1
何が起きたのか、最初全然わからなかった。
友達も、先生も。あたしの事を急に無視するようになった。
パパとママも、あたしの事を無視しだした。そのくせ、あたしの部屋に来ては泣くんだ。
何て言うか。
あたし、自分がもう死んでいるって事に気が付くまでにすごく時間が掛かっちゃった。
だから、家族とか友達とか、誰もがあたしを無視するって事がすごくショックで。
最初は何で?どうして?って一生懸命話しかけてたけど、だんだん八つ当たりというか。
うん、怒ってると影響与えられたみたいで、物投げつけたり、人を突き飛ばしたりしてた。
彼に出会った頃には悪霊になりかけてたんだと思う。
2
その頃やってたのは、急に道路に飛び出す事。
通学路の途中の交差点。交通量はそれなり。
たまたまそこの交差点で飛び出した時、さすがに周りの人も驚いて反応してくれたっていうのがきっかけ。
でもまたすぐに、全員であたしを無視するんだけどね。
それでも、反応あるのが嬉しくて、ちょくちょく飛び出すようになった。
けが人が出ても、無視される怒りもあって、
ざまあみろって風にしか思えなかった。
罪悪感は消えかかってた。
彼はバイクで走ってきた。
あたしが飛び出すと、避けようとして慌ててハンドルをきって、バランスを崩してそのまま転倒。
転んだ姿を見てあたしは笑ってた。
怪我しなかったんだろうな。彼はすぐに起き上がった。
普段なら、きょろきょろあたしを探す感じに見回した後で、すぐに発車するんだけど。
彼は、まっすぐあたしの方に顔を向けた。
肩をすくめて、フルフェイスのヘルメットのまま、あたしの方に近づいてきて。
「おまえ、何?こんな事して何が楽しいの?」
はっきり、あたしに向かって、そう言った。
無視されだして結構時間が経ってた。やっとあたしを無視しない人に出会った事が、逆にショックで、怖くて。
あたしは、夢中で逃げた。
3
暫くは家で、自分の部屋で大人しくしてた。
でも何日かそうして過ごしてるうちに、彼のことが気になりだした。
皆が無視するのに、何であの人だけあたしの事、ちゃんと見たんだろう?
そんな事考えてて、気が付いたらあの交差点に向かってた。
前に事故があったらしくて、いつも花が置かれてる場所がある。
彼はそこにいた。バイクを脇に止めて、缶ジュースをそこに置いてた。
会いたかったけど、実際前にするとやっぱり怖い。
ちょっと離れた所でどうするか迷ってたら、彼に気付かれた。
やっぱり彼は、あたしの事、無視しようとはしなかった。
勇気を振り絞って、恐る恐る近づいてみた。
「え、と」
何話せばいいのか判らない。
下向いて暫く黙ってたら、思いっきり溜息吐かれた。
「人をこかしといて謝罪も無しかよ」
怒ってるっていうより呆れてるって感じかな、今考えると。
でも微かに残ってた罪悪感と、いきなり文句言われた事で、つい、反発してしまった。
「あんたがぼぉっとしてるから、悪いんでしょ!?」
ばーっとまくしたてて、それから湧き上がる後悔。
恥ずかしさとか怒りとかそんなこんなで頭の中が真っ白になって。
「あんたなんか大っ嫌い!!」
結局また逃げ出した。
4
交差点で事故を起こすのはあたしにとって存在確認みたいになってたんだけど、彼に出会ってからはそれが出来なくなった。
彼がちょくちょくそこの交差点に現れるようになったから。
最初に現れたように颯爽とバイクに乗って、じゃなくて、歩きで来てる。
格好はフルフェイスにライダースーツ、バイクに乗ってたそのままの姿だから、近くで降りてから来てるのかもしれない。
花が供えられてる場所で、多分、本当に、あたしの事を見張ってた。
「大嫌い」なんて言ってしまった手前、彼に話しかけ辛い。
あたしは彼を無視することしか出来なかった。
バカだよね、人に無視されて怒ってたのに、自分は人を無視してる。
それに気付いた時、すごくショック受けて、また部屋に引き篭もって、泣き続けた。
5
その日の朝、何日ぶりかで交差点に向かった。
そこに彼の姿は無い。
まだ来てないのか、それとももう来ないのか。
どきどきしながら待ち続けた。
彼は、向こうから歩いてきた。
「何だ、今日は危ない遊びはしないのか」
出会い頭にそう言われて、ちょっとムカ。
「誰かさんがトロいから、気を使ってあげてるのよ」
思わず言い返してしまった。
自己嫌悪で彼の顔をまともに見れなくてそっぽ向いてたら、「そりゃどーも」とおどけた感じで頭をぽんぽんと叩かれた。
子供扱いされてるのは癪だけど、でも、ちゃんとあたしに向き合ってくれる。
嬉しくて、恥ずかしくて、あたしは彼に真っ赤になった顔を向けられなかったけど。
6
それからは毎日、彼に会うために交差点に立ってた。
何か話すわけじゃなくて、お互い生存確認というか。
彼は通勤だか通学だかでそこを通る必要があるみたいで、その時にお互いちょっと手を上げて挨拶する程度だった。
それでも、あたしには十分だった。
その日、彼は久しぶりにバイクに乗って現れた。
あたしの前で止まると、別に持って来てたヘルメットを投げてよこした。
「…何?」
「乗せてやるよ」
一瞬何を言われてるのか判らなかった。戸惑ってると、彼は慌てたように言葉を続けた。
「勘違いするなよ。たまたま暇そうなおまえがいたから、ちょっと付き合わせてやろうと思っただけだ。嫌ならいい」
「乗る!」
あたしは多分、真っ赤だったと思う。
フルフェイスのヘルメットに遮られて、彼がどんな顔しているのかは、判らなかった。
7
気持ちが良かった。
風を切って走る。
彼の背中にしがみついて、流れていく景色を眺める。自分の置かれている境遇の何もかもを、忘れられた。
ずっと言いたかった事を、やっと口にした。
「こないだは、ごめんなさい」
彼はすぐには返事しなかった。本当に、何の事?って感じだったんだと思う。
「…何が…って、初めて会った時の事?今更?ばっかじゃね?」
「うるさいわね、謝れって言ったじゃん!!」
「ハァ…もういいよ」
「何よそれ!?人が素直に謝ってやってるのに!」
「はいはいわかりましたーもういいですよー」
「棒読みすんな!!」
風に負けないように大声で言い合う。でも、楽しかった。
ふっと、ああ、このまま消えてもいいやって、思った。
目を閉じて、彼の背中にもう一度しがみつこうとして。
突然全部思い出した。
8
あの交差点で、事故にあった。
あたし、車に撥ねられた。
即死じゃなかったんだと思う。
涙交じりにあたしを呼ぶ声とか、覚えてるから。
そうか、あたし、死んじゃったんだ。
目を開けると、一人ぼっちであの交差点に戻ってた。
彼の事が、全部夢だったような気がして。
急に怖くなって、寂しくなって、大声で、泣いた。
9
「ったく、急にいなくなるから驚いたぞ」
しゃがみこんで、膝を抱えてたあたしにかけられた、呆れ声。
顔を上げると、彼がバイクから降りてくるところだった。
夢じゃなかったんだ。
あたしは、無我夢中で彼に飛びついた。
「あたし、死んでるんだよ。ゆーれーなんだ」
彼の胸に顔を押し付けたままで、彼に告げる。
「あー、何だ、やっと気が付いたのか」
彼が平然と答えたので、あたしの方が驚いたけど。
「知ってたの?」
「んー、まぁ、俺も、ご同類だから、な」
あんまし見せたくないんだが、そういいながら、ヘルメットを脱いだ彼。
見たいと思っていた彼の素顔は、永遠に見られないんだと、悟った。
10
彼は最近忙しかったらしくて、今日は久しぶりのデートだ。
いつもと同じ、彼のバイクに二人乗りしてあちこち走るっていうものだけど。
それでも特に今日は、嬉しい報告もある。
あたしの事故はひき逃げらしかったんだけど、この前犯人が捕まった。
パパとママが、あたしの写真に向かって報告してくれた。
新聞を読むと、あの交差点で、一人で勝手に事故を起こして、そこから何だかんだで犯人だってわかったって。
事故の方は、犯人はバイクと接触したとか言ってるらしいけど。
「幽霊とぶつかったとか」
冗談めかして彼に言ってみたけど、「そんな危ない幽霊、お前だけだ」と鼻で笑われた。
最終更新:2011年03月06日 07:31