「なぁ、お前は、遺留品について聞いたことないか?」
「へ?何をっすか?てか、ここで吸っちゃダメっすよ」
俺は、くわえかけたタバコを一旦止めたがすぐにくわえて火を点けた。
「ふぅ。まぁ、かたいこと言うなよ」
困った奴だという顔を向けられながら、俺は話を続ける。
「いやな、知り合いに聞いたんだがな。検死科もそうだが、鑑識でも出るって話を聞いてな。お前、見たことあるか?」
「ちょ!いきなり何の話しかと思ったら、オカルトっすか!勘弁してくださいよ。僕、その手の話し苦手なんっすよ」
俺が話をふったとたんに、こいつは泣きそうな顔をした。ちょっと、意地悪だったかな。
「いや、すまない。忘れてくれ。悪かった」
俺が一言謝ると今度は、少し意地悪な顔にかわる。
面白いなこいつ。
「本当っすよ。橘さん、何でいきなりそんな話するんっすか?暇なんっすか?さっき現場片付けてきたばっかなのに」
「だから困ってるんだよ。報告書も書かないといけないしな。いっそ、幽霊が出てきてくれて事件のあらましから何から、全部話してくれれば早く片付くと思ったんだがな」
「世の中、そこまで甘くないっすよ。ってか、橘さんって、見える人だったんっすか?うわぁ」
「見えないから、不思議人のお前に聞いたんだよ。まあいいや、邪魔したな」
俺は、なぜか怠くなってきた左肩を揉みながらその場を後にした。
まさか、この怠さが始まりだとは夢にも思わなかった。



「っち、またかよ。今日に限って、何で調子悪いかね」
俺は、イライラしながらキーボードを叩き続ける。いつもは調子がいいはずなのだが、今日に限って何故かフリーズしたり文字化けのような誤変換が連続した。
「あれ?まだやってたんっすか?二時間もあれば終わるって、いつも豪語してたじゃないっすか」
「ああ、いつもならな。どういうわけか、パソコンの調子が悪いんだよっと、ようやく終了」
報告書を印刷させて一息付く。なんか変な感じだな。
「お疲れさまっす。肩、揉みましょうか?」
「いいよ。お前も、早く休憩に入れって・・・何だよこれ?」
俺は立ち上がり、プリンターを止めようとするが、パソコンは言うことを聞かない。
「どうしたん・・・うわぁぁぁぁあ!何っすかこれ!うわ!うわ!うわ!」
「うるせえ!この!・・・止まったか。洒落になってねえぞこれ」
電源ケーブルを引き抜くことで、プリンターの暴走が止まった。
俺が、印刷した書類以外にも紙が吐き出されそれの全てに尽く「怨」、「死」、「呪」の羅列が印刷されていた。
「た、橘さん、いったい何やってるんっすか。これ、洒落になってなさ過ぎっすよ」
「俺が、知るかよ。普通にプリントアウトさせただけだ。こんなもの冗談でもやるかよ。ああ、ダメだ。疲れたかな」
とりあえず、印刷し終わっていた報告をまとめてから余分に印刷された数十枚の気味の悪い紙をシュレッダーにかけた。

『・・・クスクスクス』

「?」
何か笑い声のようなものが聞こえた気がしたが、恐らくシュレッダーの音だろう。時計を見れば、すでに四時を超えていた。
交替時刻まで後少しだが、少し休むとするか。



「橘さん、起きてください。橘さん」
「あ゛あ゛?ふぁぁあ゛、もうそんな時間か?」
のびながら時計に目をやると、まだ四時半を過ぎたぐらいだった。
「こんな時間にって、まさか事件か!?」
「いや、そのぉ~。仮眠室に居たんっすけど、何か寝付けないうえに橘さん呻いてたんでつい」
自分の目元を揉みながら俺は、静かにこいつの言い分を聞く。
ああ、もうすぐ五時か。
「五木よぉ。要は、怖くなって寝れなくなっただけだろ?」
「いや、たしかにあのプリントみてビビリましたけど、そうじゃないんっすよ!本当に橘さん呻いてたんですからって、どこいくんっすか」
俺は、ため息一つとともに立ち上がりコーヒーを二人分入れる。
交替まで後、二時間ってところか。何も起こらないといいんだがな。


「おい、橘。だいぶ疲れてるみたいだな。気を付けて帰れよ?」
「え?そうですかね?まぁ、仮眠中に五木に叩き起こされましたからね。それでしょう」
俺は、冗談を交えながら署を出ようとする。
「ちょ!橘さん!これ何したんっすか!」
帰り支度を終えた五木が、俺の名前を叫びながら近づいてくるがすれ違う奴らは皆、苦笑いを浮かべていた。
「ああ?・・・ぶはははは!ああ、横で俺を叩き起こしたくせに仰け反りながら爆睡していた奴がいたからな。ついつい、おでこにイナバウワーって書いちまったよ」
「ぬぁ!そのせいで、引継ぎの間、皆必死な顔してたんっすよ!大体、何で僕にそういうことするんっすか!」
俺は、五木の背中を押して行き洗面所で顔を洗わせる。
水性ペンで書いていたので、落書きはすぐに落ちた。
「いやはや、目が覚めた。とっとと帰って一眠りするか」
「うう、橘さん酷いっすよ。僕、明日からイナバウワー五木っすよ。――てか、大丈夫なんっすか?昨日から、左肩ずっと気にしてるみたいっすけど」
「ん~、何となく重いんだよなぁ。まぁ、疲れてるだけだろ。駅までなら乗せていくが?」
俺は、肩を回しながら車に乗った。
五木は、買い物があるからと車に乗ることはなかった。



【交通状況のお知らせです。首都高は――】
いつものように、眠気避けにラジオを点けながら運転していた。相変わらずの渋滞と時々
話される事故状況に、交通科の大変さを感じる。
そんな感じにのほほんと運転をしていたが、帰り道にある一つ目のトンネルを過ぎてから、何か妙な違和感を覚え始めた。
「?」
少しスピードを緩めようとブレーキに足を置いた瞬間だった。

【ガガガガガガガガガガ】
いきなりラジオからノイズが響き渡った。
俺は、いきなりのノイズと洒落にならない音量に思わずブレーキを踏む。
だが、何故かブレーキは全く反応しなかった。
「な!?くそ!」
何度試しても、ブレーキは空を踏むように抵抗なく動くだけで、スピードは落ちるどころか加速し始めた。
「っこの!舐めんなこらぁ!!」
俺は、何とか操りながら前方に見えた工事現場の土砂へ思い切り乗り上げた。
それでも車はまだ進もうとし、1メートルほど進んだ後、タイヤがスリップを始めようやく停止した。
「くそ、何なんだいったい。車検出したばっかだぞ」

【あははははは!おっし~!】

「な、何だ?」
いきなりラジオから流れだした少女の声に俺は、呆気にとられた。
『もう少しで、こっちに来れたのにね』
今度は、後ろから聞こえた声にバックミラーを見ると乗せた覚えのない少女が、こちらを見ながらニヤニヤしていた。
 ・・・すまん。もう限界だ。
「お前、何しやがったこら?ああ!?人様の車に乗り込んだ挙げ句、悪戯しやがったかこら!表出ろや!」
「あ、あんた大丈夫か?」
シートベルトを外し掴み掛かろうとしたところで、レフリーならぬ工事現場の職員に声をかけられた。
「・・・いや、すみません。何か、車の調子悪かったみたいで、申し訳ない」
俺は、自分の手元を見たがそこには、姪にあげようと積んでいたゲーセンのぬいぐるみの熊だった。
「そ、そうか。お~い!作業に入る前にクレーン一台こっちに来てくれ!車降ろすぞ!ま、命があって何よりだ」
「すいません。ありがとうございます」



車を土砂から降ろしてもらい現場の職員にもう一度頭を下げ、再び帰路に着く。
幸い、車はさっきのような怪しい動きはしなかった。だが、肩の重みや覚え始めた違和感は相変わらずだった。
しかし、土砂に乗り上げたときに見た少女。どこかで見た気がするが思い出せない。
【ずいぶんな言い草だったね。人が、せっかく幽霊の声を聞こえるようにしてあげようとしたのに】
まただ、またラジオから少女の声が車内に流れ始めた。
俺は、すぐにハザードランプを点灯させ、車を端に寄せた。
『へぇ、停めちゃうんだ。つまんないの。ま、もうやらないけどね』
バックミラーを見るとまたあの少女が、ぬいぐるみを抱えながら座っていた。
「・・・お前は、あれか?幽霊ってやつか?それとも、俺の幻か?」
俺の質問に対し少女は、きょとんとした顔をしたが次の瞬間には大笑いし始めた。
『ぷはははは!何それ?私が幻?あははははは!笑わせないでよ。っと、いきなり発進させるかなぁ。乱暴って言われるでしょ』
「まぁ、職業柄な。だが、少なくとも本当の子供たちには、それなりに好かれてるよ。お前、死んでからどれぐらいだ?なぜ、俺に憑いてきた?」
俺は、この少女の喋り方等から見かけどおりに判断するのは止めた。
『ふん、怒鳴った後は質問攻め?デリカシーないんだね。もてないでしょ?』
「悪戯に命削られたら、誰だって怒るに決まってるだろうが。で?いつ死んだ?なぜ、憑いてくる?」
とりあえず、俺に対する質問は無視することにする。
五木がいたら、便乗して興味津々に聞いてきそうだがな。
『ふん、女に年齢を匂わせるようなこと聞くもんじゃないよ。ま、なぜ憑いてきたかぐらいは教えてあげてもいいけどね』
何だか、偉そうだろこいつ。っち、さすがに車に塩は積んでなかったか。
『何、ごそごそ探してるの?あ、ロザリオとか?無駄、無駄。お守りも塩も、私には関係ナッシング♪』
「っち」
もう疲れたから、考えるのよそう。
ってか、俺にも霊感ってあったんだ。



『へぇ、ここが橘邸ってやつ?ほほぉ・・・普通だね』
「うるせえよ。とっとと、帰れ」
『いや、無理だから。憑いちゃったし~♪』
俺が、喋るのを止めた後も少女のラジオトークは終わることはかった。
だが、眠気避けにはなったが、このマシンガントークが部屋でも続くと思うと頭が痛くなる。
『お邪魔しま~す♪へぇ、結構綺麗にしてるんだ。っと・・・失礼させていただきます。しばらくお世話になります。茜と言います。よろしくお願いします』
「・・・何やってんだ?」
少女は、誰もいない和室に向かってなぜか挨拶をしていた。
『先住者に挨拶は、基本でしょうが。荒事職業だからって、礼儀まで忘れた?』
誰かいるんだ。じいちゃんかな?・・・いや、考えるの止めよう。
とにかく、風呂だ。風呂入って、スッキリして寝よう。
「・・・何、見てるんだよ?」
『ほほぉ、ああ、お構いなく。へぇ、なかなか引き締まった肉体で』
 ・・・ちょっと、嘆きたくなってきたな。


「じゃあ、俺は寝るから。静かにしろよ」
『へぇ~い。ってか、暇になっちゃうんだけど。もしも~し・・・寝た?寝ちゃった?よし』
こいつ、何かやる気だ。
俺は、閉じた目蓋の向こうに何かがよぎった瞬間、目を開けた。
「おい・・・何やってんだよ」
目の前には、茜の顔があった。茜は、俺に馬乗りになって顔を近付けていた。
『勘違いするなよ?お腹が空いたから、あんたの生気を吸い取ろうとしただけでキスしようとしてるわけじゃないから』
 ・・・わけわからねぇ。
こいつ、一体何がやりたいんだ?
「・・・別に、暇ならテレビ見ててかまわないから」
『ふん、そうする。命拾いしたね。ふふふ』
茜は、そう言うとおとなしく一階に降りていった。
「・・・ようやく寝れる」
俺が、眠りに落ちるのがマッハだったのは言うまでもない。



「っふぁ~~!っくあ゛あ゛あ゛・・・う゛~。う?」
起きれば、既に昼の一時だった。よく寝たと思い起き上がろうとしたが、体が重くて起き上がりにくい。
何だと思い布団をめくってみれば、そこには猫のごとく茜が丸くなって寝ていた。
「・・・マジかよ」
ってか、幽霊って重みあるのか?
『ふぁ~、ぬくぬく布団は気持ちいい~♪』
 ・・・おまけに寝呆けていやがるし。
仕方がないので、降ろそうかと思ったが触れるのか?幽霊って?
物は試しで、頭に触ってみると何と触ることができた。
『にゅ~』
頭を撫でてみると、気持ち良さそうな声を出した。
俺は、そっと抱き上げ静かに俺の上からベッドへ降ろし一階のキッチンへ向かった。


『う~、おはよう?』
「いや、こんにちわだろ。むしろ、まもなくこんばんわだな」
俺が起きた後、茜が起きてきたのは日が沈む寸前だった。
『何、勘違いしてるの?別に、橘に言ったわけじゃないんだけど?』
「左様で。ったく、人の家に上がり込んだ挙げ句、人を布団代わりにしやがって」
『ほほほのほ~♪私の布団になれたことを光栄に思いなさい?』
こいつマジで追い出してやろうか?っく、ダメだ。こんな成仏もできないような半端者に、怒ってどうする。
俺は、何とか気をそらそうとキッチンを見る。するとそこには、神棚とともに厄除けということで貰ってきた不動明王のお札があった。そして、その札のにはたしか・・・。
「~~~」
『へ?ちょ?な、何?何?今、何唱えたの?』
お?さっきから余裕綽々だったのに、急に怯えた顔し始めたぞ?
「~~~」
『い、いや、お願い止めてよぉ~。嫌だよぉ~』
う、ちょっと調子に乗りすぎたか?耳塞いで、蹲っちまった。
「あ~、すまん。やりすぎた。・・・お~い?」
 ・・・目回して、気絶してやがった。何か、幽霊って人間とあんまり変わらないんだな。



『う~ん、ごめんなさい~』
「お~い、起きろぉ~?朝だぞ~?」
あの後、まったく起きない茜をベッドに寝かせ何だかんだとしているうちに夜を向かえ
た。結局茜は、朝までうんうんと言うだけで起きることはなかった。
しかも、現在進行形で起きないんだよな。どうしたものか。
『う~ん、う?』
「起きたか。おはよう。気絶してる間に朝が来たぞ」
俺は、茜の横から立ち上がるとキッチンへ向かう。幽霊はどうか知らないが、俺は生きているので腹は減る。
『え~っと、橘は酷い奴?じゃなくて、ごめんさい。調子に乗りすぎました。あと、タオルありがとう・・・ずっと、看病してたの?』
茜は、おでこの濡れタオルを持ち本音混じりに聞いてくる。
「ずっとってわけじゃないがな。ったく、お守りやロザリオ、平気なんじゃないのかよ」
『う、うるさいなぁ。平気だけど、あの手の音が苦手なんだよ!』
茜は、起き上がり俺に向かって濡れタオルを投げ付けてきた。
これだけ元気なら大丈夫だな。
「よし、とりあえず・・・飯って食うのか?」
『は?私がそんな――』

ぐぅぅぅ

お腹が鳴るとこなんて、初めてみたよ。
しかたがない。用意するか。
「ちょっと待ってろ。すぐに用意するから」
『な!別に頼んでないし!ってか、話し聞いてるのかこらぁ!』
「一応な。あ、俺から吸い取るんだっけか?」
『う、いや、それ以外でも大丈夫。って、ちょっと待ちなさい!』

 ・・・うるさいなぁ。だが、まぁ、静かすぎるよりましか。



朝食を用意してやると驚くほどの速さでたいらげた。
あまりの食べっぷりに思わず見とれていると、視線に気付いたのか茜がこちらを向く。
『な、何?別に頼んでもいないのに用意したのは、そっちなんだから返せとか言わないでよ?』
「・・・言わねえよ。ただ、相当腹が減ってたんだなと思ってな。顔、弁当だらけだぞ」
俺が、顔を拭ってやると茜は、真っ赤な顔をしながら食事を再開した。
「洗い物は、流しに入れておいてくれ。昼飯は、冷蔵庫にあるものかカップ麺があるから適当に食べてくれ。悪いな」
『え?出かけるの?』
俺が立ち上がると茜は、箸を止めてこちらを向いた。
そんな顔をするなよ。
「大丈夫だ。仕事だが、今日は日勤。すぐに帰る」
『ふ~ん、別に心配してないし。ごちそうさまでした』
茜が、箸を置き食器を片付け始めるのを見てその場を後にした。
この時俺は、顔を赤くしたり普通に食事をしたりするせいで、幽霊だってことをすっかり忘れていた。


 ・・・家で、おとなしく待っていて欲しかったんだがな」
『はぁ?何で取り憑いた私が、取り憑かれたあんたから離れなきゃいけないの?』

出勤後、早速事件発生で現場に急行した。
その現場は、ここの所連続している惨殺事件のものだった。
一通りの現場検証を終え、車に戻ると後ろにはなぜか茜がいた。
『・・・ねぇ、ここでも事件?』
「守秘・・・って、幽霊に義務もくそもないか。ああ、昨日と同じ殺人事件だ」
俺は、茜に零すように話した。
すでに、事件は県を跨いで多発し、さらには発生周期も徐々に短くなり始めていた。
『殺されたのって、20ぐらいの女?』
「え?そうだが、いるのか?」
茜を見ると、目は俺を見ずに外を見ていた。
 ・・・マジかよ。



『犯人は、十六歳の男で身長はだいたい170センチ前後。体もしっかりしていて、髪は首ぐらいまで。あとは、右頬にあざがあるってさ。あと、左の手の甲を思いっきり引っ掻いたらしいよ。あ、あと近所の高校生で顔見知りだって』
「な!洒落にならなさすぎだろそれ。いや、それよりもどうする。どうする。俺どうする?」
あまりの急展開に頭が、全然回らないでいるとちょうどいいところに五木が来た。
「あの・・・橘さん?何やってるんっすか?誰もいないところ見つめながら」
「ちょうどいいところに来た!五木、すぐにメモれ!」
俺は、茜から聞いた情報をメモらせ助手席に座らせた。
ここからどうなるかは、こいつにかかっている。
「五木、今の全部洩らさず書いたな?」
「はぁ、でもどこでこんなに細かく犯人の特徴聞き出したんっすか?橘さんって、プロファイリングできましたっけ?」
俺は、一度茜の方を見る。
しかたがない。上手い言い訳も思い浮かばないし話すか。
「あ~、お前をいじめるわけじゃないから真剣に聞いてくれ。実はだな。俺は、幽霊に憑かれたらしい。左肩が重くなったのも、そのせいみたいだ。で、そいつが今、被害者から聞き出してくれたんだよ」
「・・・また、僕のことからかってるんっすか?」
五木は、少し青い顔をしながら俺を睨み付けてきた。
いや、気持ちは分かるんだが、勘弁してくれ。



「信じられないのも分かるが、マジなんだ。もちろん聞き込みもちゃんとする。だからお前にも一つ鑑識として、頼んでおきたいんだ。さっきメモした特徴を洗い出せて、証拠を固められるものを見つけて欲しいんだ」
「た、橘さんが、トリップ――」
叫ぼうとした五木の口を俺は、急いで塞ぐ。
気持ちは分かるが、勘弁してくれ。
「お前の気持ちも分かる!だが、俺が捜査する上でお前をからかったり、冗談言ったことあるか!?って、すまん」
気が付くと五木が、軽く白目をむき始めていて慌てて手を話した。
「げほ!ごほ!わ、分かりましたよ!たしかに、橘さんは、仕事中は絶対ふざけないっすからね。ただ、期待しちゃだめっすよ?僕、鑑識じゃ下っぱだから仕事にそんなに口出しできないっすから」
俺は、五木からいい返事を聞くと車から降りる。
「頼んだぞ。俺も、ちゃんと聞き込んでくるからよ。っと、ちなみにだが、証拠偽造はするなよ」
「な!しないっすよ!まったく、僕にだってプライドや正義てものがあるんっすから!」
俺は、五木の声を聞き車を離れ、聞き込みに回った。

「・・・卑怯だなぁ。最後のあの笑顔。そう思わない?って、いないかな」
【・・・そうだね】
「!???む、無線?・・・・・・ひえぇ~」



その後、茜から聞いた特徴により犯人は、一週間以内というスピードであっさりと捕まえることができた。
犯人は、被害者宅から一区画程離れた高校に通う少年で、鑑識や検死からも彼が犯人と裏付ける証拠が挙がり全て茜から聞いた情報どおりの特徴だった。
なぜ犯行に及んだのかを聞いたとき「神様と同じことをすると、自分も神様になれるって知らないの?」と言う回答には、思わず拳が出そうになった。
『・・・辛そうだね』
「・・・まぁな。あんな理由で、まだ先のある人生を潰されたのかと思うとな」
一通りの書類を纏め、ようやく一息つけた頃には既に日が変わっていた。
『・・・肩、降りたほうがいい?』
「いや、大丈夫だ。ってか、いつの間に車にいたんだよ」
『何を言いますか。これでも、あなたに憑いた背後霊だよ?橘の後ろに行くなんて、ちょちょいのちょいだよ。・・・ようやく笑ったね。やっぱ、あんたはそれ位の余裕がないとね』
そうか。俺、笑ってなかったか。
俺は、目元を揉みながら椅子に寄り掛かって座る。その時、ふと壁に貼ってあるポスターが目に入った。
 ・・・そうか。どっかで見たと思ったら、ここでいつも見てたんじゃないか。
『どうかしたの?』
「茜、お前――」
「えっと、橘さん?」
振り返ると、少し青い顔をした五木が立っていた。五木は、少しおどおどしながら俺の横に来る。
「例のお告げの少女っすか?」
「・・・まぁな。あと五木、その言い方やめてやってくれ。茜って名前があるんだからさ」
俺は、怒るではなくお願いした。五木は、いつもの反撃にからかおうとしたのだろうが、俺の予想外の行動に軽く目が泳いでいた。
「おいおい、からかうならもうちょい考えてからやれよ。まあいいや、今俺の左肩に乗ってるのが茜。茜、こいつが五木だ」
「こ、こんばんわ。えっと、ひょっとしてだけどこの前の無線からの声って君かな?」
五木の質問に対し、ゆっくりと頷く茜。
無線、ファーストコンタクト時のラジオ。行けるかな?



「ちょっと待ってろ」
俺は、どこかにあったはずのラジオを探す。まぁ、すぐに見つかったんだがな。
「茜。お前、こいつを使って話せないか?」
俺の提案に茜は、少し渋い顔をしたが観念したのか『やってみる』と言ってチャレンジ開始。
【どう?聞こえる?】
「た、た、橘さん!僕が、無線で聴いたのこの声っす!」
茜のチャレンジは、一度目からあっさり成功。五木は、青い顔をしながらも興奮していた。
「ふむ、これなら俺の独り言病はなんとかなるわけだな。五木も巻き込むかたちになっちまったがよ」
まだ、ラジオ片手に五木と話してる分には、気味悪がられることもないだろう。
五木を見ると、まだ青い顔をしてはいるが興味津々なのか、ラジオに向かってあれやこれやと質問を繰り返していた。
ちょっと怖いぞ。
「茜、悪いが五木の相手しててやってくれ。俺は、少し調べ物がある」
「資料室行くんっすか?なら一緒に行きますよ。さすがに、一人だと気味悪っす。主に自分の姿が」
ようやく気が付いたか。まぁ、好きにするがいいさ。
俺は、何も言わず資料室へ向かうとその後ろを五木、茜の両名が追ってきた。
さて、どこまで行けるかな。


その後も、茜のおかげで起こる事件の殆どをスピード解決することができた。
ただ、相変わらず連続殺人は未解決だった。
そんな中、平行して個人的に調査していたある事件の終端が見えてきたが、俺はこの事実に思わず頭を抱えた。
「どうしたんっすか?悩んでるときは、飲むに限るっすよ!飲みに行きましょ!」
俺は、抱えた頭を引きずりながら五木に引っ張られるまま飲まされた。
まぁ、主に飲んでいたのは五木なんだがな。



「う~、橘しゃ~ん。なんで、僕をいじるんっすかぁ。僕は、僕はぁ~」
「はいはい、分かったから。トイレはここで、洗面所はここだからな。覚えたか?覚えたら寝ろ」
「り、了解であります~」
五木は、敬礼のようなポーズをするとそのままベッドにぶっ倒れた。
『誘う割りには、弱いんだね』
「お調子者なだけだろ?茜は、腹減ってないか?」
『ん、大丈夫。ちょくちょくつまみ食いしてたから。ホッケって以外と美味しいね』
何となく少ないと思ったらお前か。
『ねぇ、あの写真は?』
茜は、俺の肩から離れると出窓に置いてある写真に近づいた。
「ああ、俺の家族だよ。親父様におふくろに、妹と妹の旦那に姪っ子。こいつむちゃくちゃ元気だったんだぜ?」
『だった?』
しまったと思ったときには、もう遅かった。俺は、なぜかかつての傷跡を自らえぐり始めていた。
「・・・ああ、五年前な。俺が、駆け出しのお巡りさんだった頃だよ。この近辺で、やっかいな事件が多発してな。甥は、それに巻き込まれた。まだ、公園デビューして間もない頃だぜ?これから友達つくって、笑いながら駆け回ったりするときだってのによ」
俺は、肩から隣に降りてきた茜の頭をそっと撫でてやる。
こいつも、まだまだ先があつただろうに。



――俺の時計は、ここで止まったままなんだな。――

『・・・私の頭に触れるなんて、光栄に思いなさい?』
茜は、撫でられながら俺に身を寄せ大口を叩く。
だが、今はその言葉が有り難かった。下手に慰められるよりは、まだ明るくいられる。
「とんだお姫さまで――なんて格好してるんだよ」
「だぢばなざぁ~ん。ぎもぢわるい」
茜と話していると、寝苦しかったのだろう。服を脱いで、下着のみになった五木が部屋に入ってきた。
「ほれ、トイレ行け。水持ってくるから」
「はい~」
俺は、トイレに五木を連れていきキッチンへ向う。
「・・・わわわわ!橘さん!僕、何でこんな格好!?」
いまさら気が付いたのか、五木の騒ぐ声がこだまする。
『あの人って、実は超天然?』
「面白いだろ?」
茜と俺は、思わず吹き出した。
仕方がない。俺のだが、寝巻になりそうなシャツでも持っていってやるか。


「あの、橘さん?本当になにもしてないっすよね?」
「してない。だいいち、俺が何しろっていうんだよ?」
飲んだものの翌日が、休みというわけではない。
そして、現在出勤中だが五木は、朝から同じ言葉の繰り返し。正直、うんざりしてくる。
【私がいたのに、修平が何かするわけないでしょ。むしろ、あなたがさせてた方じゃない?】
「ぼ、僕!!た、橘さん!僕一体、何やらかしたんっすか!?」
昨日からだが、何で分かったのか知らないが茜は、俺を名前で呼ぶようになった。しかも、五木に対していじりまで覚え始めた始末だ。恐ろしい。
「ま、下着一丁でふらふらしながらトイレで、吐きもどしたぐらいかな」
「そ、そうなんっすか?ならよ―――ぐぁぁぁぁぁぁぁぁあ!全然ダメじゃないっすかぁ!」
助手席で、悶絶する五木を尻目に俺は、茜に真実をどう確認するか迷っていた。



『珍しいね。運転中に悩み事?』
「まぁね。お前のことについてだ」
俺は、茜をちらりと見ると茜は俺をじっと見ていた。
どうやら、俺が言わんとしていることは、何となく分かっているようだ。
『私のこと調べてたんだね。ここ数日、何だかよそよそしいと思ったんだよね。まったく、乙女のプライバシーを覗き見るとは』
茜は、後ろの席から俺の膝の上に席を移りながらぼやく。
俺も前を向きながら、時々片手をハンドルから放し茜の頭を撫でてやる。
こいつの髪は、何だか撫でてて気持ちいいんだよな。
『それで?修平は、そんなことが聞きたいんじゃないんでしょ?』
茜は、すべて分かっていたようだった。
俺も、こんなことは聞きたくなかったんだが、このままではいくら何でも茜が可愛そうすぎる。
「なあ、お前をこんなふうにしたやつは覚えてるか?」
茜は、俺の問い掛けにうつむいてしまった。やはり、聞くべきではなかったか。
『・・・そうだね。そろそろ話さなきゃダメかな。・・・犯人はね・・・』

【お前だぁぁぁあ!!】

「っつあ!」
「わわわわわわわ!?」
俺は、ラジオのフルボリュームに思わず顔を背ける。隣で、悶絶していた五木も、我に返ったようだ。
【あはははは!どうよ?びっくりした?】
「おまえ・・・悪質すぎだ」
麻痺しかけた耳を揉みながら、茜を叩こうとしたが膝の上からいつの間にか後ろの席に移動してしまっていた。
【ふふふ、前のお返しだよ。あの呪文、耳痛かったんだからね】
後ろを見ると茜が、ない胸を反らしながら勝ち誇っていた。俺は、またあの呪文を唱えようかと思ったが、何だか嬉しそうな茜を見てやめた。



「橘!現場に急行してくれ!例の奴がまた出やがった!」
その一言で、俺はすぐさま署を飛び出した。例の奴、ここ数年、巷を恐怖に陥れている連続殺人鬼。ここにきて、急速に犯行間隔が短くなってきている。
このままでは、いつ爆発してもおかしくない。
だが、なぜかこいつが相手だと途端に茜が非協力的になる。
「なぁ、茜。色々調べて、辿り着いたんだが、まさかお前とこの事件繋がってないか?」
『・・・・・・』
俺が、問い掛けるも茜はまったく答えようとしない。そこで俺は、さらに突っ込んだ質問をする。
「この件、母親が絡んでるな?」
俺の問い掛けに、茜の体が一瞬ピクリと揺れるとそのまま消えた。

 ・・・そう言うことかよ。

その後、事件は急速に終わりへ向かっていった。
事件発生後、検問を敷いたことにより茜の母親、柊菜那を捕まえることができた。
最初は、半狂乱に暴れていたものの次第におとなしくなり、自供を始めた頃には耳を塞ぎたくなるような話が始まっていた。
自らの子供をその手に掛け、さらにはその子供のためと錯覚し多くの人の命に手を掛けた。
俺は、呪咀を聞いているようで、聞くに堪えれずその場を他に任せた。



『・・・酷いもんでしょ?』
「何がだ?」
俺は、茜を肩に座らせたまま報告書を書いていた。
時計を見れば、もうあと少しで日付が変わるところだった。
『お母さん。ああ言うのって、二重人格っていうの?娘を殺されたヒロインと、娘を殺した殺人鬼。まったく性格も行動も違うせいで、犯人と断定出来ない。ごめんね。私が、ちゃんと話してればもっと早く済んだのにさ』
「謝らなくてもいいよ。あんな状態じゃ、誰だって目を背けたくなる。特に、直接的に自分に関係するならなおさらだ」
俺は、書類を書き上げプリントアウトさせると大きく伸びをする。それを合図に茜は、肩から膝の上へ移動してきた。
『笑っちゃうよね。旦那と離婚して、ノイローゼになったと思ったら新興宗教にはまってさ。挙げ句の果てには、娘を殺してその遺体を偶像崇拝して生け贄騒動。どこまで落ちれば気が済むのかな』
俺は、茜に何も言ってやれず、ただそっと撫でてやることしかできなかった。
茜は、そんな俺にもたれかかり胸に顔を埋め泣いていた。
『何でかなぁ。何で、普通に暮らせなかったのかな。もっと、生きてたかったな。生きて、修平と会いたかったよ』
俺は、やはり何も言ってやれず、ただ撫でてやることしかできなかった。



時計に目をやると、もうすぐ日の出の時刻だった。
俺の上では、相変わらず茜が顔を埋めていた。
『そろそろ・・・かな』
茜は、顔を上げ俺の上から静かに降りた。
まぁ、幽霊が音を立てて降りるわけがないか。
「行くのか?」
『どうだろ?ひょっとしたら、ずっと憑いたままかもね』
そう言い残し茜は、階段へ消えていった。それとすれ違いに、今度は五木が俺に近づいてくる。
「橘さん。今の茜ちゃんっすか?」
「ああ、可愛いだろ?」
どうやら五木も、見えるようになってしまったようだ。
「うわ、橘さんロリコンだったんすか」
五木は、いつになく俺に絡んできた。
何なんだ?
「橘さん。また、怖くて悲しい顔になってるっすよ?せめて、もう少しましな顔で送ってあげないと茜ちゃん、向こうに行けないっすよ」
「・・・そうだな。そうしてやりたいんだが、やっぱりきついな。こういう事件は」
俺は、五木からコーヒーを受け取ると一口すする。
 ・・・苦いな。
「橘さん」
「ん?――」
俺が顔を上げると、五木はいきなり俺にキスをしてきた。
何だよこれ?
「へへ、やっぱ分かってなかったか。これは、私からのお礼。しかし、五木って本当に便利ね。見れないけど憑依出来るとは思わなかったよ。では!」
そう言うと五木は、もと来た階段を駆け上がっていった。
 ・・・やられた。茜だったのかよ。
しかも、今の何人かにチラミだが見られたぞ。



「た、た、た、橘さん!まずいっす!やばいっす!」
それから数時間後、交替時間近くになり五木が文字どおり階段から転げ落ちてきた。
「朝から騒々しいな。どうした」
「橘さんの家に泊まったのばれたっす!しかも、それ以外にも色々と付属オプションが付
いて、ぼ、ぼ、僕と橘さんが・・・えっと・・・その・・・」
【じれったいなぁ。修平、よく聞きなよ?あなたと五木が、付き合っててかなりいい感じってことになってるのよねぇ。ま、五木も本当は修平のこと――】
「わわわわわ!茜ちゃん、それ以上言っちゃダメ!」
【あら?いいじゃないの。あなたとは、一応同盟関係だし。二人とも、修平のこと大好きだしね~♪】
何だこの漫才は・・・ってか俺、なんか今凄いこと言われてないか?
「た、橘さん~どうしよう~」
「どうしようって言われてもな。俺は嬉しいことだが、お前は女だし嫌なら全否定すればいいんじゃないか?」
【おお!いっちゃんやったよ!修平は、バッチリ付き合ってくれるって!】
「え?え?うそ?えっと・・・不束者ですがよろしくお願いします」
五木は、急な展開に遅れ気味だが茜の言葉は理解したらしく泣き始めた。
 ・・・何だよこの展開は。ってか、まわりの連中ニヤニヤ見てるんじゃねえ!
【いやいや、私も憑いたかいがあったってもんよ!じゃ、修平?私たちをよろしくね♪】
「・・・私たち?」
『そ、五木ちゃんと私の美女両名♪両手に花なんて、男冥利につきるね!』
肩の感覚が麻痺してて忘れていたが、こいつ俺の肩から降りる気ないな。しかも、五木まで巻き込みやがった。


ま、この騒がしさも悪くないか。

『あ、どこ行くの?事件?』
「た、橘さ~ん!待ってくださいよ~!」

――俺の止まってた時計が、また動きだした――


~~Fin~~
最終更新:2011年03月05日 22:56