アットウィキロゴ

兄への手紙


都会の学校も少子化が進み、一クラスの生徒の数は随分と減った。
私は危惧されていた、過疎地の分校へ転任を願い出た。

過疎地では逆に教員が足らず、遠くの学校へ行かねばならない生徒もいると
聞いたからだ。
教育は誰もが平等に受けられる恩恵であり、子供の主張できる数少ない権利だ。
こんな考えも今はもう古く、私は正直若い教員の間で勤めるのに疲れたのもあった。

山間の分校。生徒は片手で足りた。
村役場は来年は統合され町になる。そんな寒村に私は来た。
だが・・・純朴でまっすぐな瞳の生徒たちの歓迎は私を熱くした。
残り少ない教員生活。ここで終わるのに、なんの悔いがあろうか。

「せんせーっさようならーっ」
「はい。さようなら。気をつけてお帰り」
「せんせーっ明日も遊んでねーっ」
「はい。遊びましょう」

三々五々帰っていく生徒たち。全員ときちんと挨拶ができる。満ち足りた職場だった。
足るを知る。今の時代は私のようなロートルにはありがたいような職場だった。

生徒たちが帰った教室。平屋の校舎、木造の校内を見て回る。
来年の統合で取り壊されるかも知れない。村長から聞かされていた。
学び舎として十分な建物なのに。

今は使われていない教室に、小さな影を見つけた。

「おや・・・?」

並べられた使われていない机に座る幼子。この学校では学年別では
成り立たないので、みんな一クラスで授業を行っている。別のクラスはない。
何より、生徒全員の顔は私の頭に入っている。
来年入学する子だろうか?

「どうしました?」
「・・・・っ」

話しかけると、びっくりしたようにこちらを見つめた。誰かの妹だろう。

「ここは誰も使っていない教室です。あちらに行きましょう」
「・・・いきたくない」

おかっぱ頭の少女はふいと横を向いた。今時は珍しい着物姿だ。
どちらの子だろう。拗ねたような顔が赤く色づいていた。

「ふむぅ・・困りましたねー。どうすればいってくれますか?」
「・・・・・・」
「はい?」
「・・・字を教えて」

「字・・・ですか。いいでしょう。あいうえおですね」

こういってはなんだが、この地では兼業農家も多い。たつきのため
子供にかける時間が取れない家庭も多かった。
私に親を責めるつもりはない。だが子供が学びたいというなら、教えない訳はない。
私は教師なのだ。

「そうです。うまくかけました」
「・・・・・」

うつむいたまま、頬を染め黙り込む少女。あいうえおと書かれたノートを辿る指が
誇らしげだ。何度も何度も辿る。愛らしいものだ

「・・・兄さまに手紙を書きたい」

ぼそりという少女。
「いいですね。書きましょう」

「兄さまは戦争に行くの。お国のために戦うの」
聞いた事がある。この学び舎は戦前からあり、戦中は特別攻撃隊の宿舎であった
そうだ。なるほどそうか。

「それはとても立派なお兄さんですね。じゃあ先生は平仮名を教えてあげましょう」

私は教師。学びたい意志があるものを、教えることになんのためらいがあろうか。


幾日が過ぎたろう。放課後まではじっと教室の隅で待ち、
放課後に私と彼女の授業が続いた。
そして彼女は平仮名が書けるようになり、私の用意した便箋に
手紙をしたためた。

『にいさま。せんそうにいってもげんきでいてください。おくにのために
がんばってください。かずはまっています。にいさまがおやくめをおえるのを
まっています』

「書けましたか?封筒はこれですよ。先生は添削しません。いれてください」
「・・・・・・」

丁寧に畳まれた便箋を、そっと封筒に入れるかず。
この子のお兄さんもかの戦争で・・・。
そしておそらくこの子も。

「では私が投函します。お兄さんに届くといいですね」
「・・・・・・」
「はい。いいんですよ、かずさん」

聞こえないほどに小さなお礼。そして・・・彼女の後ろに見える青年。

「さようならかずさん。想いは届きます。お迎えが来ましたよ」

兄の手を取り、席を立つ私の生徒。いざ、さらば。


最終更新:2009年04月14日 22:37