最近、不安のようなものを感じるようになった。
不安、としか言いようがない。現実には何も起こっていないけど、何か。
それはいつも突然だ。
不意に、何を考えたわけでもないのに総毛立つ。
視線、だろうか?
そんなものを知覚する器官は人にはないはずだが、何故だか見られているような気がしてならない。
こわばった首を動かして辺りを見渡しても、誰も見ていない。
その感覚は、時と場所を選ばずやってくる。
授業中、部活中、帰り道で、家の中で、昼夜問わず。

僕はおかしいのだろうか。
何がおかしいのだろうか。


「――君、大丈夫?」
僕が小テストのカンニング用のメモを作っていると、いきなり声をかけられた。
顔を上げるとクラスメイトの後藤さんがいた。
下の名前は覚えてない。これまでまったく話したことがなかったし、正直、クラスでは空気のような
存在だったから。美人なんだけど表情に乏しくて、取っ付きにくい雰囲気があった。
何の用だろう?
僕は多分、阿呆のような顔をしていたと思う。わけも分からず、うん、と頷いていた。
後藤さんは無表情で僕を見ている。
「……そう。それだけすごいの憑いてるのに。変…だね」
「すごいのついてる?」
「あ、べつに。平気ならいいんだけど」
そう言うと後藤さんは席に戻り、いつものように本を読み始めた。
僕は彼女を目で追いながら、たったそれだけの会話を反芻し続けた。言葉の意味を自分なりに理解す
るまで、相当の時間を要した。
(……後藤さんって、オカルト方面の人だったんだ)
そういう感じがしないでもなかった。謎というか神秘的というか。
うさんくさいけど、このタイミングで言われたことが気になって仕方なかった。
あの視線が幽霊によるものだとしたら、説明がつく。
霊がどうの、とかいう話を抜きにしたって、何故突然話しかけてきたのか。
僕は悩みを誰にも打ち明けていないのに。彼女には分かっているとしか思えなかった。

授業も小テストも上の空だった。
(――すごいの憑いてるのに、か)
もちろん悪い意味だろう。
何が起こるんだろう。
不安が背筋を這い上がり、思わず背後をうかがってしまう。
当然、見えるはずもなかった。


放課後、後藤さんの話を聞いてみることにした。
誰と会話を交わすでもなく帰り支度を済ませた彼女を引き止めた時、少しだけ熱っぽい光がその目に
浮かび上がった気がして、まずい領域に踏み込んだかなとちょっと後悔した。
「良くないものだと思う。早めに対処したほうがいい…よ」
「後藤さんにはどんなのが見えてるの?」
「私は見えるわけじゃないけど。女の人の霊」
後藤さんはそう言って、鞄から大量の写真を取り出した。
「これは……」
僕は絶句した。
全部、僕の写真だ。
寝室で、風呂場で、更衣室で、トイレで、様々な場所で撮られた、僕の記憶にはない写真。
そして、どの写真にも、同じ女性が僕と重なるように写りこんでいた。
「ね?邪魔だよねこの女。せっかくの大事な部分が全然……」
「う、うん。怖いね。怖すぎるね」

僕は逃げた。
どこの誰かは知らないけど、幽霊さんありがとう。
最終更新:2011年03月05日 10:12