家に帰ったら幽霊が居た。驚いた。
しかし、その幽霊は酷く辛そうな顔をしていた。
話によると、この世は嫌な事ばかりでちっともつまらないから自殺したんだそうだ。
「嫌なら出て行くけど」とも言われたが、出て行けとは言えなかった。
すぐにでももう一度自殺してしまいそうなその顔。
それを見たらとてもそんな事を言う気にはならなかった。
「俺が迷惑するようなことがないなら別に構わないよ」
これが精一杯だった。
彼女はそれを聞いてか聞かずか、だまって座り込むのだった。
…どうやらこいつには私が見えるようね。
おかしな話ね。世の中が嫌になって自殺したのに、この世に未練があるなんて。
その未練が何なのか、色々飛び回っては見たけど何処も同じ。
つまらない。この一言で全ての物の説明がつく。
未練探しの旅に疲れて適当に上がりこんだこの家で、「見える」人間に会うなんてね。
でもどうせこいつもどうせつまらない有象無象の一つでしょうね。
それにしても変な奴。普通幽霊を家に置く?
…まあ、見えるからと言って無闇に干渉してこなければそれでいいわ。
暫らくこの家でくつろがせてもらおっと。
確かに彼女は俺に何かしてくる訳ではないが…
死んだ人間の更に死にそうな顔というのは見ているだけで辛い。こっちが
死にたくなる。
なんとかならないだろうか?
この世は嫌な事ばかりでちっともつまらない…
そうだ、面白い事を教えてやれば少しは元気が出るかもな。
とりあえずは…映画館とか行ってみるか?
「おい、幽霊さんよ」
…映画館に行く?馬鹿じゃないの?
そんな所は既に旅の途中で行った事があるっての。
今更…
いや、そういえば生きた人間を観察したことはなかったわね。
何かヒントが有るかも知れないし、とりあえず着いて行ってみよっと。
…コメディー物?まあいいか。
私が見るのは映画じゃなくてそれを見たこいつの反応だし。
映画の内容は別にどうでもいいや。
…館内が客の笑い声でいっぱいになる。でも私にとっては只の雑音。
五月蝿い事この上ないわ。
隣のこいつも他の客同様、雑音を撒き散らしてるし。
それにしても…人間の顔って笑う時ここまでブサイクに変形するもの?
「フッ」
…?私、今笑った?
「お!お前今笑ったんじゃねえの!?」
「わ、笑ってなんかないわよ馬鹿!」
何で私は笑った事を否定してるんだろう…?
本人は否定してたけど、映画館であいつは絶対に笑ってた。
これは効果アリだなと確信した俺は、それから毎日彼女をどこかしらに連れて行った。
自分でも何故そんなに続くのか不思議なくらいだった。
そのおかげか彼女の表情はだんだん明るくなってきた。
が、それと同時にもう一つ気がついたことがある。
彼女がだんだん薄くなっていることだ。
まあ、最初に映画館に誘った時から薄々こうなるんじゃないかと思ってはいた。
成仏しかかっているのだ。
彼女だってわかっていた筈だ。だからおとなしく俺について来てくれたんだ。
これでいいんだ、これで…
…最初から判ってたわよ。私がこの世に残した未練が何なのかって事くらい。
ただ、それを認めたくなかった。認めるわけにはいかなかった。
だって私は、自分で殻を作って閉じこもって、
この世はつまらない事ばかりと自分に言い聞かせた挙句自殺したんだもの。
世の中をつまらなくした原因が自分自身だなんて認めたくなかった…!
そこにあいつが現れた。
あいつは私を殻から引きずり出して、色んな所に連れて行った。
口には出さなかったけど、あれは自分の為じゃなくて、
私を笑わせる為の行動だった。いくら私でもそんな事くらいは判る。
いや、判ってしまう。だから私はあいつについて行った。
そのおかげで私は今、成仏しかかっている。
この世界ともお別れね。
「…やっと、面白くなってきたところだったんだけどなぁ…」
涙が溢れた。
「…行くのか」
「ええ…」
「達者でな」
「そっちこそ」
「…」
「…」
「…本当にそれでいいのか?」
「…今更なによ。あんただってこうなること判ってたでしょ?」
「判ってたよ。さっきまで自分にこれでいいんだって言い聞かせてたくらいだからな。」
「だったら…」
「でも、なんで言い聞かせなきゃいけなかったか判るか?行って欲しくないからなんだよ」
「随分と自分勝手じゃない?」
「おまえはどうなんだよ。泣いてるじゃねえか」
「これは…だって、しょうがないじゃないの。
私は自分がどんなに馬鹿だったか今更理解したのよ?せめて死ぬ前に気付いていれば…
死ぬ前にあんたに遭えていたら…!」
「理解したんだろ!?だったら今からでもいいだろうが!」
「わ…私は…でも…」
「でもも糞もあるか!おまえはどうしたいんだ!?」
「私は…まだ、ここに…」
…どうなった?あいつは?やっぱり…
「随分と恥ずかしい台詞だったわねぇ」
「!お、おま…」
「で?今日は何処に連れて行ってくれる訳?」
今までで最高の笑顔がそこにあった。
最終更新:2011年03月03日 20:27