栗の木


俺は幼い時に家族で旅行した。
旅行先の旅館は木々が深々と生い茂っている森の手前にあった。
昆虫などの生き物が豊富なその森を見た時に都会育ちの俺の血は好奇心で騒ぎ、親の目を盗んで森へ一人で探検に出た。
そして、迷子になった。半泣きになりながらも必死で出口を見つけようとするが一向に旅館へは帰れない。
体は疲れ日も暮れ始めあきらめかけたとき、木が生えていない開けた場所に出た。
その場所は小高い丘になっており、そこから下を眺めると比較的近い距離に旅館が見えた。
旅館に戻れることがわかった俺はその丘で座り込みホッと一息ついた。
座ったときズボンの後ろポケットに違和感があった。
ポケットの中のモノを取り出すとそれは旅館の近くでひろった栗の実だった。
記念にその栗を丘に植えた。その後、少ししてから俺は無事森を抜け出した。
その丘はかつては底辺階級の者の墓場だったそうであまり木は育たない土壌だったようだが、
その栗は芽が出てやがて立派な栗の木になった。
しかし、その丘は心霊スポットとして雑誌でとりあげられたことをきっかけに肝試しをする人々が数多く訪れるようになった。
その木は肝試しの目印に使われるようになり、そこを訪れたものは木に記念にメッセージを彫るようになった。
やがてその木は墓場の霊気を吸い、木の魂が精霊化し、今まで傷つけられた恨みを晴らすべくそこに訪れた者を不幸に陥れるようになった。

俺は30年振りにその木のもとへ来た。
俺は木にもたれながら酒を飲んだ。
「まさかこんなに立派に育っているなんてな」
するといつの間にか目の前に高校生くらいの少女がいた。
整った顔をしていて黒く長い髪が印象的だった。少女は鋭い目をこちらに向けている。
「許さない…あなたは許さないから……」
少女の顔に見覚えはない。
「あれ、どこかであんたにあったかい?」
すると、少女は木の中に溶けるように消えて行き「あなたは絶対ゆるさない」という声が辺りに響いた。
俺は少し動揺し「死ぬ前の幻覚か?」などと自問自答した。
だが、酒のおかげか動揺はすぐ止み、俺は話を始めた。
「俺、ここに自殺しに来たんだ。俺に何の恨みがあるか解らんが俺がこの世から去ることで許してくれ」
と言うと木の枝にロープをかけ始めた。
そして、首をロープに掛け始めたその時「待って!」という声が響いたかと思うと目の前にさっきの少女が再び現われた。
「自殺…するの?」
「ああ、そうだ」
「どうして?」
「…中学、高校といじめられ、その後は半引きこもりのアル中ニートでいたんだが
親が死んじまって金も居場所のなくなったんだ。
今までロクな生活をしていなかった俺が働けるわけがないし、
かといって国のお情けでただ生かされて行くのもごめんだ。
だから思い出の場所で安らかな死を選ぼうかと思ったのさ」
「………私だけが不幸だったわけじゃなかったんだ…」
「…え?」
「な、なんでもない!」
「とにかく、俺は今から死ぬから止めないでくれよ。
……俺を恨んでる人間が止めるわけないか。はは、酔いすぎだ」

「な、なに?!勝手に植えつけてといて自分だけ勝手に消えるわけ!?」
「…え?…なんで俺が木を植えた事を知ってんの?」
「………それは…」
「…ま、いいや。……あのさ…できれば俺の頼み事を聞いて欲しいんだ。
…俺が死んだあとこの木の世話を頼みたい」
「え!?」
「ふもとの村で噂を聞いたんだけど、この木って呪いの木っていわれてるんだってな。
そんで、肝試しに来たやつが肝を試すためにこの木に彫り物をしたり、枝を折ったりして帰るそうだ。」
「………」
「こいつは俺と同じく傷つけられて生きてきたやつなんだ。
勝手に俺が植えたのにこいつがみんなから傷つけられるなんて理不尽だろ?
傷つくのは俺だけで十分だ。あんたに恨まれている俺が言うのがおかしいのはわかっている。
だけど、たのむ!この木を守ってくれねーか!?」
「…………」
少しの沈黙の後
「……わかった。でも、こんなところで死んだら転生なんかできないんだからね!!」
「…そっか。転生とかよくわかんねえがありがとな。これで安心して逝けるよ。この木をよろしくな」
俺は満足した。この世でのやり残しがすべて消えた気持ちだった。
俺はためらうことなくロープに首をかけ、程なくして絶命した。
少女は男の死体の傍らでつぶやいている。
「…絶対、転生なんかさせないんだから……。
この場所に、私のとこの縛り付けて離さないんだから………」
そういう少女の顔は赤く、とても嬉しそうだった。

その後この木は男女の話し声が聞こえる木として有名になった。
また、木のまわりは狼の住処になり人々が足を踏み入れることはなくなっていった。


最終更新:2009年04月14日 21:50