1
「なあ、もうさすがに限界だ、早くどっか行ってくれよ」
『なによ、一人じゃ朝も起きられないクセに偉そうに』
いつだったかはもう忘れた。
確かどっかの霊感スポットに出かけたときだったか。
俺はそこにいたコイツにいたく気に入られてしまったようで、
それ以来ずっと付きまとわれている。
最初は不気味にしか思えなかったが、まあ人間はどんな環境にも
いつしか慣れてしまうという柔軟性が取り柄の生き物だ。
俺はあるとき自分からコイツに話しかけた。
「なあ、俺に何してほしいんだ」
『……べつに、何かしてほしいわけじゃない』
最初の会話はこれだけだった。
それがどうしたことだ。
現在俺は朝は盛大なラップ音でたたき起こされ、
夜は憔悴して寝ざるを得ないほど恨み節のこもった子守唄を聞かされ、
ボーっと信号を待っていると、明らかに安全圏を走っているトラックに
反応して俺を突き飛ばし、いまだに残る痣すらこさえてくれたりしている。
2
「お前は俺をあの世に連れて行きたいのか」
『なによ、そんな低級霊と一緒にしないで。私、あんたを守ってやってるんだから』
「その割には俺はだんだん痩せてきているような気がするが」
『あんたは食べるものが偏ってるし、運動もしないからよ。さすがに衛生管理にまでは手が回らないわ』
一丁前に守護霊にでもなったつもりか。
お前のおかげで俺は散々だ。
どうせ憔悴するなら幽霊らしくエナジーとかを吸い取ってくれ。
こんな物理的に追い込まないでくれないか。
そして何より、最近周りの俺を見る目がイタイ。
独り言の多くなった俺から、実感として1メートルほど人間の輪が遠くに行ったような気がする。
このままじゃ俺は駄目になる。
そう決意して、俺は意識してまじめな顔で話しかける。
「おまえ、いい加減ウザイんだよ」
幽霊の恨みは買いたくないが、いたしかたない。
普通は生前の恨みで祟られるんじゃないのか?
果てしなく不条理だが、このまま生殺しってのもいやだしな。
でも、俺の作ったまじめ顔は10秒も持たなかった。
どんなに憎らしげな形相になるだろうかと予想していたそいつの顔が、
すごく、すごく後悔を誘ったから。
俺は何も言えず、スッと姿を消したそいつのいた辺りを
ぼんやり見ていることしかできなかった。
了
考えてみたら、俺って結構孤独だな。別にあいつのせいじゃなかった。
あいつがいなくなって、人の輪が狭まったりもしなかった。
特に気力充実したわけでもないし、朝は起きられなくなった。
そして、夜は寝付けなくなった。
俺は寝不足でぼんやりしながら電車を待っていた。
そして通過の急行列車の風圧は簡単に俺の足元のバランスを奪った。
「――あ」 つんのめりそうになった俺は何とかバランスを保てた。
俺の左手を誰かがキュッと握ってくれたから。
振り返らなくても、その姿は通過する電車のガラス越しにわかる。
……そうだよ、いつもこんな風にしてくれりゃいいのに
今にも離れていきそうな、この左手の感触がなくならないうちに。
「……悪かったよ」 俺はそうつぶやく。
駅員の注意を促すアナウンスにかき消されたりしたのだろうか。
左手の感触はパッとなくなってしまい、俺は慌てて振り向こうとする。
「ぐはっ!?」
俺はいきなり腰の辺りに鈍い衝撃を受けて線路側に弾き飛ばされる。
コイツ思いっきり抱きついてきやがった!?
後続の特急がホームに入ってくるのが見える。
……ああ、おれ、やっぱりコイツに殺されるんだ。
でも寂しくないなあ。なんて感じてる場合じゃない今日この頃だった。
最終更新:2011年03月01日 21:48