①
今日も真夏日だ。
ムチャクチャに暑い。
プールなんて気のきいたモノがこんな田舎にあるわけない。
近場の水辺で涼みにいく事にした。
池…というよりは少し大きめの淵って感じだ。
死んだバァちゃんはよく、『この淵にはありがたいヌシ様がいるから近づくな』とか言っていたっけ。
でもこう暑くっちゃ仕方ない。
準備運動もそこそこに俺は水着に着替えて淵に飛び込んだ。
冷たい水を思う存分堪能する。
結構深いみたいだが水泳には自信があるから問題ない。
ひとしきり泳いだのでそろそろ帰ろう
そう思った瞬間だった。
②
何かが俺の足にしがみついてきた
(な、何だ!?)
慌てて足をバタつかせて蹴離そうとするが
ソイツはまるで俺の抵抗を意に介さず凄い力で水中へと引きずり込む。
目に、鼻に、口に、
濁った水が急激に入り込み正常な判断力も押し流す。
パニックに陥りがむしゃらに暴れるがソレはがっちりと離れない。
俺の体は深く深く沈んでいく
空気が、ダメだこのままじゃ…溺死
しかし…深い
こんなに深かったのか?
意識が薄れゆく。
そして、それは、
目の前に いた。
水死体だ。それもかなりながく水に漬かっていたであろう。
二倍近く膨張した白蝋のような皮膚はぶよぶよと水にゆれ、所々膨れきり腐食した部分の表組織が粉を吹くように撒かれている。
長い髪はまるで巨大な糸蚓のように絡まりながら広がっていた。
それはぶよぶよとぬめるような弾力をもつグローブのような掌で俺の顔を挟み込み醜く膨れ上がった顔で覗き込んできた。
笑っている。
腐肉に埋もれそうな濁った膜がかかった目で
そいつは確かに笑っていた。
そして俺の意識は暗転した。
③
…
目が覚めた。
と同時に激しく咳き込み体内の水を吐き出す。
(…俺、生きてる?)
次第に意識がはっきりしてきた。
俺は淵のそばに倒れていたようだ。慌てて淵から離れる。
確か、あの水死体のようなのに引きずり込まれて死にかかったはずだが…
ふと視線を感じて傍らを見ると
緑色の奇妙な生物が俺をじっと凝視していた。
河童だ。
河童は何も言わずこちらを見ている。
祖母の「ヌシ様」の話を思い出した。
きっとこのヌシ様が俺を助けてくれたのだろう。
「あー助けてくれて、ありがとう」
「べ、別に助けてなんかないっ!いいから!さっさと帰りなさいよ!」
緑の顔を紫色にして怒鳴られた。
きっと照れているんだろう。
「今度、お礼持ってくるよ何が良い?胡瓜?」
「う、うるさいっ!二度と来るんじゃないわよ!?
次来たら殺すわよ!」
あーあ、淵に逃げっちゃった…
でもちゃんと捧げ物はもってこよう。
そう思いながら俺は帰路についた。
④
彼女は彼をちゃんと無事に送り届けてやっただろうか?
やはり少し不安がある。
ま、あれだけキツく説教したのだから大丈夫だとは思うが。
こんな時は外まで出れない自分の身体が恨めしい。
ガス腐敗した私の身体はこの深度でなければ崩壊してしまう。
しかし彼女にも困ったものだ。
別にこの淵に棲みついたのは構わないのだが…
人を襲って尻こ玉を抜くのはよくない。
さっきも彼を淵に引きずり込んでいたのだ。
私が慌てて制止しなければ彼の命はなかっただろう。
私が安心させようと微笑みかけたら彼は失神してしまったが。…実はちょっと傷ついた。
数百年この淵のヌシとして働いてきた私の身体は最近とみに損耗が激しいが、何も見るなり気絶するなんて失礼だと思う。
⑤
「ヌシ様、ただいまー」
彼女が戻ってきたようだ。
「ちゃんと、無事に帰してあげたでしょうね?だいたい何で見境なく人を襲うの!ダメじゃない!」
「だって…ヌシ様ずっと一人で淋しそうだから…水死体仲間が増えたら喜ぶと思って…」
彼女の好意は正直うれしい。だが…
「馬鹿ね、淋しくなんかないわよ?あなたがいるんだもの」
「でも私河童だもん、ヌシ様と同じ水死体じゃないもん」
「大丈夫、私たちの友情に種族差なんて関係ないわ!」
「ヌシ様ぁ!」
彼女はひしっと私に抱きつく。
ちょっと私の腐敗した皮膚が崩れ落ちたが気にすまい。
だって私たちは友達なんだから。
最終更新:2011年03月01日 21:59