「紫鏡・・・か、アホらしい」
結局、小学生の頃に聞かされてから成人式が終わるまで、忘れなかったな。
「ま、都市伝説なんてこんなものだよな」
「まだ、分からないぞ。久しぶりだな。死にたがりの克也」
懐かしいあだ名だ。たしか、中学の時に付いたあだ名だったな。そのあだ名を知ってるってことは、中学の時の同級生か?
・・・ダメだ。思い出せない。
「思い出せないか。克也らしいな」
「中学離れて、もう何年になると思ってるんだよ」
そう。中学時代だ。俺は、とにかく無気力で死にたかった。あの時、俺が何をしたのか思い出せないが、とにかくどん底にいたことは思い出せる。
家族が目の前で死に、頼れる親族も力もない時代。追い風のごとく、俺に対しての悪い噂と白い眼差しの数々。まさに、絶望の泥沼の最深部のような状態。それでは、死にたくもなるというものだ。だが、なぜか俺は
生きている。なぜだった?何かあったはずだ。
「しかし、死ぬことは諦めたと思っていたのだがな。まさか、最後の悪あがきのごとくあんなものを信じて覚えているとは。首を落としてあげようか?」
「・・・ああ、お前か」
思い出した。いや、はっきりとは思い出せないが、俺はこいつを知っていた。死を求めた俺から、死を最も近いところで遠ざけていった奴だ。俺は、こいつのせいで死ねなかった。
「久しぶりなんだ。変わったもの同士、孤独だろうから飲みにでも行こう」
「しかし、まさか克也が生きているとは思わなかったぞ」
成人式が終わり、誰からの誘いもなかった俺たちは、二人で飲みに行くことになった。
「ここは、あまり変わっていないな。あの時と一緒だ。しかし、事務員の人が変わっていなくてよかった」
「まさか、こんな場所で飲むとはな」
そこは、俺が最も死を望んだ時にいた場所。そして、こいつと出会った場所でもある。
「気に入らないか?まぁ、無理もないか。出身中学の屋上なんて、華のない場所で飲むんだからな」
「まぁ、そうでもないな。懐かしすぎはするけどな。・・・何だよ?寒いんだけど」
俺は、寒いので酒を開け飲み始めようとしたが、こいつに睨まれた。
「乾杯ぐらいしようとは思わないのか?相変わらずの間抜けだな。それでは、飲み会も呼ばれないだろ?ほれ、乾杯だ」
口の悪さも、相変わらずらしい。
「・・・すまん。乾杯」
「しかし、懐かしいな。ここでは、色々なことがあったな」
「・・・ああ、ありすぎたな」
無口ながらも、お互いの口が少し軽くなる程度に飲んだ。しかし、こいつは以外と飲む奴なんだな。
「覚えているか?初めて会った時のこと。克也は、ここから飛ぼうとしていたのだったな。死にたいくせに、足を震わせながら」
「ああ、それでお前が後ろから押したんだったな。で、俺はバランスを崩して倒れたな」
あの時のことは、なぜか覚えている。というより、死のうとしたときの事は、ことごとく覚えている。死のうとするたびに、こいつが絡んできたのもよく覚えている。
「『何だ。飛ばないのか。つまらないな。ああ、死ぬ気なら首を落としてあげようか?』だったな」
「無関心だった割りには、覚えているのだな。つまらないやつめ」
他にもあった。カッターを手首にあてたら、隣からハサミが飛んできたり、科学室の薬品棚を見たら隣に沸騰した熱湯をぶちまけてくれた。さらには、冬のストーブの給油時には真隣で焚き火を始めたりした。しかも、なぜか全て俺が怒られた。
「・・・思い出してみたが、あまりいい思い出ではないな」
「そうかな?私にとっては、中々スリリングで傑作的な思い出ばかりだったがな」
まったく奇妙な奴だ。これだけ奇妙で、変に絡んできていた奴なのになぜ俺は思い出せない?
・・・いや、そもそも知らない?同じクラスにいたか?同じ学年にいたか?同じ学校にいたか?何年間?俺が?こいつが?
「混乱させてしまったか。だが、ようやく答えに近づいたみたいだな」
「答え?どういうことだ?」
こいつは、俺を知っている。俺も、たしかにこいつを知っている。だが、こいつは俺の名前を知っているが、俺はこいつの名前を知らない。
・・・名前を知らない?一緒に授業も受けたのに?
「一緒のクラスなのに、名前を呼ばれてない?」
「おお、答えまでもう少しだ。そうだな。私は、克也といつも一緒だった。だが、誰も私の名前を呼ぶ人はいなかった」
見えない人?いつも一緒?いつから?どこから?
「・・・あ」
「ようやく思い出したか」
俺は、こいつを知っていた。中学からなんかじゃく、もっと前から。
――あの時から。
「迷い込んだ廃墟寺の鏡の前にいた女の子」
「ま、お前ではここまでが限界か。そうだ。私は、荒神を祭りし名もなき寺の祭られし者だ。まったく、お前が思い出すまでどれだけ待ったことか」
全て思い出した。子供の頃に見つけた廃墟寺。そのなかにあった美しく光る薄紫色の鏡。その鏡の前に、静かに座る美しい少女。
好奇心で話しかけたもののどこか噛み合わないが、なぜか面白い話。ある時期から、急に隙間風のような冷たい空気の流れる家族仲。亀裂の広がる家族。
家にいるのが嫌で、廃墟寺に自然と足が向く日々。ある日来た家族の崩壊。一家心中で、俺だけ生き残った。父親自ら家に火を付けた。
その炎の中にも、彼女はいた。静かにたたずみ、火だるまになった父親たちをやはり静かに撫でながら、こちらを見て悲しそうに微笑む少女。
今、全てを思い出してしまった。
「お前は・・・死神?」
「・・・ある意味正解か。まぁ、本当は荒神でもなければ、死神でもないのだがな。単なる不幸な流行り病と突発的なアクシデントで、伝説化されながら死んだ寂しい女だ」
こいつは、自嘲的に笑うと酒を静かに傾けた。
「・・・そんなことはないだろ。お前は、俺を助けたじゃんか」
俺は、何となく彼女の今見ているものを見てみたくなり、対面からゆっくりと彼女の隣に移動した。
「あれは・・・勘違いするな。助けたわけではく、寂しくなるとかでもなくて・・・まったく、相変わらず鈍感な奴だ」
「何がだよ?」
彼女は、隣に座る俺を軽く頭で小突くとそのまま寄り掛かってきた。俺は、それを見てからまた正面を向き少しだけ酒を飲んだ。
父親が、みんなを殺して回っていた時なぜか俺は庭にいた。
よく分からず寝呆けながら月を見上げていた。
気が付いて家を見ると、すでに火の海になっていた。そうだ。あの時、たしかに誰かに呼ばれて庭に出た。そして、すすめられるまま月を見上げていた。
「髪、綺麗だな」
「・・・そう言ってくれるのは、二度目だな。まったく、私の心を何度鷲掴みにすれば気が済むのだ。・・・克也。お前は、全てを思い出した今でもまだ死にたいのか?」
縋るような目で見上げる彼女。前にも一度あったな。あの時は、たしか『死にたいか?』と一言だけ聞かれたんだったかな。
「正直、分かんないな。今いる場所は、やっぱり死に近い場所にいるから」
「・・・相変わらず答えは、曖昧なのだな。だが、だからこそ私は、お前を好きになったのかもしれないな。ああ、酔っただけだから気にしないでくれ」
彼女は、そのまま寄り掛かる態勢からあぐらをかく俺の足を膝枕にして寝転がった。
果たしてこいつは、本当に酔っているのか?
「・・・紫鏡の呪いだが、実はあれはあの寺にあった鏡のことだ。克也、もうすぐお前の誕生日も終わるな」
そう言うと彼女は、ゆっくりと起き上がりながら俺の首に手を伸ばした。
――ああ、俺・・・死ぬんだな――
俺は、空の月を眺めながら他人事のようにそんなことを考えながら、ゆっくりと目を閉じる。
彼女の手は、喉にはかからず俺の後頭部に伸ばされ腕を首に回された。恐らく、苦しまないよう絞め殺すのではなく首の骨を折るのだろう。その腕にはゆっくり力がこめられ―――。
柔らかな温もりが、俺の唇に当てられた。
目を開くと彼女は、俺に跨りその腕で俺の首を抱きながら月を背に口付けをしていた。
彼女の幼げながらも、しっかりした顔。酒のせいか、薄くだが朱のかかった頬。そして、月の光を受けて淡く輝く美しい黒髪。
俺の魂は、一発で持っていかれてしまった。
「ん・・・私からの呪いだ。お前は、これから長く一人の女に苦しみ死ぬだろう。だが、その女以外のことで死ぬことは許さない。お前は火消しだ。だが、どんな炎に罷れようとも、死ぬことは許さない。紫鏡の呪いだ。分かったか?」
「呪いってか、魔力だな。また、俺を遠ざけやがった。あと、火消しは古い。今は、消防士って言うんだ」
彼女は、さらに強く俺を抱き締めてきた。これはもう、完全に放してはくれないな。
「そうか、私もまだまだ勉強不足のようだな。克也よ。もう、寂しいのはごめんだ」
「・・・そういや、名前を知らないままだったな。俺に、死ねない呪いをかけて苦しめる女の名前ぐらい教えてくれ」
俺の言葉に彼女は、目を潤ませ俺の顔を見つめてきた。
「そうか・・・そういえば、名乗っていなかったな。ならば、呪いを完全なものにするため名乗るとしよう。私の名は――――」
「先輩!凄いっすね!あんな炎の中に入っていけるなんて、他の先輩にも真似できないっすよ。おかけで、また一人助かりましたね」
「家屋全焼に完全倒壊か・・・真似するなよ?」
俺が言うと後輩は、全力で首を横に振った後事後処理に走りだした。
「まったく、また無茶をしてくれるな。ヒーロー気取りの凡人克也よ」
「相変わらずの手厳しツッコミで・・・ありがうとな。倒壊寸前のビルを支えてくれたうえに、炎から守ってくれて」
一休みしていた横に現れた彼女に俺は、素直に礼を言う。実際、彼女がいなければ俺もやばかった。
「勘違いをするな。たまたまだ。それに、私以外のことで死なれては、呪いの意味がないだろう。まったく、克也のせいでどんどん能力が神がかっていく」
文句を言いながらも、満足そうな顔をする彼女に思わず苦笑してしまう。
「む、何が可笑しい?」
「いや、何でもありませんよ。さて、もうすぐ交替時間だしとっとと帰って、報告したら帰りますかね」
徐々に引き上げていく仲間たちの列に加わりながら、やはり苦笑を浮かべながら俺はつぶやく。
「まったく、寺から鏡を持ち出されたせいで、克也のもとから離れられなくなったよ」
「嫌だったか?そいつはすまなか――って!悪かった。冗談だよ」
俺は、彼女に軽く小突かれながら家路を急ぐことにした。
「――ばか。そんなわけないだろう。私の愛しき克也よ」
「ん?どうした?」
「聞こえずか。何でもない。早く帰るぞ。家には、私の試作したご飯が待っているからな」
彼女の呟きは、たしかに聞き取れなかったが言いたいことは何となく伝わった。
帰ったら、鏡を研いてあげるかな。
俺に呪いをかけた愛しきあいつのために・・・。
最終更新:2011年03月06日 06:54