夢を追いかけていた俺。挫折した俺。
何もかも、砕けた。何もかも、滅びた。
そんな俺を笑顔にしてくれたあいつが今は居ない。
俺は、ふらふらとそこへと向かう為に歩く。
―――バカ。あんたのためじゃないんだから!
そんな恥ずかしがりやのあいつ。
―――寂しいじゃないの・・・バカ。
そういえば、口癖がバカだったな。
―――バカ!!
ああ、今思えば、俺はバカだな。
―――ぐす・・・バカ・・・・・。
俺は、どうしたら良いのかわからないんだから。
―――必ず、帰ってきてね・・・。
お前の居ない家は、悲しすぎる。
お前が居なければ、俺は死ぬ予定だったんだ。
それが、遅くなっただけ。ただ、違うのは楽しい思い出が出来たこと。
悲しいけど、凄く楽しかった一時の恋の思い出。
俺は、これから死んであの世に行く。そこにあいつが居るとは思わない。
あいつは多分天国だから。俺は、多分地獄に行くから。同じあの世なのに違う世界。
どちらにしても、あいつの居ない世界、か。
断崖絶壁。そこから、俺は身を投げた。海が、海面が近付いてくる。
あいつが、死んだ海。夢を追いかけて、諦めて死んだ海。
身を投げて、死んだ海。俺は、それを辿る。
意識が失せる直前、俺が見たのは、手だった。それは優しく俺の体を包む。
海へ沈む体。霞む視界にあいつが居た。
「バカ・・・あんたは、死んだらダメだよ。
あんたの為じゃなくて私の為にだからね!」
・・・。・・・・・。・・・・・・・。
気付けば病院だった。白いカーテンと白い壁、そして白いベッド。
真っ白な世界はまるで天国だが、薬品の芳しい匂いがその考えを打ち消す。
「・・・・・・」
本当だったら死んでいたのに、俺は
生きている。
それは、あいつが俺を生かしたからだ。聞こえた声が、証拠だ。
―――あんたは死んだらダメだよ。
―――あんたの為じゃなくて私の為だからね!
ああ、そうだ。俺はあいつの為に、あいつの分まで生きよう。
あいつが夢を諦めた分、俺が夢を追いかけよう。
そう決心した。
そして、三年の月日が流れた。
俺は憧れだったタリモが司会のミュージシャンステーションに出ている。
再び追いかけた夢が、今度は叶った。全部、あいつが俺を助けてくれたからだろう。
あの時、生かしてくれた。そして、こうやって売れたのはきっとあいつのおかげだろう。
お節介好きなあいつ。いつも怒ってたけど、いつも笑ってたあいつ。
「君が居るから僕が居る」。そんな単純なタイトルのこの曲にお礼を込めて俺は歌う。
そして、歌い終わった。俺は、ふと客席の後ろに何か見慣れた陰を見つけた。
あいつだった。変わらない笑顔でそこに立っていた。
口が動いているけど、俺には聞こえない。でも、解る。
―――良かったね。おめでとう。
そう言っていた。俺は、笑顔を自然と浮かべてあいつに言った。
「お前のおかげだよ」
どうせ、言い返してくるに違いない。
―――バカ。
ほらね。俺には聞こえないけど、やっぱりこう言い返してきただろ。
―――私、楽しかったよ。ありがとう・・・さようなら。
あいつは、俺に手を振ると煙が風に吹かれるように消えてしまった。
これで、永久にさようならになるのだろう。なんとなく理解してしまった。
目からはみ出た涙が、あいつみたいに優しく頬を撫でた。
余計に、涙が溢れた。
「俺も、楽しかったよ。ありがとう・・・さようなら」
最終更新:2011年03月03日 11:24