「魔女か、それとも魔物の類か・・・どちらにせよまともに闘えないのなら俺は、降参するしかないな」
俺は、手にしていた剣を下に落とした。剣は、落ちる勢いに任せ床に突き刺さる。
「まったく、ここに来れば雇ってもらえると思い来てみたが、雇われるどころか門前払いで挙げ句の果てには幻惑に落ちるとはな」
諦めの果てに、足を投げ出しベッドに寝転がるが、天井から垂れ下がる女はこちらを睨むだけで何もしてこようとはしない。
「雇ってもらえないんじゃ、いつ戦火に巻き込まれるか分からないような場所に来るんじゃなかったよ」
今、この国は戦争に巻き込まれようとしていた。そこで、俺も一山当てようと思い自らの工房を閉め遠路遥々ここまでやってきたのだが、すでに城にはお抱えの職人がいるらしく顔を見せに行っただけで追い返された。
そして、来たばかりの時に借りた工房に戻るとそこには、天井からぶらさがりこちらを睨み続ける女がいたわけだ。
驚きすぐに外へ出ようとしたが、なぜか戸は閉まったままびくともしない。もちろん窓も、開けることはおろか叩き割ることすら出来なかった。
「・・・俺が、何かお前に恨まれるようなことをしたのか?それ以前に、おまえは誰なんだ?」
俺の問いに女は、まったく答える素振りもなくただ睨み続けるだけ。俺は、疲れもあってかそのまま眠りへ落ちていった。
なぜかその時、女の髪がため息を吐くほどに綺麗だと思ってしまった。
朝日に叩き起こされ目を開けると、女はいなかった。だが、部屋の戸や窓は相変わらず開かなかった。
「しかたがない。打つか」
俺は、旅のためにと持っていた乾燥食で朝食を済ませると、荷物から鉄を取り出し炉に火をくべるため工房へ向かった。
工房に入るとそこには、炉を見つめる女がいた。薄暗い工房の木漏れ日に照らされた女は、不思議なほどの静寂と美しさに包まれていた。
――カラン――
俺の手から落ちた鉄の音に気付き、女がこちらを向く。
「「・・・」」
お互い思わず目が合うが、女は直ぐに睨み付けてきた。一体、俺の何が悪いというのだ。
俺は、ため息を吐くと落とした鉄を拾い上げ炉に火をくべる用意をした。もちろん女は、ずっとこちらを睨み付けたままだったが俺は、あるものを作ってみようと集中していたので気にしなかった。
そして、俺が炉に火を入れようとした瞬間それは起こった。
「何んだ?」
火の点いた藁を持つ手を、誰かに止められた。
「・・・やめろ」
見ると女が、睨み付けながら俺の腕を掴んでいた。
あまりのことに、一瞬呆気にとられたが持っていた藁が俺の手を焦がし我に返る。
「あっつぅ。くそ。何だ。あんた触れたんだな」
「・・・やめろ」
女は、俺の問い掛けに答える様子はなくただやめろを連呼するだけだった。
「あのな、俺には今直ぐにでも作らなきゃいけないものがあるんだ。だから邪魔をするな」
俺がそう言うと女は、睨み付けるのを止め少し考える素振りを見せると姿を消した。
「何なんだよ一体」
その後、火を入れようとしたがなぜか点火することが出来ず、五度目の失敗で諦めた。
「くそ!うお!」
苛つきで、思わず手に持っていた火打ち石を窓に投げ付けると窓ガラスが割れた。どうやら、外に出れるようになったようだ。
俺は、外に出たその足であの工房を借りた地主のもとに駆け込んだ。
「どういうことだ!あの女は、一体何なんだ!?」
「ああ、またなのか」
地主は、このことを知っていて隠していたようだ。
「またって、どういうことだ?」
「どうもこうも、少し前にあそこを借していた鍛冶師がいたが、そいつが禁忌を犯した。それ以来、あそこは呪われた。それだけの話だ。それで、出ていくのか?悪いが、出ていくなら借用金は返さないからな」
「この!誰が、出ていくものか!」
俺は、地主に向かって怒鳴ると真っ直ぐ工房へ戻った。
『もう、やめようジル。こんなことをして、何になるのだ』
ここは・・・工房?あの炉の上に立たされているのは・・・女?ああ、これは夢か。
『何になる?いまさら何を言っている。おまえは、俺に全てを捧げるんだろ?それとも、それは嘘だったのか?所詮、俺は貴族のお嬢様に踊らされた平民鍛冶師か!?』
・・・本当に夢なのか?こいつは、何を言っているんだ?
『さぁ、愛しのマリア。俺の力になっておくれ』
何やってるんだ?女も、何で降りようとしないんだ?
いや、おい。おい!やめろ!おい!!
「やめろおぉぉぉぉぉお!!!」
俺は、女を助けようとしたところで、自分の叫び声に目が覚めた。
「・・・くそ、最悪だ」
昨日は、地主のもとから帰ると収まらぬ苛つきに飲めない酒を浴びるほど飲んだ。そうこうしているうちに俺は、工房で寝てしまったらしい。
思わず肌寒さに身震いすると、俺の上から何故か見覚えのない毛布が落ちた。一体誰が?
「・・・」
周りを見るが、誰もいない。いつまでも寝転がっているわけにもいかないので、立ち上がろうとした時だった。俺の横を風のようなものが通り過ぎた。
その風の行き先に目をやると、女が髪を軽くなびかせながら炉に近づくところだった。
「・・・綺麗だ」
何気なく零れてしまった一言に女は、少しだけこちらを見ると鼻で笑い再び炉を見つめた。
「私の最後を見せただろう?もうやめろ。この場所に近づくな」
成る程、あの夢はこいつが見せたものか。なら、やることは決まったな。
「・・・近づくなといったはずたが?」
女が睨み付けてくるが、構うものか。
俺は、炉に近づくと火の代わりに自分の手を入れ中のものを掻き出し始める。
「おい。狂ったか?やめろ」
ふむ、俺は狂い始めたみたいだな。まぁ、どのみちこのままここを出ていっても、旅費の無い俺は立ち往生するしかない。
ならば、殺されてもいいからやりたいことをやるまでだ。
「おい、聞いているのか狂人。私は、やめろといっているのだ。おい!」
女が、俺の腕を掴みやめさせようとするが、腕は片腕ではない。片方の腕をとめられようが、動くもう片方の腕で俺は掻き出し続ける。
「やめろと言っているだろう!」
とうとう俺は、炉から引き離された。その拍子に崩れた器具で頭を強かに打ったが、いまさらどうでもいい。
「うるさい。ここは、俺が借りた工房だ。借り主である俺が、その場所にあるものをどうしようが俺の勝手だ」
「お主も見たであろう!死者を・・・私を愚弄するのか!ここで、静かに眠らせてくれ」
喚く女の幽霊を尻目に俺は、何も言わず再び炉にとりつこうとする。
「お主・・・もうよい。止めはせぬが、少し待て。神聖なる炉を血で汚しては、良いものは出来ぬ」
女は、静かに消えていった。
俺は、取り敢えず待ってやることにする。その間に、炉から掻き出した灰の中から目的のものを選別する。
「・・・まったく、じっとしていれないのかお主は。ほれ、はやく見せてみろ。むう、お主こんな傷なのによく動けるな」
「まぁ、昔から親方に金槌で殴られてたからな。多少の傷は、どうってことはない。ありがとさん」
「ふん。何か勘違いをしておるな。私は、その神聖な炉を汚されたくないだけだ」
俺は、女の言葉を背中に受けながら再び炉から掻き出す作業を再開する。
「・・・辛いなら、見ないほうがいい」
俺は、炉に頭を突っ込みながら女に話し掛ける。
なぜだか伝わってくる女の震えと、締め付けられるような心の軋み。
「仕方がないだろう。嫌でも、お主が続けるかぎり伝わってくるのだ」
俺は、一瞬手を止めたがとにかく早く終わるように続けた。
このままじゃ、悲しすぎる。
掻き出しと選別は、丸一日をかけてようやく終わった。
「終わったよ。全部掻き出したしからもうないだろうね」
俺の言葉に女は、黙ったまま机の上に広がる自分を見つめていた。
「・・・人とは、かくも寂しき生きものなのだな」
俺は、その呟きには答えずすぐに次の準備を始める。
鉄を溶かすために炉を準備することも必要だが、その前に机の上に広がる女の体を納めるための箱を作るのが先だ。
「よし、こいつならあの冷たい炉よりましだろ?」
結局、二日かけて出来たことは、炉の掃除と女の体を納める小さな棺代わりの箱を作ることだった。
「お主、丸二日かけてやりたかったこととは、こんなことだったのか?」
女は、小箱を撫でながら嬉しいのやら呆れたのやら複雑な顔をする。
「いや、これが全てじゃないがな。ま、気に入らないなら捨てる――」
「馬鹿者!ここまで卓越したものを作っておきながら、捨てるなどとは何事じゃ!まったく、私がいつ気に入らないなどといったのだ」
女の凄い剣幕に思わず一歩、後ずさってしまった。
だが、気に入ってもらえてよかった。
「それは、悪いがまだ完成じゃないんだ。やるべきことが三つある。まずは、お互い名のってなかったな。俺は、ルドルフだ」
「私は・・・・・・マリア・マリアーンヌだ」
俺は、彼女の名前を聞くとその名前を研いたプレートに彫っていく。
「成る程、棺には名が必要だな。なぁ、その、ルドルフよ。出来ればでいいのだが、おまえの手で私をその箱へ納めてくれないか?」
俺は、彫り終わったプレートを研き取り付けながら彼女の顔を見る。
気品ある顔立ちと、時折見せるあどけなさ。そして、その全てを際立たせる漆黒ながらも、輝きのある夜空のような黒髪。
俺は、どうやらこの異常な事態の中で、彼女に惚れてしまったようだ。
俺は、何も言わないまま、箱にプレートを取り付けると、優しくマリアの体を箱に納め始めた。
「お主、優しいのだな。・・・ん、ぁ・・・ふぅ」
「自分で、自分を持つなんてシュールすぎて笑えないからな。それより、さっきからどうかしたのか?苦しいのか?」
俺が、マリアの体を納め始めてからマリアは、顔を赤らめながら苦しそうに喘いでいた。
「いや、苦しいわけではないのだ。何というか、お主が触れるとな。気持ちが伝わるというか・・・ええい、言わせるな馬鹿者が」
顔を赤くしながらそっぽを向くマリア。それを追って、流れるように揺れる黒髪。
俺は、それを眺めながらやり残した最後の一つを行うために準備を始める。
炉に火をいれ、フイゴで火力を上げる。適度に温度を上げたところで、荷物の底に眠らしていた鉄の出番だ。
ゆっくり溶かしながら頭のなかに浮かぶ造形を造るために熱した鉄を打ち始める。
「お主は、一体何を造ろうとしているのだ?見たところ短刀を造ろうとしているわけではないようだが・・・」
俺が、何度目かの熱を加えているときに女が興味を持ったのか、俺の気を削がないようにゆっくりと話し掛けてきた。
「・・・そう、焦りなさんな。出来るまで待つのも悪くないぜ」
俺は、そう答えると火から取り出し再び打ち始める。
それから炉を使い始め鉄を打ち、細かい細工を含め丸一日を費やしようやく目的の物が完成した。
完成した頃には、夜も更け朝日が工房に差し込んでいた。俺は、完成したものをマリアの眠る箱に添えると、疲れと満足感から深い眠りに堕ちた。
「・・・ん・・・うん」
何度寝返りを打ったのだろうか。気が付けば、ベッドのシーツは乱れ被っていたはずの毛布は、はだけていた。
微睡みの中、薄く目を開けると机の箱を優しく撫でるマリアが目に入った。
「まったく、愚か者だな。死者の私にこのような細工を添えるとは・・・。お前と出会えなかったのは、私にとって最大の不幸だったのかもしれないな」
マリアはそう言うと、俺が造った髪止めを愛しそうに持ち上げ自分の髪に添えてみせた。
それは、まるで夜空に浮かぶ銀の月のようにマリアの髪に輝いた。
「・・・綺麗だ」
「え?あ!」
マリアは、俺の呟きに驚き思わず髪止めを落としそうになり慌てる。俺も飛び起き、落とさないようにと手を添えた拍子にマリアの手に触れた。
薄く透けた冷たいマリアの手。だが、何か暖かさを感じた。
「すまん。脅かすつもりはなかったんだがな」
「お、起きていたならちゃんと声をかけろ。まったく、私が愚か者のようではないか」
マリアは、顔を赤らめながら髪止めを静かに元に戻した。
「・・・お主は、なぜこんなことをする?所詮、私など単なる死者でしかないのだぞ?私に何をしてくれようとも、見返りなどないというのに」
マリアは、哀しげに俺を見つめながらそっと呟く。
俺は、その瞳を見つめながら自分の中身を整理する。
今思えば、俺自身なぜあそこまで意地になってやったのか分からない。
「俺がここに来たのは、城に専属の鍛冶師として雇ってもらおうとして来たんだ。だけど、本当は親方から逃げたかったのかもな。だってよ。
ちょっとでも気に入らないと金槌で、殴ってくるような奴だぜ?けど、そんな未熟な腕で来たもんだから当然門前払い。で、打ち拉がれて戻ってきてみればマリアのお出迎え。
始めは荒れ狂ったけどさ。結局、何も出来ない俺に嫌気がさしたよ。だから、最後に何か造ってここを去ろうと思ったときにさ、炉を悲しく見つめるマリアを見て何とかしてやりたいと思った。
で、色々聞いてやるべきことが分かった。まぁ、強引だっただろうけどな。だから、最後にお前に似合う最高の髪止めを残そうと考えたんだよ。・・・見返りなんていらない。
俺は、どうしようもなくマリアに惚れた。ただ、それだけなんだ」
そうなんだ。何だかんだで俺は、マリアに惚れてたんだな。もう、笑うしかない。死者に惚れる生者なんて、滑稽以外の何者でもない。
だが、想いを打ち明けるのは気分がいいものだ。
俺は、マリアに全てを打ち明け満足し、静かにここを立ち去る準備を始めた。
「・・・お主は、本当に馬鹿だ。愚か者だ。私をまだこの地に縫い止めようというのか?こんな思いを抱えたものを無視してあの世へ行ったのでは、先代たちに申し訳がたたないではないか。
しかたがない、お前がこの地で成功するまで私が手助けしてやろう」
支度をする俺の背にマリアが、静かに寄り掛かるのが分かった。
肩にかけられた手に触れると、マリアは俺の手を握り返してきた。
「・・・こっちを向くな。・・・っぐす。・・・勘違いするではないぞ?お前に惚れたわけではなく、あくまで我が一族の先代たちのためだ」
俺が、振り返ろうとしたのをマリアは拒んだ。どうやら泣いているらしい。
俺は、握られたマリアの手をそっと握り返しながら思った。
――女神のためなら、愚者になるのも悪くない――
「なぁ、本当にこれで大丈夫か?」
「なにをいまさら。私が信用できないのか?」
髪止めを造ったあの後からだった。マリアの望みに従い棺代わりの小箱を、日当たりのよい通りに面した出窓に置きしばらくナイフや調理器具等を作っていたがある日、髪止め作成の依頼が貴族から来た。
どうやら、窓に置いた棺の髪止めを偉く気に入ったらしい。まぁ、これはあくまで建前で、本当は貴族の娘はマリアの友人だったらしく夢にマリアが出てきて俺の髪止めを紹介して回ったそうだ。
また、貴族ならではと言うか、マリアは裏事情にも詳しくそのおかげで、色々なことも見えてきた。この地は、まもなく戦乱に巻き込まれる。
「よいな?この剣を他の者が抜こうとしたら私が押さえて抜けないようにし、お主の弟子が抜こうとしたら手伝ってやる。これで、万事解決だ」
「まったく。世話の焼ける弟子だよ」
店が安定してきた頃、一人の小さな弟子が現われた。
最初は、俺の作る髪止めを教えてほしいとのことだったが、いつからか大きくなるにつれて俺の店で剣を注文していく騎手たちに憧れを抱き始めたのだった。
実際、俺の造る剣はよく売れた。彼らいわく「この剣があれば、絶対に負けない。
生きて帰ることが出来る魔法がかかっているに違いない」だそうだ。
弟子は、そんな彼らに憧れていった。俺のような鍛治師ではなく。
「少し嫉妬しちまうな。鍛冶師ではなく騎士になろうとするとは」
「そう言うでない。あの子は、私たちの子同然だろう。門出ぐらい華やかにしてやらねばな。それに、あの子にお主を取られたら私が嫉妬してしまうぞ」
俺は、思わず苦笑を浮かべた。
最初の頃は、意地なのかつっけんどんな態度でいたがいつの頃からか、先代たちのためから俺のために目標が変わったらしい。
まったくどうして、奇妙な巡りあわせだ。
「さて、では我らの子供のために花道を造りますかね」
「うむ、私とお主の自慢のな」
俺が造った最高傑作の剣。遥か北の霊峰にある泉の底から、数多の精霊と聖霊に祝福を受けた鉄を我が勝利の女神の祝福を受けた炉で鍛え上げた最強最高の祝福を受けし剣。
「我が名は、マーリン!ここにありし剣は、祝福を受けし啓示の剣エクスカリバーなり!この剣を引き抜きし者は今、戦乱に囚われしこの国を救う救国の覇者なり!」
かつて、一人の英雄がいた。彼の握りし剣は、伝説の剣エクスカリバー。
そして、その英雄を支えし魔術師マーリン。
彼の胸には、銀の月のように輝く髪止めが飾られていたという言い伝えがあるが定かではない。
~~ fin ~~
最終更新:2011年03月05日 23:18