三途の川の渡し守
俺「ここは…?」
気が付くと俺は見知らぬ場所に立っていた。
前方は川。
後方は花畑。
俺「そうか…俺、死んだんだな」
意識が途切れる寸前、俺が見たのは目前に迫るトラック。
そして俺が今見ているこの光景。もはや間違いないであろう。
声「ちょっと、そこの」
俺「?」
声のしたほうを向くと、小さな船の上に女性が立っていた。
船頭さん…なんだろうがやけに現代風だな…洋服だし。
女「乗るんなら早くしてくんない?」
俺「あ、はい…」
説明など無くとも、どうすればいいのかよく解る。
この船に乗って、向こう岸に送ってもらえばいいのだ。
船に乗り込むと、彼女は何やら棒読みで喋り出した。
女「あー、三途の川日本地区へようこそ。通行証を確認します」
俺「通行証?」
日本地区、というのも気になったが、こっちのほうが重要そうな気がした。
無論そんな物は持っていない。
女「まさか、無いとか?マジで?説明会行かなかったの?そこで受け取るハズなんだけど」
俺「説明会って…?俺、気がついたらそこに立ってたんですけど」
女「立ってたって…そういやアンタ顔色いいわね。名前は?」
俺「宮本一ですけど…」
女「あーもう面倒臭っ!ちょっと待ってなさい!」
そう言うやいなや、彼女はズボンのポケットから携帯のような物を取り出し、電話を掛け始めた。
女「もしもし管理局?日本地区の吉田ですけど。ああハイ三途の川の。なんか変な奴が来たんですけど、ここ一週間ぐらいで宮本一って奴、死んでます?…そんな奴リストに無い?えーっと、こういう場合どうしたら…ハイ、ハイ…分かりましたーどうもー」
俺「あのー…」
女「アンタは死んでないそうよ」
俺「らしいですね」
電話の内容からそれくらいは想像できる。
女「あーやっぱ聞こえてた?そう、アンタは死んでもないのにこんなとこに来た大間抜けよ」
俺「何で俺ここにいるんですか?」
女「アッチの世界で死にかけて魂が抜けちゃったってとこでしょどうせ。とっとと死ねばいいのに紛らわしい」
俺「すいません…」
女「んじゃ、出すわよ」
船を漕ぎ出す吉田さん。
俺「え、俺向こうに行くんですか?」
女「そうよ。向こうでアンタをどうするか決めるんだって」
俺「どうするかって…例えば?」
女「アンタが現世に帰って問題ない奴なら帰して貰えるかもしれないけど、まあ死人扱いでしょうね。ここテキトーな奴ばっかだし」
俺「ふーん…」
進む船。しかし霧が凄くて向こうが見えず、あとどのくらいかかるか全く解らない。
俺「携帯とかあるのに船は手漕ぎなんですね」
女「上が面倒臭がってんのよ。アメリカ地区じゃあモーターボートが配備されたらしいけど」
俺「そのアメリカ地区とか日本地区ってのは…」
女「そうでもしないとややこしいでしょ?まさか死人が全員日本語喋るとでも思ってんの?」
俺「ごもっともで」
と、その時遠くから声がした。霧の向こうにうっすら船と人が見えた。
声「吉田さーん!今日はお客さん一人かーい!?」
女「あー!市川さーん!それがコイツ生きてるんですよー!」
声「へー!珍しいこともあるもんだー!」
女「面倒臭いったらないですよー!」
声「はっはっは!まあ気ぃつけてなー!落っこちんなよー!」
俺「他にも船が?」
女「当たり前でしょ?こんな小っこい船一隻で日本の死人全部捌ける訳ないじゃない。馬鹿?」
俺「そりゃそうか…」
最初はなんともイメージ通りの場所だと思っていたが、説明会やら地区分けやらモーターボートやら、
事務的というかなんというか、だんだんイメージからかけ離れてきた。
俺「そういえば」
女「何よ」
俺「いや、人間死んでも結構冷静なんだなーって。自分でいうのも変な話ですけど、もっと慌てるかと思ってましたよ」
女「アンタは死んでないっての」
俺「それは判ってますけど、少なくともここに来てすぐは死んだと思ってましたよ」
女「花畑のおかげね」
俺「花畑ってあの川の近くにあった?」
女「あそこだけじゃないけどね。あの花は、香りを嗅いだ奴を落ち着かせるのよ。あの花が植えられる前は死にたくねー!とかいって暴れる奴がけっこう居たらしいわよ。もう死んでるのにホント馬鹿よねー」
俺「吉田さんには効かないんですか?」
女「…どういう意味?って言うかアタシの名前…あそっか、さっき市川さんとしゃべった時…」
俺「いや、携帯かけた時に」
女「あっそ。…多分この辺で仕事してる奴らはほとんど効かないわよ。しょっちゅう嗅いでるから慣れちゃうんでしょうね」
俺「どの位この仕事やってるんですか?」
女「半年になるわね。任期100年だからまだまだ終わらないけど」
俺「100年って…辛くないですか?」
女「何?心配してくれる訳?…まあ何もする事が無いよりずっとマシよ。休日には家に帰れるし」
俺「家とかあるんですか?」
女「適当に身を寄せ合って住んでるだけだけどね。…もう着くわよ」
船を降りてしばらく歩くと、デカイ建物の前に着いた。
建物の中に入り、ある部屋の前に着く。
女「中入って。アタシはここで待ってるから」
俺「何したらいいんですか?」
女「何もしなくていいと思うわ。多分」
俺「はあ…」
中に入るとおっさん数人が椅子に座っていた。まるで面接会場だ。
おっさん「君が生きてる人?」
俺「はい」
おっさん「ふーん…」
おっさん数人にじろじろ見られる俺。質問とか無いんだろうか?
おっさん「はい判りました。ちょっと協議するから外で待っててね」
早っ。
外に出てみると
俺「あれ?吉田さん?」
…どうやらいないようだ。それにしてもホントにテキトーな人達だったな…
判りましたとか言ってたけどあれで何が判ったんだろうか?まあいい。あとは待つだけだ。
5分経過
…10分経過
……20分経過
協議は長いんだな…そんなに話し合う事あるんだろうか。ちょっと顔見ただけなのに。
暫らくするとドアが開き、おっさんに呼ばれた。
おっさん「入ってください」
やっとか…
おっさん「えーっとですね…君には現世に帰ってもらいます。以上」
俺「はあ…」
おっさん「ホントは面倒臭いから死人扱いで行こうと思ったんだけど、吉田さんが入ってきて現世に帰せって言うもんだからさーあの人怖いしさーそれで協議長くなってねー」
吉田さんが俺を帰せと?
俺「…吉田さんは?」
おっさん「出てったよ。あ、挨拶すんだらここに戻ってきてね。帰すから」
俺「吉田さん」
女「何アンタ。まだいたの?」
俺「なんか俺を帰すように脅し…もとい、説得してくれたそうで…有難うございます」
女「んなっ…あのジジイ供、言うなっつったのに!…どうせアンタ、死人扱いでもいいやとか思ってんでしょ!?」
俺「今はそうです。でもそれってあの花のせいだと思うんですよ。それが判ってるから説得してくれたんですよね?」
女「ふん、生きてる人間の世話までやってたらそれこそキリが無い。そう思っただけよ」
俺「でも結局死んだらまた来ますよ?」
女「だから来るのは死んだ時だけにしろってーのよ」
俺「じゃあ、また来ます。任期あと99年と半年あるから間に合いますよね?」
女「そんなに長い間憶えてられるわけないでしょ」
俺「絶対憶えてますよ。まあ俺はジジイでしょうけどね」
女「ばーか」
俺「それじゃあ…お元気で」
女「死人に元気もクソもないわよ…じゃあね」
おっさん「じゃあ、この階段上ってって。そのうち向こうに着くから」
俺「お騒がせしました」
おっさん「気ぃつけて
生きてよ。まったく…」
さて、向こうに着いたら何しようかな…
最終更新:2011年03月02日 22:00