俺は耳なし芳一。
盲目にして琵琶界のスーパースターだ。
俺の演奏は泣く子も黙る恐ろしげな妖怪すら魅了する。
そのせいでちょっくら両耳を無くしてしまったが、そのおかげで天才はやはり
常人とは違うことをする、と評価はうなぎのぼりだ。
さて本題に入ろうか。
うん、実は「また」なんだ。琵琶を手にしている限り、妖怪どもに取り憑かれる
ことはもう予期していた。
だが、もう対処法は判っているし、何も恐れることはない。前回のようなミスも
したりしない。
俺は和尚に、全身にお経を書いてくれるよう頼んだ。
ついでに言っとくと、前の和尚は俺の耳の責任を取って辞めてしまった。
なので事情を知らない今の和尚には何やらおかしな顔をされた。
……うるせーな天才のやることに口出しすんなよ凡人が。ああそーだよ全身
だよ全身に書くんだよ!だから脱いでんだろ?ちょ、バカ、なんでソコだけ
繰り返し書いてんだよ!? それもうお経じゃねーだろ!見えねーけど
判るって!マジメにやれ…何はぁはぁいってんだよ、って!ちょ、マジバカ、
ばっ…やめろおおおおおおおおっっ!!!
……………
…………
………
―――準備は整った。うん、たぶん。
くそ、あの変態坊主め、ちゃんとお経書けたんだろうな?
少し、いやかなり不安だが夜を待つ。
暇潰しに即興の曲を弾いていると、いつの間にか時間を忘れて没頭して
しまっていた。素っ裸なので身体が冷え切っている。
丑の刻を過ぎたあたりだろうか。
ひた……ひた……と廊下を歩む足音。
そして―――部屋の前で、音は止んだ。
「……芳一、居るかえ?今宵も妾を愉しませておくれ」
とろけるような甘美で妖艶な声が響き、頭がくらくらした。
ここで負けたら朝まで一人カラオケに付き合うことになる。俺は下腹に力を
込め、なんとか意識を繋ぎ止めた。
くっくっく、どうだ俺の姿が見えないだろう妖怪め。もうテメーには付き合って
やらねー!あきらめて帰りやがれ!
「芳一や?返事はどうした?ほ―――きゃあああああっ!?」
ナゼか目の前で叫び声。
まさか見つかったか、と身体を硬くする。そんなハズねーよな和尚?ちゃんと
お経書いたよな?
視線を感じ、じんわりと汗がにじんだ。
「………………」
「………………」
「……ぅゎ…すっご…」
(何がっ?)
「…ふぅん…へぇ……はー…」
(だから何が!?)
「…うぅん…琵琶、邪魔だなぁ…」
「もしかして見えてます?」
「え、ぃいやぅっ!?う、ううん、全っ然っっ!!」
「そうスか」
「ど、どこにいるのかなぁ、全然判んないやー」
「………………」
「きょ、今日は芳一いないみたいだからまた明日来ようかなっ!」
「うん、じゃあまた」
「ま、またね!また明日ねっ!?」
「……うん……」
こうして俺は妖怪の撃退に成功した。
こんなサワヤカな朝を迎えるのは久しぶりだった。
そして心に決めた。
とりあえず和尚をブチのめそう、と。
最終更新:2011年03月04日 20:50