ヤクザの渡世も今は世知辛い。しのぎもジリ貧となれば尚更だ。
インテリ系になれないうちの組は、極道といってもいい親父が病床について
からはすっかり落ち目だった。
このままじゃ、大口の組織にもみ消されちまう。渡世の義理も何もない。
ヤクで堅気を貶める。そんなしのぎがヤクザじゃない。
若頭は、組の解散を考えているようだった。このまま抗争になっても
勝ち目はない。アリが象に挑むようなもんだと。
親父が存命なうちは、まだ組は存続させるべきだ。俺はそう思ってる。
タンスの奥に仕舞った親父からの預り物。新聞紙に包まれたそれを取り出す。
俺がエンコ詰めて、組を出て・・・あいつをはじく。
それでどうなるもんじゃない。組を出たとはいえ、はじいた以上ただではすまない
かも知れない。でも、俺バカだから。親父に受けた恩を返すのに、こんな事しか
思いつかない。アリがハチになって一刺し。そうでもしなきゃ気がすまない。
親父を病床に送りやがった、あの野郎にけじめつけなきゃ気がすまない。
4畳半のボロいアパート。照らす裸電球が、揺らめいた。
「・・・相変わらず、汚い部屋に住んでるねぇ八」
「あ、姐さん・・・?」
「なんだってんだい?キツネにつままれたような顔して」
「そ・・・そりゃあ・・・い、いや。これは失礼しました。汚い場所ですが、どうぞ」
「邪魔するよ」
裸電球が照らす汚い部屋の中で、なんとか掘り出した座布団を
すすめ、姐さんに座っていただく。
こりゃあ、キツネに騙されたといわれても、俺は信じる。
「なんだいそりゃあ」
「あ、これは親父の預り物でさ」
新聞紙に包まれたコルトを、俺は咄嗟にテーブルから下ろした。
どうもバツが悪い。バカの拙い考えなんかお見通しって顔してる。
「八。それはあたしが親父に返す。寄越しな」
「で、でもそりゃあ」
「いいからお寄越しっ」
しぶしぶ、姐さんに渡す。すっと取るとそのまま脇に置いた。
姐さんはじっとこちらを見据える。どうも、肝が縮み上がる。
「八。アンタが何を考えてるかわかってるよ。でもね、若頭のいう通りにしな」
「で、でも姐さん・・・」
「わかってるっていったろう。四の五のいうんじゃないよっ」
「へ、へい・・・」
「アンタは若いくせに、妙に義理に厚くて。でもバカで。親父も気に入ってたんだよ」
「はぁ」
「・・・気の抜けた返事だね。バカは直ってないね。でね、親父が言ったのさ。あいつは
生かしてやれってさ」
「お、親父が・・・」
「そうさね。だからバカはわかってるけど、バカな真似はすんじゃないよ。堅気になんな」
「で・・でも親父は寝たきりで意識も・・・」
「アタシがここに来たって事で察し・・・れる訳はないやねぇ」
「ど、どうもすいません」
呆れたように首を振る姐さん。いろいろ世話になった人だが、ちっと凹む。
「親父はもう眠ったのさ。で、アタシにあんたがバカなりにバカしようとしてるから、
なんとかしてくれってさ」
ポカーンと見返していたんだろう。姐さんの綺麗な顔に青筋が
「あんたは堅気になれという親父の命令だっわかったか八っ」
「はっへっへいっ」
きれると怖い人だった。だったはずだが、こうして会ってもやっぱり怖い人だ。
「バカな子ほど可愛いっていってたよ親父。・・・アタシも気に入ってた」
「はい?」
「なんでもないよっバカッわかった!返事っ」
「はっはい。堅気になりますっ」
じっと睨む姐さんに、尻尾を巻いた犬みたいに正座して見上げる俺。
「よしよし。じゃあ、元気でやんな」
「あ、姐さんもお元気で」
「・・・アタシはもう死んでんだよ。知ってるだろうに」
颯爽と部屋を出て行く姐さん。親父が亡くなったという電話は直後に入った。
最終更新:2011年03月05日 23:39