ある日、男は不思議な猫を拾った。
尻尾が二つあるメスの猫だった。
子供たちにいじめられていて、それを助けたんだが、随分弱っていた。
男は猫好きで、少し変な猫でもほうっとけなかった。
丁寧に看病してやって猫は元気になった。
最初のうちは全然、懐かなかった。
あれやこれや、食事を準備してやるが、目の前に出すと手を引っかく。
部屋にしょんべんをたれる。まぁ、あらん限りのイタズラをする。
そのくせ、見てないところでは、食事を綺麗に平らげ、しょんべんもきちんとする。
男が見ているところ以外ではとても素行のいい猫だった。
さて、この男だが、猫を飼いながら一抹の不安があった。
男は持病で失明が運命付けられていたからだ。
最近ではよく目がかすむ。
猫に食事を出しながらいつも口をつくのは
「お前の面倒、あまり長くみてられんなぁ」
だった。
その言葉を聞くと猫は手をさっくりと爪でさし、
「別に面倒なんていらないわ」
と言いたげに、ついっと首を横にむけるのだ。
そのしぐさがとても好きで、男はいつまでも面倒を見たいと思っていた。
ついに、男に限界の兆しが見えた。
左目が白濁し、完全にモノが見えなくなってしまった。
かろうじて見える右目も霞む頻度が多くなってきた。
男は猫に言った。
「もう、目が見えなくなる。お前の面倒も見れないだろうから、自由にどこにでもいけ」
男は窓を開け放し猫を外に出した。だが、猫が離れる様子はない。
仕方なしに、窓を開け放し、いつでも出て行けるようにした。
幾日か過ぎ、完全に目が見えなくなってしまった。
まぁ、目が見えなくなるのは予想がついてたから、ある程度の訓練はしてあり、買い貯めた食事くらいはなんとかできた。
猫にも、なんとか、缶詰をあげることができた。
さて、
その日の晩からだ。猫が変な行動をしだしたのは。
男が寝ると猫がまぶたをなめる。最初に気づいたのはくすぐったかったからだ。
男が気づいて、払おうとすると、爪でおでこをさっくり。
しょうがないから、ほうっておいた。猫と遊べるのはそう長い期間じゃないから。
猫も自分がもうだめだということをさとるだろう。そう思っていた。
一週間がすぎたろうか。
猫の気配がない。呼びかけるが反応がない。
(ああ、でていったのだな)さびしくそう思った。
冷蔵庫をあけ、コンビニのおむすびを取り出そうとしたときだ。
頭にひやりとした感触がして飛び上がった。
あまりの驚きに目を開け、見渡すと、こんにゃくが冷蔵庫から飛び出るように仕掛けられていた。
(あれ? おれ、目がみえるぞ)
男の目はしっかりと見えていた。白濁していた目も瞳孔に光を取り戻し、前よりもしっかり見えている。
そこで男は散歩に出ることにした。
ふと
空き地を通ったときだ。子供たち数人がやんやと騒いでいる。
やれ、気持ち悪い、やれ、かわいそう。
男が近づくと子供たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。
そこには、二股の尻尾の猫がいた。
ただし、目が白濁し、体中が傷だらけだった。
男が猫を抱こうとすると、手をさくっと爪でさす。
男は「ありがとうな」といいながら、暴れる猫を家に連れ帰った。
その日の晩のことだ。夢に女が出てきた。
―
別にあんたのせいで目が見えなくなったわけじゃないから。
他人のまぶたなんかいたずらになめるんじゃなかったわ
まったく、自業自得ね
―
その姿がいじらしく、可愛かった。男は猫が天寿を全うするまで末永く面倒をみたという。
最終更新:2011年03月05日 10:17