公私共に色々あってむしゃくしゃしたので、仕事帰りに偶々見かけたカラオケ店で歌って帰る事にした。
時間的に割と込んでいたんだが運良く一部屋空いていた。
何故か店員は渋っている様子だったが忙しい時間帯に一人で来たせいだろう。

曲を入力する時ふと過去の履歴を見てみようと思った。
同じ曲がずらーっと並んでいる。
余程人気なんだろうな、とは思ったものの、流行歌にはほぼ興味無し。
今日はアニソンオンリーで持ち時間全て潰す。

途中、機械の調子が悪くなったが、アカペラ上等で歌った。
冷房が効きすぎていると感じたが、時には踊りながら熱唱する間に身体は火照り、最終的には丁度いい感じになった。
ドアを何度かノックされた気がするが、最初に開けた時誰も居なかったし、酒も入っていたので気のせいだろう。
なんとなく気分が悪くなった気がするが、酒のせいだろうし歌っている間に忘れた。
ちらちらと影が躍っているような気がするが、飛蚊症ってやつだろう。


「…無視してんじゃないわよ…」
トイレから帰ると部屋の片隅に制服姿の女の子がやや俯き加減に座っていた。
長い黒髪で顔ははっきり見えないが、見たことある気もしないでもないがどう考えても知らない顔。
部屋間違えたのかと焦ったがそうでもない。
「部屋間違えてません?」
思いっきり不機嫌だったのが出てたのだろう、女の子は一瞬怯えた表情を浮かべて目をそらせる。
「ほらさっさと出てってくださいよ」
「そ、…そんなわけには行かないわ…大体ここはアタシが先に入ってたんだから…」
「はぁ?」
自分でも怖くなるくらい不機嫌な声。
だが女の子も怯みつつ食いついてくる。
「私はずっとここに居たわ…!居たって言ったら居ーたーのー!!」
何故か涙目。

「じゃあ勝手にどうぞ」
「…え…?」
だんだん面倒臭くなったので彼女は放置する。
まだ横で何だかんだ言っているが意識からシャットアウト、次の曲を予約しようとして――
「おいこら何勝手に予約やりかえてやがる!?」
予約していた曲をオールリセット、さらにさっき履歴で見た曲で全て埋めている。
「あ、あんな変てこな歌よりこっちの方が断然いいからよ!」
「ほっほぉう」
何気にマイクを握り締めていただけではなく歌い始めた彼女の姿に俺の中で何かが切れた。


傍から見ればかなーり怪しかっただろうというのは認める。
まぁ見てる人なんていないが。

件の歌は暗めの曲調。
それを哀感を漂わせて囁くように歌う彼女。
歌唱力はあるのだろう。まともに聞いていないのでなんともいえないが。

こっちは曲無し。
馬鹿みたいにお気楽な某アニメ主題歌を、腹の底から声を出して歌う。
多少外そうが歌詞を間違えようが気にしない。

デーブルを挟んで向かい合わせる位置に立ち。
途中延長し、お互い同じ歌を歌い続けること3時間。

こちらが間奏に入ったのと同タイミングだったので、彼女が音を大きく外したのがわかった。
流石に気に障って彼女の方を伺うと、彼女は彼女で黙って俯き震えている。
と思ったらこちらをキッと睨んできた上マイクを投げつけてきやがった。慌てて避ける。
文句を言おうとしたが、ほんのちょっと目を離した隙に部屋から出て行っていたのか、居なくなっていた。
忍者か。

こっちも疲れたのでその日はそれで切り上げた。


それ以来だ。
店自体はそこそこ雰囲気が良かったのでそれなりに通うようになったのだが、
大抵空いているあの部屋で一人カラオケの時に限り、奴が勝手に部屋に入り込んでいる。
で、いつもそのまま歌勝負という流れに。

先日はいつも同じBGMも正直飽きたので、デュエットできる歌、まあアニソンなんだが、それをiPodで聞かせてやった。
「変な歌」とか抜かしやがったのでその日は奴を完全無視してイヤホンしたままその曲をリフレイン。
かなりムカついたし仕事が忙しくなった事もあり、しばらく一人カラオケはやめた。

今日は久しぶりに例の店で一人カラオケ。
例のごとく奴も出現。
だが少しは反省したらしい。
奴から入力機を奪い取ったついでに履歴を見ると、奴のお気に入り以外にそのアニソンが何回か入っていた。
本人は意地張って「他の人が」とか慌てて言い訳した末に部屋から遁走。
放っといて歌っていたら、何時の間にか戻ってきて黙って座りちらちらこちらを伺っている。
まぁなんだ、奴の歌も一回くらいはまともに聞いてやってもいいか。
最終更新:2011年03月06日 08:43