①
自宅であるアパートの部屋の前。多少年季の入ったドアノブを握ったまま
俺は、つい開けるのをためらい、動きを止めてしまう。
「どうしたの?」
そんな俺の様子を見て、横にいる彼女が怪訝そうに尋ねてくる。
彼女は少し前に知り合った女友達で、なかなかに可愛い。そして、最近、俺ら
はとてもいい感じになってきていた。
今日は、そんな彼女が俺の部屋を見てみたいというので連れてきたのだ。
そこまでは良い。だが、俺は部屋に入れることをためらってしまう。
別に部屋が汚いというわけではない。むしろ、周りよりもとても綺麗にしてあると
自負している。
「いや、なんでもない」
そう彼女に言って、ドアを開ける。すると-
「おかえりなさい」
と、一人の女の子が出迎える。雪(せつ)といううちに住む
座敷わらしだ。
そして、こいつが俺の悩みの種である。
雪は見たところ、12~13歳ほどで、肌は名前の通り雪のように白い。
「これが、妹さん?かわいい~!」
流石に座敷わらしとは言えず、彼女には一緒に住んでいる妹がいるといってある。
そして、彼女の言葉の通りとても可愛いのだが、見た目にだまされてはいけない。
性格が非常に悪いのだ。嫌がらせが趣味のような奴なのだ。だから、今回も何を
してくるかわからず不安だった。
②
そんなことを思っているうちに、雪が「どうぞどうぞ」と彼女をリビングに通す。
彼女を座らせ、戻ってくる雪を俺はキッチンのほうへ引っ張っていく。
「たのむから、今回だけは大人しくしておいてくれよ。」
「わかりました」
「えっ?」
雪が思いのほか、あっさりとうなずくので、俺は少し拍子抜けしてしまう。てっきり
何か要求されるのではないかと思っていたからだ。
「わかったっていったんですよ。はい、どうぞ」
そう言いながら、彼女は氷でよく冷え、周りに水滴の付いたグラスを二つのせたお盆を
差し出す。キッチンにはカルピスのパックが置いてある。
「今日は残暑が厳しいので、のどが渇いているでしょうから、持って行ってあげて下さい」
「あ、うん、ありがと・・・」
「それでは、わたしは寝室の方へ行っていますので、二人で楽しんでください」
などと、気の利いたこと言って来る。
俺は、心配のしすぎだっただろうか、などと思いながらお盆を持ってリビングに行く。
彼女にグラスを渡して、テーブルをはさんだ迎え側に腰を下ろす。
ブー
俺が座ったとき、尻の下で何かが鳴った。見ると、どこから持ってきたのかブーブークッション
がおいてあった。雪の仕業だろう。
もっとも、この位ならば、可愛いものだ。多少気恥ずかしいが、彼女も笑ってくれている。
かえって、何も無いほうが不安だよな。そう思って俺は油断した。
③
彼女はよほど喉が渇いていたのか、グラスの液体をグッと口に注ぐ。そして・・
「ぶほっ!!」
彼女がいきなり吹き出した。
「え?え?何?どうした?」
パニックになる俺に対し、彼女はむせながら半眼で俺の持っているグラスを指差す。
飲んでみろということだろう。俺もグラスに口をつける。
(うっ)
思わず、俺も吐き出しそうになる。中身は米のとぎ汁だった。
想像していた甘さとのギャップに、吐き気すら覚える。
「あ、いや、これは、ほら、えーと・・そうだ!テレビでも見よう!」
俺はとにかく気まずさを誤魔化そうとテレビをつける。
『o~h!yes!!uh~』
その時、突然、大音量で外国人のあえぎ声が流れた。こないだ借りたホラー映画のベッドシーンだ。
認識するやいなや、俺は神速でテレビを消す。しかし、それは帰って気まずい空気を作り出す。
「・・・えーと、そういえば、わたし、今日用事があったんだった。あはは・・じゃーね」
言うが早いか、止めるまもなく彼女は帰っていってしまう。
④
俺は、即座に寝室に向かう。寝室では枕の下に頭だけを突っ込んで、笑い声を殺す雪がいる。
雪は俺の顔を見て、彼女が帰ったことを悟り「あははははははは!」と大声で笑い転げた。
「今日は、大人しくしてろって言っただろ!!」
「はーはー、わたしはおとなしくしていましたよ。うるさいのは今のお兄さんの方です。ププっ」
「そういうことを言ってるんじゃない!なんなんだよアレは!?」
俺が更に大声を出すと、とたん雪は笑うのをやめ、目を伏せる。
「だって、とぎ汁は栄養豊富だし、ホラーは吊橋効果が期待できるかと・・・」
もちろん、そんなことは微塵も思っていないだろう。だが、演技だとわかっていても「ごめんなさい」
と俺の服の袖をつかみ、しおらしく俯く雪を見てると、怒りが急速になえていく。
が、そこで限界が来たのだろう。再び「あははは!」と笑い出した。
再び頭にきて、寝室から出て行こうとする俺に雪が「お兄さん」と声をかける。
「飲み物を作るついでに、お米を炊いておきました。おかずは冷蔵庫にありますので、フラれた
腹いせにヤケ食いでもどうぞ」
「うるさい!!」
寝室のドアを閉めるとき、「他の女の人なんかを連れてくるから悪いんですよ」と雪が呟いた気がしたが、
きっと気のせいだろう。
ヤケ食いをしながら、雪の作った料理がヤケに旨いのが悔しかった。
最終更新:2011年03月04日 10:22