名探偵VS執事の霊
私は名探偵南子。
今、大学時代の友人五人と、孤島にあるという洋館にクルーザーで向かっている。
知り合いが相続することになったその屋敷は、もう数十年も使用されていないという。
その理由は明らかではないが、オカルト話に目のない友人たちは様々な想像を巡らした。
そして、実際訪ねてみるという計画がまとまるまで、そう時間はかからなかった。
「楽しみだねっ!やっぱり幽霊とか出るかなっ?」
波風に負けずにはしゃいでいるこいつの名は…いや、別にいいだろう。私と共にそんな
いかにもな場所に行くということは、こいつは殺人事件の被害者になるか、犯人に
なるかの二者択一。ほかの四人に関しても同様だ。説明するのがめんどくさい。
「ねえ、南子ちゃんは幽霊って信じる?」
ああやかましいくだらない貴様を犯人にしちまうぞボケが。
「…多くの体験例があるからな。一概に否定はできない。今のところは脳の問題だと
思っている」
「あははー!南子ちゃんらしいね!もし自分が見ちゃったらどうするっ?」
「死ぬ」
「ど、どうしてっ?」
「私は自分の脳を疑ってまで
生きていたくはないからな」
「あはははは!極端すぎっ!」
うぜえ。ほかの四人は引いてるっていうのに。そっちのほうが正常だ。なにしろ
「なにか」を見に行こうという旅行でもあるのだ。なんであんたがここにいる?
といった表情。
バカどもが。
名探偵は、おいしいシチュエーションは逃さないんだよ。
島に着くころには暴風雨になっていた。
日帰りするという選択肢はこれでなくなった。
これが名探偵たる所以だ。自分の才能がときどき怖くなる。
その洋館は十角形でも傾いてもいなかったが、重厚な造りで、ミステリースポットと
してはなかなかの雰囲気があった。
柱や扉に刻まれた実用性皆無の紋様からは、上流階級の歪んだ美意識がうかがわれた。
「うわ…すごい…」
「これはいいね」
「はやく中に入ろうよ。寒いし」
「すいませーん!すいませーん!」
ガンガンにノッカーを叩きつけるバカ約一名。誰もいねえっつってんだろ!
「鍵は私が預かってるから…」
と、バッグを漁っていると。
ぎいぃ…
悪趣味な扉が開いていく。
「あ、開いちゃった」
「無用心だね」
「ちょ、おかしくない?」
「鍵、壊れてたんだよ、たぶん」
隙間から覗く暗闇に、五人はとまどっている。誰一人、足を踏み入れようとしない。
不安と、気休めの言葉が交錯する。
はいキタコレ!んー、いいですかー。私たちのほかに停泊している船は見当たりません
でした。ここに誰かがいるというのは不自然なんですー。んー?
「な、南子ちゃん、どうしたの?」
はっと気付き、私は眉間から指を離した。ちょっとあっちの世界にいってたみたいだ。
「いや。誰かいるのかな、ってね。考えてた」
「それなら、もう出てきてもいいころじゃないの?」
「さあね。もういないのかもしれないし。こんな所、泥棒され放題だろうし」
「そ、そっかー。だから鍵壊れてたんだね」
ひとまずの解答を与え、一同を安心させる。
バカが。私がここにいる以上、そんなありふれた理由はありえない。どんな伏線か、
楽しみにしとけ!
一階ホールは闇に包まれていた。
目をすがめ、ようやくのことで燭台を発見することができ、ライターで火を灯す。
ぼうっとオレンジの淡い光が浸透していく。
正面に階段があり、踊り場には大きな肖像画がある。吹き抜けの二階部分には、左右に
扉が二つずつ。一階には合計六つの扉があった。
こんな離れ小島では来客もなかっただろうに、なんだこのムダな広さは?それに――。
「うっわー、足が沈む!なにこれっ?クツ脱がなくていいのかなっ?」
ああいい絨毯だよ一平方メートル百万はするだろうよ脱ぎたいなら脱げバカ野郎。
だから考えごとのジャマをするな。
「きゃああああっっ!?」
「いやあっ!なに、今の!?」
突然悲鳴が響いた。
見ると、叫び声をあげた二人が抱き合い、座り込んでいる。
「どうした」
「む、むこう…あそこに、ひ、人が…」
震える指で、階段下の扉の辺りを指し示す。
「ふうん。どんな」
「え、よくは見えなかったけど、真っ黒の服の、タキシードみたいな…」
「へえ」
私はライターを片手に、問題の人物のいたほうへ行ってみることにした。
「ちょ、や、やめたほうがいいよ!」
「あ、あれ絶対、ゆ、幽霊だよ!」
…貴様らはそれを見に来たんじゃないのか?
「あのな、ここ、おかしいと思わないか?」
「おかしいよ!やばいって!」
「ちがう。聞いた話では人が住まなくなってだいぶ経つことになってる。そのわりに、
手入れが行き届きすぎてる。こうなると誰もいないほうがおかしいよ」
「でも…あの、あの人?消えた?みたいな…」
「服装聞く限り、危ない人間とは思えないね。悪戯好きかもしれないけど」
バカ話につきあってられるか。
私は五人をホールに残し、謎の人物の探索に向かった。
「誰か、いるか?」
各所の燭台に火を灯しながら、声を掛けていく。我ながら陳腐だと思う。なんらかの
思惑があって出てこないのだろうから、ムダな台詞だとわかっている。だがほかに
いい言葉が見つからない。
「――誰か…?」
(――また……………)
耳元の声に、ばっ、と振り向く。
そこには誰もいなかった。
「幻聴…?この私が?」
信じたくはない。信じたくはないが。吐息さえ感じられたというのに。
(――そのような……)
幻聴じゃない!
私は振り向き、そして
(――またそのような格好で!)
そして、気を失った。
苦しい。息ができない。
苦い。口の中が。
硬い。頬に当たるこれは――
食堂の床だった。
私は、そこに倒れていた。苦しさに舌を出していたらしく、本来舐めるものでない床を
味わう羽目になっていた。
「く…畜生…っ!」
身を起こそうとするが、腹部の圧迫感が凄まじく、なかなかうまくいかない。
殴られたか、それとも刺されたか。慎重に、現在の状態を確認する。
異常はすぐに判明した。
「なんじゃこりゃああああああ!?」
いやまじで。
なにこれゴスロリってやつ?そうあれよ、フリフリの。
なんでこんなの着てんの?
近くに自分の服が見当たらないので、しかたなくそれを着たままホールに戻ることにした。
いい物笑いの種になるだろうが。
精一杯の言い訳を考えつつ、ホールの扉を開いて。そして考え抜いた文句が必要なかった
ことを知る。
五人分の半裸の死体が、そこにあった。
私はさすがに呆然とした。
いきなりだろ。いきなりすぎるだろ!一気に全員ってどういうことよ?
クリスティーもびっくりするよ!一日に一人ずつがお約束だろ!そんでみんな疑心暗鬼に
なってくのがセオリーだろ!ムチャすんなよ!
とりあえず驚き終えて、探偵らしく死体を検分する。
「コルセット…?」
五人が全員それを着用しようとしてあきらめたような形跡がある。というより、これは
無理矢理に締め上げられた様子だ。おそらく、死因はそれだろう。
私は自分のお腹をさすった。
超絶スタイルを誇る私のウエストでも限界なのだから、このブタどもに耐えられるはずが
ない。
「なるほど、いい度胸だ。この私も標的にしたのか…
許せないね。身の程知らずが。思い知るがいい、世の中には手を出してはいけない領分が
あるということを!
私は入り口へと走った。
とりあえずだ。とりあえず今は見逃してやる。だって怖いもん!こんなの私初めて!
ガチャ。
「ん…?」
ガチャガチャガチャ。
「あ、開かない!?」
全体重を乗せても、扉は微動だにしない。
(――どちらに行かれるのですか、お嬢様)
「バカ野郎、外に決まってるだろ!」
ん?おまえ誰?という疑問と同時に平手打ちを喰らい、尻餅をつく。
見上げると、そこに黒服の男が立っていた。
「やっぱりいたな、タキシード。これは貴様の仕業か」
ぱしっ。
言ったとたんに、平手打ちを喰らう。
「な、なんなんだって!ちょ、お、お話しようよ?いた、痛いって!」
(嘆かわしい。この近藤、お嬢様のそのような言葉使いは聞くに堪えません)
「誰がオジョウサマかっ!いた、わか、わかりました!これでよろしくて?」
(…まあ良いでしょう)
畜生サイコ野郎め。ここ出たら覚えてろ、一生ム所から出られないようにしてやる。
「…それで、キサ…あなたの目的は何なのです?」
(ご質問の意味がわかりかねます)
「私の友人を殺したでしょう?」
(不法侵入者がおりましたので、始末いたしました)
「…外の空気を吸いたいのだけれど」
(それはなりません。絶対に)
「…………」
黒服はじっとこちらを見つめている。
「あなたは、どなた?」
(……執事の、近藤でございますよ。お忘れですか。また何かのお遊びで?)
「こんどう?」
(はい)
「しつじ?」
(さようでございます)
なるほどサイコだ。
つまりこいつは「おじょーさまとしつじごっこ」がしたいわけだ。
それでこの超絶美形の私をお嬢様役に選んだわけだ。審美眼は確かだが、そのために五人も
殺すのはイカれてるというほかない。
足音を立てない身のこなしといい、瞬時に意識を奪う技といい、まさにナントカに刃物だ。
逆らうのは得策ではないだろう。
じゃあ、付き合ってやるよ。貴様が隙を見せるまでな。
私はすうっと息を吸い込んだ。
「ばあとらああああああ!!」
絶叫がホールにこだまし、近藤はびしっと直立不動する。
「お腹が空いたわ。お食事の用意をしてくださらない?」
(かしこまりました……お嬢様!)
きらきらと目を輝かせて、近藤は掻き消えた。
ああー、楽しいんだろうなあ。待ってたんだろうなあ。こういうの。犬みたい。
でもあれどうやってんだろ?忍者かな?凄いとは思うけど変態だね。さすがサイコ野郎。
――島に来てからから何日経ったのか、判然としない。
意外とお嬢様ごっこがツボにはまり、堕落した生活を送っている。
だってさあ。なんにもしなくていいんだもん。超ラクチン。ご飯は豪華だし。
もうここ出なくてもいいかも。
不満がないわけではないけど。
「あの、ね。近藤?」
(なんでしょう、今、手が離せませんので…あ、右脚をこちらに)
「下着くらいは、自分で着けたいのだけれど」
(お嬢様のお手を煩わすことを、この近藤、看過できません)
「そ、そお……」
この完璧主義には、ちょっと、ね。
次回、名探偵南子。孤島の大量殺人鬼解決編に続かない。
最終更新:2010年02月01日 22:18