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目を覚ました私に彼女はとても優しくしてくれました。
とても辛い経験をした私を彼女は慰め、寄り添い、時に叱咤して、
私は少しずつ生きるということに希望を見いだすことができるようになっていきました。

私がいるのは白い部屋。窓際に置かれたベッドに私は静かに横たわっています。
窓の外の景色を眺めながら、私はいつものように彼女に話しかけました。

「もうすぐ夏になるね」

彼女はベッドの脇に置かれた椅子に腰掛け、私に優しく微笑みかけます。

「そうね。あなたも夏が終わる前には身体を治さないといけないわね」

「でも……そうすると私は貴女に会えなくなる。それは少し寂しい」

「仕方のないことよ。それに私に未練を残さないで。これからのあなたには必要のないことよ」

彼女との別れが迫っていることはわかっていました。
だから私は彼女になにかを返せればと、いつもそう思っていました。
しかし、私がそのことを伝えると彼女は決まってこう言うのです。

「ありがとう。でもあなたはそんなことを気にしなくてもいいの。
 あなたがこれからも生きようと決めたことが、私にはなによりも嬉しいことなのよ」

思えば初めて会ったときから彼女はそうでした。
自分からなにかを求めることはなく、ただ私を勇気づけるためだけに存在しているかのように振る舞い、
私もまたそれを当然のように受け取っていたのです。
しかし、身体が快復して、いよいよ彼女との別れのときが訪れるという今になって、
私は彼女がどれほど私の支えとなってくれていたのかということに、ようやく気付いたのです。

「私のことは気にしないで。今はあなたの生きようとする意志がなによりも大切なのよ」


あの事故で私は大切な人を失い、私自身も心身ともに大きな傷を負ってしまいました。
今もベッドに横たわる私の身体は、幾重にも巻かれた包帯と全身に伸びる管で酷い有様です。
私はそんな私の身体を眺めながら、医師の言葉に泣き崩れる両親の姿を見ました。
見舞いに来てくれた友人の嗚咽を聞きました。
そして、私自身の緩やかな死を感じながら、ただ深い哀しみにくれていたのです。

そんな私の前に彼女は現れました。
初めて会ったのにどこか自分に似た雰囲気を持っているように感じたのは、
彼女が私と同じだったからでしょうか。
彼女もまた事故で重傷を負い、私のように中身だけが肉体を離れ彷徨っているということでした。
ただ一つ違うことは、彼女の身体は決して癒えることはないのだそうです。

彼女は哀しみにくれる私に言いました。
自分と違い私にはまだ生きる望みがあること、
そのためには私自身の生きようとする意志が必要だということでした。
傷ついた私の身体は、私が望むまま生と死、そのどちらにも向かうのだと。

大切な人を失った哀しみに押し潰されそうになっていた私は、
彼女の言葉に耳を貸さず、彼女の存在にも気を止めることはありませんでした。
そんな私に、彼女は決して焦ることなくゆっくりと、しかし確実に希望という種を植え付けていったのです。

「貴女に会えてよかった。今は心からそう思える」

夏も終わりに近づき、ようやく身体も快復した私は彼女との最後の夜を過ごしていました。

「私もよ。そしてこれからもずっとあなたには感謝し続けるでしょう」

それが私が最後に聞いた彼女の言葉でした。




秋が過ぎ冬が訪れた。

「さゆり、今授業終わったの? お昼いっしょに行かない?」

午前の授業を終えた私を友人が昼食に誘ってくる。
退院して大学に復学してからしばらく経つが、いまだにこの呼び方には慣れない。

「ええ、いいわよ」

その友人は微笑む私を妙なものでも見るような顔つきで眺める。

「どうしたの?」
「んー、なんか退院してからさゆり変わったよね」
「そうかしら? 例えばどんなところが?」
「その話し方とかさ、前はもっと冷めた感じがあったっていうか……
 あと髪型とか服装とか、なんていうか前よりも女っぽくなったっていうか色っぽくなったっていうか」
「そう……そうね、変わったと言われれば変わったかもしれないわね。……色々あったから」

そこまで言って友人の方を見ると、しまったというような顔つきになる。
彼女は事故のことも、その結果なにがあったのかも知っているのだ。

「大丈夫よ、気にしないで」

そう言って笑顔を作る。それがまた彼女には珍しく映ったようだ。

「やっぱりさゆり、変わったね」

彼女と別れた翌日に私は目を醒ました。
身体はほとんど完治しており、数ヶ月のリハビリを経て、私はまた普通の生活に戻ることができた。
あの事故の夜からどれほどこの日を望んだことだろう。
彼女は私になにか恩返しをしたいと言っていた。
高く澄んだ冬の青空を見上げて、私は彼女に、この身体をくれた「さゆり」に感謝しつつ歩き出した。
最終更新:2011年03月02日 09:58