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いつもの通勤路。
その姿は私にしか視えないらしい。
十数年前の最先端の夏ファッションで着飾った彼女。
今日も、誰かを待っている。

一度だけ、彼女に声を掛けたことがある。
去年の今頃。
今考えると何でそんな事を考えたのか不思議でならない。
自分が首に巻いていたマフラーを渡そうと思った。
結果は、まぁ、言うまでもない。
もろ不審者扱いされて、消えられた。
それ以来、彼女とは偶に目が会うものの、あからさまに目をそらされている。



いつもの通勤路。
酔っ払い同士のつまらない喧嘩に巻き込まれた。
顔面に拳を受けて一瞬意識が飛んだ。

地面に崩れ落ちる際、したたかに背中を打ったせいで意識が回復する。
続けてこちらに殴りかかろうとしていた酔っ払いの後ろに、彼女の姿が見えた。
小さなポシェットを両手で握り締め、振りかざし。
酔っ払いの薄くなった頭めがけて振り下ろした。

勢いあまったせいか、それとも彼女の奮闘が役立ったのか。
バランスを崩した酔っ払いは私が慌てて避けた地面に正面から倒れこんだ。



いつもの通勤路。
喧嘩のダメージが予想以上に大きく、検査などで休んでいたため久しぶりの通勤だ。
私の片手には、彼女に似合いそうな華やかな花束。
援護してくれたお礼のつもりだった。

けれど、彼女の姿はいつもの場所には無かった。


ちらちら雪が降っている。
少ししおれた花束を下げて、暗くなった夜道を歩く。
自宅マンションが見えてきた頃。
マンションを見上げる彼女の後姿が見えた。

声を掛けると、勢いよく振り返り、それから怒ったようにぷうっと頬を膨らませていた。
ちょっとしおれちゃったけど、そう前置きして彼女に花束を渡す。
きょとんとした顔。
ほんの僅かに時間を置いて、その瞳から、ぽろぽろ涙が零れ落ちた。
彼女は焦ったように涙を拭くが、ぜんぜん追いつかないようだ。
私がポケットのハンカチを探っている間に、いつのまにか、姿を消した。



いつもの通勤路。
彼女が姿を消して2ヶ月。季節は春になっていた。

懐かしさを感じさせる後姿に、足が止まった。
あの場所に、大学生くらいの女の子が立っていた。
視線を感じたのだろう、振り返った女の子と目があった。
顔立ちは明らかに違う、けれど何故か彼女を思い出させる女の子。
不思議そうな顔をして、あからさまに視線をさ迷わせ。
それから再びこちらに向き直ると、まっすぐ近づいてきた。

数年前から不思議な夢を見るようになったという。
夏の知らない街角で、誰かを待つ夢。
そのうちに、季節外れの格好の男が出て来るようになったらしい。
夢の中の彼女は、いつしかその妙な男に会うのを心待ちにしていたそうだ。

予知夢とか、デジャ・ヴュって、本当にあるんですね。
彼女の不思議そうな、でも嬉しそうなその言葉に、私も微笑って頷いた。
最終更新:2011年03月06日 08:13