「人の友達に、なんてことするかなぁ」
「あんな人は旦那さまのお友達にはふさわしくありません」
「勝手なこと言わないでよ。大体僕は旦那さまなんかじゃないんだってば……」
僕はお屋敷でもないただの一軒家に住んでいる。
年だってまだまだ若いし旦那さまと呼ばれるのはどう考えてもおかしい。
けれども僕をそんなふうに呼ぶのは、3年前両親が死んだすぐあとに
突然現れた、おかしなメイドさんの幽霊だった。
「あなたさまは旦那さまのお生まれ変わりです。
だから私がお世話いたします。」
美和と名乗ったメイドさんは前世の僕に使えていたらしい。
前世と言われても覚えているわけはないし、少し困ったのだけれど
美和さんにとってそんなことはどうでもいいみたいだった。
ひっそりと僕を見守っていたのだけれど、ひとりぼっちになって
泣いていた僕をみかねて姿を現したそうだ。
美和さんの出現に当然僕はびっくりしたけれど、怖いとは思わなかった。
美和さんは幽霊なのに料理が上手で、毎日僕においしいご飯を作ってくれる。
毎朝見送ってくれるし、学校から帰ると玄関で出迎えてくれる。
美和さんの笑顔と「いってらっしゃいませ」「おかえりなさいませ」は
僕にとって、毎日の大きな励みになっている。
僕が立ち直れたのは美和さんのおかげで、美和さんがいなかったら
僕はどうにかなっていただろうし、もしかしたら死んでいたかもしれない。
美和さんみたいな幽霊がいるのなら死ぬのもそんなに怖くない気はするけれど。
美和さんは普段、とても優しいのだけれど
ときどきちょっと厳しかったり頑固だったりする。
たとえば前に学校の用事で遅くなって、連絡もしないで
門限を破ってしまったときはものすごく怒られた。
怒った美和さんはちょっと怖いから、そのあと僕は
なにかあったときにすぐ連絡ができるよう携帯電話を買った。
契約のなにやら難しいことは美和さんがごまかしてくれたみたいだけれど
どうやったのかはよく分からない。
あと、美和さんは電話も使わないで僕に電話がかけられるらしい。
電話代もかからなくておトクなのだけれど、ふしぎだ。
こういうところはやっぱりお化けなんだなぁと思う。
今までも、何回か美和さんを怒らせたことはあったのだけれど
今日もまた怒らせてしまった。といっても今回に限っては
僕が悪いわけじゃなくて、僕が家に連れてきた友達に怒ったのだ。
怒った美和さんは、姿をかくしたままコップの水を友達に浴びせかけ
投げても壊れないしぶつかってもそんなに痛くないようなものを
かたっぱしから投げつけて、彼を追い帰してしまった。
そもそも美和さんが怒った原因というのは僕を思ってくれてのことで
その友達が、僕に向かって独り暮らしをうらやむようなことを
言ったのがまずかったらしい。僕はあまり気にしなかったのだけれど。
「とにかくさ、あんなことしちゃって
あいつが誰かに話したらうわさになっちゃうよ。
家を見に来たがる人が増えたりしたらどうするのさ」
「そ、それは。ですけど……。」
言いよどむ美和さん。
僕が美和さんに対して優位に立てたのはこれが初めてかも。
「まあいいや。一応口止めはしておくし
もしうわさになってもなんとかごまかすから」
「……申し訳ございません。考えが足りませんでした」
美和さんはしょんぼりしてしまっている。
もともと美和さんを責めるつもりはなくて、文句を言ったのは
ちょっとした照れ隠しだったのだけれど、失敗だった。
「いいってば……。
……あのさ、ありがとう。僕のために怒ってくれたんでしょ?
それに、いままでだって、いろいろ、その、感謝してるから……」
もっと、素直にお礼を言うつもりだったのだけれど
それでも、美和さんはにっこりと笑ってくれて
「いえ、私は旦那さまのメイドですもの。
旦那さまのために尽くすのは当たり前のことですわ」
「……だから、僕は旦那さまじゃなくて――」
美和さんが
生きていた時代にメイドなんて言葉があったかなぁ、なんて
ちらっと考えながら、僕はやっぱり美和さんのことが大好きだと思った。
最終更新:2009年10月20日 18:00