とある小さな教会で、僕はピアノを演奏して暮らしている。
そのピアノは女の子の遺品で、寄付されたものらしい。
僕が一人でいる時に限り、何時も邪魔される。余計な鍵盤を勝手に叩いたり、楽譜を投げ散らかされたり。
女の子は死んだ事が未だ心残りなんだなと考えた僕は、気の済むままにさせている。
ある日見えない誰かに提案してみた。
「一緒に弾いた方が楽しいよ」
簡単な連弾用の楽譜を用意して、弾いて聞かせてみたのだが、興味も無いのか何時ものように騒いでいた。
ちょっとした事故で手を怪我して、暫くピアノが弾けなくなった。
神父さんにその旨説明して、それから一人でピアノを撫でる。
「ちょっとだけ寂しいかもだけど、すぐ帰ってくるからね」
ピアノは珍しく、静かなままだった。
漸く怪我が治ったので、久しぶりにピアノの前に座る。
暫く動かしていなかった手は、ややおぼつかない。
苦笑していると、隣に誰かの気配がした。
最初は恐る恐る、次第に滑らかに、鍵盤を弾いている見えない手。
「お手柔らかに、お願いします」
僕はにっこり笑って、彼女の邪魔にならないようにと指を懸命に動かした。
それが、前に渡した連弾用の曲だと思い出したから。
最終更新:2011年03月06日 00:01