電話のベルが鳴る。
この場――四畳一間の殺風景な部屋――には異質な、禍い気配。
「わたし、
メリーさん」
昨日から、電話越しに聞いていた、刃物のように鋭利で、花のように可憐な声。
…その声の主がどんな人なのかって、想像したりもした。
というか、電話をかけたのはこっちだ。 噂を信じて、やってみた。
「今、ドアの前」らしい。 楽しみだ。 ……楽しむのは間違いかもしれないけど。
「―――――今。 あなたの、後ろにいるの」
背後から視線を感じて、咄嗟に振り向いた。 …彼女の顔が、見てみたかったから。
「……………な」
白く、まるで雪のような肌。 肩まで伸びた、漆黒の髪。
そして、人形のように整った顔。 その表情からは、何ひとつ読み取れない。
……ただ、目だけは違う。 カエデのように紅いその目からは、明確な殺意が感じられた。
着ているのは、黒のドレス。 とてもよく似合っている。
どこをとっても、完璧と言っていいくらい、美しかった。 ……右手にもつ大鎌が、どこかアンバランスだが。
男として。 こんなキレイな子に殺されるなら、本望だろ。
平々凡々に、病気かなんかで死ぬよりずっといい。
……なんてコトを考えていると、彼女がその小さな口を開いた。
「…私に殺される前に答えて。 何故、自分から電話を掛けたの?」
「すごいキレイな子だって聞いたから、掛けてみた。 ここまでキレイだとは思わなかったけど」
…僕がそういうと、彼女は僕をぎろり、と睨みつけた。
「笑えない冗談はいいわ。 …そんな、ちっぽけな理由で自分の命を掛ける人間なんて、見たことないもの」
…ジョークだと思われてるらしい。 心外だなぁ。
「価値観っていうのは、万人共通ってわけじゃないからね」
「…そうね。 あなたの価値観は、普通の人間とはかけ離れているわ」
嘘じゃない、と納得してくれたらしい。 呆れているようだけど。
「ところで。 少し、話をしないかな? 自省の句、ってやつだと思って」
こくり、と頷く彼女。 それが、彼女のイメージと重ならなくて、ちょっと笑ってしまった。
「…なにが、おかしいの?」
「いいや、なんでも。 それじゃあ、お近づきの印にこれを」
冷蔵庫まで歩いて、ヤクルトを取り出す。
「…いらないわ」
差し出すも、払いのけられた。
「……おいしいのになぁ、ヤクルト。 うーん…いちご大福食べない?」
戸棚から大福を取り出す。 賞味期限はまだ大丈夫だ。
「いらないって、言ってるでしょう」
またも払いのけられる。 …こまったな、もう女の子にあげるような物がない。
「ああ、もううまい棒しかないね。 僕まじすげぇひでぇ劣悪なる環境下」
「さっきから、しつこいわね。 …何が目的なの?」
……目的もなにもない。 僕は、ただ――――
「君の笑顔が見てみたい、かな」
その凍った表情を、溶かしてあげたいだけなんだ。
だって、だってさ。 誰からも怖がられてて、ずっとひとりでいる。 それは、何よりも辛いことじゃないか。
その苦痛は、彼女にしかねぎらえないものだ。 けど…彼女だって、僕らと同じで感情を持っている。
……だったら。 僕ひとりでも、彼女の苦痛をねぎらってやりたい。
だって、誰からも理解されないなんて。 …そんなの、虚しすぎる。 哀しすぎる。
「恩を着せがましいわね。 …気持ち悪いわ、そういうの」
「うん、そうかもね。 ……でも、本心だよ。 君の笑顔が見てみたいって言うのは」
思っていることが、すぐに口から出てしまう。 …ああ、恥ずかしいな。
――――――たぶん。 僕は、彼女に惚れている。 これ以上ないってくらい、首っ丈に。
「食べれないってわけじゃないなら、食べてよ。 最後の頼みだと思ってさ」
「…食べ物を食べるバケモノなんて、いないわ」
……その発言に、なぜか、かちんときて。
「君は、バケモノなんかじゃ、ない…!」
…自分の口から出たとは思えないくらい、力強かった。
「……君は、さびしくないのか? バケモノと罵られて、恐れられて」
「さびしくなんか……ない」
その声は、なぜか震えていて。
「―――――いいや、嘘だね」
それが強がりだって、僕にもわかった。
「……わたしは、罵られて当然だもの。 何人も死に追いやった、バケモノなの……!」
自分をバケモノという少女の、悲痛な、叫び。
「君は、バケモノなんかじゃない。 そんなキレイな顔したバケモノ、いるもんか。
……何よりさ。 そんなさびしそうな顔したヤツが、バケモノであるはずないだろ」
子供みたいな理由だけど、一種の確信があった。
「でも……わたしは……」
「覚悟が出来てるやつ殺したって、罪じゃないだろ。 逆に遊び半分で呼ばれても、僕なら怒ってそいつら殺すね。
だから、君が僕を殺したって、僕は恨まない。 だって、悪いのはこっちなんだからさ。
――――――――そういうもんなんだろ。 誰かを殺した苦痛は、君にしかねぎらえない」
……冷たい言葉。 だけどこれは、誰かが言わなきゃいけないことだと思う。
「だけど、苦しみは分かち合うことができる。 …だから、僕に少しでもその苦痛を、共有させてほしい」
「……あなたは、わたしとなんの関わりもないじゃない…」
「関わりって、最初からあるものじゃないだろ。 少しずつ少しずつ、作ってくものだ。
あは、こんなこと言う理由は簡単なんだ。 僕は、君に惚れてる。 …それだけだけど、命を掛けれる」
…きょとんとしている彼女が、愛しくなって。
「もういちど、言うよ」
息を、強く吸い込んで。
「君は、バケモノなんかじゃない」
―――――そういって、つよく抱きしめた。
「……あなた、ばかよ…」
「そうかな。 普通の男なら、君をバケモノだなんて思わないよ」
「………ほんとに……ばか……!」
――――そんな風に強がる彼女が、どうしようもなく、愛しくて。
「あぅ……!」
彼女が痛がるくらい、つよく抱きしめた。
「ずっと、そばにいるから。 君が迷惑だって言っても、そばにいるから。 …約束だ」
「やく、そく……?」
「ああ、約束だ。 命、掛けるよ」
…この胸の中の少女を、少しでもいたわってあげたい。
そんな表情のない顔しないで、笑っていてもらいたい。
――――――でも、ほんとは、そんな高尚な理由じゃなくて。
ただ、そばにいて、君の笑顔を見ていたいだけなのかもしれない。
そんな僕の心を見透かすかのように、彼女はこう呟いた。
「……約束、守ってもらうからね」
そんな強気な態度も、また彼女らしい。
「うん、よろこんで」
――――――僕がそういうと、彼女は。 花咲くように微笑んだ。
最終更新:2008年01月03日 06:25