突撃となりのツンデ霊
「お前はいつ成仏するんだよ!!」
「そんなのあたしの勝手でしょ!!」
いつものように始まる口喧嘩。
このアパートに越してきて以来、これが日常になってしまっている。
不幸なことに、俺の借りた部屋には若い女の幽霊が憑いていたのだ。
真夜中になると決まって、女のすすり泣きが聞こえてきやがるから、
「うるせぇ!泣くなら屋上にでも行って泣きやがれ!」
と一喝したところ、しばらく静かになったと思ったら、
「―――泣いてなんかないわよっ!!」
という罵声と共に、彼女が現われたというわけだ。
それからこっち、昼でも夜でもおかまいなしに部屋を浮遊しては、
何かにつけて俺に喧嘩をふっかけてくるようになっちまった。
全く、本当にやかましい事この上ない。
………可愛らしい顔立ちや、薄手のワンピースから時折のぞく
白い素肌や、たまに見せる極上の笑顔なんかを除けば。
「大体お前本当に幽霊の自覚あんのかよ!?
今何時だと思ってやがる!」
「日曜日の午後1時だけど!?あんたこそ年頃の男のくせに、
今何時だと思ってんのよ!」
「なんだそれ、年頃の男はどうだっていうんだよ!」
「年頃の男だったら、こんな時間に家に引き篭もってないっ!」
「どうせ俺には親友も彼女もいねえよ!巨大なお世話だ!!」
「あら、あたしに言われてようやく外出かしら?」
「タバコ買ってくるんだよ!!」
そう言い捨てて、乱暴にドアを開けようとした瞬間、
ドアのほうが勝手に開いた。
「あれ?自動ドアだっけ?」
開いたドアの向こうには、見覚えの無い男がひとり立っていた。
男は俺に少し驚いたようだったが、すぐに丁寧に会釈をすると、
名刺のようなものを差し出してきた。
「急にお尋ねして申し訳ありません。私はこういう者です」
「………
ツンデ霊ハンター?」
「はい、ツンデ霊ハンターです。
―――貴方の部屋、霊が出ますね?」
いきなり核心を突いてくる男。
喉まで出かかった何故それを、という言葉を寸前で飲み込む。
こいつ、何か怪しい。
ツンデ霊ハンターなんて職業は聞いたことも無いし、
初対面の人間に霊が出ますね、なんて言うのは大抵霊能者を装った詐欺だ。
………俺の部屋にうるさい霊がいるのは本当のことだがな。
「何のことです?」
俺は知らぬふりを決め込むことにした。こんな詐欺に引っ掛かってたまるか。
「またまた。私のカンと、この虚数素子測定装置はごまかせませんよ。
この測定装置は私独自のカスタムを施した特別製です―――
ほら、こんなに高いツンデレ・パー・ミニッツが観測されている」
「なんです、そのつんでれって」
「話せば長くなります。
とにかく、貴方の部屋にツンデ霊がいることは疑いようも無い事実。
―――気づいていないとは、実にもったいないですね」
なんだかよく分からない装置を片手に、なんかムカつくことを言う男。
「私が、貴方の部屋に棲むツンデ霊を無償で駆除して差し上げましょう」
「へええ、俺の部屋に霊が?霊を駆除って、いったいどうするんです」
「ですからね、このオーブントースターを改造した幽霊捕獲装置でこう、
ズバッと」
「OK分かった、ズバッと帰ってくれ」
オーブントースターに車輪がついたようなガラクタを取り出し始めた男を、
ドアの向こうに押し出す俺。間違いなく詐欺かバカの類である。
「ああ!ちょっと待ってください!これは怪しいものでは―――」
「そのガラクタもお前自身も怪しさ大爆発だっつうの!!」
「………なにやってるのよ?」
玄関先で押し合いへし合いしている俺たちの騒ぎを聞きつけてか、
こっちのバカ女もそばにやって来た。ええい、前も後ろもうっとおしい。
その瞬間、男の眼がギラリ、と輝いたかと思うと―――
「ツンデ霊キタ―――(゚∀゚)―――!!」
「うおぉっ!?」
俺の身体は、軽々と部屋の中に弾き飛ばされた。
「なっ、何だってんだ!!」
慌てて身を起こす。
部屋の真ん中で女幽霊と男が、にらみ合っている―――
「ふふふふ、ほら居るじゃないですか、見事なツンデ霊が!!」
「なっ、なんなのよぅコイツ………」
この男―――ホントに視えるのか!?
「ツンデ霊ハンターとして!
このチャンスを逃す手はありませんッ!!」
男が手にしているのは、さっきのトースターのガラクタだ。
まさか、アレが本当に幽霊捕獲装置だっていうのかよ!?
「喰らえ!!」
裂帛の気合とともに放たれるオーブントースター!
トースターは床を流れるように滑り、硬直している女幽霊の足元に急停止する。
トースターのてっぺんがカパッと開いた瞬間、そこからまばゆい光が発生した!
「えっ!?あっ、やだ、吸い込まれる―――!」
「ふはははは!ツンデ霊ゲト―――(゚∀゚)――wwwwっうぇw!1」
女幽霊が、みるみるうちにトースターに引き寄せられていく。
このままでは、女幽霊は完全にトースターの中に吸い込まれてしまうだろう。
「こ、こんなの嫌―――!助けて―――………!」
その一言で。
俺の中で、ゴングが鳴り響いた。
「ジェノッサァァーイッ!!」
「ゲフッ!?」
全身のバネを使って中空に飛び上がり、トースターにカカト落しを叩き込む!
続いて男にネリチャギをぶちかまし、倒れたところにマウントを決めるッ!!
「よくもアイツを!骨が砕けようが貴様を潰す!!」
「うは、ツンキタ――(゚∀゚)――ってか男のツンはいらねええええ!!」
意味不明な言葉を喚く男の顔面めがけて、全力で拳を落とす。
形容しがたい轟音が、何度も何度もアパートを揺るがし続けた。
「―――手。血が出てる」
「あ?………ああ、こんくらい大したことねえよ」
「………ごめん、ね。助けてくれたんだよね」
「!? バッ、そんなんじゃ」
「でも、あのとき、よくもアイツをって」
「う、き、聞き間違いじゃねえのか―――」
「ごめんね、あたし幽霊だから手当てもしてあげられなくて、
おまけに悪口ばっかり言ってたし………
あう、ごめん、屋上にも出られないしぃ………」
「おいおいおい、泣くなよ!俺全然気にしてねえし!
その、何だ、お前はここにいてくれるだけで充分―――」
「え?」
「あ」
なんだか和やかな雰囲気になりつつあるアパートの一室。
その玄関の外で、ボロボロになった男がひとり倒れている。
その男の右腕だけがすぅっ、と上がり、親指を力強く立てた。
「で………デレ、キタ―――(゚∀゚)―――………!! 」
END
最終更新:2010年02月03日 21:57