夕暮れのさようなら



 夕暮れの逢魔が刻。彼女が薄れていく。感じていた手触りも、見ていた顔も。
「さようならしようよ」
「そうだね」
「今まで我が儘に付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ」
「あっさりだね。私が居なくなっつ悲しくないの?」
 そう。これはきっと遠いお別れ。
「悲しい。だけどいつか必ず会えると願えば、これは再会の誓い」
「馬鹿。格好付けすぎ。ま、良いけどね。私は悲しくないし」
「お前らしい返答だな」
「むっ。やっぱり、あんたなんて大嫌い」
「そうか」

 更に薄まる輪郭は空気にかすれて消えていく。背景に同化していく姿はもうほとんど見えない。
「うん、大嫌い。いつも優しくて、私は幽霊なのに」
「元は人だろ」
「・・・」
「・・・」
 彼女はもってあと僅かだろう。だから、今言う。
「大好きだよ」
「さよならする事に、了承したのに?女々しいよ」
「この場が別れ路だからこそ気持ちは変わらない」
「馬鹿、本当に大嫌い」
「・・・」
 そして、最後の時。
「さようなら。大嫌いだけど、大好きな人」
「うん。大好きな幽霊、さようなら」
「馬鹿・・・」
 彼女は、消えた。最後に、泣きながらも、最高の笑顔をして。
 俺も笑っていられただろうか。ああ、きっといられただろう。
「さようなら・・・」
 頬に涙が流れた。
「なに泣いてるのよ、馬鹿」
 そんな声が天から降ってきた気がした。
最終更新:2011年03月01日 20:07