今日も仕事が終わった、終わった~。ふあ~あ。
かばんを右手に持ち、外に出てみると
額にフッと何やら冷たいものがあたる。
空を見上げて
「雪…かあ…」
もう師走。時がたつのも早いなあ。
いつからだっけ?時間が経つのを早く感じるようになったのは。

「この分だとつもりそうだな…帰ったら雪かきしなきゃ…」
北海道に住んでいる僕にとっては冬はちょっとやっかいな季節だ。
家の雪かきは僕の仕事。雪かきは早朝にやるのが、僕の近所のローカルルール。
父も母ももう年だ。そして朝に弱い。
いちおう(?)女性である姉にも、やはりさせるわけにはいかない。
必ず僕に回ってくる。まあ、仕方が無い。良い運動になるし。


家に着いた。とりあえず、「ふう」と一息。
車庫に車をしまい、自宅の庭先を眺めると
「うへぇ…やっぱしなあ…」
予想した通りの光景。庭中雪が大量に積もっている。あたり一面銀世界。
でも僕はこの庭の景色がひそかに好きでもあった。
―北海道ゆえに広い家に、広い庭。
庭には、桜・松・梅の木が揃って植えられている。
僕が他人に自慢できる事の一つだ。
もっとも、寒い冬になれば、どれも区別が付かないただの木になっちゃうのだけれど。
…そうそう、庭の景観の話だっけ。
桜の木に雪が積もると、なんとも美しい樹氷ができあがる。
携帯のカメラで毎年一枚は必ず写真をとる。それは僕の楽しみでもあった。
「今年も一枚撮ろうかな…」
ピントを揃えて…パシャリ!
「ん…?」
画面に一つ奇妙な”モノ”が映っている。
それは小さな光の粒のようで…なにやら不思議な光を放っている。
「何だろう…」
そう思いながら前の空間を目を凝らして見つめてみる、と…

「頑張っても見えない人には見えないから。」
僕「?」
目を凝らしてみるが、一向にその姿は見えない。
が声はしっかりと聞こえてくる。
僕、「失礼ですが…どちら様ですか…?」
「でもあなたは見える人よ。私には分かるもの。私は雪の精霊よ。」
彼女(?)は質問に答えてくれない。基本的に僕は判然としない事は嫌いなタチだ。
超自然的な事とか、オカルト的な事に対しては興味はあるが否定的な考えを持っている。
そんな僕が精霊なんか信じられるわけが無い。
「え…精霊って、本当に…いるんですか…?」
「あたりまえでしょ。現にこうしてあなたと会話してるじゃない。」
「もしかしたら、あなたは精霊とか高位な存在じゃなくて、どっかの低級霊かな…、とか思ったりして…」
「…!失礼ね!それなら姿を見せるわよ!それで信じてよね!」
―…ピカッ!と小さいけど強い光の粒が僕の目の前に現れた。
よくゲームのRPGなんかで精霊が召喚された時に光が
周囲一体にあふれたりするけどまさにそんな感じだ。
…激しく目が眩む…けれど、それは何だか暖かい光でもあった。

だんだん光が弱まっていく…と同じに、そこに人型のシルエットが浮かびあがってきた。
…若い女性だ。髪の毛は割と長くてストレートで、前髪はピンでとめて二分している。
端整な顔立ち・そして胸が半分くらいあらわになった、だらだらとしたニットの服を着ている。
下のほうは…ロングスカートでもはいているのだろうか?いかにも冬らしい。
背は短めで、優しそうな微笑みをたたえている。とても愛嬌のある微笑みだ。

僕は一目見て、彼女に惚れてしまった。

―精霊と呼ぶには、ちょっとキュート過ぎるのでは…?
内心そう思いながらも、僕は声をかけてみる。
僕「どうして高位な存在であろう、あなたが…僕なんかと?」
精霊「べっ、別に!何でもないわよ!」
僕の心中―「いきなりツンデレかあ…こりゃストライクゾーンぶっちぎりだなあww」
さらに続けてみる。
僕「雪を降らせているのは、あなたでしょうか?」
精霊「…そうよ。そもそも私のおかげで冬という季節は存在するんだからね!」

僕「それは違いますねww雪を降らせているのはあくまでも雲の仕業です。
  雲の主成分である氷の粒がだんだん巨大化していって、その重さが臨界点を超えると……
  …そもそも、日本に冬が来る理由はシベリア寒気団の影響で…
―高校の頃、地理と地学を専攻していた僕は、知っている範囲で彼女をやり込めてみた。
 そもそもこれは中学校の理科の知識なのだけど。
精霊「もう、分かったわよ、雪が降る理由もあなたが科学的な見識を持っている事も。」
僕「ご理解いただけたようで、有り難く存じます<(_ _)> 」
精霊「どうせ…私の事も…信じられないって言うんでしょ……(泣きそうな声)」
指遊びしながら、そんな声でそんな事を言われると…
さすがの僕も遊びしたい気持ちよりも救ってあげたい気持ちのほうが大きくなってくる。
僕「そんな事ないよ!現にこうしてここに存在してるんだから!そうだよね…?」
半泣きだった彼女はちらっとこっちを見て微笑み、うなずいてみせた。
―かわいい。
ますます惚れてしまいそうだ。

僕「名前はなんて言うの?」
精霊「え…名前…?」
精霊「あなたの好きな通りに呼んでいいわよ。どうせ私に名前なんか与えられてない…」
僕「じゃあ決めた!ユキちゃん!」
ユキ「…!そんなかわいい名前…私になんか似合うわけないでしょ!」
僕「えーそうかな?すんごくお似合いだと思うけれどなー? 」
ユキ「(とても恥ずかしそうに)そ、そうね?それなら、それでもいいわ!」
僕「さてと、冷えてきたからそろそろ家に入ろうかな。ユキちゃんも一緒に来る?」
ユキ「…!ちょっとあなた軽々しく女の子を誘わないでよね!」
僕「そっかーごめん、じゃあまたね。」
ユキ「い、いやだとは言ってないでしょ!」
僕「んじゃOKって事だね。ささっ、寒いから早く入ろう。」
ユキ「待って!」

僕「ん?どうしたの。」
ユキ「あなたの家の人には私は見えないから、私の事は内緒にしてね?」
僕「え?そうなんだ。いいけど、なんで?」
ユキ「あなたが頭のおかしな人だと思われちゃうでしょ?」
そういえばそうだ。僕は今、人間でない”人”と会話をしていたのであった。
いけない、忘れる所だった。
僕「ユキちゃんって優しいね。」
ユキ「いいえ。私は残酷で、醜くて…」
僕「ん?何だって?」
ユキ「いえ、こっちの話よ」
僕「そう?まーいっか。さ、入ろう。」

―はっきりと僕の耳には届いてはいたが、その場は流すことにした。
気にはなったが…いずれ詳しく知らされる時が来るのだろうか…


家族揃って夕食を済ませる。
まあ、文字通り普通の家族の団欒。TV見ながら談笑したり。
事が済んで、自室に移る。
部屋ではユキが待っていた。
僕「おまたせー」
ユキ「べ、別にさびしくなんかなかったわよ!」
僕の心中―「分かりやすいツンデレだなあ…僕の性格にはぴったりなお相手だ。判然としてるw」
僕「精霊ってどんな感じ?霊とは別物なの?」
ユキ「え…?それはどうかしら…霊とは別だと思うけれど、似ている存在かもしれないわね…」
僕「それじゃあ、どこに住んでいるの?」
ユキ「…天上界よ。ちなみにここは人間界。」
僕「ユキはどうして人間界に降りてきたの?」
ユキ「それは…」
しばし、沈黙。
―さっきの気になったユキの戯言と関係あり、だね…この雰囲気。

ユキ「私…追放されてしまったの」
僕「どうして?」
ユキ「上司の命令に…そむいたから…」
僕「上司だって?まるで人間みたいじゃんww」
ユキ「高位精霊の事よ!こっちの世界でも人間関係みたいなものってあるんだから」
僕「どんな命令にそむいたの?」
ユキ「雪を降らせろっていう命令に…」
僕「えー?だからさっきも言った通り、雪は雲が降らせてr…」
それまで穏やかな表情をしていたユキが一変して険しい顔つきになる。
と、同時に窓ごしに見える雪の降り方が激しくなった。
僕「!」
僕「今のってユキの力…?」
ユキはゆっくり頷いてみせた。
僕「ごめん、さっき笑ったりして」
ユキ「それは別にいいの。」
、、、沈黙。なんだか気まずい。ここは話題を変えねば…!
僕「ユキには家族とかいるの?」
ユキ「いないわ。」
―…うーむ余計に気まずい。こういう時はどうすれば…(汗
もう、ほっとけ!流れにまかせちゃえ!とか思ってたその時、

ユキ「私は人間を殺してしまったの。」
僕「…と、言うと…?」
ユキ「ご高齢の男女二人…夫婦がね、登山をしていたのだけれど
   その日はその山は天気が良かったのだけどね、私の上司にあたる
   高位精霊が…その山に雪を降らせろって命令を私に下したの。
   精霊はさっきも話したけど霊と似たようなものなの。それでどこに誰が
   いるか、とか把握できるのね。それで、私は一度歯向かってはみたの。
   そしたら「お前の代わりなんて、いくらでもいる。私に歯向かうなら地獄へお逝きなさい!」
   …それだけは嫌だったから、私は仕方なく雪を降らせたわ。あんの条、その老夫婦は雪崩に巻き込まれて・・・」
僕「高位精霊の命令なら仕方ないよ!地獄には落ちたくないもんね。でもなんで高位精霊はそんな事をしたの?
ユキ「それはさっきあなたが言ってた、寒気団の影響よ。精霊には自然をある程度操れるの。
   でもどうにも出来ない事だってあるわ。たとえば、強力な寒気団が日本にやってくる冬なんかは
   精霊の力では抑えきれないの。そもそも寒気団の移動を司っているのも精霊なのだけど…
   しかたなく雪を降らせているのよ。そうしないと、自然の摂理に反してしまうから。
僕「疑問なんだけど、それじゃあ、精霊の仕事って何さ?全部自然の摂理に任せればいいだろ?」
ユキ「そうもいかないの。宇宙の誕生から現在・過去・未来に至るまで、精霊は天気だけじゃなくて
   自然現象すべてのバランス管理を任されているの。」
僕「誰に?」

ユキ「あなたたちが神様と呼んでいる存在よ。」
僕「神様って本当にいるのかあ。にわかには信じがたい。」
ユキ「そうよね…実際に自分の目で見てみないと、信じられないでしょうね…」
僕「で、その高位精霊の命令に従ったのに…追放されたと?」
ユキ「結果的に、従った…それじゃあ気が収まらなかったみたいなの…」
僕「ずいぶんノ ヽ``~ 力な上司だね。その気持ち分かるよ。」
―ちょっと驚いたような顔をして、やがて、少し笑いつつ、こくりと頷く。
僕「それで人間界に追放された、と」
―もう一度、頷く。
僕「精霊にも寿命ってあるの?」
ユキ「…えーっと、千年くらいかな」
僕「ユキは今何歳くらい?」
ユキ「…女性に年齢を尋ねるなんて、マナーのない人ね。まあ、いいわ。まだ19歳。若いのよ。」
僕「じゃあ、僕が死んでもユキは行き続けるんだね。」
ユキ「悲しい事を言わないで!」
僕「事実を言ったまでだよ。」
ユキ「あなた、いじわるね。性格悪いわよ。直したほうがいいわね。」
僕「君もそのどぎつい物言い、直したほうがいいね。」
―何だか僕もユキもツンツンしている。
ツンデレとは、ツンの後に必ずデレが来ないといけない。
これじゃ、ツンデレじゃない。…ちょっとデレが欲しいなあ…

僕「ねえ、ユキには彼氏とかいるの?」
ユキ「い、いきなり何よ!」
僕「んー?ちょっと気になったからさ」
ユキ「い、いるわけないでしょ!?私は精霊よ?恐ろしいのよ?」
そう言うとユキは少し念じはじめた。
すると、またたくまに外の吹雪が激しくなっていく様子が窓ごしに見える。
風で窓がカタカタ揺れはじめた。
僕「僕が…ユキの彼女になるよ…!」
ユキ「…!ちょw何よいきなり!w」
僕「何故に笑うwシリアスなシーンでしょがw」
ユキ「待って、そういう意味じゃなくて…」
僕「どういう意味だい?」
ユキ「…あなた自分がいま何を言っているのか分かってる?いいわよ。それでもいいならあなたの彼女になってあげる。」
僕「何だか投げやりだなー」
ユキ「…でも…本当にいいの…?知らないわよ…?」
僕「ん?何か問題ある?」
ユキ「なんでもないわ。」

僕「さーて、そろそろお風呂にでも入ろーかなー。一緒に入る?なんちゃってw」
ユキ「スケベ。最低。ありえない。」
僕「うっはー、クール・ビューティーかっこいいーww」
ユキ「何なのよ!そのノリは!w」
僕「うん。笑ってたほうがずっといいよ。ユキは。」
ユキ「…!…そうね…そうかもしれないわね…」

ユキの元気が出た(?)ところで、僕はお風呂に。
お風呂からあがると、さっきと同じようにユキが一人でたたずんでいた。
僕「暇だった?」
ユキ「べ、別に暇じゃないもんね!」
―相変わらず分かりやすい。この単純さ、僕は好きだ。
僕「これからどうするの?」
ユキ「え?」
僕「いや、天上界を追放されて人間界で生きていかないといけないわけでしょ?」
ユキ「…ん、と…」
僕「僕の家に住んでもいいんだよ?」
ユキ「…!そ、そんなわけにもいかないでしょ!」
僕「なんでー?僕のほうはまったく問題ないんだけど。」
ユキ「そうじゃなくて、精霊が人間と同居するって事は…」
僕「…って事は…?」
ユキ「…なんでもないわ。気にしないで。ありがたく住まわせてもらうわね。」
僕「…」
ユキ「な、何よ!まさか今更ダメとか言わないでしょうね!?」
僕「いいよ。ぜんぜんOK!」

こうして僕とユキの同棲(?)生活が始まった。


翌日、
ユキの声に起こされて、ふとんから目覚まし時計に目をやる。
僕「まだ5時だろー?寝かせてくれよー」
ユキ「雪が積もってるでしょ!雪かきしなきゃいけないんじゃなかったの?」
僕「そうだった…うーめんどいなー、ユキ、代わりにやってくれないか?」
ユキ「男の仕事でしょーが!シャキっとなさい!たく、もう…」
ユキは何やら念じ始めた。と同時に僕の背筋に稲妻が走る…!
僕「ユキ…!い、今、何したー!?」
ユキ「さ、仕事、仕事!頑張ってね!」
僕「何故かおかげで目は冴えたけれど…しゃーない、やるか」

雪かきを済ませ、ママさんダンプを物置きの中にしまい
家に戻り時計を見る。
僕「6時半、、か」
家の中があわただしくなる時間だ。
朝食をとりつつ、新聞にざっと目を通す。
テレビのニュースで今の世の中、起こっている出来事をだいだい把握する。
7時半。出勤の時間だ。
僕「ユキー!行って来くるからー!」
ユキ「ちょ、そんな大声出したら家族に不思議がられちゃうでしょ!w」
僕「そうだった…w」


さて、いつも通りに出勤し
いつも通りにランチをとり
いつも通りに残業し
いつも通りに帰路につく。

明かりのついてない僕の部屋…
だけど誰かのいる気配
扉を開けると…

ユキがいた。

扉を開けるとユキは暗い顔つきで部屋の真ん中に立っていた。
ユキ「…」
僕「なんだよ、どした?寂しかったか?」
ユキ「…そ、そんなわけないでしょ!」
僕「何か嫌な事でもあったか?」
ユキ「…う…ん…」
僕「…立ち話もなんだし、座ろっか。」

僕「何があったの?」
ユキ「…エネルギーの保存則が…ぶつぶつ…」
僕「え?聞こえないよ。何だって?」
ユキ「精霊が人間と同居しているとエネルギーの保存則が乱れるの。
精霊は人間界においては高エネルギーの結晶体になるの。
小さな範囲・・・私の身体程度の狭い範囲に高エネルギーが集中して存在するって事は
とにかく危険な事なの。
僕「…じゃあ、どうなれば安全に人間界に留まれるわけ?」
ユキ「…この高エネルギー体~私の身体を細かく分散させるしか…ないわ。」
僕「それって…つまり…?」
ユキ「つまり、私の身体はバラバラになららきゃいけないわけ。」
―僕は戸惑う。いきなりそんな事実を突きつけられても

僕「一緒にずっと…いられないの?」
ユキ「……そうよ…」
僕「…じゃあ…じゃあなんで僕の彼女になってくれたんだよ!あの時に教えてくれてれば…こんな想いをしなくてすんだのに…」
恥ずかしいが目に涙があふれてくる。
ユキ「…あなたが…優しい人だったから…」
ユキ「…!」
ユキ「そ、そんなわけないわよ!あなたって最低ね!」
ユキ「流れよ、な が れ !わかるでしょう?そうさせたのはあなたの方よ!私に責任転嫁させないでよね!」
僕「そんな言い方は無いだろう!そんな君の運命なんかあの時知らなかったんだし。」
ユキ「知らなければ済むとでも思っているの?あなたまだまだ子供ね!もう少し大人になったら?」
僕「前にも言ったけど、君は物言い方がキツい女だな…!こんな形で君と言い争いなんかしたくなかったんだけどな…!」
ユキ「…ごめんなさい…」
部屋の窓が勝手に開く。ユキはそう謝ると、身体を光の粒子に変えていく。
僕「…!」
そしてそれは、みるみるうちに集まって球状になり、終いには最初に携帯でとった写真のような光の粒の
小さな塊になった…!
僕「…ちょっと待って!どこ行くの!?」
ユキ「…さよ…うなら…」
ユキ「…楽しかったわ…ありがとう…」
僕「 ユ キ ー !!」


ユキはまるで流れ星のごとく美しい軌道を描き窓の外へ飛んでいってしまった。
窓から身体を乗り出して、夜空を見上げる。
暗い闇から粉雪が降りてくる。
キラキラしてる…透き通るような美しさだ…
……これは…ただの粉雪じゃない…!
これは…これは…ダイヤモンドダストだ…!
初めて見た……綺麗だな…。
ダイヤモンドのごとくキラキラした雪の結晶はユキだった…。

―「楽しかった、なーんて冗談よwま、まあまあだったかしら?。」
そんな声が聞こえたような、聞こえなかったような…
最終更新:2011年03月04日 11:32