俺は今日、人生で初めて女の子を泣かせてしまった。
といっても、女の子の"霊"なんだけど。


きっかけは、いつもの口喧嘩だった。


「あのさ、俺が女子と喋ってる時に筆箱とか投げたりすんのやめてくんない?」

あいつは焼きもち焼きというか我侭というか、
俺がちょっとでも女子と仲良さそうにしてると、いつもちょっかいを出してくる。
俺以外の人間にはあいつの姿は見えないから、ポルターガイストか何かだと思われるわけ。
まぁ、ポルターガイストなんだけど。

「お前は皆に見られないから良いけど、その分俺が変な奴だと思われるの」

そう、いつも俺の身の回りで起こる怪現象のおかげで、友達からは
霊媒師だとかイタコだとかザッパだとか、とにかく散々なあだ名で呼ばれるんだ。

「何?あたしが悪いの?」

あいつは、俺がこういうことを言うと、必ず例の強気な声で凄んでくる。

「そう。ていうかお前悪霊だし」
「うっさい。あんただっていっつも青白い顔してヘラヘラしてるじゃん」

俺はもともと色白で痩せてて、いつもヘラヘラしてるタイプの人間だ。
あいつに取り憑かれるまでは「ラリポン」なんてあだ名で麻薬中毒者キャラだったりした。
懐かしいなぁラリポン。


「話脱線してね?俺はお前にちょっかい出すのをやめて欲しいの」

俺は少し懐古に浸ってから、話を元に戻した。

「なんで?」

あいつは白々しく眉間に皺を寄せる。

「俺だって一介の男子高校生だし、女子とだって楽しくお喋りしたいんだよ。
 お前こそなんで女子の時だけちょっかい出してくんだよ」
「なんでって、あたしは・・・」
「今じゃ女子の方見てるだけでもひっぱたいてくるじゃん。男子といる時は黙ってるくせに」
「あたしは・・・あんたが女の子に変な気起こさない様にって・・・」

苦しい言い訳をするあいつ。いつもなら俺が言い負けるのに、なんだか珍しい構図だ。

「何、お前もしかして嫉妬してる?俺のこと好きなの?」
「うっさいうっさい!あんたなんか大ッ嫌い!」

あいつは顔を真っ赤にして怒鳴りだす。
俺の方もだんだんイラついてきた。

「は?逆ギレかよ。自分で勝手に憑いたくせに、気に入らないことがあったら勝手にキレてさ。
 俺だって好きでお前と一緒にいるわけじゃねーから」
「あたしだって、仕方なくあんたに憑いただけだし!マジうざい!死んじゃえ!」

あいつはとうとうヒステリーを起こし、辺りのペン立てやら財布やらを俺に投げつけ始めた。

「痛ってぇな!だったらさっさと俺から出てけよ!いつまでも俺に纏わりつきやがって!
 ただの幽霊のくせに、彼女面すんじゃねーよ!」
「・・・!」

あいつは物を投げる手を止めて、その場にへたり込んだ。
そして両目を片手で隠しながら、めそめそと泣き出した。
しまった、と思った。

俺は今日、人生で初めて女の子を泣かせてしまった。



いつまで、こうしていただろうか。

「なぁ」

俺がいくら呼びかけても、ヒック、ヒックと断続的な嗚咽の音だけが聞こえるだけだった。

「なぁ」

正直、あいつのこんな姿を見るのは初めてだ。
いつもツンツンしてばっかのあいつが、こんな風になるなんて、想像も出来なかった。
何かとてつもないことをしてしまった様な気がする。

「なぁ」

一応、ハンカチとティッシュは持ってきたものの、一向にこの嗚咽が止む気配は無い。
だんだんと罪悪感と焦燥感が増してきて、俺を責めている感じがした。
俺の方から謝るのもどうかと思ったが、あんな泣き顔を見せられては仕方ない。

「ごめん。言い過ぎた」

まだ反応は無い。

「俺が悪かったよ。もう泣くなって」
「うっさい・・・」

やっと、あいつが口を開いた。俺はちょっと安心した。

「ちょっと頭カーッとしちゃってさ。ホント、ごめん」
「やめてよ・・・ひっく・・・そんな謝られたらさ・・・ひっく・・・こっちがヤな感じだよ・・・ひっく」
「そっか。ごめん」
「だからもう・・・ひっく・・・謝んないでよ・・・ひっく・・・」

あいつの声は、この静かな部屋じゃなきゃ聞こえないくらい小さくて、弱かった。
なんだか、胸の奥がじわじわと暖かくなってきた。

「俺、お前と一緒にいたくないなんて言ったけどさ、取り消すよ」
「あ、あたしだって・・・ひっく・・・あんたのこと・・・ひっく・・・嫌いなんて・・・ひっく・・・」
「俺から出てけっていうのも、取り消す」

俺は、なんだか人生で一番やさしい気持ちになっている気がした。

「あたしも・・・あんたのこと・・・ひっく・・・嫌いじゃない・・・ひっく・・・」
「じゃあ、好きってこと?」
「嫌いじゃないけど・・・ひっく・・・好きでも、ないもん・・・ひっく」
「ふふっ」
「な、何よ・・・人の顔見て・・・笑わないでよ・・・」

ようやく、いつものあいつに戻ったみたいだ。

俺はその時、ふとあることを思い出した。

「ちょっと待ってて」
「え・・・?」

そうか。そういうことか。
今日、あいつの様子が変だった理由が、今頃分かった。

「確かカバンの中に・・・あった!」

そう、今日はあいつが俺に憑いた日。"誕生日"だった。
3年前、あいつが俺に取り憑いた時に勝手に決めたものだったが、
なんだかんだ言って、過去2年は祝っていたのだった。

「欲しいっつってたよな。ほら」
「これって・・・」

街に遊びに行った時、露店に置いてあったペアのネックレス。
あいつがいない時に買っておいたものだ。

「でも・・・あたし・・・」
「ん?」

あいつは口をもごもごさせて、何か言いづらそうにしている。

「あたしも・・・これ」
「!」

そう、あいつも同じネックレスを買っていたのだ。

「お前!どうやって買ったんだよ!盗んだ!?」
「違うよ!ちゃんとお金持って行って、買ったもん!」

買ったって・・・まさか。
俺はすぐに財布を確認した。

「マジかよ・・・今月やばいじゃん・・・」
「だ、だって!あたしだって・・・あんたに貰ってばっかだったから・・・」
「これじゃ俺が買ったのと変わんないだろ」
「でも、貰ってばっかじゃあたしのプライドが許さないというか、その・・・」
「もう良いよ」
「え?」

俺はペアの片方をあいつに渡すと、あいつのペアの片方を取った。

「これでオッケー」
「・・・あんたって・・・」

あいつは、頬を赤らめながら俯いた。
一呼吸置いてから顔を上げると、いつになく元気な声で言った。

「あんたって、ほんっとお人好し!」
「はあぁ!?」

~了~
最終更新:2011年03月04日 20:08