自宅であるアパートの部屋の前。多少年季の入ったドアノブを握ったまま
俺は、つい開けるのをためらい、動きを止めてしまう。
「どうしたの?」
そんな俺の様子を見て、横にいる彼女が怪訝そうに尋ねてくる。
彼女は少し前に知り合った女友達で、なかなかに可愛い。そして、最近、俺ら
はとてもいい感じになってきていた。
今日は、そんな彼女が俺の部屋を見てみたいというので連れてきたのだ。
そこまでは良い。だが、俺は部屋に入れることをためらってしまう。
別に部屋が汚いというわけではない。むしろ、周りよりもとても綺麗にしてあると
自負している。
「いや、なんでもない」
そう彼女に言って、ドアを開ける。すると-
「おかえりなさい」
と、一人の女の子が出迎える。雪(せつ)といううちに住む座敷わらしだ。
そして、こいつが俺の悩みの種である。
雪は見たところ、12~13歳ほどで、肌は名前の通り雪のように白い。
「これが、妹さん?かわいい~!」
流石に座敷わらしとは言えず、彼女には一緒に住んでいる妹がいるといってある。
そして、彼女の言葉の通りとても可愛いのだが、見た目にだまされてはいけない。
性格が非常に悪いのだ。嫌がらせが趣味のような奴なのだ。だから、今回も何を
してくるかわからず不安だった。



そんなことを思っているうちに、雪が「どうぞどうぞ」と彼女をリビングに通す。
彼女を座らせ、戻ってくる雪を俺はキッチンのほうへ引っ張っていく。
「たのむから、今回だけは大人しくしておいてくれよ。」
「わかりました」
「えっ?」
雪が思いのほか、あっさりとうなずくので、俺は少し拍子抜けしてしまう。てっきり
何か要求されるのではないかと思っていたからだ。
「わかったっていったんですよ。はい、どうぞ」
そう言いながら、彼女は氷でよく冷え、周りに水滴の付いたグラスを二つのせたお盆を
差し出す。キッチンにはカルピスのパックが置いてある。
「今日は残暑が厳しいので、のどが渇いているでしょうから、持って行ってあげて下さい」
「あ、うん、ありがと・・・」
「それでは、わたしは寝室の方へ行っていますので、二人で楽しんでください」
などと、気の利いたこと言って来る。
俺は、心配のしすぎだっただろうか、などと思いながらお盆を持ってリビングに行く。
彼女にグラスを渡して、テーブルをはさんだ迎え側に腰を下ろす。
ブー
俺が座ったとき、尻の下で何かが鳴った。見ると、どこから持ってきたのかブーブークッション
がおいてあった。雪の仕業だろう。
もっとも、この位ならば、可愛いものだ。多少気恥ずかしいが、彼女も笑ってくれている。
かえって、何も無いほうが不安だよな。そう思って俺は油断した。



彼女はよほど喉が渇いていたのか、グラスの液体をグッと口に注ぐ。そして・・
「ぶほっ!!」
彼女がいきなり吹き出した。
「え?え?何?どうした?」
パニックになる俺に対し、彼女はむせながら半眼で俺の持っているグラスを指差す。
飲んでみろということだろう。俺もグラスに口をつける。
(うっ)
思わず、俺も吐き出しそうになる。中身は米のとぎ汁だった。
想像していた甘さとのギャップに、吐き気すら覚える。
「あ、いや、これは、ほら、えーと・・そうだ!テレビでも見よう!」
俺はとにかく気まずさを誤魔化そうとテレビをつける。
『o~h!yes!!uh~』
その時、突然、大音量で外国人のあえぎ声が流れた。こないだ借りたホラー映画のベッドシーンだ。
認識するやいなや、俺は神速でテレビを消す。しかし、それは帰って気まずい空気を作り出す。
「・・・えーと、そういえば、わたし、今日用事があったんだった。あはは・・じゃーね」
言うが早いか、止めるまもなく彼女は帰っていってしまう。



俺は、即座に寝室に向かう。寝室では枕の下に頭だけを突っ込んで、笑い声を殺す雪がいる。
雪は俺の顔を見て、彼女が帰ったことを悟り「あははははははは!」と大声で笑い転げた。
「今日は、大人しくしてろって言っただろ!!」
「はーはー、わたしはおとなしくしていましたよ。うるさいのは今のお兄さんの方です。ププっ」
「そういうことを言ってるんじゃない!なんなんだよアレは!?」
俺が更に大声を出すと、とたん雪は笑うのをやめ、目を伏せる。
「だって、とぎ汁は栄養豊富だし、ホラーは吊橋効果が期待できるかと・・・」
もちろん、そんなことは微塵も思っていないだろう。だが、演技だとわかっていても「ごめんなさい」
と俺の服の袖をつかみ、しおらしく俯く雪を見てると、怒りが急速になえていく。
が、そこで限界が来たのだろう。再び「あははは!」と笑い出した。
再び頭にきて、寝室から出て行こうとする俺に雪が「お兄さん」と声をかける。
「飲み物を作るついでに、お米を炊いておきました。おかずは冷蔵庫にありますので、フラれた
腹いせにヤケ食いでもどうぞ」
「うるさい!!」
寝室のドアを閉めるとき、「他の女の人なんかを連れてくるから悪いんですよ」と雪が呟いた気がしたが、
きっと気のせいだろう。
ヤケ食いをしながら、雪の作った料理がヤケに旨いのが悔しかった。
最終更新:2011年03月04日 10:22