他愛ないかもしれない話

 「ホント、どうしたらいいのかなぁ……」

 本当に何事もないのだが、氷菜子は一人で呟いていた。街の喧騒も何も聞こえない、この広い神社――大佛神社という――は、考え事にはもってこいの場所ではあった。
広く、結構立派な割には人はそこそこしか来ていないのだが、それでも生活に困ったような話は聞くこともないし、普通に神主達の家族は暮らしている。
 その理由は、自分には分かるのだが、多くの人々は知らず、寄付金とかがあるんじゃないかとか、援助されてるんじゃないか、などという噂が流れるくらいだ。

 「そんなのじゃないんだけどね……」

 この時期は、神社の桜も葉を落とし始めて、冬に備えている。自分にとっても、もう幾度と見慣れた景色である。
代わり映えのしない景色。自分も、今の間ではこの景色と似たような、当然のサイクルを繰り返すだけの生活をしていたのだと思うと、少し懐かしくもなる。
 神社の境内は、やはり広い。これだけの広さがあるのに手入れが行き届いているのにも驚かされるが、ここの神主にも驚かされる事の方が多かった。

 『何考えてんだ。氷菜子』

 「何も」

 脳内に響く声を無視して、神社とは別の方向、この神社の神主が住む別宅へと向かう。自分は平穏とは違う、異世界へと潜り込んでしまった。
そういうことに慣れてるのは、ここの神主だろう。むしろそういうのに関する事が、ここの神主の本当の仕事であるとも言える。
 自分は一度出会って、守られた事がある。彼ならば今自分が何をするべきか教えてくれるのかもしれない。
気持ちを切り替えて、もう一度自分は立ち上がり、大佛家へと走って玄関を開けた。もちろん、ズィーロはどうでもよさそうな声を残してそのまま寝てしまったが。




 「ずいぶんと急ですねぇ……」

 「でも、大事な事なんです」

 「それは分かります」

 彼が困ったような顔をしている。それは、自分が原因であると分かっている。それでも問い詰めずにはいられない。
大佛孝道は、神主でありながら、退魔師でもある複雑な家系の生まれであると教えてくれた。彼の力も見たことがあるし、ズィーロがいなければ、自分も彼の攻撃に巻き込まれていた。
 彼自身は、自分の力を制御できていないと言っていたが、自分には嘘だと思ってしまう。彼は、立派にその力を使いこなしている。むしろ、洗練されていると言ってもいいだろう。
かねてから、相談していたことなのだ。自分の力を制御する方法を教えて欲しい。彼ならばそれが出来ると信じて。
 ずっとはぐらかされ続けていたが、今度こそ教えてもらう。そう決意して、今は座っている。彼は困ったなぁと言い続けて、座ったままだ。
じっと、決意した目で見続ける。何回も適当にごまかされているのだ。もうごまかされない。

 「……いいですか。力と言っても私のは暴力に属する方です」

 「私のだって、十分に暴力ですよ」

 「それはそうですが……氷菜子ちゃんのは」

 ズィーロの力を、彼は知っている。むしろ知っているからこそ言い難いのかもしれない。最初は彼も笑っていたが、次第に険しい顔付きになっていたのは記憶に新しい。
ズィーロの力というのは、凍結だ。自分の身体に入り込んで、弱っている身体を療養中だとはいえ、本気を出せたのならばある程度の範囲を一気に静だけが残る世界にすることはできる。
 ズィーロの強大さを理解している上で、制御すると言われてもなかなか困るものがあるだろう。元々、ズィーロも力に関してはセーブしているのだから、制御は出来てると言われてしまうかも知れないが。
自分が学びたいのは、ズィーロが眠ってる最中でも、その力を少しだけ引っ張り出して、より効果的に使えるようになりたいのだ。

 「ズィーロの力です。でも同時に、今は私の力でもあります」

 「……困りましたねぇ」

 大いに困って欲しい。と言いたくなってしまうのは、我慢した。自分だって相当はぐらかされ誤魔化されてきたのだ。これぐらいは良いだろう。

 「良いですか。力というものは無闇に振るえるものではありません」

 意を決したのか、孝道がようやく語りだした。

 「……はい」

 「特に、貴方に憑依しているズィーロさんは、桁違いの能力を本来なら持っている」

 「はい」

 「今、彼はこの環境に慣れていないだけであって、本来の力さえ出せれば、貴方とて十分に私とやり合えますよ」

 「それは」

 嘘だろうと思ったが、孝道が遮った。

 「貴方、というよりズィーロさんですか。確かに今の彼なら私は勝ちますが、全力の彼相手ではどうなるか分かりません。それほどの力ですよ」

 「それなら」

 「だからです。貴方はまず力を制御するといった。それは正しい」

 「ですから」

 「だからこそ、貴方は無闇に力を振るうべきではない。分かりますか?」

 どういう事なのだろうか。確かに自分は強くなりたいといった。妖怪やら何やらが溢れるこのおかしな街で、知り合いを護るために。
その為には、力を必要なものだ。敵対する者たちは、やはり力を使役してこちらに襲いかかってくる。撃退するためには、やはり力が必要だろう。
 なのに、孝道は力を振るうべきではないと言った。それはどういう事なのか。考えてみるが答えは出ない。
孝道がゆっくりと茶を啜っている。自分も喉の乾きを今更に思い出して茶を啜った。熱くて、茶なのに美味しいと感じてしまう。ズィーロだったらキツかったかもしれないが。
 器を置いて、孝道は眼を閉じている。それがゆっくりと開いた。

 「……その力はズィーロさんの物です。貴方の物ではない」

 「え?」

 「貴方が今すべき事は、ズィーロさん抜きで、自分で戦える事です。戦いとは一つではありませんよ?」

 「確かにそうですけど、でも今、私は力をつけないと」

 「力ならズィーロ様で足りています。後は、貴方がそこをどう補助するかです」

 「で、でもズィーロが寝てたりしたら」

 「貴方自身の力ではない。貴方自身には貴方なりの力があります」

 ぴしゃりと言われた。そこからは言葉を続けられなかった。しばらく黙ったままで考えてみる。答えが浮かび上がってくる気がしない。
力はズィーロにあって、自分には無い。孝道のいう力とは、何を言っているのか。考え続けていても、答えが出るはずもないという気がする。
 それでも、何かが掴めたような気がした。短い時間ではあるが、やはり話してよかった気がする。

 「……分かりました、もう少し、考えてみます」

 「それでいいのです」

 孝道が微笑み、茶を片付ける。自分は、頭を下げて、そのまま真っ直ぐ玄関へと戻り、靴を履き直す。孝道がお気をつけて、というのに、ありがとうございますと述べて玄関を出る。
少しだけ、自分が出来る事を探してみよう。力とは何なのだろうかと考えて、ズィーロの力ではない方の力を見つけ出す。私自身の力。
 そう考えて、自分は一歩力強く外へと踏み出した。

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最終更新:2011年12月08日 19:10
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