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新しいアパートに越して来て6日目。
その日彼女が現れた。
その日は休日だと言うのに朝からじめじめしていた。
陰鬱な天気に嫌気が差して、俺は早々に床に付いた。
深夜、急に寒気がして目が覚めた。
ギシ…
霊感の全くない俺でもはっきり分かる、部屋に満ちている異様な気配。
ギシ…
l級に体が動かないことに気が付いた、金縛りだ。
声も首も、視線すら動かせやしない。
ぼう…と白い陰が視界に入った。
髪の長い女性。
真っ白なワンピース。顔は長い前髪に隠れて見えない。
ギシ、ギシ…
彼女はすぅっと宙を滑る様にこちらにやって来た。
そして、俺の顔を覗き込んだ。
屈んだ訳ではない。
まるでワイヤーアクションさながら天井を背にして空中に静止したのだ。
空中浮遊。
紛れもない、幽霊だった

(う、うぁ…)
顔が近づく。
息がかかるくらいの超接近。
魂が震えるのが分かる。ヤバい、俺はここで死ぬのか?
ギシギシ…
漆黒の瞳が俺を…
「アッー!!」
この雰囲気に全く似合わない声。
勿論、俺でも目の前にいる幽霊のものではない。
向こうの部屋から聞こえてきたのだ。
ギシギシ、アンアン
薄い壁を隔てた、その向こう側から聞こえる、生々しい愛の営み。
それは、独身男の心を抉る地獄の旋律。
「ヴァー」
俺は壁を見つめながら、魂の奥から絞り出す様な声を上げ…
あれ、声が出る?首も動く。
と、ここで体の自由が戻っているのに気が付いた。
目の前の幽霊に目を移すと。
「///」
いつの間にか、彼女は俺の体に体重を預け、両手で布団をきゅうっと握って壁の向こうの声に耳をそば立たせていた。
心なしか、頬に朱が散っているように見える。
その姿は先程の恐ろしい幽霊のそれではなく、年頃の少女そのものだ。
俺はなんでさっきまでこの娘が恐ろしかったんだろう。

「あの…」
もう、恐怖はない、俺は声をかけた。
「っ?!」
彼女が此方を向いた、
超至近距離で俺と彼女の視線が絡みあう。
「…」
「…」
暫しの沈黙。
ボンッっと顔から火が出る勢いで赤面すると、彼女はバネ仕掛け宜しく跳ね起き…
「きゃああっ!!」
そのままの勢いで彼女はベッドからフローリングの床に背中から落ちていった。
ビダアアアアァン!!!
悲愴な衝撃音が、部屋に響き渡る。
ゆっくり起き上がって彼女を見た。
「………」
「だ、大丈夫か?」
倒れた弾みでワンピースの裾が臍まで捲れていた。
パンツ丸出しでピクリとも動かない。
死んだか?いや、幽霊が死ぬものか。
「うぅ…」
小さなうめき声を上げて、幽霊が上体を起こした。

「お前、まさか…」
幽霊?と聞こうとしたのだが、
「?!べ、別に私は貴方にHなことしようとしたわけじゃないんだからねっ!!」
盛大に勘違いしているようだ。
「あっ。ちょ、ちょっと、どこ見てるのよ!!」
自分のあられもない姿であることに気付くと慌てて飛び起き、ワンピースの裾を直した。
きっ、と彼女は俺を睨み付ける。
この娘が、幽霊?…
余りの慌てように俺はおかしくなってからかってみることにした。
「そんなこと言って、実は俺を誘ってたんじゃないのか?」
「え?!そ、そんなことないわよっ」
ホラホラ、慌ててる。
「その割には顔が赤いよな」
「こ、これは隣の部屋の声が…」
「やっぱり、そうだったんだろ。男の布団にのしかかっておいて、なにもないわけないもんな」
「う、うぅっ!馬鹿、馬鹿、馬鹿ぁ!!絶対、そんなんじゃないんだからぁっ」
彼女はこちらに突っ込んで来ると、ぽこぽこ両手で俺の胸を叩き始めた。

あぁ、もう駄目だ。
俺はそのまま彼女を抱き締め…
「んぅっ…?!」
柔らかい唇を奪った。永遠とも思える数秒。
「あ…」
不意に彼女の体の実体がなくなった。
腕をすり抜ける。
ふるふる震える彼女の目から涙が溢れ、零れた。
や、やりすぎたか?
「あ、アンタなんか死んじゃえっ!!」
そう捨て台詞を残して彼女は消えていった。
俺の心に、消えない高なりを残して。
最終更新:2011年03月01日 22:50