ゴンタのこぶ
ある日の夕暮れ。ゴンタは山に迷い入った。
夕暮れは逢魔ヶ刻といい、怪異に遭遇する比率が高い。特に山ならなおさらだ。
おっかなびっくりゴンタは道を探すが一向に道が見つからない。
ゴンタはいつもの癖でこぶをなでる。
実はゴンタには悩みがある。人一倍大きなこぶがあり、それがコンプレックスだったのだ。
「ああ、鬼でもでそうな雰囲気だべな」ため息と共に愚痴る。
すると、唐突にゴンタの背後で
「でるよ」
と声がした。
びっくりしたゴンタは「ひゃぁっ」と声を上げ腰を抜かしてしまった。
恐る恐る後ろを振り返れば、それはめんこいオナゴがいた。
「…」ゴンタはぽっと頬を染める。それもそのはず、そのオナゴは半裸に近い姿でたっていたからだ。
胸と腰を申し訳程度に虎皮で覆っているだけだ。
「おまぁ、痴女か?」とゴンタが問うと
「あんたこそ、そんなでかいこぶ引っさげて恥ずかしくないんか?」と、言い返されてしまった。
ゴンタはこぶの話をされるのが嫌で話を変えた。
「そんなことより、鬼がでるのけ?」と問うた。
「ふん。目の前におるが」と女はいう。
ゴンタが改めて女を見直すと確かに頭に角が二つ生えている。
「お、おまが鬼だべか。えらくめんこいのぉ」と素直な感想を述べる。これまでおっかなびっくりだったゴンタもつい気が緩んだ。
気が緩むといろいろと邪念がわく。つい、むらむらとした。
「そのぉ、なんだべ。山ん中だとさびしくねぇべか」自分が道に迷ったことなど、とうに忘れ口説きだした。
「ふん」とつれない。それでもゴンタはしつこく言い寄ろうとした。
すると急にゴンタの腰がぐいっともちあがった。
「娘ぇ、なんだこの人間は」なんと身の丈2メートルはあろうかという大きな鬼がゴンタの腰をつかみ上げていたのだ。
「あ、おとん」と娘は鬼に呼びかける。
「ひ、ひゃぁああああ」ゴンタは、とこれまた情けない声を上げている。
さてさて、ゴンタの命運は如何に?
「娘よ、今日の獲物はこれか。あまり旨そうじゃないのぉ」と鬼はつまらなそうにいう。
「ふん、おとんは味なんてわからんのだから何でもよかろ」と娘はつんとしていう。
「おたすけぇ、おたすけぇ」とゴンタは目を瞑り、肝をつぶして繰り返している。
「おまぁは相変わらず、口がわるいのぉ。母親のわるいとこばかりにてくるわ」と苦虫をつぶした表情で鬼はいう。
そしてぽいとゴンタを放り投げた。
「とにかくもう少し旨そうなのがいいわい。こんなデカイこぶのあるくいもんなぞ」といいながら、のっしのっしと去っていった。
後には、ゴンタと娘が残された。
「あ、あのぉ、お、オラはくわれるんでございましょうか」ゴンタは急に卑屈になる。
それをみて娘はにぃっと笑った。でも目が笑っていないように、ゴンタは思った
「ふふ。さぁて、どうするべか」と、娘が近寄る。
ゴンタは同じ距離下がる。また、娘が近寄る。ゴンタは下がる。そうこうする内に崖に追い詰められた。
じりじりと距離が縮まる。娘の張り付いた笑みがゴンタには怖くてたまらない。
あと、一歩というところまできた。ゴンタは意を決した。
「く、食われるくらいなら!!」
崖を飛び降りた。
ゴンタの意識はそこで途切れた。
ひやりと冷たい感触がしてゴンタはとびおきた。
あたりは薄暗く、どうやら洞穴のようだった。頭にはぬれた手ぬぐいがかけられていた。
「お、おら、たすかったようだべな」と一息ついた。目が慣れてくる。
ゴンタのそばに人の気配があることにようやく気がついた。
「お、鬼娘!!」つい、叫んでしまった。
「ん、んあ」と変な声をだして娘がおきた。
「ひ、ひやぁ」とゴンタは器用に手だけでその場所からにげる。
「そんだけ、元気なら大丈夫だな」娘は言いながら立ち上がり後ろをむいた。
「あ、あれ?もしかしてたすけてくれたんべか…」と娘の後ろ姿に語りかけた。
「ち、ちがうからな。その…たまたまだ」わけのわからない理由を口にする。
「そ、そのぉ、ありがとう」「ふん、どういたしまして」
気まずいふんいきが流れた。
「そ、それじゃぁオラ帰るから。また山にきたらなにかお礼をするだ」そういいながら娘の横を通り過ぎようとした。
不意に手をつかまれた。
「また、山にくるなんてうそだべ」ゴンタはどきりとした。事実、親鬼は怖かったから半分迷っていた。
(い、いや、だけんどオラの礼をしたい気持ちは本当だ)決心する。
「嘘じゃない」そういって今度こそ本当に帰ろうとした。
しかし、娘はぎゅっと手を握りはなさない。
「いま…礼をしてほし…い」先ほどとは打って変わって、消え入りそうな口調でゴンタに語りかける。
「そ、その…こぶを、もらう…」といいながらゴンタは押し倒された。
「え」
「こ、こぶを欲しいといっとるんじゃ」とぎゅっとゴンタを抱きしめる。
ゴンタの大きなこぶはそれはもう更に二まわりは大きくなって、破裂寸前だった。
……
薄暗い洞穴の中、二人の息遣いだけがひびいた。
……
数時間後。
「えがった」汗にまみれながら鬼娘はゴンタにささやいた。
「お、おらも」ゴンタはもはやたつことも叶わない。
ゴンタにとってははじめての経験だった。ゴンタのこぶはそれはもう大きくて村の娘じゃ相手にならなかったからだ。
「またあえるかな」ゴンタは娘に呼びかけた。
「調子付くな人間。食われなかっただけましと思え」とつれない。
がっくりとゴンタはうなだれる。また村で嫌な視線に耐えながら独り身の生活が待ってるかとおもうとうんざりした。
その様子を見ながら娘は
「…山じゃないところなら…」といった。
「え」
「や、山だとおとんにお前が食われるとか、そういう心配しとるわけじゃないからな、ほんと、ほんとじゃぞ」
といいながら娘は走り去っていった。
取り残されたゴンタは少し寂しかったけれど、ちょっと幸せだった。
…ちなみに、自分が道に迷っていたことを、ゴンタが思い出したのはそれから数時間後だったという。
-ちんからりんのほい(了)-
最終更新:2011年03月02日 21:42