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望郷


しんしんと雪が降る。
見渡す限り白い平野に、僕はひとりで立っている。
雪の降る音がする。
冬の空のにおいがする。
すべてが凍てつくような、純白の世界。
僕はそこに、どうしようもない懐かしさを感じていた。

携帯の目覚ましで目が覚める。
無機質に繰り返されるアラーム音を止めて、僕はベッドから起き上がった。
「―――夢か」
カーテンを開け放つ。
窓の外に見えるのは、朝もやに煙るビルの群れだ。
ここは、雪が降ることも稀で、代わりに降るものは冷たい雨で。
排気ガスと、他人のにおいがする。
思い描いていた『都会』とは、全く別物の街だ。
「仕事に、行かなきゃ」
くたびれたスーツに袖を通し、朝食もとらずに玄関をくぐる。
また、いつもの繰り返しの日々が始まるのだ。

しんしんと雪が降る。
見渡す限り白い平野に、僕はひとりの少女と歩いている。
雪を踏みしめる音がする。
「綺麗だよね」
「雪がか?こんなの見飽きたよ」
「―――噂、聞いた。本当なの?」
「ああ。僕はこんな田舎さっさと出て、もっと大きなことをやるんだ」
「大きなことって、なによ」
「そりゃ………とにかく、大きなことさ。
 都会には、そういうチャンスがいっぱいあるんだぜ。知らないのか?」
「知らないわよ。―――この村、嫌いなの?」
「ああ、嫌いだね。なにもかも雪に埋もれてて、いやになる。
 寒いし、不便だし、古くさいし。時間まで凍り付いているような気がする」
「そう。早く出られるといいわね」
「そうだな。ああ、また靴の中に雪が入りやがった。
 ったく、雪の無いところに早く行きたいぜ」
僕と少女は、そんな話をしながら雪の平野を歩き続けた。

ふと、目が覚める。
携帯のアラームは、とっくに止まっていた。
遅刻だ。走らなければ、間に合わない。
適当に身支度を済ませて玄関を飛び出る。
身を切るような突風が、僕の体温を容赦なく奪っていった。
雪も降らないくせに、ここの風は冷たすぎる。
一面雪に囲まれたあそこのほうが、ずっとずっと暖かかった。
そんなことを考えながら、僕は駅へと走っていった。

しんしんと雪が降る。
見渡す限り白い平野に、僕はひとりの少女と歩いている。
吐き出す息が、白くきらきらと輝いた。
―――ああ、いつもの、夢だ。
でも、今日の夢はいつもとちょっと違っていた。
「それで、どうなの? あこがれの都会の暮らしは」
「―――順調だよ」
おかしなものだ。
これは、昔の故郷の夢のはずなのに。
彼女は、今僕が暮らしている空虚なビル群のことを聞いてくるのだ。
「嘘つき、とても寒いくせに。意地っ張りなところ、昔と変わらないね」
「意地なんか張ってない。僕の故郷より寒いところなんて、あるもんか」
「―――また嘘ついてる。耐え切れないのなら、帰ってくればいいのに」
「―――」
もう、帰れないんだ。
僕の故郷は、大雪崩に呑み込まれて、村人ごと地図から消えたのだ。
あこがれた都会の暮らし。だが、そこに望んだものは無かった。
明確な覚悟も持たずに飛び出してきた田舎者を受け入れてくれるほど、
そこは生易しいところではなかったのだ。
自分の思い上がりにようやく気がついたとき、僕の故郷は一夜にして失われた。
母さんも父さんも、―――この少女も。僕は逃げ帰る場所さえ失ったのだ。

「ねえ。無理していないで、帰ろ?」
彼女がそう問いかける。
だがこれは夢だ。僕の望郷の念が生んだ、叶わない願望の夢。
「―――帰れない。僕は―――僕には」
もうかえれるところがない。
「―――帰ろうよ。私、あなたがいないと寂しい」
「!」
彼女がその言葉を口にした瞬間、周りの風景が一変した。
雪原にまばらに建つ、雪に埋もれかけた家屋。
降り止まぬ雪にかすむ、そびえたつ山脈。
幼いころ、よく遊んだ雑木林。
「ああ―――………!!!」
視界が、あふれ出した涙でたちまち滲む。
僕の村だ………僕の故郷がここにある―――!
足の力が抜け、がくり、と雪の上に倒れ込む。
その雪の感触は夢のクセにひどくリアルで、心地よかった。
「ああ、雪が、―――暖かい」
倒れたままの僕の上に、雪がどんどん降り積もる。
世界が、意識が白く染まっていく。
「―――おかえりなさい」
最後に、そんな彼女の言葉を聞いた気がした。

「あれ?あいつ、今日は出勤してないのか?」
「ああ、電話をかけてもつながらないんだ。珍しいよな」

END


最終更新:2009年04月14日 22:14