別れのキス



彼女が死んだ。
それは、僕と彼女が付き合い始めて、半年が経とうとしていた頃だった。
彼女はいつも、少し不機嫌そうな顔をして、あまり感情も表に表さない人だった。
だから、いつも、僕の一方通行な気がしていた。
何故彼女が僕の隣にいてくれるのか不思議だった。
それでも、僕たちはそれなりにはうまくいっていたと思う。
その日も、二人でショッピングに出かけていた。
そして、その帰り道、駅で僕と別れた後、彼女は自宅の前で車に轢かれた。
僕は、初めそれを聞いたとき、ちっとも悲しくは無かった。まったく信じなかったからだ。
でも、仕方ないだろ?
なにせ、そのことを僕に教えたのは、彼女本人だったのだから。



彼女の葬式も無事に終わった。にもかかわらず、彼女は僕の前にいる。
どうも、彼女は幽霊になったらしい。
僕は、ベッドに寝転がりながら、その斜め上でふわふわと浮いて、本を読んでいる彼女を見る。
彼女は、最期のデートの時と同じ白いワンピースの格好で、右手の薬指には指輪。
僕がプレゼントしたものだ。
これをプレゼントしたとき、彼女が言った感想は一言だけ。
「微妙」
僕は、彼女が笑顔で大喜びする姿を期待していただけに、とても落ち込んだものだったが、
死んで幽霊になった今もつけているところを見ると、
実はとても気に入っていてくれたのかもしれない。
そう思うと、自然、顔がニヤける。
視線に気づいたのか、彼女が「何?」と僕のほうを見る。
「んー、別に」
「一人でニヤニヤしてて不気味なんですけど」
「・・・・ごめんなさい」
彼女は、幽霊になっても彼女は、変わらなかった。



「そういえば、何で、成仏とかしないわけ?」
ふと、思いついて尋ねてみる。
「何?早く居なくなれってこと?」
彼女は、面倒くさそうに視線を本に向けながら、言う。
「いや、そうじゃなくてさ、何が心残りなのかなって思って」
すると、彼女は、少しだけ視線を上げ、またすぐに本に戻し
「・・・あんたには、教えない」とだけ不機嫌そうに言った。
言ってから、僕は、なんて馬鹿なことを言ったのだろうと思った。
たった、十六歳で、彼女は亡くなったのだ。心の残りなど、それこそ、山のようにあっただろう。
「もしかして、僕と離れたくないとか?」
僕は、すこし茶化したくてそんなことを言ってみた。
「・・・・」
反応がない。
ハズしたかな?そう思っていると、彼女はこちらを向き、少し馬鹿にしたような顔で、
「馬鹿じゃない?」と言った。
その後、僕らの会話は、他の雑談へとそれて行った。
彼女も、僕が話しかけるので、ついには諦めて本を置き、
”しょうがないな”という顔で話し相手になってくれた。
第三者が見れば、僕は怪しい独り言を言っているようにしか見えないだろう。
でも、僕は、不謹慎だろうが、彼女が自分にしか見えないので
、彼女を独占しているようで少し嬉しく、また、一緒に居られるのが楽しかった。
僕らは、そうやってだらだらと日常を過ごした。
彼女の体が、日に日に薄くなっていってることに、気づかないフリをしながら。



それから、一ヶ月が過ぎた。
もはや、彼女の存在は、意識しなければ見ることもできないほどに、希薄になっていた。
そんな中、彼女が「今日、大事な話があるから」と僕を学校の屋上に連れ出した。
そこは、僕らが『友達』ではなくなったところ。
幸い、周りには僕ら以外人は、いない。
グラウンドを眺めていた彼女が、唐突に口を開いた。
「なんか、時間が来ちゃったみたい」
僕の心臓が、一つ飛ばしでなった。
それ以上聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない・・・
彼女はあっさりと続ける。
「だから、もう、お別れ」
本当にあっさりと言った。
「・・・・」僕は、何かをいおうと口を開くが、酸欠の金魚みたいに口をパクパクするだけで、
言葉が出てこない。
「でね、最期に、聞いてほしいことがあるの。いい?」
僕は、力なくうなずく。
すると、彼女は、ここで初めて、ためらうようにうつむき、口ごもる。
しかし、やがて意を決したように顔を上げ、すうっと、息を吸って、言った。
「あ、あたしは、あなたが大好きですっ!」
そして、彼女は見たこともないほどに顔を真っ赤にしてうつむく。




「ち、ちゃんと・・・言ったこと・・なかったから・・それが・・心残・・・りで・・すごく
伝えたくて・・・・」
彼女は、その体と同じく今にも消え入りそうな声でつぶやく。
そんな、初めて見せる彼女の姿を見ながら、僕は、何とか涙をこらえ言葉を伝えようとする。
「僕も・・大好きだよ」
すると、彼女は、まだ赤いままの頬で、今まで見たこともないほどのとびきりの笑顔で言った。
「知ってるよ、バーカ!」
そして、そのままの笑顔で、すうっと、彼女は消えた。

「せっかちだね、別れのキスはなしかよ」
僕は、抑えれそうもない涙をごまかすようにつぶやいた。

    ふと、唇にやわらかい感触

僕は、泣きながら「まだ、いたんだ?」と声をかけるが、もう返事はない。
(そういえば、彼女からキスしてくれたのってこれが初めてだなあ)
そう思いながら、僕は天を仰ぐ。涙でにじむ空は、ムカつく位晴れていた。
晴れ渡る空、彼女のいない屋上、残された僕。
不器用で、感情を伝えることが苦手だった彼女。
最期に残した唇の感触は
   とても暖かく、やさしかった。
最終更新:2011年02月28日 23:48