その日、なんとも最悪なことに僕は学校に教材を忘れた。
さらに最悪なことは、その教材は鬼ババ先生のだした宿題に使うもので、明日提出日だった。

だから、僕は観念して、学校に取りに戻ったのだ。


「あった、あった」
僕は自分の教材を手にし、喜びの声を上げた。…と、急に、ぐるぐるぐるぐるぅ~と腹に激痛が走った。
夕暮れの放課後。うちの小学校は部活がない。だーれもいない校舎。1人でトイレに入るのはすごく寂しい。
「あ、ぐぅ…でもこれ、我慢できんなぁ」
腹をくくって、トイレに走った。

うちの校舎には変なところがある。古臭い学校なのに、たった一つだけ洋式のトイレがあるのだ。
和式は苦手なので、僕はこれを良く使う。だけど、不思議な事に僕以外はあまり使わないんだよなぁ。
というわけで、僕の専用トイレなのだ。

「紙、紙…あ、あったあった」うんこして、紙が無いなどという愚作は決してしない。
「僕ってクールw」そんなあほな独り言をしてトイレに入り込んだ。と同時にズボンとパンツを同時に引きおろす。
「いっつ、そー、くぅーる♪」レーシングゲームでコーナーリングをうまく決めたときに流れるフレーズを口にする。
ところが、不思議なものだ。便座に座ると便意が消える。便意が消えるとトイレという場はこれまた、不思議なもので本当に冷静になれるものだ。
そうするとトイレの壁やドアに目がいく。と壁の隅の走り書きが気になった。
『注意! ここは出るよ』
たったそれだけの短い文章だったがすごく気になった。
「出るってうんこか? …快便専用機? 3倍出たりして。あ、でも赤くないか」と赤い便器を想像して、すこし怖くなった。
急になんとなく寒気がしたから僕は「便意もさったし、そろそろ帰るか」と便器から立ち上がった。

…ぴちゃん…

はっとした。いきなり、水の音がしたからだ。
 ・・・さっきまではどこからも水の音なんてなかったのに。

冷や汗がふきだした。トイレットペーパーを引き出して気をとりなおそうとして…

…え、な、ない!!さっき確認したトイレットペーパーがない!

ぱしゃん!
と大きな音がした。

それは間違いなく、僕の座っていた便座からだった。
怖くて一度も後ろを振り向いていない。


僕はがくがくと震えながら、ズボンとパンツをひきあげようとして

ばしゃん!!

さっきより大きな音。ゆぅっくりとうしろを、ふ り か え る と…

便器の中ににたりと笑う女の顔がみえた。

「うぎゃーーーーーーー」もりもりもりもりもりもりもりもりもり!!!
「いやぁああああぁあああああ、ぐもぶもぅ」

ふたつの絶叫がトイレにこだました。


 ・・・
唐突な最上級の恐怖に僕のお尻のせんはふっとんだらしい。
それはまったく爽快な排便だった。
僕は薄れ行く意識のなかで排便の快感と、この世への別れを同時に感じた。



「しくしくしく」
遠くで誰かの啜り泣きがきこえる。

(あぁ、情けない死に方をした僕を親戚のだれかが嘆いているんだな)とおもった。

うっすらと目を開く。
場所はさっきのトイレだった。僕はなんとも情けない格好でお尻もふかず気絶していたらしい。
で、覚醒するとその声の主にあたりがついた。

僕はズボンとパンツを汚さないように慎重に動きながら、便器を振り返った。
そこには女の子が便器にちょこんとすわってないていた。

…うんこまみれだ。

「あ、あのぉ、トイレットペーパーある?」僕は女の子にいった。女の子はすすり泣きながらすっと紙を差し出した。
僕は気まずい雰囲気のなか、お尻を拭いてズボンをはいた(尻を拭いた紙は床に捨てた)。
ドアを開き、女の子の手を引いて洗面所に連れて行く。かわいそうに、その間女の子はずっと嗚咽をもらしている。
僕は水を出して丁寧に顔と髪を洗ってあげた。
それから、びっしょりにぬれている女の子をおいて、いったん教室に戻り、体育の時間に使ったタオルを持ってきた。
「ぐすっ、ぐすっ」
「これ、使って」タオルを渡す。女の子はタオルを手にトイレに駆け込んだ。そして…静寂が訪れた。

トイレの個室には誰の姿も無く僕のお尻を拭いた紙と便器のうんこだけがさっきの惨状を物語っていた。

僕はなんともやるせない気持ちで家に帰った。

次の日の宿題はもちろん出来たわけもなく。鬼ババ先生にこっぴどい説教を食らった。
で、「バケツに水を汲んで廊下にたってろ!!」といわれた。
トイレに水を汲みに行くと僕のタオルが洗面台にかけてあった。
鏡に水跡で「次こそは、ほんとうにおどかすんだから」と書かれていた。

僕は廊下にたちながら、(今度はうんこをし終わってあのトイレに行こう)とか思ったのであった。
最終更新:2011年03月05日 21:42