「…で、どうなんだ森口」
「何が?」
カレーが美味い。
「里美さんだよ」
「…どうともないってば」
…俺もたまにはチャーシュー麺食ってみるかな。
「そうか?五人で居る時は里美さんばっか見てる気がするが」
「仕方ないでしょ?悟を除けば僕には里美さんしか見えないんだから…って」
「『僕には里美さんしか見えない』!里美さんに言ってみるかコレ」
「…言うと思った。あのねえ、遭ってからまだ一週間も経ってないんだよ?
 そんなことになる訳ないじゃない」
…ご馳走様。
「お前が俺に霧原さんについて聞いてきた時も二日しか経ってなかったんだが」
「悟達は特別だよ。なんたって幽霊とそれが見える人なんだから」
「…それとこの話に何の関係があるんだっての。
 大体俺からしたら霧原さんは普通の人間となんら変わり無いんだよ」
「『俺からしたら霧原さんは普通の人間となんら変わり無い』!カッコイイねー悟。
 霧原さんに聞かせてあげたいよ」
「オウム返しは焦ってる証拠だぞ」
早く食え森口。
「返されて困るのは悟だよね」
「…ホント嫌な奴だなお前」
「親切心だって」
「はいはい。…先に教室戻っとくぞ」
「拗ねちゃった?もうちょっとだから待ってよー」
ここが人気の無い所なら殴ってるんだがな。残念だ。…前にもあったな、こんな事。

放課後、いつもの校門前に到着。
「あれ、霧原さん居ないな」
「みたいだね。学校休んだのかな?」
「…幽霊って体調崩すのか?」
「いや、知らないけど…一志が来たら聞いてみたら?」
「あいつは生きてても体調崩しそうに無いんだが」
「まあそうだね」

「お待たせしましたー。ってあれ、霧原さんは?」
「それが来てないんですよ。どっか寄り道でもしてるのか学校休んだのか…」
「熱でも出したのか!?心配だな!」
「一志。幽霊って熱出したりするの?」
「知らん!元々俺は健康第一だからな!」
それは只の目標だろ。
「兄さんの場合、体調崩しても気付かないだけなんですけどね。
 帰りに急に倒れたと思ったら凄い熱出してたりとか…」
「…馬鹿の極みだな」
「返す言葉もないです…」
「お前が答えるなよ里美!」

「で、どうするの?」
「暫らく待ってみるか。もし学校に居るとしたら
 置いてけぼりにして文句言われるのはどう考えても俺だ」
「だろうね」
「でしょうね」
「だな!」
揃うな三人。腹が立つ。

「…お前ら帰っていいぞ」
「あ、そう?じゃあ邪魔者はこの辺で」
「頑張ってくださいね深道さん」
「グッドラックだ悟!」
「…やっぱ待って」
何なんだどいつもこいつも。
「臆病者」
「深道さんの弱虫」
「失望したぞ悟!」
「お前らな…」
いい加減周りの目を気にして手を抑えるのも限界だ。
「冗談だよ。だからホラ手を引っ込めて。…で、どのくらい待つつもり?」
「10分位でいいだろ。連絡手段があればこんな事しなくてもいいんだがな…」
「前に二分足らずで飽き始めてた悟が10分!」
「…何が言いたい」
つーかあの時お前まだ居たのか。
「さあ?」
とりあえず、軽く突きを見舞ってやった。



「来ないな霧原さん」
という訳で出発。
「やっぱり具合悪くしたんでしょうか…」
「よし!悟、お見舞いに行け!」
「まだそうだと決った訳じゃないだろ。大体霧原さんの家知らんぞ俺は」
つーかなんで『行くぞ』じゃなくて『行け』なんだよ。
「何!?そうなのか!?」
「そうだ。知ってたとしても家の人に何て言うんだよ。
 『瑠奈さんの友達です』なんて言えんぞ。多分霧原さんのこと見えてないしな」
「多分って?」
「前に『家族が自分の部屋をそのままにしてくれてる』って言ってたからな。
 見えてるとしたらこんな言い方にはならんだろ」
「…なんか、ちょっと気の毒だね。家に帰っても誰も気が付いてくれないって…
 一志達はどうなの?」
「うちはお母さんが森口さんと同じです。見えないけど、声は聞こえるっていう」
「他の人は?」
「あー…私たち、三人家族なんです。お母さんと、兄さんと、私。お父さん居なくて…」
森口の顔が少し曇る。
「…ごめんね」
「いえいえ、大丈夫です。全然」

沈黙。
なんとも重い空気が出来上がってしまった。
森口の表情は曇ったままだし、
一志はなんとも難しそうな顔してるし、
『大丈夫です。全然』って言ってた里美さんは全然大丈夫そうじゃない。
なんとかしたほうがいいような気がするがどうしたもんか…

「あー、そういえば前、映画の帰りに霧原さんと話してたんだが」
とりあえず、切り出してみる。
三人が一斉にこっちを向いた。
「お前等、ホントに仲いいよな」
長谷川兄妹の方を見て言う。
「え?ま、まあ兄妹ですから。仲が良くて普通じゃないですか?」
「そうだな!普通だな!」
「いや、ただ仲がいいだけなら何とも思わないんだが…
 毎日一緒に帰る兄妹なんて滅多に居るもんじゃないと思うぞ。兄はこんなだし」
「こんなとは何だこんなとは!」
「すまんが霧原さんも同意してたぞ。
 自分が里美さんの立場だったら一緒には居られない、だそうだ」
先に言ったのは俺だがな。
「くぅっ…!ひどいぜ瑠奈さん…!」
空を見上げる兄。泣かしてしまったかもしれない。
「ああっ、でもでも」
すかさず妹。いいコンビだよ。

「兄さん、普段はこんなですけどいいところもあるんですよ」
フォローになってるような、なってないような。
「里美まで…!」とか聞こえた気がするが無視。
「そうなんですか?振り回されてるようにしか見えませんが」
「もし…もしですよ?霧原さんや深道さんが私と全く同じ立場だったら、
 絶対に兄さんの事嫌いになんかなれないです」
「えらい自信ありげですね」
「今の私があるのは兄さんのおかげですから」
笑顔で返された。なんとも大げさな。
「わーっ!もういい!もういい里美!ほら行くぞ!じゃあな悟!昇!」
「え?わっちょっ、兄さん?あ、さ、さようなら森口さん、深道さん」

…俺等二人の返事を聞く間も無く二人はそそくさと行ってしまった。
里美さんは連れていかれた、という感じだが。
「何か慌ててたね。一志」
やっと口を開いたな森口。
「恥ずかしかったんじゃないか?なにやら大層な言い回しだったし」
「あれ、どういう意味かな。兄さんのおかげって」
「あんな濃いのが傍に居たら人格形成にも影響あるだろうから、
 その辺の事じゃないか?」
「それは無いと思うけど…」
「俺もだ」

「あ、そういえば霧原さん…」
あ。忘れてた。

まあいいか。どうしようもないし。



「…たまにはいいもんだなチャーシュー麺も。美味いじゃないか」
「カツカレーも中々美味しいよ。辛いけど」
「それで辛いのか?俺はもっと辛い方がいい位だが」
「…行くとこ行ったら『2辛』とか言っちゃう?」
「『3辛』とか言っちゃう」
「うわあ…水何杯飲んだらいいんだろ」
「水飲むから余計辛く感じるんだよ。食い始めたら給水は無しだ」
「何で食事でそんなに頑張らなきゃならないのさ」
「美味いからだ」
「味感じてる余裕あるの?」
「辛さだって立派な味だ。…ああ、家でカレーが出たら
 食う前にちょっとだけ醤油入れてみろ。美味くなるから」
「カレーに…醤油…?」
気味の悪いもの見るような目で見るな。この話したら皆こうだ。
「騙されたと思ってやってみろ。ホントにちょっとでいいぞ?小さじ一杯くらい。
 醤油味のカレーになっちまうからな」
「…わ、解った。今度試してみるよ」
絶対やらないなこいつ。もったいない。

「あんたら、人のこと無視していつまで喋ってんの?」
「うわっ、きり…えっと、いつから居たんですか?」
「うんうん、人ごみの中で名前はあんまり出さないほうがいいわよね。
 流石森口くん。どっかのバカじゃこうはいかないわね」
どっかも何もあんたがバカ呼ばわりする人間を俺は一人しか知りません。
質問に答えるよりどっかの誰かをバカ呼ばわりする方が優先順位高いですか?

「…俺等が食いもん買って来て席に付いた時から」
どっかの誰かが代わりに答える。…詮索のし過ぎは命に関わりません。
「ずっと居たんじゃない。何で教えてくれないのさ」
「いや、そのうち何か喋ると思ってたんだけど黙りっぱなしでな」
「あんたがどーでもいい話を長々と続けるから入り込めなかったのよ」
「どーでもいいとは聞き捨てなりませんね。カレーは俺にとって」
「はいはい解りました」
『カレーは俺にとって』から俺の何を解ってくれたかは定かではない。
「じゃ、場所変えますか。…急げ森口」
ちなみに俺の食事は「辛さだって立派な味だ」の時点で終了している。
「…水汲んできていい?」
「給水は無しだと教えた筈だが」
「舌が痺れてきたよ…」
「知るか。急げ」
「おひ!」
多分、正しくは「鬼!」なのだろうな。
食堂のカレーでどうすりゃそこまで舌がやられるんだ?

さて、お馴染みの「人気の無い場所」屋上入口前に到着。
森口はまだ小声で「あー」とか「うー」とかうめいている。
「えーっと、昨日はごめんね。何の連絡もなしに休んじゃって」
「仕方ないですよ。連絡手段なんか無いですからね」
「まあそうなんだけどね」

「ひりはらひゃん、はららはらいりょうふなんへふは?」
霧原さん、身体は大丈夫なんですか?訳・俺。
「え?えっと…ああ、あたしはなんともないんだけど…母さんがちょっと熱出してね。
 昼間家には母さんしか居ないから、一応傍についてたのよ。
 まああたしに出来る事なんて母さんが寝てる間にタオル替える位なんだけどね」
ってことはやっぱり見えてないんだな。
「以外ですね。霧原さんがそんな親孝行者だったなんて」
「…あんた、あたしがどんな人間に見えてるわけ?」
「髪が凄く長い女性」
「…はえ?ひひんはふへなひの?」
あれ?美人は付けないの?…ちょっとまてテメエこら。
「そういう意味じゃなくて。しかも、ひひんはふへなひ…?何?ひひんって馬?」
どうやら解ってないようだ。あーよかった。
「そうそう、馬です馬」
…あれ?よかったのかこれ?
その時の霧原さんの顔は…「おひ」そのものだった。

放課後。
「あ、霧原さん。大丈夫だったんですか?」
「おお!これでようやく五人揃ったな!」
揃わなかったの昨日だけだろうが。

頬にもみじマークを付けた俺はその日、マーキングした張本人以外からの
何とも言い難い視線を受けつつ帰る羽目になった。笑うなお前等。
最終更新:2011年03月04日 11:01