが中学生の頃。
当時の僕は、
"勉強の出来る人間が優れた人間で、勉強の出来ない人間は劣った人間だ"
なんて事を本気で信じ込んでた。
僕は勉強がよく出来た。
とてもよく出来た。
僕は自分をとても優れた人間だと考えるようになった。
当時の僕に、友人と呼べるような人間はいなかったけれど、
僕はそれでいいと思ってた。
人には似合う場所がある。
優れた人間には優れた場所。劣った人間には劣った場所。
僕のいるべき場所には人がいないだけ。
どいつもこいつも僕より劣ってるから。
浅はかな人間だと我ながら思う。
でも僕の受けてきた教育はそういうものだったんだ。
ある時僕は3人の「出来損ない」と出会った。
- 05-319 :くらげ:2007/11/03(土) 23:04:31 ID:zZD1/UPj
- ポーリーはイエロウと言う言葉を良く使う。
人を見下した言葉。
きっとポーリーの事を知らない人が見たら不愉快な気持ちになるだろう。
でも僕たちは彼のその言葉に腹を立てたりはしない。
彼もまた「異国人」なのだから。
僕が彼と会ったのはまだ僕たちが中学生の頃。
当時の僕は、
"勉強の出来る人間が優れた人間で、勉強の出来ない人間は劣った人間だ"
なんて事を本気で信じ込んでた。
僕は勉強がよく出来た。
とてもよく出来た。
僕は自分をとても優れた人間だと考えるようになった。
当時の僕に、友人と呼べるような人間はいなかったけれど、
僕はそれでいいと思ってた。
人には似合う場所がある。
優れた人間には優れた場所。劣った人間には劣った場所。
僕のいるべき場所には人がいないだけ。
どいつもこいつも僕より劣ってるから。
浅はかな人間だと我ながら思う。
でも僕の受けてきた教育はそういうものだったんだ。
ある時僕は3人の「出来損ない」と出会った。
- 05-320 :くらげ:2007/11/03(土) 23:05:14 ID:zZD1/UPj
- カナくん、トシくん、ポーリー。
修学旅行の班決め。
一人あぶれた僕を受け入れたのは彼らだった。
僕がずっと見下してきた世界。
僕がずっと拒絶してきた世界。
その最たるものがそこにはあった。
下劣な世界。
常識、社会のルールを一切無視しっぱなしのカナくん。
感情任せ、勢い任せ、思い通りにいかないとすぐ逆切れするトシくん。
いつもヘラヘラ、何一つ真面目にやろうとしない、
そのくせ人を見下して"ジャップ"だ"イエロウ"だと見下すばかりのポーリー。
ああ、なんて最悪の修学旅行だ。
心底そう思った。
最初はね。
- 05-321 :くらげ:2007/11/03(土) 23:05:50 ID:zZD1/UPj
- よく覚えてる。
どの場面も、ホント、今でもよく覚えてる。
多分それまでの僕の人生で、一番楽しかった思い出。
特に変わった出来事があった訳じゃない。
特筆するようなことは何一つ無い普通の修学旅行。
多分皆が経験したソレとほとんど同じ。
でも、そこにあった一瞬一瞬が何故かとても輝かしく見えたんだ。
みんなの話し声。みんなの笑い声。みんなの変な顔。みんなの寝息。
くだらない。
でも、楽しい。
それまでの僕は「楽しいこと」を知らなかった。
- 05-322 :くらげ:2007/11/03(土) 23:06:47 ID:zZD1/UPj
- 僕は修学旅行の後も、なんとなく彼らと過ごすようになった。
なんとなく気があったのはポーリー。
彼は僕と同じ、"人を見下して生きる生き物"だった。
勝手な親近感。
でも違った。
「ハルー、オマエ何様なのヨ?」
言ったのはポーリー。
僕は急にそんな事を言われてドギマギしてしまう。
彼も同じ穴のムジナだと思ってたのに。
同じように、人を見下して、人を下卑して、ケラケラ笑って………
急に突き放された気分。
「な、なんだよポーリー。
き、君だっていっつもイエロウ、イエロウって人を馬鹿にしてるじゃないか!」
逆切れ。
僕に出来た唯一の抵抗。
「俺はね、違うヨ」
ヘラリと笑う。
余裕。
なんだよこいつ。
むかつく。
オマエこそ何様だ。
「なんだよ!オマエなんて、日本人ですらないくせに!
ここは日本なんだよ!オマエみたいな外人が偉そうにしていい場所じゃないんだよバーカ!」
思いつく限りの罵りの言葉。
- 05-323 :くらげ:2007/11/03(土) 23:07:20 ID:zZD1/UPj
- ヘラリ。
ポーリーの顔にこびり付いたソレはそのまま。
「そうだよ。俺はお前たちとは違う。
ここはオマエらイエロウの王国さ。
アウェー。
確かに。
でもね、俺に選択肢は無かった。
居ていい場所もね」
それでもヘラリ。
一切の感情を押し殺した暢気な声。
僕ははっと我に返る。
僕が見下してきたもの。
自分より劣った生き物。
手前勝手な物差しで押した、手前勝手な烙印。
でも、ポーリーは?
- 05-324 :くらげ:2007/11/03(土) 23:07:49 ID:zZD1/UPj
- ポーリーの両親はどっちも日本人じゃない。
日本の血は入ってないけど日本国籍。
彼の"祖国"はこの世界のどこにもない。
青い目の彼が"ここ"を祖国と呼ぶことを許さなかった僕ら。
彼が僕らを"イエロウ"と呼ぶ理由。
ポーリーを"こう"したのは僕達"イエロウ"だ。
ポーリーは相変わらずヘラヘラしてる。
暢気なんじゃない。
暢気に装うしか、この場所で、この国で自身を保つ手段が無かったんだ。
僕は初めて彼の「にやけ顔」に潜む闇を知る。
僕は初めて「イエロウ」の重さを知る。
僕なんかがしてきた自己中なだけの「侮辱」とは違う。
「ご、ごめん……僕…言い過ぎた」
「イーヨ」
分かってたけどやっぱりヘラリ。
何の後ろ盾もない。
それでも笑う。
僕の友達。
- 05-325 :くらげ:2007/11/03(土) 23:08:23 ID:zZD1/UPj
- 目の前でふんぞり返って鼻歌を歌い続けるポーリー。
カントリーロード。
彼がよく口づさむ歌。
彼にとって祖国とは何なんだろう?
「ねえ、ポーリー」
「んあ?」
急に声をかけられすっとぼけた顔をするポーリー。
暢気な人。
とても強い人。
「ポーリーは強いね」
「ハッタリだってばヨー」
「うん、知ってる」
ヘラヘラ。
ニヤニヤ。
僕達の居場所。
僕達の帰るべき場所。
笑い声がする場所。
とてもあったかい場所。
祖国。
+++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-326 :くらげ:2007/11/03(土) 23:12:46 ID:zZD1/UPj
- +++++++++++++++++++++++++++++++
「どーん!」
「あいたっ!」
トシに渾身のチョップをお見舞いするサキ。
まだ"俺達の場所"に飛び込んで数日だってのにもう馴染んでやがる。
「なっにすんだよこのブス!」
頭のタンコブから煙を立ち上らせ、トシがサキに襲い掛かる。
「カナちゃんのおっぱいまたエロい目で見てた!この筋肉オオカミ!」
言いながらサキが俺の後ろにひょいっと回り込む。
俺を挟んだ対角線上にトシ。
俺を軸にしてチョビチョビ回転を始める二人。
「だーーー!うっざいわボケーー!」
俺はこぶしを振り上げる。
その拍子に俺の手からすっぽ抜けた箸がハルーのおでこに勢いよくヒット。
「ぎゃん!」
ハルーのおでこに跳ね返った箸がコンクリートの地面に落下する。
コローン。
おでこを撫で撫でしてるハルーに視線が集まる。
- 05-327 :くらげ:2007/11/03(土) 23:13:21 ID:zZD1/UPj
- 「あーあ」
あちゃーって顔のポーリー。
「なにやってんの全く」
眉を吊り上げるサキ。
「ぼーっとそんなとこ立ってんなよ」
ハルーの頭をバシッと叩くトシ。
「まだ食い終わってないんだからちゃんと洗って来いよな、ハルー」
手洗い場の方を指差す俺。
「悪いの僕!?」
何もしてないのに怒られる男。
誰かの変わりに責められる男。
それがハルーという男。
- 05-328 :くらげ:2007/11/03(土) 23:14:01 ID:zZD1/UPj
- 「僕なにもしてないのに……」
みんなの視線に耐えかねてしぶしぶ箸を拾うハルー。
「カナちゃんの使ってた箸だからって舐めたりしちゃだめだからねー!」
洗い場の方へ歩いてくハルーの背中に向かってサキがまた訳の分かんないことを言う。
「トシくんじゃあるまいしそんなことしないってば………」
弧を描いて飛ぶ物体。
スコー!
「ぎゃん!」
トシの上履きがハルーの頭にヒットする。
大げさにつんのめるハルー。
ポーリーがゲラゲラと笑う。
いつもどおりの風景。
いつもどおりの笑い声。
俺が女になったところで、それらは何ら変わらずここにある。
平穏な学園生活。
つい、忘れてしまいそうになる。
でも安心は出来ない。
きっとこれで終わりじゃない。
あの声が俺に「覚悟」を求めた理由はもっと他にある。
そんな気がする。
………………
- 05-329 :くらげ:2007/11/03(土) 23:14:31 ID:zZD1/UPj
- ………………
俺はあの日、女になった。
俺はその"変化"を受け入れた。
何で元に戻る方法を模索しようとしないのか?
何で男として生きる事を容易く諦めたのか?
もちろんそれには理由がある。
あの日、俺が女になった日、俺は光の中で夢のようなものを見たんだ。
その夢の中で俺に問いかける"何か"。
「行けばもう引き返す事は叶わない。
それでもあなたは突き進むのか?」
カーネルのおっさんの声にも似てる。
でも女性の声のようにも聞こえる。
実体の無い俺に問いかける"ソレ"は声というより意識そのもののように思えた。
耳じゃなく、俺の意識に語りかける"ソレ"。
「俺は行くよ。
何があっても、その道がどんなものでも、俺は俺の道を行く。
そう決めたんだ」
ぶっちゃけ、場の空気で勢いに任せて言ってる感はある。
なんとなく前に読んだ漫画のヒーローはこういう場面でこう言ったから、みたいな。
- 05-330 :くらげ:2007/11/03(土) 23:15:22 ID:zZD1/UPj
- 俺の言葉の質量を確かめるような沈黙。
俺は光の中心を探す。
けれど俺の視界360度全てを多い尽くすソレに中心なんてあるはずもない。
「あなたの道を行くこと、それがあなたの人生を失う事だったとしても?」
まるで俺の運命を見透かしたような声。
なんとなく試されてる気がした。
俺が今まで歩いてきたその足跡。
俺のわずか16年の人生。
それに対する俺なりの答え。
カーネルさん、力を貸して欲しいって言った。
馬鹿みたいな話。
俺の目の前に現れたソレ。
イチイチ馬鹿げてる。
戯言。
自分の言葉を「戯言」という老人の姿はまるで何かに似てた。
- 05-331 :くらげ:2007/11/03(土) 23:16:06 ID:zZD1/UPj
- まるで、いつかの俺。
俺の本気の心を大人たちはいつだって「くだらない」「子供じみてる」「現実が見えちゃいない」と鼻で笑った。
俺が本気で思ったこと。
あるがままに感じたこと。
無垢な願い。
「馬鹿げた戯言」
きっと、鼻で笑える奴らの方が正しい。
分かってるんだ。
ムキなって情熱掲げて、
ガキ臭い正義気取っちゃって、
じゃあその正しさの論拠は?
偏見に満ちた俺の勝手な主観。
俺の手前勝手な価値感をわめき散らしてるだけ。
狭い世界。
偏った正義。
価値も無い。
知ってるよ。
でも、それでも俺は俺の心に渦巻いた「馬鹿げた戯言」を信じることにしたんだ。
友達が、親父が、自身を賭けて俺に穿ち抜いた大事なものだから。
- 05-332 :くらげ:2007/11/03(土) 23:16:45 ID:zZD1/UPj
- 正しさはいつも自分の心の中にある。
カーネルのおっさんは言った。
親父が幼い俺にいつも言い聞かせてた言葉だ。
俺は、俺を必要としてくれるあらゆるものから逃げたくない。
だから俺は。
「覚悟は出来てる」
力強くうなずく。
空間がぐにゃりと変化する。
哀れみ。
俺に向けられた哀れみ。
俺はそれを強く感じる。
俺を包む光の空間が俺を哀れんでる。
でも俺は迷わない。
光が膨張し、収縮する………
- 05-333 :くらげ:2007/11/03(土) 23:17:26 ID:zZD1/UPj
- 風景。
形。
多分人。
泣いてる。
たくさん。
たくさん泣いてる。
十字架。
沢山の手が俺に向かって伸びてくる。
俺を引っかき、引っ張り、引きちぎろうとする。
すがる手。
ボトボトと何かが落ちる。
黒い塊。
ああ、俺はコレを知ってる。
赤ん坊の泣き声。
まるで警笛。
いつまで経っても泣き止まない。
何日も、何週間も、何ヶ月も、何千年も。
多分このうるさいガキは天使だ。
だって羽、生えてる。
- 05-334 :くらげ:2007/11/03(土) 23:18:31 ID:zZD1/UPj
- 血。
血の涙。
赤ん坊が血の涙を流してる。
きっとママが恋しいんだな。
いないから、
さびしいから、
もう会えないから、
だからその羽はそんなに黒いんだ
永遠みたいな一瞬の出来事。
俺の意識は闇へ溶け、
俺の肉体は実体を得る。
ああ、全部夢か。
よかった。
悲しいお話は終わり。
あの子供はもう泣かないで済む。
- 05-335 :くらげ:2007/11/03(土) 23:19:11 ID:zZD1/UPj
- そして俺は女になった。
目に映るそれ。
美しい少女の体。
ひと時の興奮。混乱。
そして喪失感。
俺には分かってた。
もう、二度と戻ることは出来ない。
漠然と。
進むしかない。
この変化が何を意味してるのか、
それは俺に何をもたらすのか、
"声"が哀れんだ理由。
俺はそれを未だ知らない。
風に舞う十字架。
血の涙を流す赤ん坊。
不意に不安が胸の中で渦巻く。
変貌する世界の中、俺がどうにかつなぎ止めた「平穏」が軋みを立てる。
でも、俺は行くって決めたんだ。
ヒーローに憧れる無知なガキ。
ずっと泣いてる。
薄暗がりでヒーローを求めて。
いつかの俺。
俺はそいつに約束したから。
迷わない。
- 05-336 :くらげ:2007/11/03(土) 23:20:10 ID:zZD1/UPj
- ……………
俺は自身の決意を今一度確かめる。
きっとこの決意がこの平穏を守る事に繋がるんだ。
「カナメ、むすっとした顔してどーしたヨ?
せっかくのビショージョが台無しヨ?」
ポーリーが俺の顔を覗き込む。
お約束のヘラリ顔。
「別になんでもないよ」
俺はポーリーに見習い頬の肉を吊り上げて見せる。
その俺の不恰好な笑顔を見てふうっとため息をつくポーリー。
「悩める時は頼れヨ?」
ポーリーのヘラリ顔が少し柔らかいものに変化する。
こいつのヘラリ顔、見慣れないうちは区別つかないけど、ホントは沢山種類がある。
暢気なヘラリ顔、悲しいヘラリ顔、優しいヘラリ顔。
「うん、だいじょぶ」
俺はあの光の夢を思い出す。
でも、正直コイツの"これ"のほうが堪える。
なんとなく、見透かされてる気がして。
ポーリーもハルーも、ずっと俺に尋ねなかった。
"男に戻りたいか?"と。
多分、こいつらにはなんとなく分かってるんだと思う。
俺が"男に戻りたい"って言わない理由。
言わないんじゃなくて、言えないんだってこと。
俺が言わないから、こいつらも聞かない。
優しいんだ、こいつら。
- 05-337 :くらげ:2007/11/03(土) 23:20:40 ID:zZD1/UPj
- すっとぼけたヘラリ顔のポーリーと目が合う。
俺はにんまりと笑う。
そしてポーリーの手がぶら下げてるパンをさっと掻っ攫う。
「んなっ!チョッそれは返してヨ!
俺の今日のお昼ご飯ヨ!」
「文句はハルーに言え!」
丁度そこへ戻ってくるハルー。
涙をちょちょぎらせ華麗なターンを決めるポーリー。
スナップの利いたポーリーの鼻フックがハルーを直撃する。
「ふんぐっ!」
「オマエのせいで俺のお昼なくなっちゃったじゃんヨー!」
「だからなんで僕ーー!?」
俺はまた"日常"へゆっくり溶け込む。
笑い声はいつもここにある。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-349 :くらげ:2007/11/07(水) 06:05:47 ID:hqY55Rmf
- ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
バゴン!!
「おい!ダッレだよ!?こんなことしたのはよっ!」
トシが怒り任せにトイレのドアを殴りつける。
群がってたギャラリーが一瞬にして静かになる。
男子トイレ。
血だらけで見つかったポーリー。
便器の中に頭突っ込んで、意識失ってた。
「ちょっと!落ち着いてよトシくん!
まずはポーリーを保健室に連れてかなきゃ!」
「うるせえっ!やった奴ぶっ殺す!」
「ちょっと待てってばトシ!
ポーリーが目覚ますの待ってやった奴聞いたほうが早いって」
ギャラリーを押しのけてトイレから出て行こうとするトシの肩を掴む。
「俺に指図すんっなっ!」
俺を片手で突き飛ばし、出て行くトシ。
トシは切れると見境がなくなる。
昔からそうだった。
「くそっ、とりあえずポーリー運ぶぞハルー」
俺はポーリーの脇の下に自分の腕を入れ、肩でポーリーを抱え起こそうとする。
ハルーが俺の動作を見て、同じように逆からポーリーの脇に腕を回す。
いっせーのっせで起こそうとするが、ハルーと今の俺のチカラじゃ195cmのポーリーを抱えるのは無理だ。
「おい、おまえら見てないで手伝えよ!」
俺の声に反応してワラワラと2,3人が手を貸してくれる。
そのおかげでどうにかポーリーを保健室まで運ぶことが出来た。
- 05-350 :くらげ:2007/11/07(水) 06:06:26 ID:hqY55Rmf
- 「う、うーん」
ポーリーがうっすらと目を開ける。
状況が飲み込めず、起き上がろうとするポーリー。
「あ、っれ?あっいたたたタ!」
ビクンっとポーリーの体が跳ねる。
「無理すんな!」
慌てて俺はポーリーをベッドに寝かせつける。
「そうだ、カナメ、ハルー!今すぐこの学校から逃げろ!」
俺の顔を見るなりそう言うポーリー。
「はあ?逃げろって、どういうことだよ」
「奴だ、東海。
あいつの手下が急に便所で襲ってきやがった。
さっすがの俺も小便してる最中じゃ手も足も出なかったワ」
そう言って脇腹を擦るポーリー。
「恥をかかせてくれたお礼だってサ。
あいつら、見せしめのために俺達全員ヤル気だ。
トシにも早く逃げろって伝えろ!」
「あいつ犯人捜すっつって一人で暴走しちったよ」
「くっそあの単細胞………
じゃあオマエとハルーだけでも逃げろ!
前からちょっとヤバイやつらだと思ってたけど、なんか今回は特に危険な匂いがする」
確かに。
今までもそれなりにあいつらイザコザ起こしてたみたいだけど、
ここまで表沙汰になりそうな騒ぎを起こした事は無かった。
何か嫌な予感がする
- 05-351 :くらげ:2007/11/07(水) 06:06:58 ID:hqY55Rmf
- 「とりあえずまずはオマエの治療だ!誰か保健の先生呼んできてくれよ!」
「あ、さっき誰か呼びに行ったよ」
運ぶの手伝ってくれたギャラリーAが答える。
「そっか」
「うっぐ!」
ポーリーがわき腹を押さえて呻き声をあげる。
痛がり方が異常だ。
俺はポーリーのシャツのボタンを外し、前をはだけさせる。
「っ!?」
左のアバラのあたりが真っ赤に腫れ上がってる。
「こ、これ、折れてるよ………」
ハルーが青ざめた声で言う。
「ま、マジかよ………手加減なしかよ……」
人間の体は脆い。
喧嘩慣れした奴ならその事を経験的に心得てる。
だから素手での喧嘩は全力でぶつかっても、武器を使う際には多少の手加減をする。
東海もそんな当たり前な「不良のルール」が分からないほどヤワなワルじゃないだろう。
でも、この傷は手加減を一切加えないソレだ。
「くっ………とりあえずお前ら逃げろ!」
ポーリーの表情に、いつもの「ヘラリ」はない。
「オマエを置いていけるかよ!
俺らが逃げたって知ったらオマエに追い討ちかける可能性もある。
ちょっと今回のあいつらは異常だよ」
「だっからっ!
逃げろっつってんのっ!
今のあいつら何するかわかんねえ!
うだうだ言ってねえでとっとと行けっよっ!」
ポーリーが俺の腕を掴んで怒鳴りつける。
その手が痛みで震えてる。
- 05-352 :くらげ:2007/11/07(水) 06:07:46 ID:hqY55Rmf
- 「行こう、カナちゃん」
ハルーが俺の腕を引っ張る。
俺は混乱して立ち尽くしてる。
赤い涙を流す赤ん坊の声。
警笛。
ハルーの腕にチカラがこめられる。
「僕じゃカナちゃんを守れない。逃げるんだよ」
俺の体がハルーのチカラに引っ張られる。
ああ、こいつ結構チカラあるじゃん。
そんなことを考えた。
ハルーにぐいぐい引っ張られて、半ば引きずられるようにして保健室から出る俺。
「トシにも合流しよう」
俺はハルーに向かってそう言う。
ハルーは俺の言葉を無視してぐいぐい下駄箱のある方へ向かう。
「おい!ハルーってば!」
俺は立ち止まってハルーの腕を振り払おうとする。
でもその手は離れない。
「逃げるんだよ」
甲高い、迫力の欠片も無い声。
でも、俺はその声の持つ威圧感に一瞬たじろぐ。
「なんだよっ!
オマエはいっつもそうだ!
逃げてばっか!
自分だけ助かればいいのかっ!?
友達放って逃げんのかよ!
またそうやって逃げんのかよっ!?」
俺は喚いてみせる。
冷静な瞳が俺を見つめる。
「僕だって、トシくんを、ポーリーを置いて逃げるなんて嫌だよ」
- 05-353 :くらげ:2007/11/07(水) 06:08:43 ID:hqY55Rmf
- ぐっとかみ殺した声。
「でも、僕には残念だけどカナちゃんを守れる力が無い。
そして、僕は今カナちゃんの手を握ってる。
僕に選択肢はないんだよ。逃げるんだ」
「くっ……」
俺は、何も言えない。
俺達がまた歩き出そうとした瞬間。
ゴン。
鈍い音。
傾くハルー。
木の椅子が大きな音を立てて地面に転がる。
「おい!ハルー!」
俺はハルーの肩を咄嗟に掴み、体を支えようとする。
駄目だ、今の俺の力じゃ支えられない。
「に、げて………」
ハルーは廊下に倒れこむ。
「バッカ!置いて逃げれるかよ!ほら!気合入れて立て!」
俺はハルーを抱え起こそうとする。
手。
俺の肩を掴む手。
次の瞬間みぞおちの辺りに衝撃が走る。
ボディブロー。
「ッ!」
呼吸が出来ない。
しゃがみこもうとする俺の首に巻きつけられる腕。
のどの辺りに腕が見事食い込んでて声も出ない。
やばい。
「ちょっと来てもらうぜ?」
そういって俺の体を抱えあげる東海の手下。
抵抗するがとてもかないそうに無い。
- 05-354 :くらげ:2007/11/07(水) 06:09:43 ID:hqY55Rmf
- 「んだよテメーは!」
急に動きを止め、怒鳴る東海の手下。
見ると手下の足元を掴む手。
「カナちゃんをっ!はなせっ!」
ゴ。
ハルーの頭に、サッカーボールにするような蹴りを叩き込む東海の手下。
沈黙してピクリとも動かないハルー。
「邪魔しやがって。一生眠ってろ」
そう吐き捨てまた歩き出す東海の手下。
俺を抱えたまま。
ゴン
鈍い音。
「いってえなコルア!!」
叫び振り返る東海の手下。
ハルーがさっき自身の頭を打った椅子を両手で持ち上げている。
瞬間俺を羽交い絞めにするチカラが緩んだ。
俺は力任せにその腕を振り払い、ハルーに駆け寄る。
「ふーっ、ふーっ!」
ハルーの荒い息。
手がブルブルと震えている。
「テメエからぶっ殺してやるよ!!」
東海の手下がハルーの腹めがけてタックルをきめる。
椅子でガードしようとするハルー。
しかし圧倒的な体重差に耐えかね押し倒されるハルー。
- 05-355 :くらげ:2007/11/07(水) 06:10:44 ID:hqY55Rmf
- 俺は、俺はまた、震えるばっかりで何も出来ない。
ハルーに加勢しようと試みるも足がカクンと折れ、歩くこともままならない。
「くそっ!くっそ!」
俺は自分の足をばしばし叩いてみる。
「動けよくそおおお!」
ぺたりとへたり込む俺の体。
なんなんだよもう。
全く言う事を聞かない軟弱な俺の体。
「大丈夫だから、カナちゃんは僕が守るから!」
馬乗りにされ、何度も、何度も頭を殴打されるハルー。
「いきがってんじゃねーよザコ!
ぶっ殺してやる!ぶっ殺してやる!」
完全にキレてる東海の手下。
「僕が……くっほ……まも……ケホッもるから……」
逃げることも、戦うことも出来ないクソッタレな俺の体。
「ハルー!ハルー!」
ハルーの手からはすでに力が抜け、だらりと垂れ下がってる。
それでも攻撃をやめない東海の手下。
「だい……じょ…ぶ…だ……じょぶ…だ…から」
- 05-356 :くらげ:2007/11/07(水) 06:12:35 ID:hqY55Rmf
- 俺の決意がみんなの平穏を守る事につながると思った。
なんだこれ。
守られるばっかで何も出来ない俺。
なんだよこれ!?
チカラを失った俺を守るために傷つき、
もう半ば失いかけてる意識の片隅で俺を守るとうわ言のように繰り返す友達。
「こんなの……もういやだよ………」
気付けば涙。
なんて女々しい俺。
情けない。
情けなさ過ぎて余計に涙が出る。
「まも……る…から…」
意識を失うハルー。
俺はそれを見つめ、泣き続けてる。
近づいてくる東海の手下。
逃げることも、立ち向かうことも出来ない。
ただ、がたがたと肩を震わせ泣き続ける俺。
頭に衝撃。
途切れる意識。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-357 :くらげ:2007/11/07(水) 06:13:34 ID:hqY55Rmf
- +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「トシくん!カナちゃんがっ!さらわれた!」
ハルーが俺の後ろから駆けてくる。
「っんだとっ!?」
振り向きざまにハルーの胸倉を掴む。
分かってる、悪いのはこいつじゃない。
でも、俺の怒りが俺の動作をイチイチ粗暴にさせちまう。
くそっ。
「テメエがついてて何さらわれてんだよっ!」
ハルーを殴りつけようと拳を振り上げる。
そこでハルーの顔中を覆うアザと血に気付く。
「テメエもやられたのか」
「………ごめん、ごめんトシくん………」
俯き、震えるハルー。
拳は硬く握られてる。
分かってる。
こいつなりに必死なんだ。
「助け出すぞ」
「………うん」
奴らがカナメ連れて行きそうな場所、どこだ?
俺は考える。
くそっ!頭がうまく回んねえ!
「屋上」
ハルーがぼそりとつぶやく。
「東海達、よく屋上でタバコ吸ってる!
もしかしたらカナちゃんそこに連れてかれたのかも!」
「はやく言えばかっ!」
- 05-358 :くらげ:2007/11/07(水) 06:14:24 ID:hqY55Rmf
- 「あいたっ!」
ぼこっとハルーの頭を小突く。
怪我してやがるから、今回ばかりは多少手加減しといてやる。
俺達は屋上まで出られる中央の階段を目指す。
幸い階段までは東海の手下どもに出くわさずにすんだ。
ゴン
視界が歪む。
何が起きた?
俺は後ろを振り返る。
金属バット。
かわせない。
ゴッ。
鈍い音。
ハルー、ハルーは?
俺は仰け反りながら、かすむ左目でハルーの姿を探す。
バッドが俺の左側頭部を直撃する。ゴッ
続いて背中。ボグッ
また頭。ガンっ
でたらめに浴びせられる連打。
2人?3人?
俺はチカラ任せに腕を横に薙ぎ払う。
手ごたえ。
「うぐっ!」
大丈夫、ハルーの声じゃない。
ぼやけた視界はまだ回復しない。
- 05-359 :くらげ:2007/11/07(水) 06:15:21 ID:hqY55Rmf
- 音。
音を頼りに俺は腕を振り回す。
当たらなくていい。
視界が回復するまで牽制できれば。
ぼんやりと回復する視界。
バットを持った3人の男。
一人は脇腹を抑えてる。
多分さっきの一発がヒットした奴だ。
俺はデコから流れる血を拭う。
左目に血が入ったら終わりだ。
その隙をついて申し合わせたように3人同時に突っ込んできた。
なんとなく分かってたけどコレはまずい。
こいつら正々堂々なんてこれっぽっちも考えちゃいねえ。
フルボッコすることしか考えてねえ。
バット持った3人の男に同時に挑まれて勝つのはぶっちゃけ、無理だ。
俺は一人に狙いを定めてタックルをかます。
同時に俺の頭部にバッドが振ってくる。
1発、2発。
視界が揺らぎ、意識が点滅する。
だが、まだいける。
俺はタックルした奴をそのまま押し倒して馬乗りになる。
一匹づつ始末するしかない。
ゴンっ
視界が一瞬真っ暗になる。
ああ、やべえ、コレまずい当たり方だ。
あの時に似てる。
これはやべえ。
俺は続く攻撃を予想して身をすくめる。
これ以上頭への攻撃はまずい。
- 05-360 :くらげ:2007/11/07(水) 06:16:03 ID:hqY55Rmf
- でも、俺の予想に反して攻撃はやってこない。
ブシュワーーーーーーー!!
何かをぶちまける音。
「くっそこいつっ!」
手下の声。
「こいつっ!くっげほっげほっ!
どっからそんなもんもってきやがった!?
げほっげほっ!」
「トシくん今のうち!」
ハルーの声。
次の瞬間俺の腕を掴む誰かの手。
多分ハルーのだ。
「立てる?」
「うるせえテメエ今までどこにいやがった!」
「だってトシくん僕置いて走ってっちゃうから………」
俺達は階段を駆け上がる。
「こっち!」
ハルーが4階で空き教室の方へ俺を引っ張っていこうとする。
「なんっだよ!
もうすぐ屋上じゃねえか!
とっとと行くぞ!」
「屋上の前にも多分待ち構えてるよ!
今行っても挟み撃ちにされてやられるだけだよ!
まず体制立て直さないと!」
「そんなぐずぐずしてられっかよ!
カナメが捕まってるんだぞ!」
「いいからっ!!」
「ッ!」
- 05-361 :くらげ:2007/11/07(水) 06:16:56 ID:hqY55Rmf
- ハルーの分際で………
でも確かにこいつの言うとおりだ。
今勢いに任せてつっこんでも、ボコボコにされてジ・エンド。
カナメも救い出せない。
分かりきってる。
まずは身を隠して体制を立て直すんだ。
「多分……こっちに……」
部室棟の方へ向かう俺達。
「あった!」
ゴルフクラブ。
この学校には意味の分からない部活が沢山ある。
パター部。
狭い室内でひたすらパターを練習するだけの部だ。
そのくせゴルフクラブだけは本格的なのを使ってやがる。
部屋中に転がるクラブの中から一本を選び握る。
「よし、いくぞ」
ハルーに声をかける。
が、ハルーはゴソゴソ何かをやってる。
「おい、行くぞハルー!」
「ちょっと待って!
下から来る奴らをどっかで足止め出来れば、上の奴だけに集中できる。
これでよし、多分ちょっとは足止め出来る」
「はやくしろよっ!」
じれったい。
くそったれ。
こうしてる間にもカナメは………
俺はハルーを残して一人部室を飛び出す。
「ああっ待ってってば!」
ハルーの声が背中に聞こえる。
無視。
俺は勢い良く階段を駆け上がる。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-362 :くらげ:2007/11/07(水) 06:21:09 ID:hqY55Rmf
- +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「う………ん……」
俺は固く閉ざされてた目をゆっくりと開ける。
なんだ?
ここはどこだ?
一体何が起きた?
みぞおちがズキンと痛む。
俺、気を失ったのか。
俺は辺りを見回す。
フェンス、その向こうの山。
屋上。
!
「おい、サキ!大丈夫かよサキ!」
俺の視界がサキを捉えた。気を失ってるみたいだ。
俺は体を起こし、サキに駆け寄ろうとする。
そこで気付く。
手足を縛るロープ。
縛られてる。
俺は両手両足をきつく縛られていた。
「ぐっ!」
チカラを入れてみるけど当然解けない。
俺は仕方が無いから芋虫のように這ってサキに近づこうとする。
「ヒッ!」
- 05-363 :くらげ:2007/11/07(水) 06:21:59 ID:hqY55Rmf
- 声。
俺は声の方へ視線を向ける。
東海。
東海は俺の横を通り過ぎ、サキの前まで行くと、ゆっくり抱き起こす。
「オマエ、こいつ好きだったろ?ヒッ」
無言の俺を見下すような目で見る東海。
「女になっちゃって残念だ。ヒッ」
「何が言いたい?」
「オマエじゃもうこいつを抱けないもんなあ?」
「ッ!?」
「俺が代わりに抱いてやるよ!ヒッ!
女になっちまったオマエの代わりになあっ!ヒヒッ!」
「やめろバカッ!
サキに触れんなよっ!
コラ、こっち見ろハゲ!
くっそコラ!サキに触れんなっつってんだろ!」
俺は声を撒き散らす。
サキの頬をゆっくり撫でてた東海の手がピタリと止まる。
「じゃあ、代わりにオマエ、俺に抱かれろ」
ニタァっと笑う東海。
長く伸びたスパイラルヘアーの奥に三日月の形をした目が光る。
- 05-364 :くらげ:2007/11/07(水) 06:22:59 ID:hqY55Rmf
- 「はあっ!?」
何を言い出すんだこいつわ。
「オマエだって知ってんだろ!?
俺はついこの前まで男だったんだぞ!?
ジョーダンもほどほどにしろ!」
「男だった頃のオマエなんてシラネエヨ。ヒッ」
卑下た笑みを浮かべながら俺の方に歩いてくる。
「オマエはいい女だ。
俺が初めて本気で抱きたいと思った女だ。
オマエを手に入れるためならどんなことだってしてやるよ。ヒッ!」
東海が俺の顎を無造作に掴み、自分の顔を近づける。
お互いの息が顔にかかる距離。
俺は東海の鼻めがけて唾を吐きかける。
手足を縛られた今の俺に出来る唯一の抵抗。
「…………」
無言でそれを拭う東海。
全く動じてない。
- 05-365 :くらげ:2007/11/07(水) 06:24:21 ID:hqY55Rmf
- 「っ!?」
俺の股間に何かが触れる。
手。
東海の手。
その手がゆっくりと俺の股間を撫でる。
布越しの気色悪い感触にビクンと跳ねる俺の体。
「やっめろよッ!」
俺は必死で声をひりだす。
「この変態っ!元男の体触って楽しいのかよっ!」
無言の東海。
手が俺の股間から下腹部、ヘソ、あばら、を伝い胸へとやってくる。
「くっ!」
その動きにあわせてもぞもぞと動く俺。
手足を縛られ、顎を押さえつけられた俺に出来るかすかな抵抗。
もはや抵抗にすらなってない。
東海の左腕が俺の背中にまわされる。
右腕は俺の尻に。
密着。
俺の柔らかな胸の肉が東海の硬い胸板に当たり、
俺の耳たぶの横に東海の顔が密着してる。
「離っせよ!こらっ!」
モゾモゾと動く俺。
首筋に柔らかい何かが当たる。
それが俺の首筋から耳を細やかに何度も吸い付ける。
ああ、こいつ、キスしてやがる。
- 05-366 :くらげ:2007/11/07(水) 06:25:30 ID:hqY55Rmf
- 「やっめ………!」
俺は必死で抵抗する。
優しく俺の尻をなで上げる東海。
「んっふ……」
俺の口から漏れる変な声。
なんだよ、なんなんだよもうっ!
東海の手が俺の尻の穴がある辺りを何度も指で撫で回す。
パンツの上から。
ふと、東海の動きが止まる。
どさり。
衝撃。
仰向けに地面に叩きつけられる俺。
視界を覆う青い空。薄く伸びた雲。
飛行機雲。
後ろ手に縛られた手がコンクリートの地面とモロ衝突し、激しく痛む。
「いっつ………」
次の瞬間俺のブラウスが真ん中から破られる。
ブチブチとボタンが飛ぶ。
空を遮る影、東海の体。
三日月の目。
「やめっろ………」
どこにも届かない、なんの意味も持たない言葉。
でも俺にはその言葉を連呼することしか出来ない。
はだけた俺の胸元に埋められる東海の顔。
俺の胸に刻まれた印でも探しているかのように勢い良くまさぐるソレ。
目的の印を探し当てたかのように、突如開始される吸引。
「はっう………」
- 05-367 :くらげ:2007/11/07(水) 06:26:18 ID:hqY55Rmf
- はあ……はあ………はあ………
息。
荒い呼吸。
俺の?東海の?
分からない。
舌でべとべとに舐め回される俺の体。
少女の裸体。
俺の胸についこの間現れた膨らみを何度も押し込み、吸引を繰り返す東海。
頭がぼうっとしてくる。
東海の手はいつからか俺の脚の付け根にあるソコを、
アレの失われたソコを執拗にこね回している。
ぴちゅ。
音がする。
唾液に濡れた胸から。
指で力任せに弄られる足の隙間から。
「ああ……う………」
頭の内側がじんじんする。
時折びくんびくんと跳ねる俺の体。
東海の顔が俺の胸から離れる。
次の瞬間俺の視界にぬっと現れたスパイラル頭。
- 05-368 :くらげ:2007/11/07(水) 06:27:18 ID:hqY55Rmf
- 雫。
三日月から。
ぼたぼたと、いくつものしずくが俺の顔めがけて降ってくる。
それがなんなのかを瞬時には理解できない俺。
ああ、こいつ、初めて見た時誰かに似てると思ったんだ。
そうだ、出会った頃のトシ。
超チカラ強くて、般若みたいにおっかない顔。
何でもかんでもぶち壊して周る。
理由は泣きたいから。
「う……うう……ヒッ」
こびり付いた笑み。
長すぎた夜がこいつの顔に刻んだそれを引き剥がす事は多分もう出来ない。
ひび割れた三日月状のその隙間からこぼれる雫。
俺の股間にあてがわれるアレ。
ああ、入ってくる。
東海が俺になだれ込んでくる。
- 05-369 :くらげ:2007/11/07(水) 06:28:33 ID:hqY55Rmf
- 薄暗い台所。
テーブルの上のガラスのコップ。
うっかりひじが当たって落っこちる。
あ
咄嗟に伸ばした手。
微かに指先に触れて、また遠ざかる。
スローモーション。
あーあ。
パリン。
割れた。
孤独。
失望。
崩壊。
ああ、それ、知ってるよ。
ねえ俺、それ、知ってる。
涙。
「うっぐ……」
俺の目からぼろぼろと。
力任せに行われる運動。
俺の内側に打ち付けるソレ。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
- 05-370 :くらげ:2007/11/07(水) 06:32:51 ID:hqY55Rmf
- 壊しちゃおうよ。
もういいって。
どーせ、全部汚れてる。
空も、大地も、人も、心も、全部。
願ったんだ。
本当は、本当は願ってたんだ。
強く、強く願って、願って、願って、
がむしゃらに伸ばした手が当然の如く空を切る。
残念でした。
頭の中に響く声。
ねえ、気付いてよ。
意外とか弱いのよ?俺。
ヒッ。
俺は真っ黒な東海のソレを、
いつしか真っ黒になってしまった東海のソレを、
自身の柔らかな内側に受け止める。
- 05-371 :くらげ:2007/11/07(水) 06:34:18 ID:hqY55Rmf
- 「ああああああああああああああああああああああああああ!」
咆哮。
グシャリ。
潰れる音。
三日月の目。
黒目が消えて真っ白になる。
ガン、ベキ、グシャ、ガン。
白目を剥き、崩れて俺にのしかかる東海の体重。
俺の内側に留まり続けている東海のアレ。
ぎゅぷっと音を立てて俺の下腹部から溢れる液体。
トシ。
青空を背に、トシがゴルフクラブを振り上げる。
そして、また俺の目の前にあるモジャモジャした塊に叩きつける。
その度に血が飛び散る。
俺はうすらぼんやりとその様を眺めてる。
まるで絵画だ。
とても象徴的で、抽象的。
でも、とてもリアル。
だめだ。
黒い塊が、黒い塊を打ち抜く。
だめだって。
- 05-372 :くらげ:2007/11/07(水) 06:35:40 ID:hqY55Rmf
- まるでそっくりな黒いそれ。
だめだ!
「だめだっ!!」
気付けば千切れてたロープ。
今、千切ったのかも。
もうわけわかんないからとりあえず勢い任せ。
ゴロン。
咄嗟に上下を入れ替える東海と俺の体。
ゴン
衝撃音。
ああ、人の頭を硬い金属で打つとこんな音がするんだ。
もう一度、衝撃。
さらに、もう一度。
何度も、何度も。
頭の内側で反響する音。
点滅を繰り返す視界。
我を失い、機械のように同じ動作をひたすら繰り返してるトシ。
ゴン、ベキ、ガン、ゴッ。
リズミカルに俺の背中や頭を打つ物体。
裂けた俺の頭の頭皮から血がとめどなく吹き出て、それがデコを伝い目に入る。
- 05-373 :くらげ:2007/11/07(水) 06:37:50 ID:hqY55Rmf
- トシってばプッツンしちまうと見境がねえなあ。
まったく、しょうがねえやつだ。
ぐらり。
かすむ視界。
東海のスパイラルヘアーがぼんやり見える。
あーあ、こんな強いパーマ、
おっさんになる前に禿げちゃうって。
俺は血に濡れた東海の頭を優しく胸に抱く。
そして血の海に沈む意識。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-374 :くらげ:2007/11/07(水) 06:39:37 ID:hqY55Rmf
- +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
トシくんに置いてきぼりにされた僕はやっとこさ階段の最上段まで到着する。
屋上に出る扉の前に倒れてる3人の男。
多分トシくんがやったに違いない。
僕は僕で下の階から来た東海の手下どもに襲われ、
どうにかこうにか巻いてここに辿り着いた。
僕は屋上のドアに手をかけ、力いっぱい押す。
僕の視界に飛び込んだ現実味の無い光景。
頭から流れる血を撒き散らし発狂するトシくん。
その目の前に倒れている二つの血の塊。
声を上げることも、動くことも出来ない軟弱な僕。
「カナッ!!カナメエエエ!あッ!ああああああああっあああああ!」
僕の目の前で錯乱状態に陥るトシくん。
僕は、僕は………
「落ち着けよバカっ!」
トシくんの頬をちからいっぱいひっぱたく。
「救急車を呼ぶんだっ!早くっ!!」
ポカンと宙を見つめ、放心するトシくん。
「ケータイ貸して!!」
僕はケータイを持ってない。
理由は色々ある。
電池の切れた玩具のように立ち尽くすトシくんのズボンのポケットをまさぐり、
僕はケータイを取り出そうとする。
- 05-375 :くらげ:2007/11/07(水) 06:40:46 ID:hqY55Rmf
- 「助からんよ」
声。
上から。
僕は空を見上げる。
空からゆっくりと下降するカーネルサンダース。
ケンタッキーの前に立ってるアレ。
現実感がボロボロと抜け落ちる感覚。
まるで夢。
思考が止まりかける。
でも、この状況で動けるのは僕しか、僕しかもういない。
僕が思考をやめたらカナちゃんを助けられない!
僕は四散しそうになる意識を一点に集める。
「あ、あなたは………」
僕はやっとの事でそれだけ言葉を搾り出す。
もつれる様に倒れてる二つの血の塊。
発狂し、思考を停止した血だらけの大男。
そして空から舞い降りたカーネルサンダース。
あまりに突飛過ぎる状況。
「今の医学では、彼らを助ける事は出来んよ」
あの、ケンタッキーの前で見かけるままの佇まい。
でも、その手には赤ん坊を抱いている。
- 05-376 :くらげ:2007/11/07(水) 06:41:55 ID:hqY55Rmf
- 「だが」
とカーネルサンダースは言う。
「我々なら、彼らを救うことが出来る」
ふうっと浮かび上がるカナちゃんと東海の体。
彼らの体はゆっくりとカーネルサンダースの方へ移動する。
「君達には辛い思いをさせてしまったね。
でも明日からはまた全て元通り。
君達の記憶からは今日という日だけが抜け落ち、
明日からはまた昨日までの平穏がよみがえる」
頭が、頭が回らない。
なんだ、なんだこれは?
なにがどうなってる?
彼は一体何を言ってる?
「カナメをどこに連れてく気だ!
返せコラ!カナメを返せよコラ!」
不意に怒声。
トシくん。
「助ける」じゃなくて「救う」
そう、カーネルサンダースはカナちゃんを「助ける」んじゃない。
「連れてく」つもりだ。
宙に浮かぶカナちゃんのもとへと駆けていくトシくん。
「返せよコラアアアア!!」
なんとなく感じてる。
今ここで連れていかれたらなら、もう二度とカナちゃんは僕達の元へ戻ってこない。
トシくんもきっと同じことを感じてる。
- 05-377 :くらげ:2007/11/07(水) 06:43:16 ID:hqY55Rmf
- 僕は咄嗟にカーネルサンダースに向かって駆け出す。
渾身のタックル。
「カナちゃんをっ!降ろせええええええ!」
僕ごときのタックルじゃびくともしないカーネルサンダース。
何かが僕の肩に降ってくる。
血。
僕を見下ろすカーネルサンダースの瞳から流れる血の涙。
「君は、君が思っている以上に勇気に溢れた少年だ。
自身を省みる強さも持っている。
残念ながら私は君の望みに答える事が出来ない。
理解してくれ、とは言わない。
ただ、どうかこのことで自身の勇気を否定しないでほしい。
君に勇気が足りなかったから守れなかったのではない。
君の勇気がこそ、この私の行動理由そのものなのだから」
分からない。
分からないけど、優しい声。
上から降ってくる声。
僕は泣きそうな顔でその声のする方を見つめる。
なんで泣きそうになってるのかももう分かんない。
「トシくん。君は我慢を知らないとても我侭な子だ。
しかし、友人との約束を守るためならば、自身のあらゆる欲望をすら打ち捨てられる強さも持っている。
その君の目の前で、君の命より大事なものが傷つけられてしまった。
この悲劇を我々は止めることが出来なかった。
許してくれ。
心優しき暴君よ」
トシくんの方を見れば、トシくんもまた、今にも泣き出しそうな子供の表情。
- 05-378 :くらげ:2007/11/07(水) 06:46:00 ID:hqY55Rmf
- 僕達の心に直接語りかけるような優しい声。
血に塗れたカーネルサンダース。
彼が何をしようとしているのか、
彼がなぜ血の涙を流してまで僕達から"彼"を奪い去らねばならないのか、
僕達は理屈じゃなく、言葉じゃなく、それを理解しようとしている。
「そしてポーリー」
カーネルサンダースが僕達の後方を見る。
屋上と屋内を隔てるドアにポーリーがもたれかかってる。
「君は強調性が足りない。
どれだけ普通を装ったところで瞳の色を隠すことは出来ない。
君を取り囲む世界が君を"特別"扱いしてきたこと。
そのジレンマが君の中に頑ななまでの"世界"を作りあげてしまったのだろう。
でも、そんな君が君達4人の中でいつしかムードメーカーの役割を担っていた。
君の作り出す世界をこそ愛する人間がいるのだよ。
愛すべき愉快な異国人。
君自身が祖国と呼ぶにふさわしい彼らの居場所なんだ」
「カナちゃんを、カナちゃんを連れていかないでよぉ………」
気付けば僕の涙はもう頬からぼたぼた落ちてる。
分かってるんだ。
きっと、これは避けることの出来ない運命。
だから、彼は、この世界は血の涙を流してまで、この決断を選んだんだ。
「すまない………すまない………」
カーネルサンダースにしがみ付く僕の肩に、音を立てて落ちる血の涙。
- 05-379 :くらげ:2007/11/07(水) 06:47:13 ID:hqY55Rmf
- 「せめて!」
ポーリー。
「せめて!記憶だけは残しておいていってくれヨ!
俺達の居場所を!
俺達とカナメがすごした日々を!
奪わないでくれ!」
分かってる。
きっともうどうにも出来ない。
どうしようもない何かが、この世界のどこかで起こってる。
悲劇。
変えようのない悲劇。
運命。
僕らだけがその轍から外れる事は許されない。
「どうしてカナメなんだよおおおおおお!!!」
トシくんの悲鳴に近い怒声。
そのトシくんを優しく見つめるカーネルサンダース。
「先刻、母が死んだのだ。この世界の母がね。
我々はその死を予感し、新たなる母を求めた。
時川要。
彼こそが我々の探していた"それ"だった。
母が死に、世界の死滅はもう始まっている。
あらゆる生物の中に眠る根源的な狂気。
それを封じるタガが次第に外れ始めている。
この彼のようにね」
カーネルサンダースはゆっくりとした動作で東海の方へ視線を向ける。
「崩壊が完全な形で始まれば、瞬く間にこの星からあらゆる生命が消滅するだろう。
空が裂け、大地が沈む。
我々に残された時間はもうなかった。
母を失った世界が形を留めておける時間は限られたものだからだ。
我々は時川要に母なる肉体を与え、新たなる母とするための準備を始めた。
そして、準備は整った」
- 05-380 :くらげ:2007/11/07(水) 06:48:35 ID:hqY55Rmf
- 声。
頭じゃない。
心に響いてくる声。
カーネルサンダースの声。
抗いようのない、運命の声。
「でも……でもっ!!」
トシくんが泣きじゃくりながら必死に訴えかけようとする。
どうしようもない運命。
でも、抗うのは心。
「彼はその運命を受け入れたのだよ」
カーネルサンダースは腕に抱いた赤子を空に掲げる。
黒い羽を携えた赤子。
目を閉じたままのカナちゃんが優しくそれを抱きとめる。
まるで、聖母のように。
光が膨張し、全てを包む。
赤子の羽から黒い表皮が剥がれ落ちる。
黒く凝固した血の表皮が。
「我々は全てを彼に見せた。
この星の記憶、あらゆる奔流の渦を。
彼は、ちから強く頷いた。
全てを受け入れると」
空がミシリと割れる。
悲鳴。
死を憂う星の慟哭。
「時間が無い。
崩壊の時がもうそこまで迫っている。
いかなくては」
カーネルサンダースを中心に風が渦巻く。
揺れる大地。
「彼を、我々全ての生命の母たる彼を、健やかに育ててくれたのは君達だ。ありがとう」
光が、収束する。
永遠のような一瞬の出来事。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
- 05-381 :くらげ:2007/11/07(水) 06:51:14 ID:hqY55Rmf
- ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
僕達は、あの日の記憶を失わなかった。
けれど僕達の他に、あの日、あの割れた空を覚えている人間はいない。
「ハルー!ぼさっとすんなヨ!お昼休み終わっちゃうヨ!」
基本的に僕とポーリーとトシくん以外の人がいる前では、カナくんの話はしない。
サキちゃんは最初、カナくんに関する全ての記憶を失っていたみたいだけど、
僕達と会話をしている時、ぼんやりと断片を思い出すことがあるみたいだ。
そんな時サキちゃんは、声を立てずに静かに泣く。
「ちょっと待ってよー、サキちゃんがまだだってば」
「あんな薄情なブスおいてけばいいんだよ!」
トシくんとサキちゃんは前にも増して仲が悪い。
多分、サキちゃんとポーリーが付き合いだしたのが面白くないんだろう。
トシくんは、未だカナくんが戻ってくると強く信じてるから。
「ねえ、そんなに急いで一体どこにいくのー?」
カナくんがいなくなってからも、ポーリーだけは一度として泣き言を言わなかった。
相変わらずのヘラリ顔で沈みそうになる僕達をいつだって引っ張ってきた。
感情を表に出さない分、一番苦しんだのはある意味彼なのかもしれない。
そんな彼にサキちゃんは同情せずにはいられなかったのだろう。
サキちゃんはその辺とても敏感な子だから。
- 05-382 :くらげ:2007/11/07(水) 06:52:41 ID:hqY55Rmf
- 僕達が出会ったきっかけ。
全て始まりはカナくんだった。
一人、己の心の中に閉じ込められたトシくんを見つけたのも、
一人「異国」に取り残されたポーリーを見つけたのも、
あの日、教室の隅で一人班決めからあぶれた僕を見つけたのも。
……………
「じゃあ、こいつ俺の班ケテーイ!反論は一切受け付けますん!」
「まあ、そんなむすっとしてないでよろしくやろーぜ?」
無理やり僕の手をとって勢い任せにブンブン振るカナくん。
今でも、あの時のカナくんの手を覚えてる。
あの瞬間僕の中にうずまいた気持ちを覚えてる。
あったかかった。
とても、とても。
泣きたくなるくらい。
誰もが目を背けたくなる出来損ない達。
そんな僕達をイチイチ目ざとく発見するカナくん。
僕達の心に積もった埃を払い、
いつの間にか硬く閉じてしまった宝箱の蓋を優しくノックするカナくん。
僕達がいつしか失ったもの、僕達が知らない間に忘れてしまったもの。
でも、本当は心の奥底に眠ってたもの。
願い。
- 05-383 :くらげ:2007/11/07(水) 06:54:35 ID:hqY55Rmf
- それをカナくんは合わせ鏡のようにして僕達に見せてくれた。
僕達は学校の屋上へ向かう。
あの日、カナくんが世界と一つになった場所。
今日はあの日から丁度一年。
僕達の世界は未だ形を維持することが出来てる。
僕達はとびっきりの「いたずら」を学校の屋上に記すことにした。
「カナメアリガトウ」
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
最終更新:2012年01月24日 09:40