登校してみたら花が飾ってあった。
ちょうど俺の前の席、工藤さんの机。
「あはは、何? イジメ?」
俺はそこに座ってる工藤さんに話し掛けた。
無神経なわけじゃない。そんな度胸のあるやつは、この学校にはいないと知っていたから。
部活の先輩ですら、彼女を呼び捨てにはしない。この地域は、彼女の親が経営する会社で
保っているのだ。容貌もキツめのせいもあり、イジメられるなんてイメージからは程遠い。
「そんなこと、するわけないでしょ。知らないの?」
俺の前の、そのまた前の席の、高見盛が振り向き、咎めるように言う。
(テメーには全然まったく訊いてねえ!)
……って言えたらなあ。
こんなヘンなことでもない限り、工藤さんとしゃべる機会なんかないんだよ!
俺、小心者だから!ブサイクだから!生物として同じ括りにいるのが申し訳ないから!
勇気を出して声かけたのにどーしてくれんだ。
「うん、何かあったの?」
としか言えねえ俺。弱え。
工藤さんは、目の端でこっちを見る。かんっぜんに無表情。
うお、怖え。たまんねえ!
「工藤さんね、昨日、亡くなったの。事故で」
テメーには訊いてねえ高見盛いいかげんに……
「……なくなった?」
高見盛は、伝えることはもうないとばかりに、席を立った。
オイオイ脂肪が脳に詰まってんじゃねーのか?日本語くらいちゃんとしゃべれよ?
だがこれで新しい話題ができた。邪魔者もいなくなったしな!
俺は工藤さんの声を聞くべく、再チャレンジ。がんばれ、俺…
「亡くなったって、どの工藤さん?」
工藤さんはめんどくさそうに(見えるけどいつものこと)髪をかきあげた。
「私」
「ふうん」
「…………」
「…………」
はっ!? だ、ダメだ俺! それで満足するな俺! もっと会話に広がりを!
「え、えーと、ああ、演劇部で何か、やってるの? 役作りとか」
「いいえ」
「そ、その花は?」
「…………」
「…………」
が、がんばれ俺!
「もしかして、ほんとにイジメとか?」
「あなた、私に話してるのよね?」
「や、そ、そんなこと、される人じゃないと、思ってるけど」
「私に、話してるのよね?」
「う、あ、ご、ごめん」
いきなり顔を近づけられて、謝ってしまう。怖え。
俺みたいなゴミ虫が話し掛けられる身分の人じゃないよね、やっぱり。
「そうじゃなくて―――」
工藤さんは、ふいに、窓際に固まったクラスメイトたちに目をやった。次いで、
順繰りに教室を見渡していく。
俺も釣られてきょろきょろとしていると、あることに気が付いた。
全員が俺たちに大注目してる。
会話が続かなくて悪戦苦闘してる俺を応援してる、ってわけでもない。
てゆーか、今までのヘタレぶり、みんな見てたの?俺ハズカシイ!
「なんだよおまえら?」
精一杯の虚勢を張って、俺は怒鳴った。
静まり返る教室。
HR前のこの時間には、ありえなかった静寂。
「―――アンタ、何やってんのひとりで」
誰かの、おびえを含んだ一言が、起爆剤となった。
つーか基地外?おまえやばいよ洒落になんねー呪いとかキモイ近づかないほうが興味ある
んなわけねー冗談はやめてよね何のつもりだか知らないけど見える人なのかよ頭オカシイ
でもいる気がしないそこにいるの何て言ってんだよなにそのツンデ霊もしかしてほんとに
霊能力怖いウソだよ前からそういうやつだったあたしは信じない面白いつもり………
わかった。
このイジメの標的は俺だってことが。
人に好かれるキャラじゃないと思ってたけど、けっこーショックでけえな。
工藤さんて、意外とノリいいんだ。こいつぁ新発見だ。
俺は、今日はサボることを心に決め、席を立った。明日は…どーしよーかな。
「みんな、私が見えてないの」
「そうみたいだね」
さすが演劇部だよ。
「どうしてあなたは―――」
「さあね」
アドリブ下手でごめんね。こんな会話だったらしないほうがいいから。俺にとっては。
「ちょっと待っ…!」
「ちょっと待てよ! そこに、いるのか? ほんとに?」
教室を出るとき、オカルト好きで、よく
こっくりさんとかをやってるやつに止められた。
これも名演だと思った。
「ああいるよ」
俺がそういい残したドアの向こうで、また大きなざわめきがあった。
知ったことか。
楽しいかよおまえら。
逃亡先には屋上を選んだ。
学校から出ず、イジメられっ子の気分を盛り上げたかったのが、その理由。
昼休みでもなければ、人は来ない。
と思ったら先客がいた。
だらしなく脚を投げ出して座り、煙草をふかしている。
野球部のエースで、有名なやつだ。なんて名前だっけ。
「よう。吸うか?」
意外なことに、向こうから話し掛けられた。
俺は首を振った。
「いいのか? 夏大近いのに」
彼は、ふっ、と短く息を吐き出した。笑っている。
「いいんだよ、もう。たぶん、俺らは試合に出らんねーから」
「へえ」
「……野球、興味ないか?」
「なんで」
「いや、もーちょっと突っ込めよってこと」
「ああ、悪い。なんで」
「さっきと変わんねー…」
彼は力なく笑う。
訊いたところで、話すつもりがあるとは思えなかった。
「おまえ、確か、み――工藤、さんのクラスの」
「ああ、後ろの席だよ」
「そっか…」
さすが有名人。把握のされかたが「3-A」じゃないんだ。
「あの、な。何か、言われてたか?」
彼の口調から、弛緩したものが薄れた。漠然としすぎていて、何のことだかわからない。
が、あったことはただひとつ。俺は話したくもないが。
「工藤さんが死んだって。馬鹿騒ぎしてたな」
「それで?」
「べつに。くだらねーよ」
「は。くだらねーか。……この学校に、そんなやつもいるんだよなぁ」
「なんだよそれ」
「いや。少し、気が楽になった、気がする」
「?」
「そのうちわかると思うけど……おまえみたいなやつにだったら、話してもいいかな」
「??」
「工藤、さんが死んだのは――俺のせいだ」
彼はうつむき、そう告白した。
何を言っている?
3-Aの工藤さんの話じゃないのか?
またネタか?
「事故は、俺がやったわけじゃない。でも。俺が。死ななくてもよかったのに。助かった
はずなのに。俺が。俺のせいで。俺の―――」
支離滅裂で、理解できない。彼が最も悔やんでいること、それがどうしても言葉に出せない
らしい。
「やめて」
凛とした声。
俺たちの前に、工藤さんが立っていた。
「あれ、いつから?」
ほんとに気づかなかった。
屋上の扉は重い鉄製で、開閉の際には大きな音がするんだけど。
「ひっ!?」
隣で、息を飲む音が聞こえた。
見ると、彼は大きく目を見開き、固まっている。
「み、弥夜、お、俺は!ゆ、許してくれ!」
「呼び捨てにしないで」
「わ、わかった。お、俺のせい、俺のせいだ!」
「あなたなんかのせいじゃない。くだらないこと言わないで」
「悪かった!お、俺が悪かったから―――!」
「何も悪いことなんかされて」
工藤さんが言い終わる前に、彼はものすごい慌てようで逃げていった。
なんだろうあれ?
「工藤さんて、やっぱり怖いんだね」
「……やっぱりって、何」
形のいい眉がひそめられる。いや、やっぱり怖えって!自覚ねえのか!?
「い、いや?何でもないデスよ?と、ところで何あれ、彼氏とか?」
「冗談言わないで」
ぬお、冗談禁止?冗談でもないんだけど!とにかく会話が続かねえ!
「そ、そうだね、工藤さんの彼氏なんて想像できないし!」
「モテないって言いたいの」
「ち!?ちがっ!?あれ?なんでそういう方向にっ!?」
「どこが違うの」
「何もかも!アイドルがうんちしないのといっしょ!」
「あは、何それ」
おおお!笑顔キタ――!!めちゃくちゃ可愛い!どーしていいかわかんねえ!下ネタ最高!
「野郎なんてうんこだよ。うんこと工藤さんなんて組み合わせ、想像……」
「しないで」
今までで一番の殺気を感じ取り、俺は口をつぐんだ。うん、下ネタは引っ張るもんじゃ
ないな。大事なのは瞬発力だ。
「それで、坪井君から、どこまで聞いたの」
「つぼい…あーそんな名前だった。べつに何も?工藤さんが死んだとか…死んだとか…」
ああ、俺、そんなネタでおもちゃにされて落ち込んでるんだっけ。
屋上に二人きりってシチュに、舞い上がってた。
「!!つーか、授業中!もう始まってるよ、工藤さん!?」
「私はいいの。もう、ね。それに今、教室には誰もいないから」
「へ?」
「あなたが嘘つき呼ばわりされてたから、なんだか気に入らなくて花瓶割ったの。だから」
「だから、って……?」
工藤さんは、小首をかしげて、頬に手を添える。お悩みのポーズだ。
「ううん、どうしようかな…ちょっといい?」
「うん。…え?」
目の前に、顔が近づいてくる。額にかかる髪を一度、かきあげて。
唇の感触が―――
「……わかった?」
悪戯っぽく、工藤さんは微笑んだ。
鼓動が、鼓膜を圧迫した。
感触はなく。体温もなく。ありえない距離にまで近づいた――重なった、彼女の姿を見て
しまった。
「み、みんなの話は」
「ほんとうのことね」
「死んだって」
「死んだみたいね」
「でもここにいる」
「そうね」
「幽霊」
「幽霊」
工藤さんは自分を指差して、そう言い切った。なぜだか、少し楽しそうに。
「わかったことがあるの。私が見える人のこと―――」
今度は、俺が最後まで話を聞かなかった。
情けないことに、そこで意識を失ったからだ。
おわり
最終更新:2011年03月01日 10:24