この峠を去ってから、もう何年になるだろう。
あの事故以来、俺はロード・レーサーをやめた。
噂を耳にするまでは。
漆黒の闇、少ない街灯もあの日の事故以来増設された
のだが・・・
まだまだ暗い。うねる山道は落ち葉も多く、正直怖い。
カワサキGPZ1000。こいつに火をいれたのも、あの日以来。
だが、こいつじゃなきゃ駄目だった。
サーキットと違い、路面は悪い。最初は恐る恐る・・・だんだんと
加速していった。
そして、そいつは来た。
背後から一瞬でアウトからの抜き去り。あの頃のままのテク。
ただ・・・俺はあの頃のままじゃない。
マシンが進むままに走らせ、ハングもマシンに任せているかのように
自然だ。美しいライディング。
流れるテールレッド。また走れるとは思ってなかった。
恐怖や悔しさより、懐かしさや郷愁が胸を打つ。
だが、あの頃。止まったままのアンタと、場所は変えたが走り続けた俺。
フラッグの手前のわずかなストレート。
俺はかわすと先に見えない、暗黙のチェッカーを受けた。
首なしライダーが現れる峠。そのライダーは凄腕で、何人もが
挑み敗れた。いつしか、誰もがまことしやかに囁きだした。
あいつに勝てば、成仏させられる。
みんな恐怖よりその走りに敬意を持ち、勝利するより成仏させたいと
思い出していたようだった。
そのライダーのツナギ、マシンが誰か知っていたから。
「・・・俺の勝ちだ、姉ちゃん」
「・・・何時何分何秒よ」
満面の菱空の下、俺たちはしばし無言で対峙した。
「あいっかわらず負けず嫌いだよなっ」
「バイクの性能のせいだもんっ腕じゃ勝ってたもん」
「はいはい。仰せの通り」
「・・・大きくなったね、いっくん」
「5年だぜ?あれから」
「そっかあ。そんなにたったかあ」
姉がこの峠で事故って亡くなってから、もう5年。ずいぶん待たせちまった。
「遅くなってごめんな」
「本当よっあんたはいつだってグズでさっ・・・まあ、楽しかった」
いつかした約束。やっと果たせた。姉ちゃん、俺が自分に勝つの楽しみにしてたっけ
最終更新:2011年03月04日 21:00