それを何と呼べばいいのだろうか。
湿った風に威圧が混ざり、心がざわめく。その場を離れたいのに体は動かない。
『畏怖』
これ以上の説明のしようがない。恐怖ではない。本能が知っている。
…
ぬちゃ…ひた…ぬちゃ…ひた…
…
俺はどうなるんだろうか。
……
ことの始まりは日常的な『非日常』の中で起きたんだ。
「ちょ、おま、それ、だめーーー」俺は座敷ムスメを必死でとめようとした。
だが一足遅く、座敷ムスメは俺を振り返り、にやりと笑うとマウスをクリックした。
お気に入りフォルダにザックリ詰められた俺の虹コレクションがずらりと展開される。
「あふ、もう、死にたい…」俺の日常は、この座敷ムスメに出会ってから大きく変わった。
「…へ…(微笑)」冷たい目線が俺の胸をえぐる。いや、いっそ本当にえぐっていただきたい。
こいつはいつもこうだ。死んだじいちゃんは座敷ワラシとかは守り神だから大切にしろとかいっていたけど、こいつは疫病神の類じゃないかと疑うくらい嫌がらせする。
この前なんか、俺が072のフィニッシュのタイミングを見計らって、HGのポスターを目の前に広げやがった。もう、俺の心は「フォー」でしたよ。
そんな毎日を送る俺だが、その日は特にひどかった。
へこんでいる俺を尻目にやつは更に追い討ちをかけていたのだ。
俺はやつの行動に気づいて悲鳴に近い声を上げる。「や、やめてぇえええええーーーー」
ぽちっ。
マウスをクリックする音がコミカルに響いた。俺の2Gに近い虹コレクションはあっという間に削除された。
「も、もういやだーーーーー」俺は叫び声を上げてアパートを飛び出した。
どこをどういったんだろう。俺はさ迷い、いつの間にか暗い森にいた。
い、いや、本当に何でこんなところにいるんだろう。とりあえず、冷静になった俺は森を出なきゃと思った。
方角もわからないが、とにかく歩いた。程なくして社が見えた。
「…神社?」だれかいるかな、と期待を込め足を運んだ。日が落ち始めていたので、小走りに境内に入った。
そこには確かに神社だった。古びて色のはげた鳥居にぽつんと小さな御堂(?)があった。
「だれかいませんかー?……いませんよぉお」反応が無いので自分で言葉を返す。
むなしかった。
っぽ、ぽつっ、ぽつっ…。
と水滴が落ちたかと思うとざぁっと雨が急に降り出した。
しょうがないので、俺は古びた扉を、ぎぃっと押し開き中に入って、雨宿りさせてもらうことにした。
「やまねぇえなぁ」俺はきっとずいぶん歩いたんだろう。家を出たのは昼ぐらいだったのに、今は日が落ちかけているのだから。
無性に眠たかった。やまない雨にうんざりしていた俺はいつの間にかうたた寝をしていた。
気がついたら日は完璧に落ちていた。
雨はまだ、降っている。俺は無性に後悔していた。だがいまさら夜の森を行くつもりはない。ポケットからライターを取り出し火をともした。
夜のお堂は薄気味悪い。ライターの揺らめく火に俺の影が踊る。
「あっち!!」ライターの点火部が熱されて熱かった。俺は仕方なく燭台がないか探すことにした。
と、すぐ見つかった。小さな祠の前に二つの燭台があり、幸いにもろうそくがまだ残っていた。
早速、火をつけた。明るさにほっとする。
まぁ、つかの間の安堵だったんだがな…。
「は」と目が覚めた。
俺は不覚にもまた寝ていたらしい。だが、先ほどと何か雰囲気が違う。
重苦しさ、息苦しさに包まれる。
燭台にはまだ火はともり、影がゆらゆらと揺らめいている。そして違和感に気がついた。
祠の扉が開かれている。そして、ぶあっと何か黒い影が飛び出した。
それは俺の背後にべちゃっという音を立てて落ちた。
それを何と呼べばいいのだろうか。
湿った風に威圧が混ざり、心がざわめく。その場を離れたいのに体は動かない。
『畏怖』
これ以上の説明のしようがない。恐怖ではない。本能が知っている。
…
ぬちゃ…ひた…ぬちゃ…ひた…
…
振り向くのが恐ろしい。そして…
「ねぇえ? こんなところで何をしているの」甘い、甘い声が耳に届く。
ひた…ぬちゃ…ひた…ぬちゃ…
俺のすぐ後ろでささく声に混じってなにか、不安を呼び覚ます音がなる。
白い指が俺の頬をなでる。
「硬くならないでいいのよ。でもここは…」もう片方の白い指が俺の腰をまさぐる。
ず、ず、にちゃっ…
何の音だろう? ふわりと甘い香のにおいが鼻腔をくすぐった。
「あ、あなたは…だれ?」やっとのことで声を絞り出す。
「あら、私のお家に無断ではいってそんなこというのね」いいながらも俺の体を這う指は止まらない。
はっきり言おう。すごく気持ちがいい。このまま身をゆだねてしまいたかった。だが。
ぬちゃ…にちゃ…ぬちゃっ…
この音が俺の理性に警告を発している。早くにげろと。
「か、勝手にはいって申し訳ありませんでした。もう、出て行きますから…」
「話をするときは人の目を見て話す」と何者かは俺をぐいっと振り返らせた。
そこには袴を着た巫女がいた。長い黒髪。白と朱の巫女衣装。
だが…。きれいな形のふじ額にはウジが湧き、頬はこけ、白い首は半分が腐り落ちていた。
「うっ」俺は口元を押さえた。生前はさぞ美しかったと思えるだけにその姿には例えようもない恐ろしさがある。
「あなたの精気がほしい」そいつはそういった。
じりじりと顔を近づける。この距離になると甘い香のにおいに混じって腐臭が漂う。
朽ちかけた女は俺のズボンをおろし、俺のイチモツに顔を近づけた。
「あら、もう、こんなにして」さっきの愛撫で俺のそれは怒張していた。そして畏怖に支配された今もそれは不思議なことに張り詰めていた。
「あ、あむ…ん」じゅぷ、じゅぷ…と女の頭が上下に振幅する。得も知れぬ快感が俺を支配する。もう俺は果てそうだった。
「も…う、だ…め」息も絶え絶えに俺は、果てた後どうなるかを考えていた。
そして…
「そこまでじゃ!!」ぴんと張り詰めた声が甘い空気を切り裂いた。
扉の先に小さな黒い影が仁王立ちしていた。
「なぁに、いまいいところなの…に!?」ごんとすごい音をたてて朽ちた女に黒い影がぶち当たった。あまりの勢いに女は横倒れになる。
「あ。」俺のイチモツ君は解放され、それと同時に発射した。白い液体が空を飛ぶのがスローモーションで見えた。
「早く、にげるぞ」黒い影が俺の手をつかみお堂の外に連れ出した。
「ま、まちなさ…」声は見る見る遠ざかる。
俺はもうなにがなんだかわからなかった。
「ここまでくれば大丈夫じゃろ」程よく開けた場所に出た。空には月が煌々と照る。
影は、座敷ムスメだった。「愚か者め。不用意に土地神になぞ、つけこまれおって」
「助けにきてくれたのか」「ち、ちが、たまたま外を散歩してたら通りかかっただけじゃ。お前みたいなエロ坊主なぞ知るか」
「そうか。ところであれはなんだったんだ」「うむ。あれはここら一帯を守護する土地神だったのだが、あまりの淫乱さに封印されたのじゃ」
「目覚めたてじゃったから、良かったがそうでなければ…ええい。考えるだけで恐ろし…い!?」言いかけて座敷ムスメが凍りついた。
「どうした?」「い、いかん、はよう逃げんと」「え」振り向くと黒髪を振り乱した巫女が、遠くに見えた。どんどん近づいてくる。
「うあ、はやっ」座敷ムスメは俺を置いて走り出していた。朽ちた体とは思えぬほどの力強さが傍目からも判る。
「は、はやい、はやいよ。けどこういう時こそ焦ったらまけなのよね」「いいから、早く来い!!」俺の軽口を、きっと睨み座敷ムスメはさらに加速した。
俺も必死で走る。「…さ…い。ま…さ…い。まちなさーい」どんどん声が近づいてくる。
俺は振り返って驚いた。後ろを追いかけてくるのは絶世の美女だった。着物からはみ出た巨乳がたぷんたぷん揺れている。形相はしかし、鬼のようだった。
「ひ、ひぃ。なんかいきかえってるーーーー」「あ、さてはさっき果てたお前の精気をすすったな!! がんばるんじゃ、あと少しで森を出れる」
そしてなんとか森をでることができた。
森の向こうで悔しがる土地神の姿が見えた。
「何で追ってこないんだ?」「霊は何かに執着し、その…何かから力を得るもの…がある。やつももっと…ち…からがあれば…追ってこれたかも…しれんが」
座敷ムスメが苦しそうに答えた。…苦しそう?
「お、おい、どうした」「う…む。家から…離れすぎた…時間切れじゃ…」すぅっと姿が薄れ始めている。
「おい、座敷ムスメ!!」「ぬ、まえから…言おうと…思ったが…わしは、おまえの…」
「おまえの!?」「ふ…なんでも…な…」言い終えず、娘は腕の中ですぅっと消えた。
「座敷むすめーーーーーーーー」
あいつとの様々な思い出が脳裏をよぎる。ひたすらいじめられた記憶しかないが、それでも悲しかった。
俺は後悔を胸に帰路についた。
家に着き、いすに座る。ここはあいつの特等席だったな。
「おれ、座敷ムスメの事好きだったんだな」心の中の思いを口にした。
と、ガタンン!!! と大きな音がひびいた。驚きながら、振り向くと。
「お、お前!?」顔を真っ赤にした座敷ムスメがいた。
「な、な、な、なにを口走ってるんだおぬしは!この変態、ロリコン、ペド野ろ…ぎゅむ」俺は口汚くののしる座敷ムスメを思いっきり抱きしめた。
「よかった、本当によかった」涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら喜んだ。
「ぐ、ぐ、くるしい」ぐっと俺を突き放し、座敷ムスメは俺の涙顔をみつめた。
「…む。むぅ。わしも…お前が無事で…その…良かったぞ」と一言残すと、ぱっと消えた。
それから、2、3日は姿を見せなかったんだが…。
「ちょ、おま、それ、だめーーー」とまた俺の悲鳴を上げる毎日は続いている。
-了-
最終更新:2011年03月03日 11:43