午前三時
そろそろ彼女がいる頃だろう、僕はコートを羽織ると自然公園へと向かった。
咲いたばかりの夜桜が満開の深夜の公園
その中央に彼女はいた。
―やっぱりだ
口に出して約束を交わした訳じゃないが
彼女がここに来ることは分かっていた。
彼女の事なら何でも分かる、僕と彼女は深い絆で結ばれた恋人なのだから。
いや、恋人だったと言った方が正しい。
彼女は一週間前事故で他界している。
彼女の名前は桜。名前の通り、彼女は桜が好きだった特に夜桜が。
毎年必ずこの公園へと来ていた。
やはり今年も夜桜とそして、僕に会いに…
「やっぱり来てくれたんだね」
僕の声に彼女は少し驚いたように振り返った
「な、何言ってんの!?、私、ただ最後に桜を見にきただけよ!
か、勘違いしないでよね!」
あわてて言い募る彼女。
素直じゃない所は生前どおりだと思うと少し悲しくなった。
それっきり彼女は桜を見つめ、僕は彼女を見つめていた。
彼女の姿を焼き付けるために。
「…な、何見てんのよ?」
「綺麗だな、と思って」
「ば、バッカじゃないの!あんたなんかに言われても嬉しくないわよ!」
でも夜桜の下、半透明でたたずむ彼女は幻想的でこの世ならぬ美しさだった。
「ねぇ、もし僕もここで死ねば…君のそばにいけるのかな?」
彼女の美しさに酔うあまりつい、思っていた事を口に出してしまった。
彼女は一瞬硬直したが
「ばっ馬鹿言ってんじゃないわよ!
あんたなんかが来たって迷惑なんだから!
ぜ、絶対自殺なんてやめなさいよ!」
大声で怒鳴ってきた。
やはり彼女は本当はとても優しい人だった
それきり気まずい沈黙が支配した。
「ね…最後に一つ、あなたにお願いしても、いい?」
彼女は頬を赤らめて僕に近づいていった。
「お願い?」
息がかかるほど接近してきた彼女にドキドキしながら聞いてみる
「そう、とっても
大事な大事なお願い」
彼女は瞳を潤ませて言った
「私と…
ファイトしなさい」
ガッツーンと両の拳を打ち付けると彼女は僕に飛び掛かってきた。
カニばさみで引き倒され
あれよあれよと言う間に馬乗り状態に持っていかれる。
「拳は強く強く握りこむのよ、でないと骨を痛めてしまうわ」
ビキビキと筋を浮かべた拳をつくりながら彼女は言う。
「ちょ…待っ」
「ジェノッサァーイ!」
オタケビをあげながら何度も何度も何度も僕の顔面に鉄拳を叩きこむ。
「キモいんだよ!ストーカー野郎が!人が死んでまでつきまといやがって!」
薄れゆく意識の中で僕は (幽霊相手ならストーカー規制法にも引っ掛からないと思ったのにな…残念)
などと考えていた。
最終更新:2008年10月02日 17:48