―なんでいつもこいつは噛み付いてくるんだろう?
「朝っぱらから触らないでよ!!」
―いやいや、毛先にちょっと触れただけだぜ?
「足を踏むな!!」
―じゃぁ俺の部屋に入って来るんじゃねぇよ。
「食事中くらい私に構わないで!!」
―そう言われても、こんな状況で気にならない方がおかしいって。
―昼は俺の椅子に座って日向ぼっこ。 ずっと俺のことが気になってるくせに無視するふり。
―なのに俺が妹と話したり近づいたりするだけで歯をむいてまで怒るってどうなのよ。
―変態アニキにでも見えるのか?お前には。
―元々妹の親友だからって、俺は一応ここの跡取りなんだけどなぁ。
―しかも他の家族とは会話しようとはしないのな、お前。 まぁ別にいいんだけどよぉ。
「あ、あんたが常人とは違うだけよ。別にあんたに…そのぉ…きょ、興味があるとかじゃないからね!!」
―ふぅんw、なぜお前が上目遣いで俺をみるのか、聞かずにおいてやるよ。
「今日の午後は誰も家には居ないんでしょ?私も暇だから話し相手になってやってもいいわよ?」
―昼食後、居間からベランダの方へ身軽そうに駆けてくると、さくらは横柄に言い放った。
「かっ、勘違いしないでよ。いい?あくまでも可・哀・想、だからっ!」
―とかいって息が荒いぞ、さくら?何に興奮してるんだかw
「あんたに名前で呼ばれる筋合いは無いわよっ。
「次に『さくら』なんて呼んでみなさい、後悔すら出来ないようにしてやるから」
―はいはい、ホントに嫌なら目を合わせて言うもんだろうにw
―そういえばお前はいつからここに居るんだっけ?
―あまりに馴染んじゃって、肝心なところを忘れちゃったかな…まいっか。
「次にここに来れるのはまた一ヵ月後だったっけ…」
―夕暮れも差し迫ったころ、さくらは唐突に呟いた。
「ばっ、馬鹿っ!寂しいわけないじゃないわよ、その時のことを考えてウンザリしてるだけよ…」
―なら切なそうに鼻をならすなよ…
「もう夕焼けがあんなに……そろそろ時間じゃない…」
―いつになく濃い赤は、並んで座っている俺達に長いひとつの影しかくれなかった。
(さくら)
―俺は小さくつぶやいてみた。
―聞こえなかったのか、さくらはじっと夕日を見つめている。
―その通った鼻筋が、贅肉の無いあごが、滑らかな肩のラインが…そして潤んだ瞳が…
―美しい横顔を見つめ続けていると、次第に愛おしさがこみあげてくる。
(もうすこしこっちの世界で一緒にいられたら…)
―今度は聞こえないようにつぶやいた…つもりだったが、さくらはこっちを振り向いた。
「ばーか」
―すっと顔が近づいた。すこし出した舌先で、俺の左頬をペロッ,と舐めると、さくらは立ち上がった。
「そろそろ行かなきゃ」
―俺は目で追うことしか出来なかった。
「あれぇー?どこに居るのー?ご飯だよ~っ!!」
大学から帰った妹が階下で呼んでいる。
「さ~く~ら~ってば~ぁ、先にお散歩する~?」
さくらは名残を振り切るように無理に尻尾を振りながら、器用に階段を降りていった。
―ふと、風にのって線香の匂いがした、俺の6回目の月命日が暮れてゆく。
~終~
最終更新:2007年08月30日 17:20