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「ねえ、私が見えるの?」
そう、そこには彼女が立っていた。腰と肩の中間くらいまでまっすぐ伸びる髪の毛をさらりと垂らして、うちの学校のセーラー服を着たまま。
「え? 何?」
当然、見えるに決まっているだろう。
「うん、見えるけど?」
「そう――」
そよ風で揺れる植木の若葉が眩しかった。彼女は右のほうを向いて後者の屋上を見上げて、僕と目を合わさないようにして言った。
「じゃあ、あんたはもう死んでいるわ」
「へっ!?」
ぼうっとシラカバを見ていた僕は、ドキっとして彼女のほうへ振り向いた。もう一度、彼
女を良く見る。綺麗――とか言う問題じゃない――彼女は・・・・・・立っていなかった。
 いや待て待て待て、足が無いぞ、どういうことだ? っていうか、よく見ると彼女自身微妙に透けているじゃないか。待て待て、彼女は何て言った?

『あんたはもう死んでいる』

そんな――っ!馬鹿な、どこかのアニメのセリフじゃないんだぞ。

「ふふ、うろたえているわね」
必死の言い訳を考える僕。
「だって――だって僕はこうやって話をしているし――」
何か確証はないか。僕が生きているっていう証拠、証拠・・・・・・。
「それに――それに、僕には・・・・・・」

足は、無かった。


なぜ、なぜ死んだ? どうして?
「あなたは死んだ、その事実は変わらないわ」
彼女はくるっと僕に背中を向けると、
「付いてきて」
と言って歩き始めた。

「待って!」
僕は足をもつれさせ――るような気がし――て、前につんのめりながら彼女の後を追った。
「ほら、あそこ」
彼女は白くて細長い指をある一点へ向けた。高1、2年棟と職員、高3棟の境目にある渡り廊下の、下の部分へ。
「ん、何?」
「よく見なさい」
近づいていって、僕ははっとなった。黒いアスファルトに浮かぶ濃い赤色のシミ。これは・・・・・・。
「あんたは、その3階の渡り廊下から落ちたのよ。屋根が無くて開放的なもんだから、ふざけ合っててね。」
「なんでそんな事が――見ていたの?」
「え、ええ・・・・・・一応私にはこの学校の守護霊として、校内を見回る義務があるわ」
「ふうん・・・・・・」
僕の心はしかし、死んだことに対するショックや焦りからは立ち直りかけていた。
自分が死んだという事をしっかり認識すると、幽霊は成仏する覚悟が出来る、とテレビで見たこともあった。
僕は図らずして彼女にそれを認識させられたのだ。
だが、それは同時に今後の自分の幽霊としての行く末と、死後の世界への不安を沸き立たせるということでもあっ
た。
「何悩んでるのよ」
アスファルトの赤いシミを見つめる僕の横に、彼女も歩いてきた。こんな美しい彼女が、なんで幽霊になったのだろう。
「僕はその――幽霊になっちゃうのかな?」
「そうね、そういうこと――もう半分なってるしね」
「幽霊になったら、どうなるの?」
「そりゃ、どうってことも無いわ。向こうの人には話しかけることは難しいけど、幽霊同士の話とかはできるし、何だったら――」
「何だったら?」
「・・・・・・ふんっ」
言いかけて、彼女はなぜかそっぽを向いた。彼女のさらさらとした髪は、梅雨晴れの日差しを受けて亜麻色に輝く。


「ねぇ」
少し間があって、僕は尋ねた。
「何?」
「幽霊って、ずっとこのまま居るの?」
「えっ―――」
彼女は今度はあからさまに動揺した。先ほどの恥らうような動揺の類ではないことが、僕にも簡単に見て取れた。
「君――って言うのもなんだけど、君は、ずっとここに?」
「・・・・・・」
「・・・・・・そんなの、私の勝手よ。“成仏”したいなら“成仏”すれば良いわ」
「“成仏”?」
「あんただって、今すぐ“成仏”しようと思えば出来るわよ。強く念じるの。新しい存在に生まれ変わりたい、って」
「ううん――」
なるほど、死んでしまった身にも選択肢はあるというわけか。そう念じれば、新しい人生が始まる。今までの人生は終わる。生まれ変わるのはいつかな。どんな時代が来るのだろう。未来かな、それとも過去なのかな。
「そうか・・・“成仏”、ね・・・」
16年間僕を育ててくれた両親や友達のことを思い出しながら、僕は目を閉じた。
 たった16年間の人生は、あっという間に終焉を迎えてしまった。ああ、結局あのゲームはクリアせずじまいだったか。チャットの常連は突然消えた僕をどう思うかな。
「ねえ」
そういえば、仲田には酷いことを言ったままだっけ。不思議だね、人の死というものは。
「ねえ!!」
生きてる間は怖かったり不安になったり色々とおびえたりしたものだけど、死んでしまうと妙にすがすがしい。
「ちょっとあんた!」
そういえば、担任の黒ゴリラからも苛められないのか。成績のことで親にどうこう言われることも無くなるし、毎日のしがらみからも解放される。死ぬって、こんな気分だったのか。


バシン!!



 頬を思い切り叩かれたような気がして、僕は驚いて目を開いた。正面に白い肌を赤く染めて激昂する少女の姿があった。
と、不思議に頬が痛み出した。ちょっと待て、幽霊に殴られたのか?僕は。
「な、何だよいきなり!!」
「何だよじゃないでしょうが!」
「――だいたい何で“成仏”とか簡単に決めちゃうのよ! もっと真剣に考えなさいよ! あんたのことを大事にしていた友達とか親とかはどうなるの!? 
あんたが居たこと、生きてたことを簡単に否定しちゃうの!? あんたは16年間、いったい何をして生きてきたのよッ!!!」
思い切りまくし立てる彼女を、ぼくは冷静な目でじっと見ていた。
「だって――」
「だってじゃないわよ! もっかいよく考えなさい! あんたを愛してくれた両親、友達、先生のことを!! それに――それに、あんたの事が好きだったとかいう誰かも、もしかしたら居たかも知れなかったじゃない!」
そりゃ――そうかもしれないけど――。

「“成仏”すると言うことは、そんな人たちとの繋がりを、今までの思い出を、ぜんぶ消すってことなのよ!? いいのあんたは!? それでいいの!?」
尋常でない彼女の怒り方に、僕はたじろぎ始めていた。ちくしょう、折角の覚悟が台無しじゃないか。僕はだんだんとイライラしてきて言った。
「何だよいきなり! “成仏”しろとかするなとか!! もう幽霊として生きてても――生きてても――しょうがないじゃないか!」
僕だってそりゃ死にたく無かったさ。だけど――。
「バカッ! この分からず屋! ドアホッ!」
もう髪が振り乱れるのも顔が泣き崩れてぐしゃぐしゃになっていても、気にせず彼女は僕をぶってきた。
「バカッ! バカッ! バカッ―――!」
何度も、何度も。 拳で胸を殴られた。 生前ならアザになるくらい。

でも、何だか心地よかった。



 彼女の殴打が落ち着いた、その時だった。
 彼女は不思議な仕草で胸の前でを2、3回指をなぞるように動かすと、僕を睨み付けてこう言った。
「もう、あんたなんか、大ッ嫌いッ!!」

 世界がぐるりと回った。周りにあった木々と校舎がぐにゃりと捻じ曲がった。僕は強烈な頭痛と吐き気に襲われた。目の前の色が全部混じりあって、網膜に突き刺さった。だめだ、目を開けていられない。
目を瞑った瞬間、今度は僕の体がすっと浮くような感触を覚えた。

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「――太っ!」
「――将太っ!」
誰かが僕の名前を呼ぶのが聞こえた。暗い。真っ暗だ。何だろう、体中がだるい、重い、狭い、鈍い。でも――なんか違う感触のような――。
もしかして、僕は――?

 僕は目を開けた。途端に、また世界が反転した。強烈な光が網膜の奥を突き刺した。眩しい。目を開けていられない。でも、開けていたい。誰かが歓声を上げた。耳が、一気に周りの音を集めはじめた。
「目を覚ました!」
カッターシャツの少年が言った。目が、見えてきた。

 そして僕は、文字通り我が目を疑った。
病室には20人近い人たちがひしめき合って、両親と親友のケイジ、そして執刀医らしき医師がベッドの横に立っていた。担任の黒ゴリラは、僕の左足元でハンカチを拭っていた。何、みんな――?

『もっかいよく考えなさい! あんたを愛してくれた両親、友達、先生のことを!!』

こんなセリフが、脳裏によぎった――気がした。
「みんな・・・・・・」
僕は初めて口を開いた。騒ぎ声の溢れていた病室が、一気に静まり返った。周りの黒ゴリラや両親、友達、そして医者の先生や看護師さんを見回して、僕は言った。

「――みんな、ありがとう」

それしか言えなかったけど。



 話を聞くと、僕の怪我は相当に危なかったらしく、手術は4時間近くにまで及んだと聞いた。頭蓋骨損傷に始まり、内臓破裂、右足骨折などの損傷コレクションを同時に山ほど併発していて、手の施しようがないと誰もが思ったそうだ。
 だが共に、そんな症状の僕を引き受けて緊急で執刀してくれた外科の先生はこの病院で一番の名医であり、僕のそういった損傷はほぼ全て縫合してくれたとも僕は聞いた。

 結局、僕が全快してこの白い巨塔から退院できたのは、夏休みもほぼ終わりに近づいた8月下旬のことであった。
 内科の先生にはお世話になったし、リハビリの兄さんには色々と迷惑をかけてしまった。
 でも、おかげで――。


僕は、自分の足で地面を歩ける。確実に、一歩ずつ。



 当直の先生に挨拶をして校内へ入ると、けたたましいセミの声が耳にまとわりついてきた。行くところは、決まっている。
 高1、高2棟と職員、高3棟を結ぶ3階部分にある、渡り廊下。
 職員用駐車場を超えると、例のシラカバが目に映る。少し、大きくなっていた。そして、その横には――芝生が、植えられていた。
 見上げると渡り廊下は柵が出来ていて、鉄の屋根で覆われ安全なものに改良されていた。転落事故があったということで、設計の不備をこの休み中に直したのだろう。



と、その時――。



「ねえ、私が見えるの?」


振り向くと、シラカバの下で、髪の毛の長いセーラー服の少女が、そこに立っていた。

長くてすみません。ツンデ霊初体験です。
最終更新:2011年03月03日 11:49