この部屋に住んで、もうどれ位になるだろう。
独りで暮らすのにも、もう慣れてしまった。
ある日突然…またこの部屋に新しく住人が転がり込んで来た。
出て行け。
出て行くまで、脅かしてやる。毎夜毎夜、何度でも…。
そうやって、今までも何人も追い出してきた私だ。
数日と経たず追い出してやる。
だが…この人間は今までの奴等とは何かが違う…。私の方をじっと見ている。
もしや、私が見えるのか…?
いや、そんな筈はない。今まで誰一人として私に気付いた者などいない。
そう、きっと気のせいだ…。
人間に今の私が見える筈などない。
しかし…幾ら音をたてようとも、風を吹き荒そうとも、何故にこの人間は微動だにしない?
何故に私の方を見て微笑み、手を差し延べてくる?
おかしい…。こんな筈ではない。人間とはもっと臆病ではなかったか…。
人間とはもっと勝手ではなかったか…。
そう、私の主人である、あの方以外は…。
この人間…刻を追う毎に近付いて来る…。
私に近寄るな。ここから出て行け。
私は腹は空かせん。ミルクや餌などいらぬ。
私がその手から餌を食べるのは、主人であるあの方からだけだ。
そのような物で懐柔させようとしても無駄だ。
私は主人だけにしか心は許しておらぬ。
貴様などに…貴様などに心許してなるものか…!
出て行け…出て行け…!早く…!
私は…主人を待っているのだ!ただ独りでいた訳ではない…。
あの日、確かに主人は私にこう言った。
「今日は早く帰って来るから大人しく待っててね♪」と…。
だが、主人は帰って来なかった。その代わり、数日後に黒い服を着た人間が大勢来た。
主人の写真に向かい、涙を流す人間達がいた。何か唱えるように声を掛ける人間もいた。
何故にみんな泣いている?
主人をどこへやった?
微かに主人の匂いのする大きな箱が運び出され、部屋は静かになった…。
何故、勝手に部屋を片付ける?主人の荷物をどうする気だ?
何故、部屋の中を空にする?
主人はきっと帰って来る。そして、私の身体を優しく撫でてくれる筈だ。
私は待たなければならぬ。主人との約束だから。
…主人とは違う声、違う顔なのに、何故同じ匂いがするのだろう…。
そして、私を触るこの手、撫で方…主人とそっくりではないか…。
「ミーちゃん…ずっと、ずっと待っててくれたんだね…。あたしの事…分からない…?
あたしあの時死んじゃって…、こうして生まれ変わってきたんだよ…。ミーちゃんを待たせてた事、ずっと気になってたから…長い間待たせて…ごめんね…」
ご主人さま…ですか…?死んで…生まれ変わった…?
「あたし…生まれ変わっても、ミーちゃんの事忘れなかったよ…。
遅くなって、ごめんね…。もう待たなくて良いんだよ…。もう楽になって良いんだよ…。」
本当に…ご主人さま…です…か…?
でも、この撫で方やその優しい視線…優しい口調…確かにご主人さまだ…。
あぁ、やっと逢えたんですね。ご主人さま…。
なんだか身体が軽くなってきた…。
せっかく逢えたのに…ご主人さまが帰って来てくれたのに…眠くなってきた…。
…眠っても…良いです…か……?また、その膝の上に乗って…も…良い…で…す…か……?。
「ミーちゃん……安らかに眠ってね…。おつかれさま…。バイバイ…」
最終更新:2011年03月02日 21:36